月読の塔の姫君

舘野寧依

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第四章:華燭の姫君

第50話 蜜月の前に(2)

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「そ、そんなに早く?」

 せいぜい一ヶ月くらい先のことだろうと高を括っていたので、さすがにこれにはびっくりした。

「うるさい貴族どもに口を出させない為にも、なるべく早く婚礼にこぎ着けたかったからな。あと、近い親戚筋のアウディス公爵家におまえを養女にすることを既に了承させてある」
「そ、そうなの……」

 ああ、昼間アークが現れなかったのは、婚礼の準備で忙しかったからなんだ。
 わたしはアークの素早い行動に内心舌を巻いていた。

「国内へのふれと、諸外国への親書は明日出す予定になっている」

 国王の婚礼だから、それは確かにやらないとまずいわよね。それにしても、ふれを出すにしても時間が短いので国民に浸透させるのも大変じゃないかしら。

「国民への披露はあるの?」
「ああ、婚礼の誓約が済んだら、露台バルコニーに出て、国民へ顔見せする」

 これは五百年後の世界で経験済みだからなんとかなりそう。
 アークと一緒にバルコニーで国民に手を振ればいいのよね。

「そういえば、諸外国の方も招待したりするの?」
「特にしない。婚礼を執り行うことだけを親書で知らせるだけだ」
「……それなら特に心配することもなさそうね」

 諸外国から要人を呼んで披露パーティーをしないのは助かった。
 思っていたよりも大層なことにならなさそうなので、わたしはほっとした。
 それに国内的にもパレードとかしないらしいし。
 五百年後の披露式典と比べたらかなり楽な方だろう。……ただ、期間が短すぎるのが少し問題だけれど。

「おまえも明日から忙しくなるぞ、婚礼の衣装合わせがあるからな。急なことなのでおまえには既製のものになってしまって悪いが」
「ううん、それはいいの。でもアークの方が大変じゃない?」

 これだけの強行スケジュールで、アークは大丈夫なのかしら。体調崩したりしないといいけれど。

「そのために宰相や、宰相補佐がいる。おまえが心配することもない」
「……それならいいのだけど」

 そうは言ったけれど、やっぱりアークのことが心配で彼を見つめていると、唇に軽く口づけられた。

「そう心配するな。わたしはそう簡単に倒れたりはしない」
「え、ええ……」

 確かにアークは魔術師だけど、剣の心得もあるらしくてそれなりに鍛えているから大丈夫だとは思うのだけど、やっぱり心配になる。

「それでも、無理はしないでね。お願い」
「……分かっている」

 わたしがアークを見上げて言うと、彼は優しく微笑む。そして軽い口づけを何度も繰り返した。

「あの……、陛下、イルーシャ様、お邪魔するようで申し訳ないのですけれど、お食事の途中です。よろしいのですか?」

 それまで控えていたシンシアから赤い顔で突っ込まれて、わたしも赤面し、アークは苦笑した。



 アークの言葉通り、わたしは翌日からいきなり忙しくなった。
 それは、衣装合わせや宝石商との打ち合わせが入ったから。
 なにせ婚礼本番まで、今日を入れてあと五日しかない。
 衣装も既存のものとはいえ、数十着もあり、どれがいいかとエレーンやシンシア、侍女長のメルアリータさんと相談しながら数着の候補を決めた。

「それにしても慌ただしいのね」

 ふうとわたしが思わず溜息を付くと、三人が楽しそうに微笑んだ。

「陛下は早くイルーシャ様を手に入れたくて焦っておられるのですわ」
「イルーシャ様はお綺麗ですから、陛下のお気持ちも分からないでもないですが」
「わたくし達はとても楽しいですけれどもね」

 三人ともこの状況を楽しんでるのね。……たくましいというか、なんというか。
 わたしも五百年後の披露式典を経験しているからこういうのはある程度は慣れたけれど、やっぱり慌ただしいのは否めない。

