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和巳の一日
#5
しおりを挟むせっかく時間があるなら知り合いに会ったらどうだろう、と思って訊いてみた。でも彼は手を振って俯いた。
「いいえ、大丈夫です。その知り合いにはいつでも会えるので。じゃあ、失礼しますね」
「そうなんですか。……案内してくださって、本当にありがとうございます!」
それを聴くと彼は笑って、今度こそ帰って行った。
もうちょっと話したいぐらいだったけど……、無事に辿り着けたことにホッとする。親切な人にも巡り会えたし、今日は良い日だ。
「あっ和巳さん!」
中へ数歩入ってすぐに、聞き慣れた声が飛んできた。
「鈴ー! めちゃくちゃ会いたかったよ! そしてとても心細かった……抱き締めてもいい?」
「いや、ここではちょっと……それより和巳さん、俺駅まで迎えに行こうと思ってすごい連絡してたんだよ」
「あ、そうなんだ。ごめん、スマホの充電切れちゃって」
「えっ。ま、まぁ……とりあえず会えて良かったよ。さ、中入ろう」
鈴に手を引かれ、キャンパス内を案内してもらった。本当に広い敷地だったけど、全然疲れを感じない。嬉しそうに場所の説明をする彼を見てるとこっちまで嬉しくて。時間を、忘れた。
「これで大体のところは回ったかな。和巳さん、どうだった?」
「すごい。色々すごいけど、綺麗なことに一番感動したよ。掃除する人が毎日頑張ってるんだろうね」
「そ、そうだね、確かに綺麗……わっ!」
鈴がまだ言い終わらないうちに、誰かが彼の頭を軽く小突いた。恐らく鈴の友人だろう。
「鈴鳴、やっと見つけた! “これ”返すから夕方連絡しろって言ったろ?」
「あ、ごめん、秋! すっかり忘れてた!」
「あぁ!?」
颯爽と現れた、秋と呼ばれた青年。彼は何故かキャリーケースを持っていて、それを鈴に手渡した。
「ったく、もうこんなのゴメンだからな」
「うん。本当に申し訳ございません」
「心無い謝罪はいらないっつーの!」
彼はやたらカリカリしていた。しかし綺麗な子だな。
鈴には適わないけど。……というより、鈴とはタイプが違うか。鈴が可愛い系なら、彼は正統派のイケメンだ。いかにもふわふわした雰囲気で癒しを与える鈴とは違い、見る者の思考を無理やり停止させる力を持つ。
でも視線に気付いたのか、彼は俺のことを見て鈴に尋ねた。
「ん? 鈴鳴、この人は」
「あぁ秋、この人が俺の恋」
「初めまして。鈴の従兄弟の日永和巳といいます」
“恋人”と言い掛けた鈴の口を手で塞いで、彼に笑顔で自己紹介した。
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