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103 趣味は男の豪快料理

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 マグナを除く全員が、田岡の「カキフライ」発言に浮き足立って二階に集まっていた。
 「少しぐらいマグナのとこ行けよ」
 「やだ。榎本が戻れば?」
 「カキフライだって聞いたらさ、じっとなんてしてられないよ」
 「しかし変だぞ!? どういうことだっ」
 ジャスティンがかなり先を走りながら後ろを振り返る。フロキリにはカキフライが無い。再現自体は難しくないはずだが、リクエストがなければ海外にない食べ物は採用されない。
 「ほら、俺の勝ちだろ」
 ガルドを振り向いて言う榎本に、少し前の青椿亭で賭けたことを思い出す。
 「ああ……ほかのゲームが混ざってくる、だったか」
 「な、なるほど! 料理できるというのはそれか!」
 「キッチンみればわかるかもね。調理シュミゲーシュミレーションゲームは多くないし」
 「おいジャス、お前が先頭じゃ怖がられる! 田岡、先行けよ」
 榎本が先ほどの女性のことを踏まえてジャスティンを呼び止めた。先に行っているため大声で叫ぶように言うが、ジャスティンはスピードを遅くするだけで止まらない。
 「わ、私が先頭か!?」
 「日本人顔じゃないとまた騒ぎになるだろ。ジャスとガルドは特に、日本人離れしたアバターなの忘れんな」
 「む? そもそもヒューマン種じゃないからなぁ。日本人と比べて似てたら変だぞ?」
 「わーってるよんなこと。それは俺らの常識。リアルの常識持ち込んでやれって言ってんだ」
 「ああ」
 ネットサイドの価値観に染まっている自覚がある、とジャスティンとガルドは頷いた。

 二階をのんびり五人で歩いていると、ポンと軽快な音が全員の耳へ同時に届いた。チャットウインドウに新規画像が載っている。差出人はマグナだ。
 メガネから聞き取り<出来合いで悪いが一応地図のつもりだ>と送ってきた画像は、カーペットの毛並みを逆向きに変えて描く絨毯アートだった。毛足の短めなものを全て逆立ててから、書きたい部分だけをなだらかにすることで線を書き上げている。
 「おお、見事なもんだ!」
 「つっても構造単純だなぁおい」
 描かれている長方形は、一階同様直線通路が二本、そこから小部屋が幾栄も続く屋敷型の間取りをしていた。奥にひときわ大きな空間がポッカリと空いているが、それが目当ての場所だと説明がなくても分かる。ガルドたちは既にその手前までたどり着いていた。
 煌々とした室内光が廊下まで漏れている。
 「ほれ、ここだ!」
 扉のない曲がり角で止まったジャスティンが大声で仲間を呼ぶ。中にも聞こえる音量に、慌ててメロが唇に指を当てた。
 「しーっ!」
 しかし遅かったらしい。部屋の方角からけたたましく皿の割れる音が聞こえてきた。
 「あーもー、意味ないじゃん」
 「失礼、驚かせるつもりはなかったんだ。俺たち、家の外から来たんだけど……」
 メロと夜叉彦がジャスティンを止めながら、先に顔だけ出して挨拶をした。
 「どうもー。あー、びびらないでいいからねぇ」
 「うわあっ!? だ、誰だっ!」
 金属の道具が擦れる騒がしい音が続き、またもう一枚皿が割れる。
 「……ここで待つか?」
 「包丁振り回されたら、お前の出番だろ」
 「確かに」
 ガルドの気弱な声を榎本が暗に「パリィしろ」と打ち消し、田岡を背中に隠したまま中へと入っていく。
 「……金井ってのは、あんたか?」
 シャンデリアで照らされていた廊下から一歩室内に入ると、蛍光灯のようなまばゆい光に切り替わった。その下には美しい装飾タイルが配置されたビタミンカラーの厨房が広がっている。シンクはプロ仕様の深い銀色をしており、コンロがいたるところに四口ずつ散らばっていた。
