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第30話

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「ささ、こちらでございます。」



「うむ。」



大垣城の大広間の前の廊下を左近は、小姓に案内され歩いていた。



その肩には、津久見の姿があった。



未だに、気絶している。



その津久見の顔に、喜内がチョンと触れる。



「ほんとに気絶してらっしゃるの。」

「喜内様おやめくだされ!!!」

平岡が制する。



この好奇心旺盛な男は、どこか憎めない。

時折見せる、子供の様な無邪気な一面。

それとは打って変わったような、宇喜多勢への魂の咆哮。



平岡は側にいながら、この男が大好きになっていた。



いやそれ以上に、左近・喜内・平岡の三人は、石田三成という男にドンドン惚れ込んでいった。



「戦の無い世。民百姓達が笑顔で暮らせる世」



そんな事は、思っていても、実際は敵対する勢力を倒したその先にあるものだと、思っていたが、三成の出した策はそれを凌駕する、『停戦。そして、天竜川を境に領国経営をする』。こんな突飛な考えは誰も予想していなかった。



大広間の前に着くと、左近は雑に津久見を降ろし、廊下の壁にもたれかけさせる。



「よし、ではやるかの。」



津久見の顔に手を添え、大きく振りかざす。



「パン!」

「いた!!」

「お目覚めでございますか?」

「痛っ。あ、左近ちゃん」

「大垣城でございます。」

「え、着いたの?」

「はい。この襖の先に諸大名がこぞって待っておられます。」

「あ、うん。てか、もう躊躇なく喋るよね。」

「どうもできませぬ故。」

「ま、良いんだけどね。すぐ気絶しちゃう俺が悪いから。むしろいつもありがとね。」



津久見は言いながら立ち上がると、乱れた袴を直す。

「さあ、行こうか。」

と、襖に手をかける。



「ガラっ」

と、襖を開けると、十数名の武将たちが座っている。



誰が誰だかは分からない。



ただ、皆…。



いかつい。



津久見は、咄嗟に自分が座るところが分かった。



上座である。



居並ぶ諸将も、一応の手前、三成は上座に座るものと考え、それに対面するように、連なって座っていた。



津久見は、諸将の顔を見ながら、上座につこうとした。



が、体を反転させ、諸将に近づいて行った。



そして、



「なんか緊張しちゃうんで、円になりません?」



と、一人あぐらをかいて座った。



諸将は驚く。



「ささ!」

と、津久見は両手で円を描くように、諸将を誘った。



困惑する諸将たちだが、一人の男が声をあげた。



「治部殿!面白いことを言う。そしたら、そうしよう。」



島津義弘であった。



「あ、島津のおっちゃん!」



と、気さくに津久見は言う。



(おっちゃんありがとう…。)



津久見はあの戦の最中での島津隊の咆哮を思い出し思った。



薩摩の猛将の言葉に、渋々他の将達も、円を描くように座った。



「ありがとうございます。」



津久見は深く頭を落とす。



「治部殿!??」



と、諸将は驚いた。



いつも高慢な態度で嫌われている三成が、何か様子が違う。



島津義弘は笑顔でそれを見ていた。



そんな中、ある男が切り出した。



「して、治部殿。勝手に停戦の触れを出し、ここ大垣城に戻って来るとは、いかがなもので。」



(誰!?)



「憎き、家康を討ち、豊臣家の為にこの戦を始めたのはお主であろう。」



(あ~、淀君の使者って人か。)



「お主に一応、西軍の指揮を取らせてはおったが、まさかの出来事に、淀様大変驚かれ、お怒りなられておりまするぞ。」



(だよな。そう来るよな…)



「淀様のお怒りは留まるところなく、治部殿に切腹をと言い始めておりまする。」



広間がざわつき始めた。



喜内は、その言葉を聞くと、怒りから立ち上がろうとしていたが、左近に腕を抑えられ、留まった。

その左近の顔も怒りの形相であった。



「聞くところによると、なんとも形勢は有利だったとか。それなのに、停戦とは。

もしやお主。家康と手を組んでおったのではないか?」



「何!?」



広間が更にざわつく。



「治部殿!何か言われよ!」



痺れを切らした、諸将が問い詰める。



津久見は諸将を見回し

「そんな事はありません。」

と言った。

すぐさま、淀の使者は

「では何故、家康と二人で真禅院でお話を?」

「それは…。」

「二人で話し合い、裏切った上で、大阪城に攻め込むと、でも話合われたか!?」

「そんな!」

「はっきり仰い!!!家康にどれほどの領土で抱え込まれか!!!」

「そんな!違う!!!」



使者は、津久見に話す隙を与えず、喋り続ける。



圧に押され、言葉を発せられずにいた。





すると、広間の外の廊下から声が聞こえた。





「なんとも都合の良い話じゃ。」





皆そちらを見る。



広間の襖が、ゆっくりと開く。



「すまぬの。調子が悪く、ちと遅れたわ。治部よ。」



そこには両脇を抱えられた、大谷吉継の姿があった。



第30話完

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