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第七章:記憶の狭間に漂う姫君
第91話 去就
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──どうやら朝なのだろう。
ノックの音とともに人の気配がして、カーテンが引かれると、朝の穏やかな光がわたしの元にも届いてきた。
「イルーシャ様、お加減はいかがですか」
シェリーがわたしに声をかけてくる。
「あ、そうね……。今日はだいぶ調子がいいみたい」
ここ数日、わたしは謎の高熱に悩まされていたのだけれど、不思議なことにそれが嘘のように引いていったようだった。
「……まあっ、よかったですわ。早速侍女長と医師に報告をして参りますわ」
「ええ、ありがとう」
シェリー達には随分と迷惑をかけてしまったようで、わたしは本当に申し訳ない気分でいっぱいだった。
そして、しばらくしてからリイナが医師と一緒にやってきた。見ればユーニスも一緒にいる。
「まあ、イルーシャ様、今日はお加減もよろしいようで……本当に喜ばしいことですわ」
「ええ、心配をかけたようで、ごめんなさいね。それと、面倒を見てくれてありがとう」
わたしが彼らに頭を下げると、皆は困ったようにわたしを見てきた。
……わたしは王族だからやたらに頭を下げたりしてはいけないのだけど、わたしはいろいろな人達に迷惑をかけどうしなのだから、一度くらいは頭を下げても構わないだろうと判断したのだ。
そのわたしの気持ちを汲んでくれたらしいリイナが優しく微笑んで言った。
「……まあ、嬉しいですわ。ですが、それがわたくし達の役目ですから。イルーシャ様のお気持ちはありがたく頂戴いたしますわ」
「イルーシャ様、本当によかったです。一時はどうなることかと……」
ユーニスが感極まったように言葉に詰まるのを同僚のシェリーが慰めるように背中を軽く叩いた。
「これこれ、わたしはまだイルーシャ様がまだよくなられたとは言ってはいませんぞ」
わたしの脈を計っていた老齢の医師長が先走る侍女達をたしなめるように言う。
「え……、先生、イルーシャ様は……では」
ユーニスが泣きそうな顔をして医師長を見やる。それに、リイナとシェリーも続いた。
すると大仰に医師長は溜息をついてから言った。
「いや、イルーシャ様の病状はよくなられましたよ。だいぶ体力を消耗されておりますが、お食事の粥に栄養のあるものを混ぜて、薬湯も続けられれば、程なく元に戻られるでしょう」
医師長がそう言ったので、わたしもほっと息をついた。
……本当に妙な病でなくてよかった。
「しかし、今回は本当に手の施しようがなくて冷や冷やしましたよ、イルーシャ様。……我々はキース様にはまったく頭が上がりませんわ」
医師長がそう言うと、侍女達の空気が微妙に変わってわたしは不思議に思った。
……これは……動揺かしら。
幸い医師長にはそれは伝わらなかったようで、彼は「お大事に」と告げ、程なくして帰っていった。
「……キースがわたしを治してくれたの? お礼が言いたいわ。彼を呼んでくれる?」
寝室に漂う不自然さを感じ取りながらも、わたしはそれに気づいていない振りをして言った。
「いえ、実はキース様は……」
ユーニスは息を呑み、シェリーが答えようとしたけれど、結局は口ごもった。
「キース様は国外追放処分となりました」
リイナがシェリーの後を引き取って返答する。
「えっ?」
わたしは一瞬リイナの言ったことが理解できなくて彼女の顔を見返す。
すると、リイナの顔が苦しげに見えたような気がした。
「キース様は──」
「キースの奴なら国外に追放してやったぞ」
突然カディスがわたしの寝室に入ってきてわたしはびっくりしてしまった。
相変わらず、ノックもなにもなしで入室してきて困ったことだけど──
「なぜ……?」
キースを国外に追放?
稀代の魔術師と言われる彼をなぜそんなに突然に?
