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第八章:騒動再び
第83話 算段
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「や、やだ……!」
ハルカがそう叫ぶと、彼女の体はティカのすぐ傍まで移動していた。
どうやらティカが移動魔法を使ったらしい。
「はるか、大丈夫?」
ティカに両腕を掴まれて覗きこまれると、ハルカは思わずというように涙を流した。
「はるか……」
背中をティカが優しく撫でると、ハルカはますます涙が止まらなくなってしまったようだった。
「ハルカ」
彼女の複雑な心中をおもんばかってカレヴィが声をかけるが、ハルカは振り向くことはしなかった。……もしかしたら、出来ないのかも知れない。
すると、ハルカの涙の原因のシルヴィが口を開いた。
「ハルカ、泣かないでください」
「──誰のせいなの」
ハルカが泣きながら詰ると、シルヴィは少し動揺したようだった。
だが、すぐにシルヴィは先程の冷酷な表情に戻った。
「もちろん、俺のせいです。言ったはずですよ。どんなことをしてもあなたを俺のものにすると」
黙れ、シルヴィ。そんなことには絶対にさせない、とカレヴィが言おうとする前にティカが口を開いた。
「シルヴィ殿下。殿下の主張はよく分かりましたが、はるかは疲れています。もうこれで部屋に帰らせます」
ティカが有無を言わせずそう言うと、シルヴィも不承不承頷いた。
「……カレヴィ王も、よろしいですね?」
カレヴィにもティカが確認をとってきたので、彼は頷いた。
貴族との舞踏でハルカは疲れ切っている。その上、無理矢理シルヴィに口付けされたのを自分に見られ、さぞ心を痛めただろう。
「ああ。ハルカ、今日は疲れただろう。ゆっくり休め」
そう言った途端、再びハルカは泣きだしかけたが、すぐにティカと共にその姿はカレヴィの目の前から消えた。
……きっとハルカは新たに割り当てられた部屋に移動させられたのだろう。
「ハルカを泣かせるな。ハルカの意思を無視して、傷つけるのは許さないぞ」
「それを兄王がおっしゃいますか。一番それをしたのは兄王でしょうに」
釘を刺したつもりだったが、シルヴィが鬼の首をとったかのように笑ってきた。
確かに後遺症が残るほどハルカを傷つけたのはカレヴィの方だった。
藪蛇だった、とカレヴィは顔をしかめる。
「……だが、今は心を通わせ両思いだ。あんな真似は二度としない」
「さて、どうでしょうね。嫉妬にかられると、どうやら兄王は人が変わられるようですから」
そして、しばし二人は火花を散らせ睨みあう。
そうしているうちに侍女長のゼシリアが現れ、その場をなんとか収めたのである。
翌朝。
ハルカの部屋で朝食をとろうとカレヴィが足を向けると、途中でシルヴィと一緒になった。
カレヴィは邪魔だ、どけとまで言ったのだが、既にハルカの婚約者でない上に求婚者の末席である彼にシルヴィは一歩も退かなかったのである。
そして、カレヴィとシルヴィの二人がハルカの部屋を訪ねた。
ハルカはカレヴィだけではなくシルヴィもいると知って複雑な顔をしていたが、一方を断れば角が立つと思ったのか、結局は二人とも朝食の席に加えた。
以前のハルカだったら、喜んでシルヴィを迎えただろうに、その顔色は冴えない。
カレヴィは国王権限で無理矢理ハルカに料理を取り分ける権利をもぎ取ったが、肝心のハルカが朝食を楽しんでいる気配がない。
「──憂鬱そうですね」
そうだ、シルヴィ。おまえがいるからハルカの気が晴れないんだ、とフォークとナイフを動かしながらカレヴィは思う。
「そんなことないよ」
健気にもハルカは無理矢理笑顔を作ってシルヴィに言った。すると、それにシルヴィは表情を動かさずにそうですか、と返した。
「昨夜のことですが、俺は謝りませんよ」
謝らないと言われて、ハルカは少々むっとしたようだったが、結局はなにも言えず複雑な顔をして黙りこむ。
そのかわりに、カレヴィが厳しい表情で口を挟んだ。
「ハルカの意思はどうでもいいのか」
「政略なんてそんなものでしょう。兄王もその点は分かり切っていると思いましたが」
それを聞いて、カレヴィは苦虫を噛み潰したような顔になった。それはハルカ共々最初から承知の上のことであったからだ。
