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第97話

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頭が痛い。重い。

あの時と一緒だ。あの日廊下を滑って頭を打った時と。

だが、寝心地は悪くない。

おぼろげな視界。少しずつ目を開けて行く。モヤがかかっている。

津久見はもう一度目を閉じて深呼吸をした。

(なんだ…。生きてるのか?)

そんな事を考えながら、もう一度ゆっくり慎重に目を開けて行った。

モヤは徐々に晴れ、うっすらと天井が見えた。

今まで見て来た様な木造造りの天井ではない。

(え????)

津久見は驚くと

バッと体を起こした。

寝心地が良いのは…ベッドのお陰だった。

「え!!!!」

津久見は大声で叫んだ。

(どういうことだ!)

恐る恐る津久見は周りを見渡した。

そこには一目で分かる光景であった。

「保健室だ…。」

津久見の頭は混乱しながらも、自分の体を確認するように触った。

(げ、現代の俺か!?戻ってこれたのか!!??)

津久見の混乱は安堵へと徐々に変化していった。

そこへ

「あら、津久見先生起きられましたか?」

女性の優しい声が聞こえた。

「え?」

津久見は声の主の方を向く。

そこには白衣に身を纏った女性が心配そうに津久見を見つめていた。

「保険の重村先生…ですか?」

「ですか?ですよ?」

「本物ですか?」

「本物?何を言っているんですか?余程強く頭を打ったみたいですね。」

重村と言われた女性は心配そうに言う。

「え、あ~頭打って…」

津久見はそう言いながら自分の頭を触った。

そこには大きなコブができていた。

「痛ててて!!!」

コブに触れた津久見は悶絶するほど痛がった。

「大丈夫ですか?そりゃそうですよ、聞いた話では物凄い飛び上がって頭から落下したって聞いたんですから。」

「痛ててて。…でも、生きてる…。」

「生きてる!?ふふふ。大袈裟な事を言いますね。保健室に運ばれた時には津久見先生いびきをかいて寝てらしたんですよ!?普通生死に関わる様な事故なのに、何故かグースかいびきをかいているものだから、ここで小一時間程度寝てれば大丈夫かと思ったら3時間も気持ちよさそうに寝られるから。」

重村は少し迷惑そうに、でも目を覚ました津久見に安堵の様子を見せながら言った。

「3時間???3時間寝てたんですか!?」

「はい。」

(…。)

津久見は体を起こしたまま自分の手を見つめた。

(なんだ…。なんだ…。やっぱり…か!!!!)

疑問から確信に変わった津久見は笑顔になり

(あ!!!!!)

と、保健室を見回した。

津久見の一連の行動を不思議がった重村は言った。

「どうされたんですか?」

「島森は!!!島森は大丈夫だったんですか!!!???」

津久見は大きな声で聞いた。

「島…森…?」

重村は頭を傾けた。

「島森ですよ!!理科の教師の!!」

「???」

「あいつはだどこにいるんですか!!??」

「津久見先生落ち着いてください。」

「落ち着けないですよ!島森はどこにいるんですか???」

「だから津久見先生?」

「????」

「島森?先生。どなたですか?」

「え!?」

「この高校に島森という先生はいませんよ?理科の先生は伊藤先生ですよ?」

「え?どういう事ですか?島森がいない?」

そこに

「キーンコーンカーンコーン」

終業のチャイムが鳴った。懐かしい音だ。

そのチャイムを聞いた重村は

「津久見先生まだ、痛いかもしれませんけど今日は一旦帰ってはいかがですか?校長先生からは気がついたら帰るように、また打ちどころが悪いといけないからって、病院にでも行って3日間のくらい有給を取りなさいと言われましたよ。」

少し迷惑そうに重村は言った。

「でも、島森が…」

「津久見先生。」

遮るように

「痛み止め一応渡しておきますね。」

と、重村は強引に津久見に痛み止めの薬を手に握らせると、少し怒り気味に自分の席に戻って行った。

(…。どういうことだ。)

津久見は渡された痛み止めを見つめながら考えた。

そして渋々ベッドの横に並べてあった靴をよろめきながら履くと、保健室に届けられた津久見のリュックサックを手に取り

「お、お世話になりました…。有給の件は大丈夫です。明日からまた出勤しますので…。」

と、重村に一言伝え、保健室の外に出た、

そこは見慣れた高校の廊下であった。

(本当に戻って来たんだな‥‥)

津久見は実感がわいてきた。

(でも島森は…?)