「あいつは俺とおまえの信頼を裏切ったのだ」
不愉快そうに顔を歪めて答えると、カディスはさっきまで医師長が座っていたスツールにどっかりと腰を下ろした。
「いったいなにがあったの? それじゃ分からないわ」
わたしがそう言うと、カディスはわたしの唇に指をのせてわたしの言葉を封じた。そして、じっとわたしの顔を見つめてくる。
「俺はおまえが死んでしまうかと思った」
そして、スツールから腰を上げると、わたしをぎゅっと抱きしめてきた。
「カディ……」
一瞬、わたしの体が彼を避けようとびくりとする。
「怖がるな。俺はなにもしない」
「でも……」
アークの妃としては、やっぱり異性に抱きしめられるのは抵抗がある。
それでも高熱が続いて弱っていた体は、カディスの胸を押し返すことも出来ない。
それをカディスも感じたのか、息をつくとわたしから手を離した。
それでわたしもカディスに知られぬように息をつく。
「……心配をかけたのは、悪かったわ。でも、どうしてキースを追放したの? ガルディアにとってキースは必要な人でしょう?」
わたしがそう尋ねると、カディスは不機嫌さを隠しもせずに言った。
「キースがいなくてもガルディアは大丈夫だ。それにあいつにおまえを害させるくらいなら、ここからいなくなってもらった方がいい」
「わたしはキースに害されたの?」
わたしがそう言うと、カディスは一瞬絶句した後、首を横に振った。
「……いや、そうなる前に排除したということだ。なにせ、やつはおまえの記憶操作までして、婚約誓約書を作らせたんだからな」
それを聞いてわたしはカディスの顔を思わず見返してしまった。
……それって、わたしが知らないうちにキースと婚約したってこと?
思ってもいなかったことを聞かされて、わたしは激しく動揺した。
「し、信じられないわ。あのキースがそんなことをしたなんて……」
「信じられなくても動かぬ証拠がある。……おい、あれを持ってこい」
「かしこまりました」
そうリイナが頷いてしばらくして持ってきたものはカディスの言ったとおりの婚約誓約書だった。そこには間違いなくわたしとキースの署名がしてある。
「そ、そんな……」
わたしはキースに裏切られたような気持ちになり、思わず身を震わせてしまった。
「そんな忌々しいものは破棄してしまいたいのは山々だが、残念ながらこれにはキースの防御魔法がかかっていてな、無理だった。……だがイルーシャ、おまえなら破れる」
「わたしなら……」
呆然と呟くわたしに、カディスは囁いた。
「そうだ。キースはおまえだったらこの誓約書を破棄できると言っていた。……だから、これを破ってしまえイルーシャ」
わたしはカディスに促されるままに誓約書を上から破ろうとしたけれど……なぜかその手が止まってしまった。
「……っ」
「イルーシャ、なにをしている。それを破らなければおまえはやつに縛られたままなのだぞ。早く破ってしまえ!」
カディスに命じられて、わたしはもう一度試みる。でもやっぱりどうしても破ることが出来ない。
「……っ」
そのうちに涙が流れてきてわたしの頬を濡らした。
──苦しい。
──せつない。
──……しい。
溢れてきた最後の気持ちは言葉にならないまま、わたしはいくつも涙を零した。
そんな中で、訳が分からないながらもわたしが理解したことがある。
きっと、キースはわたしを抱いたのだ。
王族との婚約誓約書を偽造することは、確かに罪に当たる。
けれど、キース程の家格と能力があれば、国外追放までの重い処罰は与えられないはずなのだ。
それが、カディスがこうまでするということはたぶんそういうことなのだろう──
「どうした、イルーシャ。キースはおまえをアークリッド王から奪った張本人だぞ。おまえもやつが憎いだろう」
焦れたようにカディスにそう言われて、確かにそう思ったことがあることを思い出す。
けれど──