「おまけに兄王は国王としてしてはならない愚を犯しています。ハルカに夢中になるあまり政務をおろそかにしたり、これまでの慣習を無視して離宮建築に踏み切ってみたり」
「それは……」
カレヴィが弁明しようとするのを遮って、シルヴィは続けた。
「けれど、俺は違います。兄王と違って比較的自由もきく。ハルカにのめり込んでも多少は許される立場にある」
確かにシルヴィの言うことには一理ある。だが、カレヴィには到底許せることではなかった。
「勝手だよ、シルヴィ」
ハルカが少し怒ったように言う。
──そう、シルヴィは勝手だ。
だが、ハルカのその言葉にも彼は動じなかった。
「ええ、勝手です。ですが、それが分かっていても退くつもりなどありません」
朝食を終えたシルヴィはそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「これから元老院に行ってあなたをもらい受ける算段をつけるつもりです。覚悟しておいてください、ハルカ」
「……そんなのやだよ!」
ハルカも立ち上がりかけて、叫ぶ。
「落ち着け、ハルカ。俺が絶対にそんなことにはさせない」
カレヴィが宥めると、ハルカはおとなしく口をつぐんだ。
「シルヴィ、俺はハルカの意思を尊重しないやり方は許さないぞ」
カレヴィの言葉に、シルヴィは皮肉げに笑って応える。そこには絶対的な自信があった。
「──彼女の意思を尊重して、子ができなくともですか?」
そう言われると、カレヴィとハルカは二人して絶句するしかなかった。
カレヴィを受け入れられない状態のハルカは、彼の子を生むことができない。
抱きしめたり、口づけたりはまだ、ティカの作った薬が効いているからいい。
しかし、その先はまったくの未知数なのだ。
──いや、むしろ、ことに及ぼうとしたときにハルカにその時の記憶が蘇り、再び発作を起こす確率の方が高い。
それに、頼みのティカでさえ、治療には時間がかかるだろうとしばしば言っているのだ。
その場に沈黙が落ちると、シルヴィは勝ったというように笑った。
「楽しみにしててください、ハルカ」
するとハルカは青くなってカレヴィを見てきた。
そしてシルヴィは優越感に浸った表情のまま、朝食の席を去って行った。
「ハルカ……すまない」
過ぎてしまったことはもう戻らないと思っても、カレヴィはハルカに謝らずにはいられなかった。
ハルカがそう叫ぶと、彼女の体はティカのすぐ傍まで移動していた。
どうやらティカが移動魔法を使ったらしい。
「はるか、大丈夫?」
ティカに両腕を掴まれて覗きこまれると、ハルカは思わずというように涙を流した。
「はるか……」
背中をティカが優しく撫でると、ハルカはますます涙が止まらなくなってしまったようだった。
「ハルカ」
彼女の複雑な心中をおもんばかってカレヴィが声をかけるが、ハルカは振り向くことはしなかった。……もしかしたら、出来ないのかも知れない。
すると、ハルカの涙の原因のシルヴィが口を開いた。
「ハルカ、泣かないでください」
「──誰のせいなの」
ハルカが泣きながら詰ると、シルヴィは少し動揺したようだった。
だが、すぐにシルヴィは先程の冷酷な表情に戻った。
「もちろん、俺のせいです。言ったはずですよ。どんなことをしてもあなたを俺のものにすると」
黙れ、シルヴィ。そんなことには絶対にさせない、とカレヴィが言おうとする前にティカが口を開いた。
「シルヴィ殿下。殿下の主張はよく分かりましたが、はるかは疲れています。もうこれで部屋に帰らせます」
ティカが有無を言わせずそう言うと、シルヴィも不承不承頷いた。
「……カレヴィ王も、よろしいですね?」
カレヴィにもティカが確認をとってきたので、彼は頷いた。
貴族との舞踏でハルカは疲れ切っている。その上、無理矢理シルヴィに口付けされたのを自分に見られ、さぞ心を痛めただろう。
「ああ。ハルカ、今日は疲れただろう。ゆっくり休め」
そう言った途端、再びハルカは泣きだしかけたが、すぐにティカと共にその姿はカレヴィの目の前から消えた。
……きっとハルカは新たに割り当てられた部屋に移動させられたのだろう。
「ハルカを泣かせるな。ハルカの意思を無視して、傷つけるのは許さないぞ」
「それを兄王がおっしゃいますか。一番それをしたのは兄王でしょうに」
釘を刺したつもりだったが、シルヴィが鬼の首をとったかのように笑ってきた。
確かに後遺症が残るほどハルカを傷つけたのはカレヴィの方だった。
藪蛇だった、とカレヴィは顔をしかめる。
