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第七章 反撃の狼煙
7-1 タイクーン・ジャガンナータ
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以前訪れた時よりも、部屋に漂う空気は重かった。
単純に、前回不在だったヴィクラムとドゥルグがいるせいだけかもしれない。二人ともかなりの巨躯だ。空間を圧迫する。
ベッドに横たわるジャガンナータの顔色は相変わらず悪い。鎖骨から生えている幻視の棘は、胴を覆い隠すほど生長していた。
「おかえりなさい、サヴィトリちゃん。無事でよかったよー」
ペダが優しい笑顔をむけてくれる。
その場にいる誰もがサヴィトリの独断・蛮行を責めない。それが逆にサヴィトリの心に刺さった。完全に行動を改められるかと問われれば別だが。
「サヴィトリ様、まずは解呪の水をタイクーンに」
カイラシュがうながす。
効果はすでにヴァルナ村で実証済みだ。
サヴィトリは自信をもって、解呪の水の入ったバケツを両手で抱えた。
雑菌が混じっていないとも限らないので事前に煮沸してある。もちろん今も湯気があがっている。年寄りに冷や水を浴びせかけるのは酷なことだ。
「――さっさと起きろ馬鹿親父!!」
サヴィトリは腹の底から声を出して叫び、ジャガンナータにむかってバケツの中身をぶちまけた。
「があああああああっ!!」
ジャガンナータは悲鳴をあげてベッドの上を転げまわる。胴を覆っていた幻視の棘は瞬く間に枯れて霧散した。
「サヴィトリ様! タイクーンになんてことをするのですか! いくらわたくしでもさすがにこれは見過ごせません!」
怒りを露わにしたカイラシュがサヴィトリの肩を強くつかむ。
「見過ごせないとは言うけどな、カイ。ならばなぜ、湯気の立つバケツを持ちこんだ時点でお前以下この部屋にいた全員、私にツッコミを入れなかったんだ! 最初から思いっきり見過ごしているじゃないか!」
サヴィトリは隠すことなく、堂々とバケツを持ちこんだ。
ジェイだけは苦笑し肩を震わせていたが、他には誰もバケツには注意をむけなかった。
「あの……サヴィトリ様があまりに堂々とバケツを持っていたので……。そんなことより、あんな罰ゲームのような水のかけ方がありますか!」
「水じゃなくてあれはお湯だ。冷水を浴びせて心臓麻痺にでもなったら困る」
「そういう問題じゃないでしょう!! もうっ、サヴィトリ様の馬鹿馬鹿ばか!」
カイラシュは涙目になり、子供のように拳でぽかぽかとサヴィトリを叩く。
サヴィトリ自身、理不尽なことをしているのは重々承知している。だが、過分にちゃかさなければジャガンナータ――父とむき合えそうになかった。勢いがなければ、親父などとも呼べない。
「――ふ、ははははははっ! さすがラトリの娘だな。それに、悔しいがクリシュナの奴にも似ている」
びしょ濡れになったジャガンナータが、突如大きな笑い声をあげた。タオルで髪をふきながら、サヴィトリにむかって手招きをする。
(……お母さんってどんな人だったんだろう)
以前、ジャガンナータに殴りかかった時も同じことを言われた。サヴィトリが言うのもなんだが、かなり気性の荒い人だったに違いない。
母について、ある意味複雑な疑問をいだきながら、サヴィトリはジャガンナータの方に近寄る。
「遅くなったがサヴィトリよ、ありがとう。お前のおかげで救われた」
ジャガンナータは棘の消えた胸に手を当て、深く頭を下げた。
サヴィトリは居たたまれず、視線をさまよわせてしまう。血縁上の父であるこの人物との接し方がまだわからない。
「……どうか気になさらないでください。元はといえば、私をかばったことで負った傷。恩を返したまでです」
必要以上に丁寧で淡白で、棘のある言い方をしてしまった。
ジャガンナータは顔をあげ、心持ち寂しそうな瞳をサヴィトリにむけた。
サヴィトリは視線を振りきるように横をむき、自分の身体を抱くように腕を組んだ。