その疑問だけは津久見の頭から離れることはなく、歩き続けるともう、自宅のアパートに到着した。

オートロックのカギを開け。

エレベーターに乗り4階のボタンを押す。

『405号』

自分の家だ。

「た…ただいま~」

誰もいないが津久見は言うと部屋に入った。

部屋を見渡しても何も変わっていない。

「ふ~」

バサッと津久見はベッドに横たわった。

頭の痛さを感じながらも、何か心のどこかがぽっかりあいてしまった。

久々に見る自分の家の天井。

何も無い、その場の流れに流されて来た今までの津久見裕太に戻って来た事を実感していた。

「はあ。」

津久見は大きなため息をついた。

現実社会に戻って来た嬉しさ…あんなに戻りたいと思っていたこの世界。

でも、歓喜の涙を流す程の感動は無い。

むしろ、必死に生きて来た、人間臭くても希望に向かって生きた戦国の日々を、目を細めながら懐かしく思い出していた。

『プルプル。プルプル』 

そこに津久見のスマホが鳴った。

津久見はスマホを手に取り、画面を見た。

』と表示されていた。

故郷の母からの着信であった。

「もしもし?」

津久見は電話に出る。

「あ!!!裕太かい?」

「母…ちゃん…。」

自然と涙が出てきていた。

「あんた大丈夫かえの?学校からあんたが頭打ったって聞いて心配しとったとよ。」

「母…ちゃん。大丈夫だよ。」

「そうかえそうかえ。それなら良かった。瑞穂ちゃんにも一応は私から電話しとった
けの、保健室でいびきかいて寝とるっての。」

津久見の母は、安心しながら少し笑いながら言った。

「ああ、瑞穂にも伝えてくれたんだね。ありがとう。」

「まあ、無事で良かったわ。」

「うん。」

「あ!!!」

「うん?どげんしたと?」

津久見は母との会話で自然と方言が出ていた。

「あれよ、爺ちゃんが亡くなって遺品整理しよったら、ある物が出て来てな…。」

「うん。」

「そこに『裕太へ』って書かれとったばい、宅配便で送ったけん。近々届くと思うけん、大切にするんよ。」

「爺ちゃんが?」

「そうや。送るのに手続きが面倒くさかったけんね。」

「何よそれ?」

と、津久見が聞くと、

「ピンポーン」

と、部屋のインターフォンが鳴った。

「あ、母ちゃん、何か来たけ、また電話すったい。」

と、言うと電話を切った。

(なんだろ?)

津久見はそう思いながら、玄関に向かった。

インターフォンの対応をするとそこには宅配業者が元気よく挨拶してきていた。

「はい」

と返事をし、エントランスの扉の解除をしながら津久見は思った。

(言ってたやつか?)

そこに

「宅配便で~す。」

と、業者が尋ねて来た。

「あ、はい。」

「津久見裕太さんですね?」

「はい。」

「身分証明書はありますか?」

「え、あ、はい。…でも受け取りに身分証明書必要なんですか?」

「特別指定品ですので。」

「特別指定品?」

と、津久見ははてな顔で財布から免許証を取り出し提示した。

「はい。ではここにサインをお願いいたします。」

『津久見裕太』

津久見は久しぶりに自分の名前を書いた。

「はい、ではこちらです。」

と、宅配業者は伝票の写しを切り取ると、段ボールを津久見に渡し、部屋を後にしていった。

「何だろ?」

と、津久見はリビングに戻りながら届いた郵便物に目を通していた。

『大分県宇佐市…』

実家からだ。

『特別配送品許可証』

という重々しいシールが貼られている。

津久見は不思議そうにそれをみながら、ソファに腰をかけ、段ボールを丁寧に開けて行った。

「さてさて爺ちゃん何を送ってくれたんだろ~」

と、津久見は開けながら言った。

そこには一通の手紙が入っていた。

「うん?」

と、言いながら津久見はその手紙を開いた。

『裕太へ。お前がこれを読んでいるという事は爺ちゃんは天寿を全うしたという事じゃな。お前は小さい時から爺ちゃん子やったの。お前は昔から優しい子で…。』

と、読み続けるうちに津久見は涙が溢れて来た。

「爺ちゃん…。」

読み続ける。

『我々の祖先は元々高木姓を名乗っておった。ある日、子を守るために芋を盗む罪を犯した。その時、偉大な方に救われた。必死に生きようとしていた我らの祖先を救ってくれた。我々はその方の恩に報いる為に、必死に働いた。そして跡継ぎのいない米問屋の津久見家と結婚し、代々当主を務めて来た。』

「へ~。」

津久見家のルーツを初めて知り、関心の声を上げていた。

『そこで、そのお方から頂いた物は家宝として、守り続けて来た。本来なら、お前の親父に譲る所だが、何故かお前に譲るべきと思い、今日ここに送る。そのお方は言われた言葉は代々津久見家に伝えられてきた。次の言葉だ。『』。以上裕太が大好きな爺ちゃんより。』

「うん??」

津久見は不思議そうに手紙を畳むと、段ボールの中身を取り出した。

プチプチや発砲シートに重々しく梱包されている。

津久見は慎重にその梱包をはがしていった。

そして、その家宝が正体を現してきた。

津久見はそれを手に取る。

その手は小刻みに震えていた。

送られて来た者は、現代には似つかわしくない、扇子であった。

「ここここれは…。」

津久見は怖くなってその扇子を咄嗟に放り出した。

放り出された扇子は無造作に絨毯の上に転がった。

その扇子の柄の部分には見慣れた文字が彫られていた。

『大一大万大吉』と。


最終話まであと3話⭐︎⭐︎
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