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七賀ごふん@夫婦オメガバ配信中

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Growing

#4

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ご褒美。
その言葉から連想されるのは、どうしてもいかがわしい類のものばかり。

仮にも仕事中だ。今までは散々好き勝手に行動していたけど、決意を新たにしたばかり。白蝶の腕の間をすり抜け、ドアの方に向かう。

「はは、警戒心マックスな感じが良いね」
「貴方がそうさせるんですよ」

相変わらずおどける彼にため息が止まらない。
彼とは一定の距離をとってないと落ち着かない。その原因は明白だ。なんせ会ってからというもの、セックスばかりしてる。

……っ。

馬鹿だ。自分で想像して、胸の中が熱くなった。
顔が赤くなってないか心配になっていたけど、彼はベッドの端に腰を下ろし、愛おしそうに手を差し出した。

「……だいぶ自分のことも大事にするようになったみたいで、安心したよ」
「……」

別に投げやりに生きてたつもりもない。でも彼の目にはそう映っていたんだろうか。
彼の手を取り、強い力で引き起こした。
大きな手だ。肉体労働とは無縁そうだが、だからといって貧弱でもない。実は裏で鍛えてるのかもしれない。

「他人を大事にするなら、まず自分を大事にしないといけないでしょう。……貴方の受け売りですけど」
「それも、誰かの受け売りだよ」

白蝶は音枝の手の甲に指で文字を書いた。
「何ですか?」
「昔こういう遊びが流行ったの知ってる? 何を書いたか当てるゲーム」
確かにあったかもしれないけど、流行ったとは言い難いものだった。ましてや他人に触れるのに抵抗があった子ども時代は、一度もやらなかったと思う。ていうか。

「……やめてくださいよ、学生じゃあるまいし」
「お。何て書いたか分かった?」
「ええ……」

彼の腕を掴んで引き離し、横を通り抜ける。
どういうつもりだろう。
彼は手に、“すき”と書いた。

冗談か、からかってるのか。どちらにしても気分のいいものではない。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。以前だったら戯言として、気にもとめなかったはずだ。
不思議に思いながら鍵を開ける。ドアノブに手をかけたとき、その手を掴まれた。

すぐ後ろに、彼がいる。ほとんど密着した状態で、今ではすっかり嗅ぎなれた香りがふわり鼻腔をくすぐった。
「……っ」
また緊張している。
ドアを開けることができず、かといって振り向くこともできない。彼に背中を向けた状態で、思考までもが停止してしまった。

「……前に言ったことは、本気だ」

背中に体温を感じた。白蝶は秘密を打ち明けるかのように、耳元で囁く。
「俺も、君が変わった姿を見たい。君が変わろうとする限り、ずっと傍で君を守ろう」
君が望む限り。
彼の言葉は、眠りに誘うような安心感があった。思わず目を瞑りそうになり、慌てて唇を噛む。
「何で……そんな……」
会って間もない自分に、そこまでしようとするんだろう。
それだけが不可解で、彼から離れようとしてしまう。これは本能だ。好きとか嫌いとかではなく、動物が本来生まれ持つ防衛本能。

だって、自分が変わっても彼には何のメリットもない。見返りもないのに、……それでも一緒にいる意味は。

「君が変わろうとする姿は、俺も元気が貰えるんだ」

手が少しずれて、指が絡まる。どこを見ていいのか分からないから、彼の指の動きだけ注視していた。
「俺も生きることに積極的な方じゃないから」
うなじを触れられ、びくっと肩が震える。

彼にしてはネガティブな言葉。……まるで元々ネガティブであると言ってるようだ。
とてもそんな風には思えないけど。

「生きること“だけ”を目的にすれば、人間何とかやってけるもんだけどね。俺は生きる為に生きるのは嫌なんだ。そんなの、檻に入れられた動物と変わらない」
「……食べるのに困らないだけ良い方なんじゃないですか?」
「確かに。でも自我は消失する。希望や欲望は、自分そのものだから」