「まだ傷は完全に治っていないのでしょう、タイクーン。私が責任をもって何がなんでもヴァルナ砦を奪還するので、おとなしく寝て待っていてください」
「サヴィトリ様こそおとなしくしていてください! さっきから何を考えているのですかまったく!」
またカイラシュがサヴィトリの肩をつかんだ。今日のカイラシュはいやに常識的だ。タイクーンの前だからだろうか。
「いつの世も補佐官は過保護よのぅ」
ドゥルグがひげを撫でながら、誰にともなく呟くように言った。
「カイラシュ殿、すでにワシらは最前線におるんじゃ。多少の交戦は覚悟せい」
ドゥルグの瞳に気迫のようなものが灯るのが見えた。普段おちゃらけすぎているだけに、武人の貌をされると心臓に杭を打ち込まれるような衝撃がある。
カイラシュですら、その気迫に圧されてしまう。
「……し、しかしジウラク殿。サヴィトリ様が関わりになりますと多少ではすまないゆえ、おそれながら諫言申しあげているのです」
カイラシュはどうにか言葉を絞り出す。視線はドゥルグに合わせられない。
「ならば御託など並べず、己が命を賭してでも守らぬか! それがタイクーンに仕える者の役目ぞ!」
ドゥルグは一喝する。
強く風が吹きつけたような感覚があった。言葉の重さが違う。
カイラシュは押し黙るほかない。
「俺は、お前に守ってもらった覚えは一度もないのだがな……」
ジャガンナータは空気を壊すようにじとっとした目をむける。
「ほ、野郎の尻拭いなんぞ面白くもない。第一、おぬしのような弓しか能がない阿呆が一国の長だなどといまだに信じられんわ。お嬢ちゃんの言うとおり、病人は黙って引っこんでおれ」
しっしと追い払うようにドゥルグは手を振った。
「誰が黙るかこの色ボケ爺……! お前が羅刹総隊長の任に就いてから、隊の風紀が激しく乱れていると聞くぞ」
ジャガンナータの指摘に、ヴィクラムがそっと自分の耳を塞ぐのが見えた。
羅刹三番隊を預かる身としても、耳の痛い話のようだ。
「ふん、他に頼る者がいないのをいいことに、親子ほど歳の離れたラトリちゃんに手を出した真性ロリコンに言われてものぅ」
今度はサヴィトリが耳を塞ぎたくなった。
親の醜聞はできれば聞きたくない。色事に関するならなおさらだ。
「ドゥルグ! 娘の前でなんてことを……!」
「そっちが先に出しゃばったんじゃろ!」
「がんさんもぐっさんもやめなよー。大人げないってばー。昔と違って今はもう一応タイクーンと羅刹総隊長なんだから、威厳を地底まで失墜させるつもりー?」
二人の間にペダが割りこんだ。
割りこみ方が手馴れているように見える。いつものお決まりのパターンなのかもしれない。
「すでにご存じかもしれませんが、三人は数十年来の友人なのです」
カイラシュがそっとサヴィトリに耳打ちをした。
「正確には四人、じゃがな。友人というよりはクサレ縁かのう」
耳ざとく聞いていたドゥルグが訂正する。
「零番隊も、最初は単純に四天王にしようという話じゃったんだが、朱雀担当になったクリリンの奴が、『朱雀とか一番最初に出てってやられちまう最弱やろーじゃねーか。空前絶後の最強超絶美形の俺様に似合わねぇ! 絶対にお断りだ!』とかごねてな。鳥頭のくせに」
「……昔のことはもう、いいだろう」
ジャガンナータがため息混じりに言った。
決して大きな声ではなかったが、話の流れが完全に止まる。
クリシュナとジャガンナータの間には何か確執がある。それがクリシュナがサヴィトリをクベラに行かせたくなかった理由の一つだろう。気にはなるが今つまびらかにすることではない。
「ドゥルグさん、あれからヴァルナ砦に何か動きはありましたか?」
サヴィトリが沈黙を破った。
目下優先すべきは棘の魔女リュミドラの打倒とヴァルナ砦の奪還だ。
「いや……ここではなんじゃしの。場所を変えるとしようぞ。各隊の長でも集めて嬉しい楽しい作戦会議としゃれこもうか」
ドゥルグはジャガンナータをちらりと見てから、皆を部屋から退出するようにうながした。
ジャガンナータは露骨に不服そうな顔をしている。血は争えないというが、サヴィトリ同様、スタンドプレーが大好きなタイプなのかもしれない。
