喪女と野獣

舘野寧依

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第六章:離れて過ごして

第64話 奪い合い

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 険悪な空気の中で突然ハルカが声を上げた。

「カ、カレヴィ、あ、あの!」
「なんだ」

 腕の中にいたハルカをカレヴィが解放する。
 すると、ハルカはカレヴィになにやら包装したものを差し出してきた。

「あ、あのね、わたしカレヴィにクッキー焼いてきたの。食べてくれたら嬉しいな」
「……おまえが?」

 まさかハルカが焼き菓子を作ってくるとは思わず、カレヴィは瞳を見開いて彼女を見つめた。すると、ハルカは恥ずかしそうに赤くなって居心地悪そうにする。
 そんなハルカをカレヴィは片手で抱き寄せた。

「俺のためにか。嬉しいぞ、ハルカ」

 そうと疑わずカレヴィはハルカに笑顔を見せた。
 すると、ハルカが相変わらず恥ずかしそうに頷いて肯定した。

「うん。あなたの口に合うといいんだけど」

 健気なことを言ってくるハルカにカレヴィは感動していた。

「いや、おまえのその気持ちだけで、俺はとても嬉しいぞ」

 カレヴィとハルカが抱き合いながら話していると、無理矢理シルヴィに引き離された。
 カレヴィは思わずむっとしてシルヴィを睨むと、彼も負けじと睨んできた。
 だが彼が睨んだのは主にハルカだった。

「……ハルカ、俺の分はどうしたんです」
「シルヴィのクッキーなんてある訳ないでしょ! 自分のしたこと考えなさいよっ」

 どうやら、子が作れないことを元老院に告げ口したシルヴィのことをハルカは怒っているらしい。

「……っ」

 すると、シルヴィが傷ついたような顔をしたので、ハルカは言い過ぎたかというような顔をした。
 ──ハルカ、そこでほだされては駄目だ。
 元々弟のように可愛がっていたこともあり、基本ハルカはシルヴィに甘い。
 そこでカレヴィは自分の優位性をシルヴィに示すために、先程ハルカがくれた包装のリボンを解いて、中の焼き菓子を口にした。
 するとそれは、さっくりとして口当たりもよく、甘さも控えめで実にカレヴィ好みだった。

「うまいぞ、ハルカ」

 まさか城の者もかくやという水準のものをハルカが作ることが出来るとは思わず、カレヴィは感動する。

「そ、そう……? なら、よかった!」

 ハルカはカレヴィのその言葉が素直に嬉しかったらしく、その場で飛び上がって喜んでいた。
 そのハルカの頬は上気して、瞳は潤み、思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい。……だが今は邪魔者をどうにかするのが先だ。

「ああ、本当にうまい。この歯触りも最高だ。……シルヴィ、ハルカ手製の焼き菓子を食べられなくて残念だったな」

 カレヴィは焼き菓子を口に運びながら、これ見よがしに、ふふんとシルヴィを挑発した。

「……くっ」

 すると、おもしろいくらいにシルヴィが悔しそうな反応を返してきた。
 ぶるぶる震えるシルヴィをハルカが心配そうに見つめている。
 ──ハルカ、シルヴィに同情するな。
 こいつは元老院と組んで、俺とおまえを引き離そうと画策している男だぞ。
 そんなことをカレヴィが考えていると、シルヴィは反撃するかのようにとんでもないことを口走ってきた。

「……それでもいいですよ。ハルカは以前俺の頭を愛しそうに胸に抱きしめてくれましたから」

 それでは、あの豊満で柔らかい胸をシルヴィも堪能したというのか……!?

