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Growing
#3
しおりを挟むなんて矛盾だろう。我ながら呆れてしまう。
「困ってる……と言う段階にはまだ入ってないのかもしれない。迷って、います」
いくつか浮かんだ言葉を選ぶうち、歯切れが悪くなった。ばらばらに置かれた本を積み上げ、幅を揃えて整える。
「せめて今居る入所者達だけでも外に出して、それぞれ自分の生活を歩んでほしい。ずっとここにいることもできるけど、こんなところで終わってほしくない」
白喋の後ろにある窓から白い月が見えた。いつかと同じように、彼と月の輝きが同化する。
「貴方と会ってから色々考えるようになったんです。俺は本当はこの施設から手を引きたかったんだ……その為には入所者皆出ていってくれた方が好都合だし」
「でもそれは、皆に幸せになってほしい……ってことじゃないんですか?」
幸せ。
久しぶりに、人の口から聞いた単語だった。
何がその人にとって幸せなのかは分からない。外に出たくない、ずっと安全な場所で守られていたいと思うオメガもいるかもしれない。
それでも自分達のような立場の人間は探し続ける。自分本位ではない、その人が望む最も幸せな環境を知り、近付ける。
「音枝さんって天然だから自分のしようとしてることもあまり気付いてないんですよね。俺は好きですけど、正直心配ですよ。よくそんなんで現場回せてますね。職員が優秀なのかな」
「なっ!」
「まぁまぁ、怒らないで。ちゃんと感動してるんですから」
と言うと、音枝の鼻先に掌を出して立ち上がった。
「良いと思いますよ。まずは手の届く人達から助ける。最善を尽くして、最後はこんな施設に逃げ込まなきゃいけないオメガを減らしていけるように。……そして貴方自身も、こんな狭い世界の中で終わらないように、もっとたくさんのことを経験していきましょ?」
「俺も……ですか」
「人生は勉強ですよ。何歳になってもね」
白喋は背伸びをし、軽くストレッチを始めた。
「とは言えたまには運動もしませんとね~。体がなまると外活動はきついです」
「まぁ……でも車がありますし」
「そういう考え方は駄目。と話は変わりますが、敬語じゃなくていいですよ」
藪から棒に、相変わらずマイペースな青年だ。
「そういうわけにはいきません」
「そう。じゃあ俺はタメ語で」
何なんだ、全く……。
一応歳上だから譲歩しているだけで、同年代なら舌打ちしていたかもしれない。羨ましいぐらい奔放だ。するとからは急に距離を詰め、目を細めた。
「……さっきのは茶化してないよ。君は前とは絶対違う。今なら本音で言い合える」
「白喋……さん」
自分でもどうかと思うほど唐突な掌返しだ。鼻で笑われてもおかしくないのに、彼は嬉しそうに頷いていた。
そしてそんな彼を見て嬉しくなっている、自分に嫌気がさす。志を変えたところで自分がしてきたことが許されるわけではない。甘えた幻想を振り払い、乱暴に頭を搔いた。
「ふふ。じゃあ俺も音枝さんのお手伝いをしようかな。どうせしばらくのんびりするつもりだったし」
「……さすが、生活の基盤が整ってる方は余裕ですね」
「何で一々棘のある言い方をするかなぁ。親切で言ってるのに」
白喋は不満げに頬を膨らました。まるで子どものような反応に思わず吹き出す。
「あはは、すみません。俺の性格の悪さは、貴方が一番ご存知でしょ」
可笑しくて目元を擦る。夜中のせいで少しテンションが高くなってるようだ。白喋の冗談にも乗れるし、軽口を叩いてしまう。
「白喋さん、俺の武勇伝聴いたら卒倒すると思うよ。まぁ話したら朝まで止まらないと思うけど」
「聴きたいけど今日は無理ですね。休みの日にお願いします」
「休みの日に会いに来てくれるの?」
「えぇ。しょうがないから」
笑いながら言うと、彼はふ、と笑った。特にそれ以上は続けることもなく、静かに扉の方へ歩いていく。
何となく彼の足下を見ていた。後ろ姿……アルファなら無意識にうなじを見てしまうが、自分は何故か太腿より胸に視線が向く。彼は間違いなくモデル体型の為どこを見てもため息が出そうになるが、胸板はそれと違う感覚だった。それこそ本能的に触れたくなるような。
「音枝さん、もう仕事戻らないといけない?」
「えーと……いえ、巡回の後は休憩の予定なので。一時間は平気ですよ」
でも貴方はそろそろ休んで……と言おうとした瞬間、鍵が内側からかかる音が聞こえた。
「今夜はヒートした方はいなかったってことでオーケーかな?」
「え? え、えぇ……ていうか、今鍵かけました?」
「そう、良かった。じゃあ俺は音枝さんのストレス発散に努めよう」
は?
一瞬本気で意味が分からず、顔が引き攣った。善意を向けられていることは分かるが、何をしようとしているのか分からない。
しかし直感はちゃんと働いている。今すぐここから出るべき、という警鐘が聞こえた……時には遅かった。
「わっ!?」
腕を掴まれ、ほぼスライドするような形でベッドに押し倒される。衝撃と共に鼓動が凄まじい速さになる。
驚く音枝に構わず、白喋が上に覆い被さる。
「ヒートしたオメガに手を出す、ってのもやめることにした?」
「え……」
どうやらその件も引っかかっていたらしい。実際のところ大問題だけど。
「や……めました。オメガにその場限りの快楽を与えること……それは傷つけることと同じだから」
「大正解」
鼻先に指が当たる。息が触れそうな距離で彼の顔を眺めた。
白喋の瞳は時々色素が薄く、灰色のような色になる。それがとても綺麗で、見ていると眠くなる。
きっと時間と疲れのせいだ。首を横に振り、彼の肩を押す。
「ちょっと、どいてください。これからは真面目に仕事しますから!!」
「それはとても偉い。で、そんないい子の音枝さんに俺はご褒美をあげたい」
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