「サヴィトリ様は何があってもわたくしがお守りいたします」
急にカイラシュが抱きついてきた。
サヴィトリが胸倉をつかんで投げ飛ばすよりも先に、カイラシュの身体だけが青い炎に包まれる。
「ああ燃えた燃えた。今日も僕ってば絶好調だなー」
ナーレンダは棒読みで言い、手のひらの上で火球を遊ばせる。
「お前のために我が身命を賭す。職務ではなく、俺自身がそうしたい」
サヴィトリの髪を遠慮がちに撫で、ヴィクラムは微笑んだ。
「俺のことも忘れないでね、サヴィトリ。これでも意外と役に立つよ」
ヴィクラムから引き離すように、ジェイはサヴィトリの腕を強く引っぱった。
「……サヴィトリ様に必要なのはこのわたくしだけです! くたばれ愚民ども!」
予想どおり、若干焦げたカイラシュがキレた。
「ふん、誰が必要かはこの子自身が決めることだろう? 少なくともお前じゃあないね」
「そうか、ならば俺か」
「ヴィクラムさん、ものすっごい単純な頭してていいですね……」
「この世に生きとし生けるものの中で最も最も最も最も最も最も最も最もサヴィトリ様を慈しみ、性的な目で見ているのはこのわたくしです!」
轟音と颶風。
どこからか射られた矢が、カイラシュ、ナーレンダ、ヴィクラム、ジェイの服をほぼ同時に壁に縫いとめた。
サヴィトリには、最後の一矢しか目視することができなかった。
神速と呼べるほど速く、ジャガンナータは矢をつがえ、四人を行動不能に陥れた。病気持ちの怪我人の所業ではない。
「今日は虫が多いな」
ジャガンナータは明後日の方向に弓を構える。
射られた四人は、我先にと部屋から飛び出して行ってしまった。
「あまり無理をなさらないでくださいタイクーン」
サヴィトリはため息混じりに言った。
「単身で飛び出した者の台詞とは思えないな」
ジャガンナータは弓をおろし、意地悪く笑う。
「まだ、あなたには聞きたいことがたくさんある。言いたいことも、たくさん。だから、今は身体を治すことにだけ専念していてください」
サヴィトリは深く頭を下げ、部屋から出た。
ジャガンナータがどんな表情をしていたかは、見ることができなかった。
単純に、前回不在だったヴィクラムとドゥルグがいるせいだけかもしれない。二人ともかなりの巨躯だ。空間を圧迫する。
ベッドに横たわるジャガンナータの顔色は相変わらず悪い。鎖骨から生えている幻視の棘は、胴を覆い隠すほど生長していた。
「おかえりなさい、サヴィトリちゃん。無事でよかったよー」
ペダが優しい笑顔をむけてくれる。
その場にいる誰もがサヴィトリの独断・蛮行を責めない。それが逆にサヴィトリの心に刺さった。完全に行動を改められるかと問われれば別だが。
「サヴィトリ様、まずは解呪の水をタイクーンに」
カイラシュがうながす。
効果はすでにヴァルナ村で実証済みだ。
サヴィトリは自信をもって、解呪の水の入ったバケツを両手で抱えた。
雑菌が混じっていないとも限らないので事前に煮沸してある。もちろん今も湯気があがっている。年寄りに冷や水を浴びせかけるのは酷なことだ。
「――さっさと起きろ馬鹿親父!!」
サヴィトリは腹の底から声を出して叫び、ジャガンナータにむかってバケツの中身をぶちまけた。
「があああああああっ!!」
ジャガンナータは悲鳴をあげてベッドの上を転げまわる。胴を覆っていた幻視の棘は瞬く間に枯れて霧散した。
「サヴィトリ様! タイクーンになんてことをするのですか! いくらわたくしでもさすがにこれは見過ごせません!」
怒りを露わにしたカイラシュがサヴィトリの肩を強くつかむ。
「見過ごせないとは言うけどな、カイ。ならばなぜ、湯気の立つバケツを持ちこんだ時点でお前以下この部屋にいた全員、私にツッコミを入れなかったんだ! 最初から思いっきり見過ごしているじゃないか!」
サヴィトリは隠すことなく、堂々とバケツを持ちこんだ。
ジェイだけは苦笑し肩を震わせていたが、他には誰もバケツには注意をむけなかった。
「あの……サヴィトリ様があまりに堂々とバケツを持っていたので……。そんなことより、あんな罰ゲームのような水のかけ方がありますか!」
