ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに

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1章 警察署編

9話

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「まさかそれがこの変質者……?」
「おいまさかそれって俺の事か?つか何の話ししてんだ?」

 独り言を聞かれたのが恥ずかしいのか、冷ややかな眼で俺を睨む。

「静かにしてなさいっての」

  (こいつ……!)

 俺とこの口の悪い女は何故か男子トイレの個室に閉じこもっていた。この女はゾンビから俺を守る為に個室に引き入れたのかもしれないがとんだありがた迷惑だ。

 俺はゾンビに襲われない体質なのに何故ゾンビから姿を隠さなければいけないのだ……しかしそんな事は口を裂けてもこの女の前で言う事は出来ない。

 自分の秘密をバラすわけにはいかないのだ。

「ヴォォォ……」
「ひっ……!」
「お前ビビってるのか?」
「し、静かにしてなさいって言ったのが聞こえなかったの?これくらいの言葉が分からないなんてっ……た、ただの猿……じゃない」

 かなり怖がっているな……おそらく相当ゾンビにトラウマを植え付けられてのだろう。

 いくら個室だから襲われにくいと言っても絶対的に安心ということでは無い。ドア越しから聞こえるゾンビの呻き声とドアを叩く音、それによるプレッシャーを一人で受けるのは相当堪えるだろう……。

 ま、そんな事情俺には関係ないけどな。

「はぁ……静かにしてればいいんだろ?全く……」

 俺がちょっと声を出すと罵られるしもはや会話する気も起きない。

 俺は反対方向を向きながらどうやってここから秘密をバラさずに抜け出すかを考える。

「……」
「……」

 暫しの沈黙……。ゾンビはトイレの入り口付近でウロウロしていて中に入ってくる事は無かった。

 5分くらい経っただろうか……隣にいる女がこの沈黙を破る。

「……貴方怖くないの?」

 やっと沈黙を破ったかと思えばそんな事がこんな状況で聞きたいのか?

 ……もしかしたらゾンビから襲われる普通の人間だったら、俺が平常心でいることに疑問を持ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 しかしその問いに対する答えは当然口にする事は出来ない。俺はその話題を避ける為にも嫌みを口にした。

「静かにしろって言ってなかったか?」
「発言を許すわ」

 こいつにどんだけプライド高いんだよ…‥何で俺がお前に発言許されないと話しちゃいけないんだ。

 とことんムカつく奴だ……。

「お前な……はぁ、怖くねーよ別に」

 俺は反対方向を向いたまま思ってることを口にする。ここで怖くないと言っても信じてもらえないだろうしな。

「嘘で言ってるのよね?あの化物が人を襲う姿を見てないの?」
「見たよ。噛まれてゾンビになってたな。それがどうかしたか?」

 俺は機嫌が悪そうに淡々と答える。

「っ……!そ、そんな強がりはいらないわ。あの化物に恐怖を感じない人間なんているはず無いわ」
「まぁ普通はそうだわな」

 残念ながら俺は普通の人間ではない。

「普通って貴方は……あれ……?」

 ここでこの女はあることに気がつく。俺は何に気が付いたのかを察して億劫に感じながら髪の毛をガシガシと掻く。

「貴方どうやってこのトイレに入って来たのよ?外にはあの化物がうじゃうじゃといたはずよ?」
「あーーまぁ普通はそうだよなぁ……」
「?」

 (正直鼻歌しながらしょんべんしてた時点で俺に違和感を持ってしまうのは仕方ない)

「ヴォォォ……」
「!入ってきた……」

 (さっさとこいつを逃して姿を眩ますか……)

「おい」
「……何よ?」

 入ってくるゾンビに対して体を震えさせながら居なくなるのを待っているようだった。

 そして先ほどよりも声を小さくして俺の呼びかけに応じる。

「俺がゾンビを抑えといてやるからお前だけでも逃げろ」
「あなた何を言って……」

 その言葉でやっとこちらの向く。僅かに目を細めて怪訝そうに俺を見る。この状況下で何をしでかすか分からない俺を警戒するようだった。

 俺は気にせずドアの鍵に手をかける。

「行くぞ」
「え?」

 そのままロックを解除しドアを開ける。

 ガチャッ

「ヴォォォ!」
「おうらぁ!」
「!?」

 ドアを開けた音でこちらを向き、俺の後ろにいる女の存在に気づき呻き声をあげて襲おうとする。

 それにカウンターを食らわすように突進してゾンビにタックルをかまし奥側の壁まで突き飛ばす。

 多少はそれで怯みはしたが直ぐに起きあがろうとする。

 (骨とか折れてそうなんだけどな……あれくらいなら動けるらしい)

