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七賀ごふん@夫婦オメガバ配信中

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Growing

#1

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休息とは言い難い一日だった。鏡の前の自分の顔を眺め、微妙に腫れぼったい目元を無でる。

気持ちを切り替えよう。仕事仕事!

着替えを入れた鞄を背負い、マンションの部屋を出た。戸締りは二回チェックしたし、鍵もしっかり掛けた。地下にある駐車場へ出て、白のセダンに乗り込む。

白喋が見たら「音枝さん、車も白なんだ~」……とか言いそうだ。だから何だと言う話だけど。
職場に着くまでは運転に集中しよう。知り合いの顔を記憶の手帳から全て塗りつぶし、流れゆく景色に目を眇めた。

世間は自分や、自分の周りで起きていることは知らない。知ったとして、その場では驚くが、明日には関心を失っているだろう。
身寄りのない、守らなければいけないオメガがどれだけいるか。今でこそオメガと言えば珍かな態度をされるけど、少し前までは皆眉を顰めたものだ。困ってるオメガがいる、じゃあ助けよう、なんて風潮ではなかった。恐らく困っている……けど誰も声をかけようとしない、浮浪者のような存在。
この世は偏見で成り立っている。オメガを憎む自分ですらそう思った。

でも今はどうだろう。表向きでは誰もがオメガ保護に肯定的だ。音枝のような立場の人間を聖人のように取り上げるメディアもいる。発信の仕方ひとつで、人は天国も地獄も味わう。
俺が本当にやるべきことは……。
朝のラッシュで前が滞っていく。狭い箱の中で無意識にハンドルを叩いていると、不意に眠気に襲われた。ダッシュボードに眠気覚ましのガムが置いてあることを思い出し、二粒ほど口に放り入れる。とても辛くて涙が出た。




「施設長、おはようございます」
「おはようございます。昨日はお疲れ様です」
一日半ぶりの職場。緑の壁に囲まれた白い箱庭。
傍目には美しい外観の建物だ。まさかこの中に鉄格子がついた部屋がいくつも備えられているなんて、平和な世界に生きる一般人は夢にも思わないだろう。
気を取り直して事務所に戻り、オメガ達の検査結果を見直していく。直近のデータには生活の簡単な様子、言動から、医師が診断したデータも含まれる。双方を見比べ齟齬はないか、疑問点がないか確かめていく。食事量や睡眠量なとわ分かりやすいグラフはまだいいが、大変なのは精神面の把握だ。少しでも元気がなかったりすると原因究明の為一日消費する。もちろん何もなければ万々歳なのだけど、願わくば毎日健康でいてほしいと思う。

後はヒート時の対処だ。とりあえず当面は薬で落ち着かせよう。
さすがに今オメガ達に手を出すのは気が引けるしな……。

朝は忙しかった為訪室は見送り、夕食前に軽く入所者の部屋が並ぶ別棟へ足を運んだ。一階から三階までひとりひとりの様子を直に見る。特段変わったことはなかったが、一階のさらに奥へ行くと途端に空気が変わった。
そこは扉があり、中へ入るには鍵が必要だ。そして中に入ったらまた内側から鍵をかけないといけない。無意識に足音を殺し、ひとつひとつ横へ並ぶ格子の部屋を覗いていく。
「あ……あ、あ……」
こちらを呼ぶ声なのか、はたまた生理的な呻き声か。それは音枝にも判別できない。ただ近付くと格子の中から手を伸ばしてくる為、とても小さな声でそっと問うた。

「こんばんは。大丈夫ですか?」

部屋の中にいる、白い顔をした青年は何も答えず、ただ手を伸ばす。外へ出せと言ってるようにも、音枝を引きずり込もうとしているようにも見える。
悲しいことに、彼らにはもう、自分の言葉は伝わらない。聞こえていても理解ができない。
隔絶されたこの施設でさらに閉鎖された空間に彼らはいる。極限まで追い込まれ、心を壊したオメガ達の最後の居場所。
頼れる者がひとりでもいたら、こんなことにはならなかったはずだ。誰かひとりでも異変に気付いて助けを求めていれば……だがそんな悔みは全て後の祭りで、彼らにとっては何の救いにもならない。悲しむ心も失ってしまった、“人であったはずの人”に掛ける言葉を音枝は持ち合わせていなかった。

ここにいるオメガは周りに危害を加える可能性がある為隔離されている。ただ身の回りの生活が送れないだけならこんな牢獄のような場所に閉じ込める必要はないが、会話が成り立たず、且つ攻撃的な面があると判断されると一般の部屋に入れることが難しくなる。
今はどこの病院も満床で、心を壊したオメガの受け入れ先が中々見つからない。その為自立を目指す一時的な保護施設に、半永久的に押し込められることになる。音枝もこのような者達がいると知った時、それなりにショックを受けた。

幸い自傷行為や自殺企図があるオメガはいなかったが、会話ができない。下手に近付けば殴られる、引っ掻かれる。れっきとした患者だ。そんな者をウチで預かって本当に良いのか? 最適な設備や体制が整っているとはお世辞にも言えないし、自立する前に老いて死んでしまうだろう。そうなったら家族や親族からクレームの嵐じゃないか。
危惧する部分が最低だと思ったが、責任者としては切実な問題だ。頭を抱えたくなったものの、あることに気が付いた。
外部の者さえ騒ぎ立てなければ何も困らない。彼らは身寄りがいないからこそここまで壊れ、この施設にやってきたのだ。
彼らが死んで悲しむ人がいないどころか、彼らが死んだことに気付く人もいない。何故ならここに存在していることすら明かされてないのだ。確かに生きているのに、ペットショップの裏側でずっと閉じ込められている犬や猫のよう。決して光のある場所には出してもらえない。

合法、らしい。命を守る為に拘束する。薬を打つ。食事を無理やり口に押し込む。たまにニュースで騒がれて、いつしかスッと消える。酷いね~、と言ってるその間も、どこかで暴力が振るわれている。
こういった場所で働く大変さも知っているから、全てを否定することはできない。けど誰にも助けを求められずに亡くなる人を見ると気持ちが暗くなる。

心をなくした彼らだって最期は思ったはずだ。この世の全てが憎い、と。

「音枝さん」

白い扉をノックしようとした瞬間、背後から軽快な靴音が鳴った。

「白喋っ……さん」

訪問を再開し、部屋を回っている音枝の前に現れたのは二日ぶりの白喋だった。今ノックしようとしたのはまさに彼の部屋で、何度も深呼吸してようやく決心したところだったのだが……後ろから見られていたかもしれないと思うと、急激に恥ずかしくなった。





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