 それが壁面一面とアイランド型でそこそこ広い部屋を埋めつくしており、ちょっとした給食調理室のような規模で、キッチンと呼ぶには大きすぎた。
 「え、ああ。そうだけど……って、うわぁ!」
 ジャスティンとガルドの顔を見てひときわ大きな悲鳴をあげた男は、案の定両手で包丁を握っていた。


 「で? 落ち着いた?」
 「あ、ああ。わるかったね、刃物向けたりして」
 「まぁ、突然俺らみたいなのが現れたらなぁ」
 「三人でね、三人以外の人間は犯人かもしれないから、と武器を持ち歩くことにしていたんだ。裏目に出てしまったようだ」
 金井という苗字で返事をした男は、背の低い細身の男だった。上品そうなグレイのスーツを着ており、ハイクラスの空港ラウンジに居そうなビジネスマンという印象だ。
 榎本たちに近い年齢で、ガルドとしては慣れており接しやすい。さらに知り合いと同じ苗字で、そのうえ彼とどことなく似ているのも印象深かった。
 「俺たちはアバターでな? 特に俺はドワーフ種だ。入口にはエルフもいるぞ」
 「うわぁ、ファンタジーだ。勘違いだと思ってたけど、ここってホントにフルダイブの中なのか? うわぁ凄い、初めてだよ。手術はいつかしようと思ってたけどさ、こんな不可抗力でさせられるなんて夢にも思ってなかったっていうかさ」
 男は畳み掛けるようにぺらぺらと話しだした。
 「あ、あのさ……」
 「料理ゲームのクオリティはすごいって聞いたことあったけど、これほどリアルとはビックリだね! 正直マジ現実だと思ってたし。料理は美味しいし、油ハネは熱いし。でも食材が減らないからさ。昨日使いきったはずのお米、朝には全部元通りだよ? 魔法屋敷なのかと思った。ははは」
 「金井さん、あのさ!」
 夜叉彦の少し強い声にやっと語りが止まる。
 「ん?」
 「とりあえず、ここじゃなんだし……下、行く?」
 「おっと、それじゃ頼んじゃおうかな」
 「え?」
 返事に目を丸くして呆けた夜叉彦に、金井は背後の作業台から皿を手にとった。フロキリ時代には見たことのない、モダンでスタイリッシュな薄いガラスの皿だ。上には脚付きの金属網が乗っていて、その上にキツネ色のコロンとした揚げ物が大量に乗っている。
 「か、カキフライ!」
 田岡が顔を出して嬉しそうに叫ぶ。金井もその声に「そう、カキフライ! 三人前だけどね」と同調した。
 そして夜叉彦に押し付ける。
 「え?」
 「これ、下に持ってって。ドアのある方のエントランスにはカトラリー無いから、廊下渡った先のメインルームがいいかな。この家、ひとつもテーブル無いからどうせ地べただし」
 「あ、机無いよね。そういえば」
 「メロ」
 ガルドは厨房をウロウロしていたメロに声をかけた。
 「へへ、メロさんの出番だね。新築祝いの家具はテーブルに変更するよ」
 「ケチんなよ、足りないの一式やろうぜ」
 「どうせ俺たちのは設置出来ないからなぁ、一通りやったっていいだろう」
 「おーし、大盤振る舞いしちゃおうかな。ベッドとテーブル、あとあれも! 高さ足りなくて置けなかったやつ!」
 「でも、一回俺たちのホーム戻んないとプレゼントに持っていけないんじゃなかったっけ?」
 「あっ」
 「そうだったな! アンロックしないと無理だぞ、メロ」
 「あー、考えとくだけいいじゃん。帰ったらすぐ準備できるようにさぁ」
 「そうだなぁ……」
 メロたちが楽しそうに家具について話しながら厨房を出て行く。それに続くことなく、料理人金井はくるりと背を向けて菜箸を手にした。
 「金井、降りないのか? 今後のこととか自己紹介とか、色々情報共有しようぜ」
