ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに

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1章 警察署編

8話

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「お腹空いた……」
「我慢よ…‥救助が来るまでの辛抱……」

 私はたった二人しかいない女性だけで体を寄せ合って座っていた。もう2日くらい経っただろうか……食べ物も残り僅かで一日三回少しずつ残った食べ物にかじりつくだけ。

 もはやそれでは空腹を紛らわす事ができなくなる頃合いだった。

「……」

 私の隣にいる女性の名前は知らない。自己紹介なんてしてないもの、する必要もない。私達にできることは救助が来るのを待つだけだから……。

「救助なんて来るわけないじゃん……電話も繋がらないんだし……」

 口を開き言葉を話すことだけでも余計なカロリーを消費する。

 それでも言葉を発するのは無言でこの圧迫される様な空間の空気を受け続けるのは、まるで死を受け入れてしまったことのように感じて辛かったからだ。

「そうだけど、諦めててしまっては終わりよ」

 目の奥底を覗き込む。その目には活力が無く、一縷の光すらも垣間見る事は出来なかった。

「……あの化物に喰われるくらいなら私は今ここで……」
「!?……ダメよっ!正気を保って!」

 私はその言葉の続きを両肩を掴んで止めさせる。諦めてしまってはダメ……その言葉を口にしてしまえば今必死に耐え続けている人の集中の糸を切らしてしまうかもしれない……。

 私はまだ諦めたくない……。

「そうだ……お腹が空いているなら良い方法があるぞ」

 すると正面の壁にもたれ掛かっていた男性が閉じていた口を急に開く。

 一体何時間ぶりだろう……この男の声を耳にしたのは。そして良い方法があると聞き、私はこの空腹どうにかできるのだと期待をする、期待せずには正気を保てなかった。

「本当に?」
「あぁ、隣失礼するよ?」
「ぅ、うん……」

 目の前にいた男性は突然と私の隣にいた女性の隣に座り込む。

 一体何をするつもりなのだろうか?

「……食欲を満たせないならこっちの欲を満たせばいいじゃ無いか」
「えっ……んぅっ!」
「なっ!?」

 何とその男性は隣にいた女性に急にキスをし始めたのだ。私はこの場にそぐわない淫らな状況にただただ困惑をする。

「あっ……だ、だめっ……」

 その男性は濃厚なキスを終えたかと思えば次は首筋を舐め始め、左手はその女性の太ももをなぞりながらスカートの中に手を入れる。

「あなた血迷ったの!?何て卑劣なっ……!」
「これが俺の考える良い方法だよ。性欲を満たせば一時的に空腹は紛らわせれるだろう?」
「だとしてもそんな卑劣な方法許されるわけが……」

 私は信じられないものを見る様な目でその男性を睨む。この状況でどうやって空腹を凌ぎながら救助を待つかを考えなければいけないのに……。

 この行為がその男の言う良い方法だったなんてっ……!

「別にこの子は嫌がって無さそうだし互いの了承があれば大丈夫だろ。あれ?むしろノリノリじゃん君」
「んっ……あっ……もっと……」
「いいねぇ。興奮するよ」

 しかしその女性は嫌がるどころか、自分から体を密着する様にして近づき、その男性の背中に腕を回す。

「嘘でしょ……?」

 冷静な判断をする思考力を失ってしまっているのだと思った。

 こんな他の人が見ている状況で私達を気にせず行為に至ろうとするなんて……私はこんなケダモノ達と二日も共にしていたのだと思うと眩暈がしてくると同時にもう同じ空間に居たく無いと思った。

「こんな状況で欲情するなんて猿同然じゃないっ」

 私は吐き捨てる様に侮蔑を込めた言葉を発する。

 その光景を見ていた他の男性陣達は男女の行為を一瞥した後私に視線を向けて……

 ごくりっ

 喉を鳴らす音が聞こえた。

「…‥何見てるのよ?」

 私は視線を向けられた事で、動かせないように睨みを効かしてその場に縛る。しかし若干たじろぐだけで立ち上がる。

「いや俺もその男の考えに同感だと思って……今を生きるためならその方法も仕方無いんじゃないか?」
 
 やはり汚らわしい視線で分かってはいたが、この男性もその方法に賛成らしい。猿だもの……貴方達にとっては旨味しか無いでしょうね。

「……そんな方法でしか生き延びられないなら私は一人でもここから抜け出して逃げるわ……」
「君は自暴自棄になっているんだ、少し落ち着いた方がいい。普通に考えてそんなの成功するわけ無いだろう?」

