恋詠花

舘野寧依

文字の大きさ
34 / 36
第四章:対決

第34話 見届ける義務

「……決、闘……」

 アイシャは思ってもいないことだったらしく、驚愕のため瞳を見開いて固まっている。

「なぜ、わたしが小国のハーメイの王ごときとそんなことをしなければならない? それはわたしに利がなさ過ぎるだろう」

 ガルディア勢とカルラートに対し、ルドガーがあざけるように言った。

 確かにガルディアが間に入っているとは言え、大国の王が小国の王と一騎打ちなど前代未聞だった。
 それ故に、ルドガーがそう言うのも無理はなかった。

「それはトゥルティエール国王がわたしに勝った暁には、我が領土で穴埋めしよう。それに、このままでは戦火に巻き込まれることが目に見えていたしな。ハーメイ側の要求としては妃を奪還出来ればそれでいい。それで文句はあるまい」

 カルラートがそう言うと、アイシャが堪らないというように叫んだ。

「そんな、今回の件でハーメイには一切責はないですか。それでは、ハーメイに利がなさすぎます。ガルディアの方、どうかそのようなこと、やめさせてください」

 アイシャがネイザンに懇願するが、彼はすまなそうに首を振っただけだった。

「……残念ながら、トゥルティエールとハーメイでは国力が違いすぎます。これでも、我がガルディアが間に入ったのでこういう話も出来るのですよ」
「でも、それでは振り回されるハーメイの民が気の毒すぎます」

 アイシャが眉を下げてネイザンに懇願すると、彼はそれは理解しているように力強く頷いた。

「もちろん、ガルディアはトゥルティエールに無体な真似はさせるつもりはありませんよ。ハーメイの民も王に近い血筋や貴族にも手を出させません」
「ハーメイ側の勢力を残したままでは後に禍根が残るではないか。わたしはそんな馬鹿なことには乗らないぞ」

 ハーメイ攻略のあかつきには、かの国の粛正を考えていたらしいルドガーが不満げに言う。

「おや、臆しましたか。トゥルティエール国王様」

 それまで事の次第を見守っていたらしいエリュウスが一国の王に対して軽口を叩いた。

「貴様、無礼だぞ」

 案の定、ルドガーが不快そうにエリュウスを睨んだ。

「しかし、領地をかけてまでハーメイ国王様がこうまで言っておられるのです。……それに、周辺諸国では、あなた様は他国の花嫁を奪った略奪者です。少し調べさせて貰いましたが、この件で国民の不満も相当なものでしょう? こうなったら腹を括られてハーメイ国王様の決闘の申し込みを受けた方がよろしいかと思いますが」

 国民の不満が出ているのは、ルドガーも充分把握している。
 ガルディアも出てきているこの事態に、ルドガーは決闘を受け、かの国の要求を呑むしかあるまいと覚悟を決めた。
 それに、これは憎い恋敵のカルラートを葬り去る絶好の機会でもある。

「……分かった。ハーメイ国王の決闘の申し込みを受けよう」
「……陛下!」

 ルドガーの了承に、アイシャが驚いたように叫んだ。
 そして、ルドガーの方へ駆け寄ろうとするが、ネイザンの拘束魔法がそれを阻んだ。

「アイシャ様には、事が済むまでお部屋で休んで頂きます。どうかご了承ください」

 アイシャはかろうじて動く首を横に振って、涙を流した。
 その悲痛な様子に、その場の男達が多少動揺する。
 確かに、この事態はアイシャの気持ちを無視する形で進んでしまっている。
 しかし、それでもこの大陸全体の平和のためには彼女になんとか耐えてもらうしかないのだ。

「そんなわたしのせいでこんなことになっているのに、わたしだけ蚊帳の外は嫌です。どうかこんな殺傷はおやめください。……そうですわ。ネイザン様、わたしをガルディアにお連れください。わたしがいなければお二人が争う理由もなくなるでしょう?」