愛しいアークの顔が浮かんだ後に何度も何度もキースの姿が浮かび上がる。
まるで、アークの姿を塗り替えるかのように。
「ごめんなさい、できない。できないわ」
「なぜだ」
泣きながら首を横に振るわたしを切なげにカディスが見つめてくる。
わたしにも理由は説明できない。
けれど、わたしの心のどこかが、これを破ってはいけないと警告するのだ。
彼はわたしからアークを引き離した人なのに。
彼はわたしを汚したのに──
わたしは後から後から溢れてくる涙を抑えきれずに、キースとの婚約誓約書をその胸に抱いてそのまま動けずにいた。
カディスもそれ以上はなにも言わずに、しばらくその場は重い沈黙に包まれた。
それから数日して、わたしはようやく起きあがることが可能になり、元の生活へと戻りつつある。
わたしの謎の高熱の原因はわたしの意思に反して無理な心理操作を行われたためということで落ち着いた。
それを聞く度、……そうなのかしら? という思いが胸をよぎるけれど、カディスに反論するだけの理由が思い当たらなかった。
……そして、例の婚約誓約書はわたしが管理することになった。あれを破棄できる人間がわたししかいないからだ。
おそらくキースでも可能なのだと思うけれど、彼は拒否したのだという。
キースは誓約書をわたしに委ねたのだ。
それを思う度、キースはずるい、という気持ちになる。
でも、不思議と彼を恨む気持ちにはならなかった。
「……ユーニス、少し窓を開けてくれる? 外の空気を吸いたいの」
柔らかい日差しが差し込む窓辺、長椅子でくつろぐわたしに優しい風が届いた。
この空の下のどこかにキースがいる。
キースはわたしがアークと仲睦まじくしているのを見て、激しく嫉妬し、今回のことに及んだのだという。
あのわたしにはとても優しかった人がそうまでして、結局その身を墜とすことになってしまったのがとても哀しい。
……けれど、彼は稀代の魔術師、キース・ルグランだもの。どこの国でも引く手あまたよね。
彼のことを思うと、哀しい気持ちでいっぱいになる。
それは彼に裏切られたからなのか、親しい友人を失ったからなのかは自分でも分からない。
この気持ちがなんなのか、いつか分かる時が来るかしら──
わたしは、柔らかな風を受けながらキースの優しい笑顔を思い出し、理由のつかない感情のままに、しばらく涙を流し続けていた。
ノックの音とともに人の気配がして、カーテンが引かれると、朝の穏やかな光がわたしの元にも届いてきた。
「イルーシャ様、お加減はいかがですか」
シェリーがわたしに声をかけてくる。
「あ、そうね……。今日はだいぶ調子がいいみたい」
ここ数日、わたしは謎の高熱に悩まされていたのだけれど、不思議なことにそれが嘘のように引いていったようだった。
「……まあっ、よかったですわ。早速侍女長と医師に報告をして参りますわ」
「ええ、ありがとう」
シェリー達には随分と迷惑をかけてしまったようで、わたしは本当に申し訳ない気分でいっぱいだった。
そして、しばらくしてからリイナが医師と一緒にやってきた。見ればユーニスも一緒にいる。
「まあ、イルーシャ様、今日はお加減もよろしいようで……本当に喜ばしいことですわ」
「ええ、心配をかけたようで、ごめんなさいね。それと、面倒を見てくれてありがとう」
わたしが彼らに頭を下げると、皆は困ったようにわたしを見てきた。
……わたしは王族だからやたらに頭を下げたりしてはいけないのだけど、わたしはいろいろな人達に迷惑をかけどうしなのだから、一度くらいは頭を下げても構わないだろうと判断したのだ。
そのわたしの気持ちを汲んでくれたらしいリイナが優しく微笑んで言った。
「……まあ、嬉しいですわ。ですが、それがわたくし達の役目ですから。イルーシャ様のお気持ちはありがたく頂戴いたしますわ」
「イルーシャ様、本当によかったです。一時はどうなることかと……」
