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七賀ごふん@夫婦オメガバ配信中

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#9

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泣き顔を隠すように枕に顔を埋めると、また宥めるように頭を撫でられた。

この構図はおかしすぎる。
遠慮がちに顔を上げると白蝶はいつもと同じ、穏やかな瞳を向けていた。

どうしてそんな優しい目で見るのだろう。オメガを物のように……いやそれよりもっと酷い、奴隷のように扱っている自分に対して。
彼は自分を憎む権利がある。彼の友人の件も、人違いだと嘘をついた。傷つけたのは間違いなく音枝だ。

そのことを謝って、尚且つ本当の気持ちを告白しなくてはいけない。
「オメガ……が怖い」
音枝の中にある、頑丈に鍵をかけた倉庫に仕舞っていた言葉だった。
それが白蝶の目を見た途端、押し殺すことができずにいた。

「オメガはヒートするとアルファを求めて……獣みたいな眼をして近付いてくる」

封印していた記憶が、涙と共に溢れる。息を吹き返し、心の中をかき乱す。
自分はオメガが憎いんじゃない。怖かったんだ。

「昔……まだ子どもの時、オメガに襲われた」

────叶うなら、二度と思い出したくない記憶だった。

まだ自分がアルファだとすら知らなかった時……検査の結果が出る、一か月前の時だ。家に帰らない父が恋しくて、彼の仕事場である施設に忍び込んだ。その時、彼が今夜はお祭りだと話すところを聞いてしまった。

もしかしたら父はお祭りの準備をしていたのかもしれない。嬉しくて、うきうきしながら夜を待った。父に見つからないよう、建物の小さな部屋の中で隠れていた。
だけど夜に聞こえてきたのは、祭囃子でもなんでもなく、発情した男の喘ぎ声だけだった。
外へ出ようにも、中から施錠された特殊な扉は開け方が分からない。帰るには父に何とかしてもらうしかない。
震えながら声のする方へ向かう。そこではやはり父が、若い男の人を抱いていた。脇にはまた数人、全裸のオメガ……と思われる青年が、自身のものを慰めていた。

これこそが“お祭り”なのだと、気付くのにだいぶ時間がかかった。やっと勘違いだと分かって……ここにいちゃいけない、と走り出した時……後ろから忍び寄っていた影に抱き込まれて、ズボンを引き下げられた。

発情したオメガ達の熱い吐息。大きな掌。ひとりではなくて、何人ものオメガに押さえつけられた。外気に晒された腰に柔らかい何かが当たる。怖い。怖い、怖い……!

部屋は真っ暗だった。どれだけ仰け反って天井を見上げてみても、決して光が届かない深海へ沈んでしまったようだ。

世界で最も広大な暗黒の世界。

気を失い、気付いた時には施設の長椅子に寝かされていた。服はちゃんと全部着ていた。父に見つかったら怒られると思い、痛みを堪えながら家に帰った。
あれから十五年以上経ったというのに、未だに心を掻き乱される。我を失い、子どもにまで襲いかかるオメガ達の姿が脳裏に焼き付けられていた。
恐怖は憎しみに変わり、自己防衛と偽って彼らを傷付けた。オメガが嫌いなわけじゃない。むしろその逆だ。オメガは理解できない、自分より強い力を持った生き物。怖いから、攻撃した。

本当の気持ちを打ち明けた。作話だと笑われる覚悟をしたが、白蝶は至って真剣な表情で耳を傾けていた。

「……怖かったね」

だから……そんな言葉を掛けられるとは思わなかった。戸惑い、逆に身を引いてしまう。しかし腰は密着したままで、お互いの猛った性器が当たってしまった。
彼も興奮してる……。
荒い息を吐き出す。もう、内腿は自分が吐き出した液体で汚れていた。

「理由は違っても、俺も父と同じだ。オメガを管理して、自分勝手に弄んだ。……犯罪者だよ」

警察に通報しても構わないと言った。しかし白蝶はかぶりを振り、音枝の手を握り締めた。
「自分で気付いているなら何も心配ない。これから変えていけばいい」
「これから、って……楽観的だな」
苦々しい想いで返すと、彼は肩を竦めた。
「だって、この件は単純なことだよ? 君さえ変われば、ここの環境も変わる。……大丈夫さ。俺も協力する」
力強いが、温かい声音。今までで一番優しく、白蝶は音枝を抱き締めた。

