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第98話

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「な、な、何だよ!!」

狼狽する津久見は放り出された扇子を遠目に見ながら言った。

頭の中は混乱を極める。

「ふ~」

2.3度深呼吸をする。

(ただの偶然…。)

自然と津久見の中でその扇子の正体を作り上げていった。

「そ、そうだよ。ただの偶然だ…。レプリカだ。」

ソファから起き上がると、

「爺ちゃんごめんね。」

とぞんざいに扱った形見を大切に拾い上げ、クローゼットの上に置いた。

(…。)

握った感触がとてもじゃないが他人の物には思えなかった。

「寝よ寝よ。シャワーしよっと。」

と、津久見はワイシャツのボタンに指を掛けながら、風呂場に向かい痛む後頭部を避けながら久しぶりのシャワーを堪能し、ベッドに横たわった。

津久見はすぐに眠ってしまった。

翌日。

スマホのアラームで津久見は目を覚ますと、いつもの様に朝の支度をし、いつもの様に玄関に向かった。

いつもと違う所と言えば、昨日実家から送られて来た、クローゼットの上に置かれた扇子が何とも気がかりなだけであった。

が、津久見はドアを開け、鍵をかけるといつもの様に高校へ向かって歩いていた。

_____________________________________

学校に着いた津久見はゆっくりと職員室の扉を開けた。

「おはようございます…。」

慣れているはずの挨拶もどこか時代錯誤を感じながら小声で挨拶をする。

何人かの教員が津久見の所に駆け寄り、昨日の顛末、ケガの具合を聞いて来たが、津久見は

「大丈夫ですから…。ご心配おかけしました…。」

と、言うと逃げるように職員室を後にした。

どこか居心地が悪かったのである。

(いつもなら左近ちゃんや喜内さん、平岡ちゃんが…)

と、寂しげな表情で2年B組の教室の扉を開いた。

(今日はイタズラ無しだな…。もし俺が死んでたら大問題だもんな)

と、津久見はゆっくりと生徒達に視線をやる。

生徒たちは昨日のイタズラに悪びれる様子も無く、誰一人津久見を見る者はいなかった。

「では、授業を始めます…。」

その言葉はまた淡泊な毎日の開始を意味する様に津久見は感じた。

「では、教科書の…」

と、津久見は日本史の教科書に目をやる。

しおりの挟んである箇所が今日の授業範囲である。

「ふふふ。」

津久見は教科書をめくると一人で笑った。

「今日は『関ヶ原の戦い』についてですね。先生詳しいので、教科書いりません。」

得意げに津久見は言うと一人で黒板に文字を書き始めた。

しかし、それを見る生徒は一人もいなかった。

津久見は

1600年 関ヶ原 (今の岐阜) 西軍 石田三成 東軍 徳川家康

と、生き生きと文字を書き進める。

いた世界の話だ。

実際は楽しい日々だったが、授業は正常に進めようと、文字を書き進めた。

小早川秀秋の裏切り 島津の敵中突破

津久見は関ケ原の戦いのポイントを何か所か書き、それを元に授業を進めようと考えていた。

「で、徳川家康が勝利し、石田三成は六条河原で斬首っと。」

そう書き終え、津久見は生徒たちの方へ振り向いた。

すると

時が止まったかのように全員の視線が津久見に集中している。

「え?どうしたのみんな?興味あるの?」

今まで真面目に授業を受けて来た事の無い生徒達が、何も喋らず津久見を見つめている。

(きた~~~~!!!!!やっと…。やっと先生らしく授業できるぞ!!)

津久見は心の中でガッツポーズをした。

すると一人の生徒が口を開いた。

「先生。それは何の話ですか?」

「え?これはですね、1600年に勃発した関ヶ原の戦いという物です。」

と、津久見は襟を正しながら言った。

教師として初めてまともな授業がここから始まる。

そう津久見は希望に溢れていた。

「いや、だったら全然違いますよね?」

「ん?」

「そんな話聞いた事ありません。」

他の生徒が口を開いた。

「え??」

するとまた違う生徒が

「関ヶ原の戦いと言えば
・小早川・島津の咆哮
・喜内の大砲早とちり
・三成公の白目剥き
それに
・真善院での和議強行
ですよね?小学生で習う内容ですよ。」

「え?」

津久見の思考は完全に止まった。

(??????????)

「い、今なん…て?」

「先生頭打っておかしくなっちゃったんじゃない??」

誰かの声がした。

すると一斉に教室は笑い声に溢れた。

混乱する津久見は日本史の教科書を開いた。

『1600年 関ヶ原の戦い。

午前に開戦されたこの戦は西軍石田三成の急な心変わりにより、遂には東軍・徳川家康との真善院での会見の後、和議が行われた。

これは現代西日本国と東日本国を天竜川で日本を二つに分かつ重要な会見であった。

三成公の『不戦の約定』は、『戦の無い世』の形成において最も重要な約定となります。

今後三成公は1610年まで、粉骨砕身の働きをし、現在の西日本国ができたのです。』

(????????????????????)