 私のことを助けてくれたスーツ姿の中年男性も徐々にこちらに近づいてくる。私はその卑しい笑みと視線に恐怖で後ずさる。

 私は壁と背中がくっついたのを感じ、後ろを見てみれば背後にはドアしか無かった。

「や、止めて……来ないで!」
「僕はね君のことを考えて……」

 大きな手を私へ向けてくる。その手に掴まれたら私はあの女みたいに空腹を紛らわすオモチャとして救助が来るまで一生扱われてしまうだろう……。

 例え生き延びたとしてもそんなズタズタな心と身体で私は生きていく自信がなかった。

 だから……

「い、いやっー!」
「なっ!?」

 私は背後にあるドアノブに手をかけて、ロックを解除しドアを開ける。

 (どうせ夢よ…‥このドアの向こうにゾンビなんているわけ……)

 ドアを開けた先にはいつも通りのレンタルショップの店内の光景が広がっていた。

「ほ、ほらやっぱりいないじゃ……」

 左に人影が見えてその方向を見る。私はそこでやっと現実へと思考を引き戻される。

「ヴォォォ……」
「え」

 そこには人間の形をした、人間の皮を被った悪魔の様な形相をしたゾンビがこちらを見ていた……。

「ちっ!なら勝手に死ね!」
「きゃっ!?」

 私が呆然とドア前に立ち尽くしていると、後ろから背中に突き飛ばす様な蹴りが入る。

 バタンッ

 そしてドアが閉められる。そこで理解する、私は見放されたのだと……。

「ヴォォォ……」
「え、あっ……」

 背中に痛みを感じつつ腕を使って体を起こしながら顔を上げるとすぐ近くに化物は立っていた。

「ヴォォォ!」
「いやぁぁぁっ!」

 私は湧き上がってくる死の恐怖から逃げるために急いで立ち上がりゾンビのいる反対方向へ走る。

 振り返ると化物はこちらを追うようにフラフラしながら走る。

 早くは無い……早くは無いけど一瞬でもスピードを緩めれば襲われて死ぬ気がしてもう振り返りはしなかった。
 
「ヴォォォ!」
「来ないでっーー!」

 呻き声を出すだけで私の恐怖心は何倍にも掻き立てられた。

 (男子トイレに……!)

 私はどこでも良いからこの化物に襲われない場所に行きたいと思い、咄嗟に目についた男子トイレに足を向ける。

 トイレの個室に入りドアを閉めようとする。

「し、閉めないと……ひっ!?指がっ……!」

 ドアを閉めないとっ……鍵を掛けないと化物に襲われてしまうのに。

 その化物は痛覚など無いかのように閉める寸前のドアに手を自ら挟む。

「お願い…‥離してっ!」

 私は神に祈るように何度も手前側にドアを引く。

 何度も何度も……

 目を閉じながら祈り続ける。

「お願いします……お願いしますっ……」
「ヴォォォ!」

 ドアの隙間に遮るものが無くなりドアが閉まる。
 
 バタンッ ガチャ

 私はすかさずドアの鍵を掛ける。

「はぁ……はぁ……」
「ヴォォォ!」

 ドンドンッ ドンドンッ

 しかしその化物は私を喰うまで離れる気は無いのか何度もドアを叩く。

 今度は別の化け物が入ってきてドアの下の隙間から手を伸ばされ私は便座の上に足を乗せて回避をする。

 そして私は鳴り止まないゾンビの呻き声を無視するように身を丸めながら顔を隠すように両腕に顔を埋める。

 (何でこんなことに……私何も悪いことなんてしてないのにっ……)

「ぅっ……うぅ……ひくっ……」

 (誰か助けてよぉ……)

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