「水じゃなくてあれはお湯だ。冷水を浴びせて心臓麻痺にでもなったら困る」
「そういう問題じゃないでしょう!! もうっ、サヴィトリ様の馬鹿馬鹿ばか!」
カイラシュは涙目になり、子供のように拳でぽかぽかとサヴィトリを叩く。
サヴィトリ自身、理不尽なことをしているのは重々承知している。だが、過分にちゃかさなければジャガンナータ――父とむき合えそうになかった。勢いがなければ、親父などとも呼べない。
「――ふ、ははははははっ! さすがラトリの娘だな。それに、悔しいがクリシュナの奴にも似ている」
びしょ濡れになったジャガンナータが、突如大きな笑い声をあげた。タオルで髪をふきながら、サヴィトリにむかって手招きをする。
(……お母さんってどんな人だったんだろう)
以前、ジャガンナータに殴りかかった時も同じことを言われた。サヴィトリが言うのもなんだが、かなり気性の荒い人だったに違いない。
母について、ある意味複雑な疑問をいだきながら、サヴィトリはジャガンナータの方に近寄る。
「遅くなったがサヴィトリよ、ありがとう。お前のおかげで救われた」
ジャガンナータは棘の消えた胸に手を当て、深く頭を下げた。
サヴィトリは居たたまれず、視線をさまよわせてしまう。血縁上の父であるこの人物との接し方がまだわからない。
「……どうか気になさらないでください。元はといえば、私をかばったことで負った傷。恩を返したまでです」
必要以上に丁寧で淡白で、棘のある言い方をしてしまった。
ジャガンナータは顔をあげ、心持ち寂しそうな瞳をサヴィトリにむけた。
サヴィトリは視線を振りきるように横をむき、自分の身体を抱くように腕を組んだ。
「まだ傷は完全に治っていないのでしょう、タイクーン。私が責任をもって何がなんでもヴァルナ砦を奪還するので、おとなしく寝て待っていてください」
「サヴィトリ様こそおとなしくしていてください! さっきから何を考えているのですかまったく!」
またカイラシュがサヴィトリの肩をつかんだ。今日のカイラシュはいやに常識的だ。タイクーンの前だからだろうか。
「いつの世も補佐官は過保護よのぅ」
ドゥルグがひげを撫でながら、誰にともなく呟くように言った。
「カイラシュ殿、すでにワシらは最前線におるんじゃ。多少の交戦は覚悟せい」
ドゥルグの瞳に気迫のようなものが灯るのが見えた。普段おちゃらけすぎているだけに、武人の貌をされると心臓に杭を打ち込まれるような衝撃がある。
カイラシュですら、その気迫に圧されてしまう。
「……し、しかしジウラク殿。サヴィトリ様が関わりになりますと多少ではすまないゆえ、おそれながら諫言申しあげているのです」
カイラシュはどうにか言葉を絞り出す。視線はドゥルグに合わせられない。
「ならば御託など並べず、己が命を賭してでも守らぬか! それがタイクーンに仕える者の役目ぞ!」
ドゥルグは一喝する。
強く風が吹きつけたような感覚があった。言葉の重さが違う。
カイラシュは押し黙るほかない。
「俺は、お前に守ってもらった覚えは一度もないのだがな……」
ジャガンナータは空気を壊すようにじとっとした目をむける。
「ほ、野郎の尻拭いなんぞ面白くもない。第一、おぬしのような弓しか能がない阿呆が一国の長だなどといまだに信じられんわ。お嬢ちゃんの言うとおり、病人は黙って引っこんでおれ」
しっしと追い払うようにドゥルグは手を振った。
「誰が黙るかこの色ボケ爺……! お前が羅刹総隊長の任に就いてから、隊の風紀が激しく乱れていると聞くぞ」
ジャガンナータの指摘に、ヴィクラムがそっと自分の耳を塞ぐのが見えた。
羅刹三番隊を預かる身としても、耳の痛い話のようだ。
「ふん、他に頼る者がいないのをいいことに、親子ほど歳の離れたラトリちゃんに手を出した真性ロリコンに言われてものぅ」
今度はサヴィトリが耳を塞ぎたくなった。
親の醜聞はできれば聞きたくない。色事に関するならなおさらだ。
「ドゥルグ! 娘の前でなんてことを……!」
「そっちが先に出しゃばったんじゃろ!」