「なんだと……?」

 みるみるうちに恐ろしい形相になるカレヴィに、ハルカが泣きそうな顔をした。
 そして、ハルカはカレヴィとシルヴィを涙目で交互に見つめる。

「ハルカ、今のシルヴィの言葉は本当か? 本当に胸にこいつの頭を抱いたのか」
「え、えっと……」

 カレヴィに厳しい追及に、ハルカの目が泳ぐ。すぐさま否定しないところがいらだたしい。

「本当ですよ。……兄王、ハルカは柔らかくて最高ですね」

 シルヴィのその言葉に、ハルカはまるで叫びだすかのように両頬を押さえた。

「ハルカ、おまえは俺の婚約者なんだぞ。それをなんだ。他の男を誘うような真似をして」
「誘ってない!」

 ハルカはぶんぶんと頭を振りながら、必死な様子で否定した。

「まあまあ。わたしもその場に居合わせましたが、はるかにはそんな意図は露ほどもないように見えましたよ」

 傍観していたティカがそこで口を挟んだ。
 ──そうか、ティカ殿がそう言うなら間違いはないか。

「けれど、アーネスとイアスには羨ましがられましたよ」

 優越感の浮かぶ表情でそう告げるシルヴィに、カレヴィの頬が思わずひきつった。

「シルヴィはちょっと黙ってて!」

 ハルカがシルヴィに飛びついて手で口を塞ごうとする。
 ──馬鹿、それはやつにとって願ったり叶ったりだ。
 そうカレヴィが思う間もなく、ハルカはシルヴィに彼に抱きしめられてしまった。

「……やはりハルカは抱き心地がとてもいいですね」

 愛しそうにハルカに笑顔を見せながらシルヴィが言う。
 そんな目でハルカを見るのもカレヴィには許しがたかった。

「ハルカは俺の婚約者なんだぞ。シルヴィ、離せ!」

 気色ばんだカレヴィがシルヴィからハルカを引きはがそうとする。しかし、ハルカは反対側の腕をシルヴィに掴まれたままだった。

「それも空前の灯火でしょう。すぐに兄王もハルカの求婚者の一人になられますよ」
「なんだと! ハルカは俺のものだ!」

 聞き捨てならない言葉に、カレヴィが激怒してハルカの腕を引っ張る。
 すると取られるものかとばかりに、シルヴィもハルカの腕を引っ張った。

「ハルカの体に拒絶されていて、よくそんなことが言えますね!」

「──いい加減にしろーっ!!」

 それまで二人の間で翻弄されていたハルカがいきなり怒鳴ってきた。
 それに驚いたカレヴィとシルヴィは反射的にハルカの腕から手を離した。

「なんなの、二人とも小さい子の喧嘩みたいに! わたしはこんな馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩に巻き込まれに来たんじゃないからっ!」
「ハルカ、馬鹿馬鹿しいとはなんだ」

 これはひとえに婚約者のおまえを不逞な輩から守るためだぞ。
 カレヴィがむっとした顔で言い返す。

「本当に馬鹿馬鹿しいから、そう言ったの! カレヴィもいい大人でしょうが! いつまでもあなたがそんなんだったら、わたし嫌いになるからね!」

 カレヴィはその思わぬ攻撃に衝撃を受けた。

「ハ、ハルカ……ッ」
「ハルカ、俺も大人ですよ」

 不満そうに言ってくるシルヴィをハルカは一睨みして、こちらも黙らせた。

「あ、それから、侍女の派遣は交代で一人来て貰えればいいから! それと、二人ともしばらくあっちに来ないでいいからね!」

 ──ハルカ、それはないだろう。
 ただでさえ、向こうに行くのにティカの許可がいるカレヴィは一気に情けない気持ちになった。
 大声を張り上げたハルカはぜいぜいと息を切らせると、心配したティカが宥めるように背中を撫でていた。
 その仲良さそうな二人に、カレヴィはそんな場合ではないというのに嫉妬を感じる。

「それじゃあね、千花帰ろっ」

 呆然とするカレヴィとシルヴィを置いて、ハルカはティカとともに執務室を退室していく。

 ──待て、ハルカ。
 せっかく数日ぶりに会えたのに、そんな早々に帰るんじゃない。
 そうは思うものの、そう言う前にハルカはとっとと帰ってしまった。
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