ただ寝て、食べて、働くだけ。それでも死ぬよりはずっとマシなのに。
幸せな国に生まれたせいで高望みし過ぎないんじゃないか、と思った。

でも、多分違う。初めから希望を知らなければそれでも耐えられる。
だが喜びを一度知ってしまうと、それなしでは生きていけなくなるんだ。一度でも愛情を与えられたら、温もりを求めるようになる。今も同じで、白蝶の手が回されるのを待っている。

これじゃ本当に、よだれを垂らしてご褒美を待つ犬と同じだ。
息が荒くなりそうなのを必死に隠しながら、つま先に力を入れた。

「結局皆光を求める。よく見えなくても、ぼやけてても、光は強いから……自然と足がそっちへ向かっていく。今の俺にとって、創成は光そのものかな」

また名前で呼ばれた。喉の奥が鳴って、ぎゅっと瞼を伏せる。

自分のような最低な人間を光に例えるなんて、冗談だとしても酷い。

「……貴方って、本当に面白いですよね。ロマンチストなのかな」

むしろ、彼の方が……。そう思って口を噤んだ。
うなじにキスされ、露骨に腰が揺れる。ぬれた目元をぬぐい、振り返った。

「飲んでないのに酔いそうになる」
「それは褒められてるのかな?」

苦笑する彼の襟元を掴み、自分の顔をうずめた。
「褒めてますよ。俺をどんどん馬鹿にさせるんだから」
こんな恥ずかしいことを平然とやってのける。人形のような自分を変えたのは、間違いなく彼だ。
背中に手が回される。自分が求めていた強さで、彼に抱き締められた。

「本当に可愛いひとだ」

白蝶の口付けが額に落とされる。オメガということを忘れてしまうほど、彼にとかされていた。
自分がアルファだということも忘れてる。今はただ、彼に寄りかかっていたい。

熱い吐息を含みながら、舌を絡ませる。
ぬれた舌がこんなにも気持ちいいなんて、彼と会うまでは知らなかった。セックスは棚上げして、キスなんて気持ち悪いとすら思っていたのに。
彼はいつも自分の中の当たり前を壊し、更新していく。

「名前」
「え?」
「俺も……名前で呼んでいいですか」

彼のシャツを握り締めながら、顔を見上げる。彼はきょとんとしていたものの、すぐに微笑んだ。

「もちろん。たくさん呼んで?」
「ん!」

腰を掴まれ、思わずバランスを崩しそうになる。
駄目だ。理性理性……。
奥歯を噛み締め、足に力を入れた。

「行忠」

口にした瞬間、また熱くなる。でもそれだけじゃない。今度は胸の中がいっぱいになった。
「行忠……っ」
「はいはい。なあに?」
頬に手を添えられ、目が合う。相変わらず、腹立つくらいの美貌と笑顔だった。
こっちは泣きそうなのに。
黙って睨めつけていると、負けたと言わんばかりに脚の間に手を入れられた。

「今夜はこれだけ。……ね?」

チャックを下ろし、下着の中をまさぐられる。その時にはもう、辛くて声を出してしまっていた。
吐き出したい。苦しみも快楽も、彼に抱く思いも全部。
外気に触れた熱の中心を、白蝶は丁寧に揉みほぐした。
どんどん硬くなり、反り返る音枝のペニスを、愛おしそうに見つめている。

その視線に晒されているというだけでイッてしまいそう。
でも、もっとだ。もっと乱暴にしていいから、隠してる自分を引きずり出してほしい。
「あっ、そこ……!」
陰嚢から引き寄せられ、鬼頭を爪で弾かれた瞬間、創成は仰け反った。

「ああっ!」

先端からドクドクと愛液が溢れる。
「ここも泣いてるね」
小さな口をそっと指で押された。身体は素直で、与えられる刺激に全力で応えようとする。
もう理性なんて一欠片も残っていなかった。
剥き出しになった、果てた性器。内腿に流れる白い糸を見せつけるように前に突き出す。
恥ずかしいのに、身体は心と反する行動をとる。
獣みたいだ。

自分ですら辟易してしまう行為を、彼は笑って許してくれる。
いやらしい水音が聞こえたけど、さざ波のように遠ざかっていった。

強いけど優しい力で抱き込まれる。こんなにも安心できる場所は他に知らない。
「ん……っ」
初めて心から彼を求め、受け入れた夜になった。




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