津久見は恐怖から教科書を放り出した。

「先生…?」

取り乱した津久見を心配そうにある生徒が声をかける。

「そんな馬鹿な!!!」

津久見は大声で叫んだ。

その声に普段は温厚な津久見しか知らない生徒たちは驚きを隠せなかった。

「先生大丈夫ですか?」

明らかに豹変した津久見を案じ違う生徒が声をかける。

(お、お、落ち着け…。何かの…間違えだ…)

津久見はゆっくりと生徒たちの方を向き、呼吸を整えながら

「きょ、今日は、じ、じ、自習で…。」

と、言うと教科書を閉じ、教室を出て行ってしまった。

残された生徒たちは皆顔を見合わせながら、口を開け呆然としていた。

(どういう事だ???)

廊下を歩く津久見はあり得ない状況を整理しようと必死に頭を巡らせながら、職員室へ向かう。

ガラガラ

職員室の扉を開け、津久見は迷うことなく校長の部屋に向かった。

授業が始まって数分も経っていないのに職員室に戻って来た、津久見を見て他の教師は何事かと心配そうにその後姿を追った。

「失礼します。」

と言いながら津久見は校長室の扉を開けた。

「ん?津久見先生?」

突然の津久見の登場に校長も驚いていた。

津久見は単刀直入に言った。

「昨日の傷が痛むので、やはり3,4日有給を頂きます。」

「え?」

「失礼しました。」

「ちょ。」

がちゃ。

津久見は扉を閉めた。

他の教師の視線が集まっているのは分かっていたが、津久見は下を向いたまま自分の席へ向かい、荷物をまとめ職員室を出て行った。

誰とも話せる精神状態ではなかった。

頭の中は木の根の様に複雑に絡み合い、何の結論も出せずにいた。

校庭を下を向き歩く。

(分かんない。なんなんだ。喜内の大筒早とちり?小早川の咆哮?三成の白目剥き?どういう事だ!!!)

と、頭を逡巡させていると、ふと校庭に一つの銅像が目に入った。

(ん?こんな所に銅像なんてあったっけ?)

津久見は気になり、その銅像に近づく。

(!!!!!!!!!!!!!!)

津久見はそれを見ると驚愕し、腰を抜かしそうになった。


というのもその銅像の下にはこう書かれていた。

『西日本国、礎《いしづえ》作りし偉人 石田三成公』

「え!!!!」

そしてその銅像は袴を羽織り、どこかを扇子で指さしてはいるが、その目ははっきりと白目を剥いた銅像であった。

何より、がそこいたのであった。

「ちょ!!!ちょっと待って!!!!え????」

津久見は尚も現実を受け入れられず、その銅像も怖くなり、足早に校門を出た行った。

(訳が分からない…あれは昨日までの俺…)

「あ!!タクシー!!」

と、津久見は混乱しながらも通りかかったタクシーを拾って自宅まで向かうよう伝えた。

よもや、一人では歩けないと察していたのだ。

「ふ~」

後部座席で津久見は何度も深呼吸をする。

すると、助手席の後頭部に備え付けられた、モニターからCMが流れ始めた。

『1.2.3.4 ふ~ あ!!そこのあなた~!!!』

津久見はおもむろにモニターを見た。

そこには3人のレオタード姿の女性が映し出されていた。

(なんだ。フィットネスのCMか…)

と、津久見はそう思うと顔を下に向けた。

『運動不足じゃありませんか~????でしたら西日本国全500拠点ある…』

(西日本国????)

津久見はそう聞くとまたモニターを見つめた。

『セン・フィットネス24~!!!イェーイ!!!!』

(?????)

『例えば~たるんだ二の腕は~こう!!!』

と言うと女性は刀を振るそぶりをして見せた。

『ビュッビュッビュッ』

どこか見た事のある太刀捌きだ。

『こうやって二の腕のぜい肉ともおさらばよ!!これで貴方も立派な~』

3人の女性が集まり口を揃え

『くのいち~!!!!!』

(??????????)

何を言っているのか分からない。すると次のCMが流れ始めた。

『さあ就活シーズンも大詰め!!第一印象はその身なりから!OODATEスーツ今年も2着買うと1着プレゼント行います~!」

(!!!!!?????)