「がんさんもぐっさんもやめなよー。大人げないってばー。昔と違って今はもう一応タイクーンと羅刹総隊長なんだから、威厳を地底まで失墜させるつもりー?」
二人の間にペダが割りこんだ。
割りこみ方が手馴れているように見える。いつものお決まりのパターンなのかもしれない。
「すでにご存じかもしれませんが、三人は数十年来の友人なのです」
カイラシュがそっとサヴィトリに耳打ちをした。
「正確には四人、じゃがな。友人というよりはクサレ縁かのう」
耳ざとく聞いていたドゥルグが訂正する。
「零番隊も、最初は単純に四天王にしようという話じゃったんだが、朱雀担当になったクリリンの奴が、『朱雀とか一番最初に出てってやられちまう最弱やろーじゃねーか。空前絶後の最強超絶美形の俺様に似合わねぇ! 絶対にお断りだ!』とかごねてな。鳥頭のくせに」
「……昔のことはもう、いいだろう」
ジャガンナータがため息混じりに言った。
決して大きな声ではなかったが、話の流れが完全に止まる。
クリシュナとジャガンナータの間には何か確執がある。それがクリシュナがサヴィトリをクベラに行かせたくなかった理由の一つだろう。気にはなるが今つまびらかにすることではない。
「ドゥルグさん、あれからヴァルナ砦に何か動きはありましたか?」
サヴィトリが沈黙を破った。
目下優先すべきは棘の魔女リュミドラの打倒とヴァルナ砦の奪還だ。
「いや……ここではなんじゃしの。場所を変えるとしようぞ。各隊の長でも集めて嬉しい楽しい作戦会議としゃれこもうか」
ドゥルグはジャガンナータをちらりと見てから、皆を部屋から退出するようにうながした。
ジャガンナータは露骨に不服そうな顔をしている。血は争えないというが、サヴィトリ同様、スタンドプレーが大好きなタイプなのかもしれない。
「サヴィトリ様は何があってもわたくしがお守りいたします」
急にカイラシュが抱きついてきた。
サヴィトリが胸倉をつかんで投げ飛ばすよりも先に、カイラシュの身体だけが青い炎に包まれる。
「ああ燃えた燃えた。今日も僕ってば絶好調だなー」
ナーレンダは棒読みで言い、手のひらの上で火球を遊ばせる。
「お前のために我が身命を賭す。職務ではなく、俺自身がそうしたい」
サヴィトリの髪を遠慮がちに撫で、ヴィクラムは微笑んだ。
「俺のことも忘れないでね、サヴィトリ。これでも意外と役に立つよ」
ヴィクラムから引き離すように、ジェイはサヴィトリの腕を強く引っぱった。
「……サヴィトリ様に必要なのはこのわたくしだけです! くたばれ愚民ども!」
予想どおり、若干焦げたカイラシュがキレた。
「ふん、誰が必要かはこの子自身が決めることだろう? 少なくともお前じゃあないね」
「そうか、ならば俺か」
「ヴィクラムさん、ものすっごい単純な頭してていいですね……」
「この世に生きとし生けるものの中で最も最も最も最も最も最も最も最もサヴィトリ様を慈しみ、性的な目で見ているのはこのわたくしです!」
轟音と颶風。
どこからか射られた矢が、カイラシュ、ナーレンダ、ヴィクラム、ジェイの服をほぼ同時に壁に縫いとめた。
サヴィトリには、最後の一矢しか目視することができなかった。
神速と呼べるほど速く、ジャガンナータは矢をつがえ、四人を行動不能に陥れた。病気持ちの怪我人の所業ではない。
「今日は虫が多いな」
ジャガンナータは明後日の方向に弓を構える。
射られた四人は、我先にと部屋から飛び出して行ってしまった。
「あまり無理をなさらないでくださいタイクーン」
サヴィトリはため息混じりに言った。
「単身で飛び出した者の台詞とは思えないな」
ジャガンナータは弓をおろし、意地悪く笑う。
「まだ、あなたには聞きたいことがたくさんある。言いたいことも、たくさん。だから、今は身体を治すことにだけ専念していてください」
サヴィトリは深く頭を下げ、部屋から出た。
ジャガンナータがどんな表情をしていたかは、見ることができなかった。
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