 衣装の候補は絞りこんだけれど、やっぱりどれも捨てがたくて、わたし達は頭を抱えていた。

「どれもお似合いですけれど、やっぱり迷いますわね……。他の侍女にも聞いてみましょうか」

 メルアリータさんがこう言ったことで、他の侍女も入れ替わり立ち替わりで衣装を見て貰うことになってしまった。
 その結果決まったのは、襟元があいて、後ろの裾が長くなっているドレスだった。
 わたしは早速それを着せられて、髪型やら、アクセサリーやらをいろいろ変えられて、どれが合うのか検討された。

「イルーシャ様の御髪はあまり手を入れない方が良いのでは? せっかくこれだけお美しいのですし」
「それはそうですわね。では、後ろはおろして横だけ編み込みましょうか」

 とりあえず髪型は決まったようで良かった。わたしがちょっとほっとしていると、シンシアが言った。

「そうしますと髪飾りはどうしましょう。首飾りと同色の方がいいと思いますが、イルーシャ様の瞳の色か無色透明か迷いますね」
「……それでは陛下に判断して頂きましょうか」

 わたしは横の髪を編み込まれて淡い青の花を模した髪飾りをいくつか差し込まれる。首には同色の首飾り。
 そして薄く化粧を施して貰って、第一案の方は完成した。
 それから侍女さんがアークを呼びに行って、しばらくして彼が移動魔法で現れた。
 アークはわたしの姿を見ると瞳を見開いた。

「……アーク、どうかしら?」

 わたしがちょっとどきどきしながら聞くと、アークははっとして、ああ、と言った。

「とてもよく似合っている。イルーシャにはやはり淡い青の方がいいだろう」
「そうですわよね!」

 侍女さん達がアークの言葉に賛同したけれど、もう一つの方、見なくてもいいの?

「あの……、これでいいの? もう一つはダイヤをつける予定だったんだけど」

 わたしはそう言って、侍女さんにダイヤの首飾りを持ってきて貰った。

「いや、これがいい。こちらの方がよりおまえが映える」

 はっきり断言して貰ったのでわたしはそれに頷いた。

「あなたがそう言うならこれにするわね。……忙しいのに呼び出してしまってごめんなさい」

 申し訳なくてわたしがアークに頭を下げると、彼は首を振ってから微笑んだ。

「いや、先におまえの花嫁姿が見れて嬉しかったぞ」

 アークの言葉にわたしの頬が熱くなる。

「そ、そう? なら良かった」

 そんなわたしをアークは抱き寄せると、赤くなった頬に口づけた。

「名残惜しいが、それではまた晩餐時に会おう、イルーシャ」
「ええ」

 アークも婚礼の準備でかなり忙しいのだろう。その上、執務もあるのだから大変だ。
 アークは呪文を唱えると、移動魔法で執務室にまた戻ったようだった。

 ──ああ、もっと彼と一緒にいたい。

 ここ数日は会う機会も限られているだろう。それでも、それも婚礼を挙げるまでの辛抱だ。それからは、彼と一緒に過ごせるのだから。
 そう思っても寂しくて、わたしはそっと溜息を漏らす。

「イルーシャ様、早々にお衣装が決まってようございましたわ。陛下もあなた様に見とれておいででしたし。明日はお式の段取りを確認いたしましょう」

 メルアリータさんに声をかけられて、アークが消えた場所を見つめていたわたしははっと気がつく。

「あ、そうね。早目に確認しないといけないわね」

 わたしは婚礼衣装を侍女さんに脱がされながら頷いた。
 ……わたしもやることはたくさんあるのだし、寂しいなんて言っていられない。
 それにアークも忙しいのにわたしに会う時間を取ってくれているんだから、我慢しないと。
 晩餐までまだ時間があるので、わたしはエレーンにお茶を入れて貰って、過去視の訓練がてら、一休みすることにした。
 アークの執務室まで行ってみようかと思ったけれど、彼の邪魔にはなりたくないし、晩餐の時には会えるんだからと自分に言い聞かせた。
 カディスの執務室を訪れる時はこんなこと考えたこともなかったのに、我ながら不思議だけど、彼に嫌われるようなことは出来れば避けたいと思った。
 そんな自分の心境の変化がおかしくて、わたしは思わずくすりと笑みをこぼす。
 わたしは彼に会える時を心待ちにしながら、過去視の訓練のためにカードを手に取った。
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