 アイシャの必死の懇願に、苦渋の表情を浮かべて、ネイザンが首を横に振る。

「申し訳ありませんが、一度決闘の申し込みをして、それを受けたものを覆すことは出来ません。どちらが勝者になっても、アイシャ様には大変苦痛を与えることになるかと思いますが……」

 それを聞いて、アイシャは顔色をなくした。
 なにせアイシャにとっては、ルドガーは血が繋がっていないとはいえ、長い間兄という立場だったのだ。
 それに加え、彼女が婚礼の宣誓をしたカルラートはアイシャを溺愛していた。
 それで、今回の決闘によって彼女が苦しまないことは不可能に近い。

「……それでは、せめてわたしにこの勝敗の行方を見守らせてください」

 アイシャが胸元で指を組んで、ネイザンに願った。
 しかし彼はそれをすげなく拒絶した。

「これは、いわば殺し合いなのですよ。そんな場にご婦人を立ち会わせるわけには参りません」

 だが、アイシャは引かなかった。

「先程申したはずですわ。わたしも当事者なのですから、自分だけ蚊帳の外にいるわけには参りません」

 どうあってもそう言い張るアイシャに、カルラートは困ったように言った。

「アイシャ、わたしはそなたに血生臭いものを見せたくない。それに、きっとどちらが勝者になってもそなたは衝撃を受けるはずだ」

 アイシャがルドガーのことを密かに愛していることを知っているカルラートは彼女を諭しにかかる。

「この男の意見に同意するのは癪だが、アイシャ、おまえがわたし達の決闘に立ち会うのは荷が重すぎる。わたしはおまえの心にこれ以上傷をつけたくない」

 ルドガーがそう言うと、アイシャは壮絶なまでの美しい微笑みを浮かべた。

「……この事態を招いた陛下らしからぬご意見ですわね。わたしはあなた様のご命令はお聞きしません。どうあっても、お二方の決闘には立ち会わせて頂きます」

 辛辣なアイシャの言葉に、ルドガーの顔が歪んだ。
 しかし、すべての元凶の略奪者となれば、アイシャの対応は至極当然とも言えただろう。

「……なかなか芯の強い姫君ですね。ネイザン殿、アイシャ様がご意見を翻すことはないようですし、立ち会いをお許しになられた方がよろしいかと思われますが」

 エリュウスが興味深そうにアイシャを見つめながら意見すると、ネイザンも渋々頷いた。

「……仕方あるまいな。女性には出来ればお見せしたくはなかったですが。アイシャ様、これはどちらか死ぬまでの真剣勝負です。その点はご留意頂きますよう」

 どちらか死ぬまでと聞いて、一瞬アイシャの顔色が悪くなるが、彼女は気丈にもこう言った。

「はい、わたしはこの決闘を最後まで見届けます。それがわたしの義務でもありますから」
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

次こそあなたと幸せになると決めたのに…中々うまくいきません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のシャレルは、第二王子のジョーンによって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中彼女を救ってくれたのは、ずっと嫌われていると思っていた相手、婚約者で王太子のダーウィンだった。 逃亡生活を送る中、お互い思い合っていたのにすれ違っていた事に気が付く2人。すれ違った時間を取り戻すかのように、一気に距離を縮めていく。 全てを失い絶望の淵にいたシャレルだったが、ダーウィンとの逃避行の時間は、今まで感じた事のないほど、幸せな時間だった。 新天地マーラル王国で、ダーウィンとの幸せな未来を思い描きながら、逃避行は続く。 そしていよいよ、あと少しでマーラル国というところまで来たある日、彼らの前にジョーンが現れたのだ。 天国から地獄に叩き落されたシャレルは、絶望の中生涯の幕を下ろしたはずだったが… ひょんなことから、ダーウィンと婚約を結んだ8歳の時に、戻っていた。 2度目の人生は、絶対にダーウィンと幸せになってみせる、そう決意したシャレルだったが、そううまくはいかず、次第に追い詰められていくのだった。 ※シャレルとダーウィンが幸せを掴むかでのお話しです。 ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いします。 カクヨムでも同時投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。