今夜、世界を抱いて

まさりすぐる

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ロマンス

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 水路にかかる高いたかい石橋は、まだ夜風にさらされている。

 ――ひと月のうちに何人かは、この橋から身を投げて死ぬ。

 だからいま僕がこうしてらんかんの上にあがり、フワフワとたたずんでいたとしても、それほど珍しいことではない。

 せんな男娼が飛び降りて1人死ぬ、ただそれだけ。

 あとはかかとを浮かせ、さあ、つま先で最後のひと蹴りを――。


 ガバッ。


 背後からひっつかまれて、僕は橋の路面に引き戻される。

 仰向いて倒れ込んだ僕に、誰かが黒く覆いかぶさる。

『――やあ、ストーン君。ごきげんよう』

 街灯にうっすらと照らされて、黒衣の男がニタリと笑う。端正な顔と、歪んだ微笑み。

『この死神をさしおいてこうだなんて、ツレないじゃないか?』 

 首筋に息を吐きかけ、僕の耳を舐めあげるように男はささやく。

『どうしたんだい? 逝くときは一緒だよって何度も言ってるじゃないか、ん?』

「やめろ、放せったら」

 いつもこうだ。僕がことにおよぼうとすると、こいつが出てくる。

 死神。

 そう名乗るもくしゅうれいなこの男は、どこからともなく現れて、僕をはずかしめる。

『いけない子だ。おいたばかりして……』 

 片腕で鎖骨を押さえつけ、もう一方の手で僕の下腹部をサワサワと、死神はまさぐる。

 王侯貴族のお客様相手なら何も感じないはずの僕は、けれどあらがえない。

『さあ素直におなり。「石の花」だなんてとんでもない。君はこんなにも感じられる……』  

「……や、めて……あっ」

 流されてしまいそうになる。

『そう、隠さないで……』

 どうしようもなく。

 恥ずかしくて。

 惨めで。

 僕は両手で顔を覆い、思わず泣きだしてしまう。

「…………っ……て……よ」

『なんだい?』

「……逝かせてよっっっ! お願いだから、もう逝かせてくださいっ。こんな毎日に、こんな汚れきった世界に、いったい何の意味があるんだ――」

 僕にそう言わせると、死神は満足したように甘い吐息を震わせる。

『いい子だね。よくできました……。じゃあ今日はご褒美に、特別なプレゼントをあげよう――。どう使うかは君次第だが、こいつで世界を切り開いてごらん。その汚れきった世界とやらをね――』

 死神の唇が、なおもなまめかしく迫る。

『この刃はね、使い手が望めばどんな相手でも一刺しで死に至らしめる。だから気を付けて使うんだよ? 泣き虫ちゃん』

 最後にそう言うと、死神は熱いくちづけとともに僕の下腹をでまわし、――そして夜霧となって消えた。

 ……涙をぬぐう。
 
 呼吸が少しずつ落ち着いてくる。

 我にかえると、僕はおへその上に冷たい違和感をおぼえて身を起こした。

 ベルトのあたり、伸ばした指先が触れたのは、冷やりと刀身を光らせる小刀。

 そのつかはしっとりと濡れて、埋め込まれたオパールに不気味なつたの装飾が絡みついている――そんな死神の置き土産ダガーだった。


 ♢♦
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