二人の転生令嬢はフラグを譲り合う。〜悪役令嬢もヒロインも、ただ平穏に生きたいのです〜

福田 杜季

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第1章 転生令嬢たちは決意する。

01. 姉は排除する。

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(──まったく、忌々しい)

鏡台の前に座り、侍女に髪を結われるなど身支度を整えられながら、ヴェインローゼ伯爵家の令嬢アーテルは、心中で吐き捨てた。

豊かに波打つ髪は烏の濡れ羽色で、対比するように肌の白さが際立ち、真紅色の瞳はさながら柘榴石ガーネットのように輝く。
15歳という社交界デビュー前の、いちおうは子どもとされる年齢ながらも、その匂い立つような美しさと艶やかさは評判となっており、『ヴェインローゼの黒薔薇姫』とあだ名されている。

そんな彼女が美貌を歪めて怒りを向ける相手は、1年ほど前に父が再婚相手として連れてきた野暮ったい女の、貧相な娘──世間一般には妹となる少女、ルチアだ。

屋敷に来た当初はいかにも平民と変わらぬ姿─痩せぎすで小柄な体つきに艶のない髪、荒れた肌、ボロボロの手─をしていたが、貴族の生活を送るうちに少しずつ見られるようになってきた。
自分の黒髪とは対極に位置する白金髪プラチナブロンドは柔らかくウェーブを描き、同系統の赤い瞳は少し淡く、紅水晶ローズクォーツのような薄紅色だ。

屋敷に来て1年経つ頃には、使用人たちに磨かれてそれなりの容貌になったものだから、アーテルとは対照的なその容姿から『白薔薇姫』とあだ名され、『ヴェインローゼに二輪の薔薇あり』と謳われるまでになった。

とは言うものの、ルチアはぽやぽやした愚鈍な娘だった。
市井で育った彼女は、貴族の礼儀作法に疎く、話し方から所作まで、見ていて眉をひそめるくらい品がない。
見た目はそれなりになっても、貴族として生きる者が身の内から発するようにもつ気品というものが、彼女には決定的に欠けていた。

そんな娘がある日突然、同じく下品な女と共に父の後添えとその連れ子としてやってきたのだ。反発を覚えるなという方がおかしいだろう。

(しかもあの女、おそらく父の不義の子であるようだし)

流行り病で亡くなったアーテルの母の喪が明けると同時に、父は継母とルチアを連れてきた。
しかも、よりにもよって喪が明けたその日にだ。これにはさすがに、アーテルだけではなく使用人たちまでもがその露骨さにざわめいた。

だというのに、父と継母はいかにも昵懇の間柄だというような睦まじい様子を隠すこともなく、誰が見ても長い間そうした関係にあるのは明らかなようであった。
それに加えて、珍しい父の瞳の色─紅色─に似た連れ子ルチアの瞳の色だ。──不義の子と考えない方が愚かだろう。

しかも、便宜上アーテルが姉だということになっているが、ルチアは自分と同じ15歳で、誕生日も同じだという。
悪い冗談か何かにしか思えなかった。乾いた笑いすらもれなかったが。


「お嬢様、支度が整いました」
「今日もお美しいですわ」

侍女たちが取ってつけたようにアーテルを褒めそやす。

継母と連れ子が屋敷に来てから、もともと気の短かったアーテルの癇性は悪化した。
少しでも気に喰わないと怒鳴り散らし、時には暴力まで加える彼女に、使用人たちは恐れおののき、遠巻きにするようになった。
身辺の世話などで近づくことがあっても、薄っぺらい笑みを浮かべて中身のないおべっかを吐くばかりである。
それもまた、アーテルを苛々させる。

いかにも作り物めいた笑顔を浮かべる侍女たちの顔を一瞥し、ふんと鼻を鳴らすと、さっさと屋敷の裏庭へと向かう。
今日はこれから家庭教師による魔法の実践授業なのだ。

魔法は好きだ。
アーテルには素晴らしく魔法の才能があり、普通の者なら一つか二つしか属性魔法を使えない中、四つすべての属性の魔法を扱えるという稀有な使い手だった。

(それに対し、あの女は──)

ルチアは魔力をもっていることは確認されたが、魔法の行使はまったくできなかった。
それで高名な魔法師を何人も輩出してきたこのヴェインローゼ家に入るというのだから、厚かましいことこの上ない。

今日は家庭教師の計らいにより、そんなルチアが授業の見学にやってくる予定だ。
同い年の使い手の魔法を見ることで刺激になればいいということだが、果たしてどれほどの効果があることやら⋯⋯。


裏庭に着くと、すぐに家庭教師もやって来た。
彼に淑女の礼をしつつ、不躾にならない程度に辺りを見回してみるが、ルチアはまだ来ていないらしい。

(教えを乞う立場のクセに、遅れてくるなんて本当にいい根性ね)

また忌々しく思う。

そうこうしていると、慌ただしい足音が聞こえた。
邸の方から陽に輝く白金髪を振り乱し、ルチアが駆けてきた。

「ご、ごめんなさい、先生、アーテルお姉さま。お父さまとのお話が長引いてしまって⋯⋯」

膝に手を着いて息を整えながら、そんな言い訳を口にする。
許した覚えのない"お姉さま"呼びに苛立ちが膨らむ。

「お父様を言い訳に使うだなんて、相変わらず礼儀のなっていない人ね。しかも淑女が走るだなんてありえないわ」
「だって⋯⋯待たせていると思ったので」
「"だって"だなんて、なんて軽い口の利き方しかできないのかしら。本当に、こんな下賤の者にヴェインローゼを名乗らせるだなんて、末代までの恥だわ」

深紅の瞳に険を乗せて睨めば、その薄紅の瞳に涙が盛り上がる。

「まぁまぁアーテル様、そのくらいで。早速始めましょう」

家庭教師がたしなめてくる。
確かに、この女のために大好きな魔法の授業時間を削るのはもったいない。

そう思った視線の先──軽く頭を下げた涙目のルチアに、教師が小さく頷いて微笑んでいるのが見えた。

(──あぁ、そういうこと)

スッと心が冷めるのを感じた。

ややつり目で見る者に気の強そうな印象を与えるアーテルに対し、ルチアの目は大きくて目尻が下がっている。
使用人たちは、その顔立ちの通りに心根まで優しいと言って、かいがいしくルチアの世話を焼く。
アーテルとは三往復会話が続けば保った方の父は、ルチアとなら何時間でも楽しげに喋り続ける。

(この家庭教師も同じなのね。結局、ルチアがいいのだわ)

後からこの家に現れたくせに。胸を張って言えぬ出自のくせに。
アーテルのものをことごとく奪っていく憎たらしい女。

(いなくなればいいのに──)

そこまで思って、アーテルははっとした。

(そうよ、いなくなればいいんだわ。痛い目に遭って)

アーテルがそんなことを考えているとも知らず、家庭教師が彼女に前回のおさらいとして風魔術を放ってみるように言っている。

アーテルは、口の端を吊り上げるようにして笑った。
そうして、呪文を唱えながら大量の魔力をこめる──もちろん、必要量を超えていることはわかっている。

明らかに異常な魔力量に気づいた教師が、慌てて制止しようとしているのが視界の端に見えた。

だが──もう遅い。


次の瞬間、膨れ上がった魔力がはち切れ、爆発的な勢いとなって白い少女に襲いかかった。
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