 俺の後ろにいた女は俺の暴挙とも思える行動に唖然しているようだった。

「逃げるぞ」
「あ、貴方馬鹿なの?逃げられる訳が……」
「うるせぇ来い」
「きゃっ!」

 俺は会話なんてする気は毛頭無く、取り敢えずこの店からこいつを逃すことだけを考えて腕を掴みトイレから出る。

「ヴォォォ!!!」

 トイレの外に出ると先程俺が配置させていた場所にゾンビが集中して溢れかえっていた。

 ゾンビが一箇所に集中しているからこそ抜け出すのはこの一瞬しか無いと思い、腕を掴みながら走り出す。

「噛まれない様に身体は自分で守れ」
「そ、そんなっ……!嘘でしょう!?」

 そんな俺の無茶振りに困惑をしながらもしっかりと足を動かす。ゾンビの前に姿を現してしまった以上立ち止まるという選択はできなかったのだろうと思った。

 それでも腕を引っ張りながら二人で走っている為に速さはそこまで出ない。その為まず一人目のゾンビに追いつかれてしまう。

「邪魔だ!雑魚どもはすっこんでろ」

 俺は後ろからこの女を襲おうとするゾンビの腹に蹴りをお見舞いして後ろへ吹っ飛ばす。

 蹴りを食らわす為一瞬立ち止まった隙に今度は横からゾンビが姿を現し襲ってくる。

「ぁ……」

 近くにあった棚から急に姿を現してきた為に反応できず死を予感したようなか細い声をあげる。

「死ね」

 ドンッ

 勿論俺がそれを許すはずが無いので片方の空いた手で拳をつくり顔に一撃を与えて吹っ飛ばす。

「す、凄い……」

 (ここまで来たらもう平気だな)

 俺達は出口前の広い通路に出てゾンビが先にいないことを確認し、この女を一人で逃げるよう促す。

「後は俺が抑えとく。お前は一人で逃げろ」
「なっ……!死ぬ気!?」
「死ぬ気はねーよ。早く行け」

 しかしこの女は中々その場から動こうとしない。最初に助けた女と同じだ、人をそう簡単に見捨てられない面倒くさいタイプだ。

 まさかこの女がそんなタイプだとは思わなかったけどな……。

「ちょっ……きゃあ!」
「早く逃げろ!死にてぇのかっ!?」

 俺は早く先に行かせるようその女の肩を強く押して大きな声をあげて怒鳴る。それはこれ以上余計な仕事を増やすんじゃ無いという怒りも含まれていた。

 押されて多少よろけたが踏ん張りに成功し倒れずに済む。そこでまた俺の顔を見たかと思えば、後ろに視線をやって青い顔をしながら声を上げる。

「っ……!後ろ!」
「あ……」
「ヴォォォ!!!」

 俺は大群のゾンビの群れに呑み込まれそうになる。そしてこれが最後だと思い、精一杯の声量で叫ぶ。

「振り向くな!走れぇっ!」
「っ……」

 そこでやっとこちらを振り返ることなく走り出す。

 (よし、後は俺がこいつらを足止めしていれば……!)

 しかしその女の先、レジ台の下から人影が出てくる。

 (なっ!?あんな所にまだゾンビが……!)

「きゃあっ!や、止めて……!」

 突然と現れたゾンビに出口寸前の所で足を掴まれる。

 (……)

 俺はその状況をゾンビの群れの中から目を離さずに見ていた。

「ヴォォォ!!」
 
 そのゾンビは口を大きく上げながらその細い足にかじりつこうとする。

 俺はその瞬間をただただ眺めていた。今の俺の感情はぐちゃぐちゃでどうなっているか分からなかった。

 助ける義理も義務もない女のはずで、助けたくなるようなか弱く可愛げのある女でもない。

 俺の秘密に気づいてしまうかもしれない危険性のある人間。ならここで見捨てる事が俺の安全に繋がるのだ……なのに……

 (く……)

「くっそぉがぁぁぁっ!」

 俺は歯を食いしばって立ち上がり目の前にいる邪魔なゾンビを押し倒しながら走り出す。

「うっ……え?嘘……」

 その女が目を開ける頃にはゾンビは近くから居なくなっていた。代わりに腕を掴んでいるのは俺だった。

 俺が生きていることに驚愕しているのか目を見開く。

「はぁっ……はぁっ……嘘じゃねーよ。このやろっ……チンタラしてる間に狙われやがって」
「ご、ごめんなさい……でもどうして……」
「説明は後だ。取り敢えず逃げるぞ」

 俺はまだ後ろにいるゾンビから逃げるべく再び走り出そうと腕を引っ張る。

「きゃっ!だめっ……や……しく……」
「あ?」

 俺は何を言ったのか聞こえなくて、一瞬だけ立ち止まる。

「や……優しく……引っ張って……」

 その女は顔を俯かせながらそう言っていた。気のせいか少し耳が赤くなっているような気がしたがゾンビに襲われていたからだろうと思い、掴む指の強さを緩めてゆっくりと引っ張る。

「……あぁ悪かったな」
「……ぅん」

 その女はリードされるように何も言わず俺にされるがまま付いてきた。





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