矢継ぎ早に次のCMが流れる。

『物を届けるんじゃない!!心を届けるんだ!!!ムラカミ急送!」

「ひえ!!!」

さすがに声が出た。

『我々ムラカミグループは全国1000以上の配達拠点、世界200か国以上との取引実績のある国内シェアNo1の物流企業です。でも、数じゃありません。シェアじゃありません。届けるのは『心』です。ムラカミ~』

「はあ、はあ、はあ。」

動悸が止まらない。

客の異変に気付いた運転手は信号で止まると、振り向き

「お客様大丈夫でございますか?」

と、丁寧に聞いて来た。

「はあ。はあ。ああ、大丈夫で…。」

と、言いながらふと運転手の帽子が目に入った。

『HIRAOKAグループTAXI』とそこには刺繍がほどこされていた。

「ひゃ!!」

津久見はまたのけぞるように声を出し、

「お、お、降ります!!!」

と、財布からお札を取り出しトレーに置いた。

「びゅえー!!」

津久見はまたもや奇怪な声を発した。

お札の肖像画が島左近だったからである。

「お客様?」

「あ、お釣りいらないです!!!!」

と、吐き捨てタクシーを降りた。

(何だ!!!!!!もう~)

津久見は膝に手を置き肩で息をしながら、必死に落ち着こうとしていた。

深呼吸を繰り返し、津久見は這う這うの体で自宅にたどり着いた。

(これも夢なのか???夢であれば、島森がいないのも承知が着く…)

津久見はまたも今目の前で起きている現実を『夢』であるように思い始めていた。いや、夢であって欲しいと願っていた。

カチャ。

津久見はクローゼットの上に置いておいた扇子を手に取った。

扇子はどこか400年の時を経て主の元に戻ったかのように、どこか輝いて見えた。

「…。」

津久見は何も言わず、扇子を元のあった所に置いた。

そしてTVをつけた。

『ムラカミ~』

先程のCMがまた流れていたがすぐにニュース番組が始まった。

『こんばんは2023年10月1日のニュースです。』

男性キャスターが言う。

そして読まれるであろう次のニュースのテロップが映し出され、津久見は口を開けてソファにもたれかかってしまった。

『今年も10月4日、天竜川謁見祭りが行われます。現場の黒田さ~ん』

(!!!!!!!)

シーンは天竜川の西部の様子が映し出されていた。

『は~い。現場の黒田です。今年もここ、天竜川では明後日行われる天竜川謁見祭りの前夜祭が行われ、大変多くの人で賑わっています~』

と、女性リポーターが言うと、カメラ搭載のドローンが徐々に高度を上げていく。

天竜川沿いに1000店舗以上の屋台が並び、延べ3日間で50万人の来場者があるという。

(!!??)

もう、少しの事で津久見は動揺しなかった。

なんせ、『夢』だからである。

『ただ今年は少し強い風が吹いておりますので…荒れた天気に…』

リポーターは体をもっていかれそうな程の風を受けながら喋る。

画面はドローンの映像に切り替わる。

ドローンも東へ東へと、強風に煽られ、画像は乱れる。

そして、天竜川の真ん中を超えた瞬間であった。

『バキューン!!』

(!!!!!!)

と、音とともに画面は切り替わった。

『え~少し機材トラブルがあったようですね。天気が荒れるという事なので、もし参加される方は、傘などのご用意を。』

そう言い終わるか終わらないかで津久見はTVを消した。

(天竜川謁見祭り?)

津久見はスマホを取り出し、それが何なのか調べようと、アプリに手をかけた。

いつも見る『G』の文字は無く、それに似た『O』があった。

津久見は迷わず『O』を開く。

『O・GYOBULE』

(オーギョウブル?ふふ。大谷さんはIT関連か)

と、津久見はおかしな夢だ、と笑いながら

『天竜川謁見祭り』

と打ち込む、『KOBAPEDIA』と言うところから知らべた。

『天竜川謁見祭り 
1600年 関ヶ原の戦いでの和議以降数カ月に1回天竜川にかけられた大きな橋に設営された謁見場で、東軍・西軍の代表者が意見交換の場として設けられた日を祝う祭り。謁見自体は、1850年より西日本国内での合議の上、意味をなさないとされ西日本国からは代表者は出席をしていない。が、しかし、。』

(!!!!!)

津久見の目つきが鋭くなった。

そしてシャワーを浴び、さっと布団に入ってしまった。

◇◆◇◆

翌朝、津久見は起きるとすぐにTVをつけた。

『ムラカミ~』

「ピッ」

すぐにTVを消した。

そしてすぐに身支度を整え、最後にリュックの中にあの扇子を大切に入れた。

そこにスマホが鳴る。

彼女の瑞穂からだ。

「裕太?やっと出た!!」

「ごめん。」

どうやら昨日から何回も電話をしてきていたようだ。

「今どこ?今から行くよ?」

「いや、瑞穂。俺ちょっと出てくるわ。」

「え、どこに?」

津久見は静かに深呼吸をして言った。


「天竜川に。」



最終話まであと2話⭐︎⭐︎


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