ユーニスが感極まったように言葉に詰まるのを同僚のシェリーが慰めるように背中を軽く叩いた。
「これこれ、わたしはまだイルーシャ様がまだよくなられたとは言ってはいませんぞ」
わたしの脈を計っていた老齢の医師長が先走る侍女達をたしなめるように言う。
「え……、先生、イルーシャ様は……では」
ユーニスが泣きそうな顔をして医師長を見やる。それに、リイナとシェリーも続いた。
すると大仰に医師長は溜息をついてから言った。
「いや、イルーシャ様の病状はよくなられましたよ。だいぶ体力を消耗されておりますが、お食事の粥に栄養のあるものを混ぜて、薬湯も続けられれば、程なく元に戻られるでしょう」
医師長がそう言ったので、わたしもほっと息をついた。
……本当に妙な病でなくてよかった。
「しかし、今回は本当に手の施しようがなくて冷や冷やしましたよ、イルーシャ様。……我々はキース様にはまったく頭が上がりませんわ」
医師長がそう言うと、侍女達の空気が微妙に変わってわたしは不思議に思った。
……これは……動揺かしら。
幸い医師長にはそれは伝わらなかったようで、彼は「お大事に」と告げ、程なくして帰っていった。
「……キースがわたしを治してくれたの? お礼が言いたいわ。彼を呼んでくれる?」
寝室に漂う不自然さを感じ取りながらも、わたしはそれに気づいていない振りをして言った。
「いえ、実はキース様は……」
ユーニスは息を呑み、シェリーが答えようとしたけれど、結局は口ごもった。
「キース様は国外追放処分となりました」
リイナがシェリーの後を引き取って返答する。
「えっ?」
わたしは一瞬リイナの言ったことが理解できなくて彼女の顔を見返す。
すると、リイナの顔が苦しげに見えたような気がした。
「キース様は──」
「キースの奴なら国外に追放してやったぞ」
突然カディスがわたしの寝室に入ってきてわたしはびっくりしてしまった。
相変わらず、ノックもなにもなしで入室してきて困ったことだけど──
「なぜ……?」
キースを国外に追放?
稀代の魔術師と言われる彼をなぜそんなに突然に?
「あいつは俺とおまえの信頼を裏切ったのだ」
不愉快そうに顔を歪めて答えると、カディスはさっきまで医師長が座っていたスツールにどっかりと腰を下ろした。
「いったいなにがあったの? それじゃ分からないわ」
わたしがそう言うと、カディスはわたしの唇に指をのせてわたしの言葉を封じた。そして、じっとわたしの顔を見つめてくる。
「俺はおまえが死んでしまうかと思った」
そして、スツールから腰を上げると、わたしをぎゅっと抱きしめてきた。
「カディ……」
一瞬、わたしの体が彼を避けようとびくりとする。
「怖がるな。俺はなにもしない」
「でも……」
アークの妃としては、やっぱり異性に抱きしめられるのは抵抗がある。
それでも高熱が続いて弱っていた体は、カディスの胸を押し返すことも出来ない。
それをカディスも感じたのか、息をつくとわたしから手を離した。
それでわたしもカディスに知られぬように息をつく。
「……心配をかけたのは、悪かったわ。でも、どうしてキースを追放したの? ガルディアにとってキースは必要な人でしょう?」
わたしがそう尋ねると、カディスは不機嫌さを隠しもせずに言った。
「キースがいなくてもガルディアは大丈夫だ。それにあいつにおまえを害させるくらいなら、ここからいなくなってもらった方がいい」
「わたしはキースに害されたの?」
わたしがそう言うと、カディスは一瞬絶句した後、首を横に振った。
「……いや、そうなる前に排除したということだ。なにせ、やつはおまえの記憶操作までして、婚約誓約書を作らせたんだからな」
それを聞いてわたしはカディスの顔を思わず見返してしまった。
……それって、わたしが知らないうちにキースと婚約したってこと?