「……だが、今は心を通わせ両思いだ。あんな真似は二度としない」
「さて、どうでしょうね。嫉妬にかられると、どうやら兄王は人が変わられるようですから」
そして、しばし二人は火花を散らせ睨みあう。
そうしているうちに侍女長のゼシリアが現れ、その場をなんとか収めたのである。
翌朝。
ハルカの部屋で朝食をとろうとカレヴィが足を向けると、途中でシルヴィと一緒になった。
カレヴィは邪魔だ、どけとまで言ったのだが、既にハルカの婚約者でない上に求婚者の末席である彼にシルヴィは一歩も退かなかったのである。
そして、カレヴィとシルヴィの二人がハルカの部屋を訪ねた。
ハルカはカレヴィだけではなくシルヴィもいると知って複雑な顔をしていたが、一方を断れば角が立つと思ったのか、結局は二人とも朝食の席に加えた。
以前のハルカだったら、喜んでシルヴィを迎えただろうに、その顔色は冴えない。
カレヴィは国王権限で無理矢理ハルカに料理を取り分ける権利をもぎ取ったが、肝心のハルカが朝食を楽しんでいる気配がない。
「──憂鬱そうですね」
そうだ、シルヴィ。おまえがいるからハルカの気が晴れないんだ、とフォークとナイフを動かしながらカレヴィは思う。
「そんなことないよ」
健気にもハルカは無理矢理笑顔を作ってシルヴィに言った。すると、それにシルヴィは表情を動かさずにそうですか、と返した。
「昨夜のことですが、俺は謝りませんよ」
謝らないと言われて、ハルカは少々むっとしたようだったが、結局はなにも言えず複雑な顔をして黙りこむ。
そのかわりに、カレヴィが厳しい表情で口を挟んだ。
「ハルカの意思はどうでもいいのか」
「政略なんてそんなものでしょう。兄王もその点は分かり切っていると思いましたが」
それを聞いて、カレヴィは苦虫を噛み潰したような顔になった。それはハルカ共々最初から承知の上のことであったからだ。
「おまけに兄王は国王としてしてはならない愚を犯しています。ハルカに夢中になるあまり政務をおろそかにしたり、これまでの慣習を無視して離宮建築に踏み切ってみたり」
「それは……」
カレヴィが弁明しようとするのを遮って、シルヴィは続けた。
「けれど、俺は違います。兄王と違って比較的自由もきく。ハルカにのめり込んでも多少は許される立場にある」
確かにシルヴィの言うことには一理ある。だが、カレヴィには到底許せることではなかった。
「勝手だよ、シルヴィ」
ハルカが少し怒ったように言う。
──そう、シルヴィは勝手だ。
だが、ハルカのその言葉にも彼は動じなかった。
「ええ、勝手です。ですが、それが分かっていても退くつもりなどありません」
朝食を終えたシルヴィはそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「これから元老院に行ってあなたをもらい受ける算段をつけるつもりです。覚悟しておいてください、ハルカ」
「……そんなのやだよ!」
ハルカも立ち上がりかけて、叫ぶ。
「落ち着け、ハルカ。俺が絶対にそんなことにはさせない」
カレヴィが宥めると、ハルカはおとなしく口をつぐんだ。
「シルヴィ、俺はハルカの意思を尊重しないやり方は許さないぞ」
カレヴィの言葉に、シルヴィは皮肉げに笑って応える。そこには絶対的な自信があった。
「──彼女の意思を尊重して、子ができなくともですか?」
そう言われると、カレヴィとハルカは二人して絶句するしかなかった。
カレヴィを受け入れられない状態のハルカは、彼の子を生むことができない。
抱きしめたり、口づけたりはまだ、ティカの作った薬が効いているからいい。
しかし、その先はまったくの未知数なのだ。
──いや、むしろ、ことに及ぼうとしたときにハルカにその時の記憶が蘇り、再び発作を起こす確率の方が高い。
それに、頼みのティカでさえ、治療には時間がかかるだろうとしばしば言っているのだ。
その場に沈黙が落ちると、シルヴィは勝ったというように笑った。
「楽しみにしててください、ハルカ」
するとハルカは青くなってカレヴィを見てきた。
そしてシルヴィは優越感に浸った表情のまま、朝食の席を去って行った。
「ハルカ……すまない」
過ぎてしまったことはもう戻らないと思っても、カレヴィはハルカに謝らずにはいられなかった。
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