「怖かったら、俺が一緒にいる。オメガが怖いなら、俺が君を守るから」
「……」

ずっと、孤独だった。それでも平気だったし、これからも独りで闘っていくものだと思っていた。
けど白蝶はそうじゃないと言う。独りにさせない。大勢の人に優しさを分け与える為に、まずは君が優しさを知るんだ、と。
今度は何の合図もなしに、だけど指と同じくらいスムーズに、彼の性器が奥に潜り込んだ。痛みはないが、ものすごい質量だ。視界が明滅する。
仰向けで、彼の下腹部に手を添える。まじまじと見て、本当に中に入っているのだと再認識した。

「大丈夫?」
「う、ん……っ」
「いい子。ちゃんと息して……、ゆっくり動くからね」

白蝶と呼吸を合わせる。腰も、彼と同じタイミングで動かした。必死だけど何だか可笑しい。まるでよちよち歩きをする子どもを大人が助けているみたいだ。
セックスは、一方が快感に耽るものだと思っていた。少なくとも、アルファとオメガの関係では……。
でも彼とのセックスは違う。アルファでいながら、オメガに近い肉体を得ることができる。同じ熱量で互いを求め、思いやることができる。
内心では驚いていた。もしかしたら、生まれて初めて満たされている。
「ふあぁっ!」
中を突き上げられ、つま先が跳ねる。白蝶の背中に手を回すと、さらに激しい律動が始まった。だらしなく空いた口を塞がれる。上も下もいらやしい音を立てて、淫らに溶け合っていた。
気持ち良すぎておかしくなってしまう。自ら腰を振り、白蝶を求めた。
「名前で呼んでもいい?」
絶頂が近くなった時、不意に耳朶を甘噛みされた。
反射的に頷くと、「創成」と耳元で囁かれた。その瞬間全身が溶けてしまった。

「……んうっ!!」

強く締め付けてしまったことで、白蝶はイッた。まさかオメガの精液を受け入れることになるとは思わなかったが、満足だった。
「あ、抜かないで……っ」
白蝶が身を捩ったので、いやいやと首を横に振って引き止める。白蝶は苦笑して、また音枝の腰を掴んだ。

もし自分がオメガなら、白蝶の子を孕んでしまっていたかもしれない。それはそれで困るから、アルファで良かった。
まだ何も分からない……どころか、自分は子どもだから。彼に大人だと認めてもらうまでは、妊娠なんて絶対駄目だ。
「創成、イッて」
前と後ろを同時に攻められる。十秒も経たずに、音枝は射精してしまった。
快感の余韻が強過ぎて下半身が痙攣する。反り返ったまま腰だけ高く上げ、まるで誘うような体勢になった。
オメガになりかけているなら仕方ないんだろうか。彼の名を何度も呼び、温もりを求めた。求めれば求めた分、彼は強く抱き締めてくれた。
「……っ!」
ひとりにしないで。一緒にいて。
……そう言った自分に何度も頷き、優しく愛撫してくれる。
「初めて」をたくさん知った夜だった。あの悪夢の夜と同じように、怒涛のように過ぎ去った。だけど全然違う。暖かくて優しい気持ちでいっぱいになっている。これを幸せと言うのかもしれない。



我を失い、快楽に盲目になるのはオメガもアルファも同じだ。分かっているけど……怒りと悲しみのやり場に困り、近くのオメガに当たってしまった。
最低だ。ベッドに倒れたまま、天井を見上げて呟いた。独り言だったのだが、隣に座っていた白蝶にはばっちり聞かれてしまった。
「でも、少しは楽になった?」
額に冷たい手のひらが添えられる。気持ちよくて瞼を伏せた。
「昨日も言ったろ? これから変わっていけばいいんだよ」
「変われるのかな……」
本音が零れた。
二十年も変わらなかった気持ちが、今さら変わるだろうか。つい弱気になって白蝶を見上げると、彼は目を細めて笑った。
「変わろうという気持ちがあれば、それまでとは全然違う君になる。俺がずっと傍で見てるから心配しなくていい」
正直不安だ。でも、変わりたいという気持ちに嘘偽りはない。
彼を知りたいという気持ちも本当だ。それを伝えたいけけれど、またどうしようもない眠気に襲われている。
もうちょっとだけ彼の腕で眠りたい。恥を忍んで彼の胸に抱き着いた。悔しいけれど、どこよりも安心できる居場所だった。





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