思ってもいなかったことを聞かされて、わたしは激しく動揺した。
「し、信じられないわ。あのキースがそんなことをしたなんて……」
「信じられなくても動かぬ証拠がある。……おい、あれを持ってこい」
「かしこまりました」
そうリイナが頷いてしばらくして持ってきたものはカディスの言ったとおりの婚約誓約書だった。そこには間違いなくわたしとキースの署名がしてある。
「そ、そんな……」
わたしはキースに裏切られたような気持ちになり、思わず身を震わせてしまった。
「そんな忌々しいものは破棄してしまいたいのは山々だが、残念ながらこれにはキースの防御魔法がかかっていてな、無理だった。……だがイルーシャ、おまえなら破れる」
「わたしなら……」
呆然と呟くわたしに、カディスは囁いた。
「そうだ。キースはおまえだったらこの誓約書を破棄できると言っていた。……だから、これを破ってしまえイルーシャ」
わたしはカディスに促されるままに誓約書を上から破ろうとしたけれど……なぜかその手が止まってしまった。
「……っ」
「イルーシャ、なにをしている。それを破らなければおまえはやつに縛られたままなのだぞ。早く破ってしまえ!」
カディスに命じられて、わたしはもう一度試みる。でもやっぱりどうしても破ることが出来ない。
「……っ」
そのうちに涙が流れてきてわたしの頬を濡らした。
──苦しい。
──せつない。
──……しい。
溢れてきた最後の気持ちは言葉にならないまま、わたしはいくつも涙を零した。
そんな中で、訳が分からないながらもわたしが理解したことがある。
きっと、キースはわたしを抱いたのだ。
王族との婚約誓約書を偽造することは、確かに罪に当たる。
けれど、キース程の家格と能力があれば、国外追放までの重い処罰は与えられないはずなのだ。
それが、カディスがこうまでするということはたぶんそういうことなのだろう──
「どうした、イルーシャ。キースはおまえをアークリッド王から奪った張本人だぞ。おまえもやつが憎いだろう」
焦れたようにカディスにそう言われて、確かにそう思ったことがあることを思い出す。
けれど──
愛しいアークの顔が浮かんだ後に何度も何度もキースの姿が浮かび上がる。
まるで、アークの姿を塗り替えるかのように。
「ごめんなさい、できない。できないわ」
「なぜだ」
泣きながら首を横に振るわたしを切なげにカディスが見つめてくる。
わたしにも理由は説明できない。
けれど、わたしの心のどこかが、これを破ってはいけないと警告するのだ。
彼はわたしからアークを引き離した人なのに。
彼はわたしを汚したのに──
わたしは後から後から溢れてくる涙を抑えきれずに、キースとの婚約誓約書をその胸に抱いてそのまま動けずにいた。
カディスもそれ以上はなにも言わずに、しばらくその場は重い沈黙に包まれた。
それから数日して、わたしはようやく起きあがることが可能になり、元の生活へと戻りつつある。
わたしの謎の高熱の原因はわたしの意思に反して無理な心理操作を行われたためということで落ち着いた。
それを聞く度、……そうなのかしら? という思いが胸をよぎるけれど、カディスに反論するだけの理由が思い当たらなかった。
……そして、例の婚約誓約書はわたしが管理することになった。あれを破棄できる人間がわたししかいないからだ。
おそらくキースでも可能なのだと思うけれど、彼は拒否したのだという。
キースは誓約書をわたしに委ねたのだ。
それを思う度、キースはずるい、という気持ちになる。
でも、不思議と彼を恨む気持ちにはならなかった。
「……ユーニス、少し窓を開けてくれる? 外の空気を吸いたいの」
柔らかい日差しが差し込む窓辺、長椅子でくつろぐわたしに優しい風が届いた。
この空の下のどこかにキースがいる。
キースはわたしがアークと仲睦まじくしているのを見て、激しく嫉妬し、今回のことに及んだのだという。
あのわたしにはとても優しかった人がそうまでして、結局その身を墜とすことになってしまったのがとても哀しい。
……けれど、彼は稀代の魔術師、キース・ルグランだもの。どこの国でも引く手あまたよね。
彼のことを思うと、哀しい気持ちでいっぱいになる。
それは彼に裏切られたからなのか、親しい友人を失ったからなのかは自分でも分からない。
この気持ちがなんなのか、いつか分かる時が来るかしら──
わたしは、柔らかな風を受けながらキースの優しい笑顔を思い出し、理由のつかない感情のままに、しばらく涙を流し続けていた。
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