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Set
#10
しおりを挟むすっかり施設で寝泊まりする日々が続いているが、職場から車で二十分のところにアパートを借りている。
音枝は久しぶりに着替えを取り替えに自宅へ戻った。普段は行き来するのも面倒で職場で寝泊まりしているのだが、完全放置というわけにもいかないので掃除ついでにその日は家で過ごすことにした。
施設では代わりに当直が二人配置されているが、正直気が休まらない。自分がいない間に入所者達になにかあったらどうしよう。そう考えただけでそわそわして、生きた心地がしなかった。
「……はぁ。やめやめ」
そうは言っても、三百六十五日あそこに留まり続けるのは不可能だ。洗面所で顔を洗い、久しぶりに洗濯機を回した。
ゴオン、ゴオンという音は工場にいるような錯覚に陥る。かつて入所者の自立支援の為に職場体験を回ったこともあり、工場は必ず候補に入っていた。労働時間は決まっていて、比較的仕事が入ってくる。すぐにでも働き口が必要なオメガ達には恰好の場所だった。
冷房が効きすぎて風邪をひきそうな場所もあれば、熱気に包まれ熱中症になってしまいそうな場所もある。ゴム手袋が擦り切れて……それでも勿体ないから替えるな、と言う職場もある。
人は自分がいる場所が世界の基準となる。質の低い環境に慣れてしまえば、ある意味では幸せだ。
自分は大学に通えただけ恵まれている。父は病に倒れ生涯介護が必要になるが、財産は譲り受けることになっている。適当な働き方をしてもしばらくは食い繋げるだろう。
頑張っても頑張らなくても五十年後ぐらいには死んでいるかもしれない。なら頑張る必要があるのか……時折終わりのないトンネルに迷い込んでしまうことがあるが、煙草を吸って心を落ち着けた。
空は茜から紫色に染まろうとしている。
「遠い……」
ベランダで煙を吐きながら、遠くに聳える山の稜線を眺めた。都心から離れた街は四方を山で囲われ、まるで閉鎖空間のような形状をしている。
人は皆囚われていると思う。仕事の拘束時間、家事育児、税金制度、家族や友人。
社会の一員として、繋がることで安心するくせに、雁字搦めにされてることに気付いた時は喚き散らす。いつだって矛盾を訴える生き物だ。
洗濯が終わったころお湯を沸かして、常備しているインスタントラーメンを棚から取り出した。いつもならカップ麺で済ますところだけど、今日は鍋で作るタイプにした。帰る途中スーパーで買ったキャベツともやしを軽く炒め、袋入りのチャーシューを上に乗せる。これだけで充分料理した気になる。
あとは白蝶が言っていた葱とメンマの和え物を作ろうか。
彼は訊いてもいないお勧めのレシピをぺらぺらと教えてくるから、嫌でも数個は覚えてしまった。
白髪葱を細く切って水に晒した後、ごま油と醤油、豆板醤でちゃっちゃとメンマと和えた。これは酒にも合いそうだが、残念ながら冷蔵庫に酒はない。ペットボトルの麦茶を一気に飲み干し、何故か立ちながら食べた。
立ちながら食べると安心する……。
仕事中常に急いでいるせいか、立ち食いそばのような勢いで台所で完食した。これも白蝶が見たら野蛮だとか食事じゃないとかグダグダ言いそうだ。
って、何でさっきから白蝶のことを思い出してるんだ。
ひとりで首を傾げ、空になった鍋をシンクに置いた。
何か意識してるな。
ようやくリビングのソファに腰かけ、深く息をつく。
少し伸びた前髪を掴んだり脚を伸ばしたり、意味のない時間が流れる。
久しぶりにできた休養の時間。なのに思い出すのはあの青年のことばかりだなんて……自分も大概頭がおかしい。
数日前、施設の部屋で白蝶と最後までやってしまった。
あれは犯罪に近い所業だ。どっちが罪人かと問われると閉口してしまうけど、彼より自分の方が罪悪感を感じてると思う。あと羞恥心。
あられもない姿で彼を求め、子どものように甘えた。
自ら腰を振って喘いだし、中で出された(後で出したけど)。隣の部屋には聞こえていた可能性がある。それぐらい叫んだ自覚がある。忘れるにはあまりに濃い夜だった。
「うわあああ……!!」
思い出したら居ても立ってもいられず、頭を抱えて横に倒れた。地べたをのたうち回りたいほどの羞恥、屈辱に震える。あの一夜をこの世から消し去ってしまいたい。いや、白蝶と自分の頭の中からあの記憶だけを消し去ることができれば。
しかし非現実的な願望は虚しく霧散する。気付けば胸が熱くなり、下半身が主張し始めていた。
最悪。
最後の慰めに部屋の明かりを消し、ズボンと下着を引き下げた。左手の人差し指と中指を口にくわえながら、右手で自身の性器を上下に扱く。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が部屋に響く。例え何も見えなくたって、この音が自分の醜さを明解に表している。
「ふっ……ん、んん……」
口腔に入れる指の動きを激しくする。えづく一歩手前のところで止めて、舌を引っ張ってみたり。より乱暴にすることで、抱かれているような気持ちになれた。
……って、ちょっと待て。俺は抱かれたいのか?
「いやいやいや……」
ふと我に返り、指を引き抜いた。唾液の糸を引いてしまったが、それがそのまま性器の先端に零れ落ちて身震いした。
抱かれるなんて冗談じゃない。そもそも自分はアルファだ。抱くことはあっても下に敷かれるなんて馬鹿げている。
でも白蝶には抱かれてしまった。大人になり、誰にも見せたことない部分もまじまじと見られ、弄られ……自分ですら触ったことのない内側を好き放題に擦られた。
初めて受け入れたオメガのもの。いや、白蝶のそれは逞しく、そして凄まじかった。言葉にならないほどの質量を受けたせいで、身体は完全に言うことを聞かなくなった。
オメガの性器で普通に気持ちいいなんて嫌になる。……でも白蝶が特別なのか。彼はアルファを“ 堕とす”力を持っている。抱かれたのが音枝以外の人間だったなら、やはり同じように喘いだはずだ。そう思わないと自己嫌悪でおかしくなる。
あいつ……なら……。
四つん這いになって腰を浮かせ、恐る恐る後ろの入り口に手を伸ばした。周りをそっと指でなぞり、口がひくついていることを確認する。
完全に変態の自覚があるけど、止められない。右手で激しく前を擦りながら、穴を弱い力で押した。やっぱり恐怖の方が勝って優しく押すぐらいのことしかできない。それでも妙に熱が上がり、声が大きくなった。
自分のものとは思えない、高くて媚びるような声。吐きそうなほど気持ち悪いのに、泣きたいほど気持ちいい。
白蝶ならこうしてくれる。触ってほしいところを突いてくれる……妄想ばかり膨らまして、背中を弓なりに逸らした。
───創成。イッて。
幻聴だと思う。だけどその瞬間中指が中へくい込んでしまった。飲み込まれて言った、という方が正しいような勢いだった。
「いっ、あああぁっ!」
ひとりで馬鹿みたいに叫び、前へ突っ伏す。直後に射精して、掌は精液でぐちゃぐちゃになった。
「あっ……あっ、あぁ……っ」
やっぱり最悪だ。
少なくともこんな最悪な自慰は生まれて初めてで、しばらくの間動けなかった。
ふと倒れながら脚の間を覗いた時、先端から伝う精液が一本の糸のように垂れているのが見えた。
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