 「これを全て揚げたらすぐにいくよ。これだけ人数いたらカキフライ全然足りないし。それに、揚げるのはカキだけじゃないんだ」
 後ろから声をかけた榎本に向かって、金井は菜箸の合間から細長い海鮮を見せた。まだ衣がついていないそれを、今まさに卵液とパン粉につけようとしている。火が通る前で赤くないが、ぷりぷりとしている。
 「エビフライか」
 榎本が呟いた料理名に、ガルドも喉を鳴らす。榎本はアゴヒゲを撫でながらうっとりとした。
 「いいねぇ、フロキリに無い揚げもんの一つだ。これからこういうのも食えるのかぁ……」
 「好きだ」
 「エビか? カキの方が和風っぽいけどな」
 「カキよりエビ」
 「俺は肉派だ」
 「知ってる……カツか。金井、豚肉はあるか?」
 ガルドの質問に金井はシルバーの戸棚を指差した。
 「あそこが冷蔵庫なんだけど、豚肉はキロ単位の塊で入ってるよ。あんなの切れないからさぁ、まだ豚肉使ったことないんだ。鳥ならさばけるけどね。包丁はあっち。そうだ、キャベツの千切りもないとね! 野菜はもう一つ左の冷蔵庫だ。トンカツソースもそこ」
 「トンカツ、できるな。千切りは榎本、任せる」
 ガルドは手の装備を非表示にした。アイテムボックスの無いここでは脱ぐことが出来ない。そもそもフルダイブで素手かどうかはナンセンスだが、気持ちの問題で素手に見えるよう変更する。
 「お、おお? おう、あれだろ。細切りだろ」
 「……心配だから、やっぱりいい」
 「やろぉてめー、言いやがったな。素人なりにやってやろうじゃねぇか!」
 ガルドは本気で言ったのだが、煽ってしまったらしい。榎本も同様に金属の腕鎧を非表示にし、シンクの水道で手を洗う。
 「……水、手袋分の空間弾いてるぞ」
 「そうだな」
 デジタル世界に衛生もなにもない。手を洗う行為すらも無意味だが、榎本は神妙な顔をして「ま、キャベツだけだし」と呟く。
 そのあいだにガルドはさっさと冷蔵庫から、教えてもらった食材を取り出し始めていた。
 
 
 サンバガラス・ギルドホームであるはずの屋敷、一階奥のメインホール。
 マグナの説明を受けていた二人は、それぞれ真面目な顔で頷きながら積極的に質問を出していた。ここがゲームだということ、受けたはずのない脳波感受型プレイヤーの手術を勝手にさせられたこと、そして脱出方法は外の救援者が探してくれていること。田岡には二度目になる説明だが、真面目に一緒になって話を聞いていた。
 「僕らは待つことしか出来ないってわけだね」
 メガネの男は納得した様子であぐらを組み直した。勘違いしていたことは、ほかのメンバーが集結するずっと前にマグナへ口止めを頼んでいた。あの場にいたガルドとメガネコンビだけが、彼の恥ずかしい「転生勇者の勘違い」を覚えている。
 「でも、それでいいわけ? 何もしないでじっとしてろってことでしょ」
 「そんなことはない。他にも同じ立場の日本人がいっぱいいる。彼らを一箇所に、まぁつまりこの街だが、ここに集めて対応を増やせばいい」
 マグナは何通りか案をあげた。犯人グループの狙いを探り、それを打ち破るのが一つ。早くに目標を達成させて解放を急がせるのも一つ。向こうの思惑と全く違う行動をとり、閉じ込める意味をなくさせるのも一つ。しかし紅一点は不満そうなままだった。
 「家に帰れないって、ストレス溜まらない?」
 「……まぁね」
 たった数日だが、仲間たちにはまだ表面化していない感覚。夜叉彦はそれをあっさりと口にした。嫁を置いてきた罪悪感は、夫がいるという彼女も同じだろう。
 「せめて連絡だけでもとりたいよね。俺も妻に一言、帰りが遅くなるって言いたいんだ。それを目標に頑張るつもりなんだけど、君もどう?」
 顔に大きな傷のある侍が馴れ馴れしく提案してくる。女性にしてみれば今日が初対面の見知らぬ男だ。だが、夜叉彦が持つ不思議な人懐っこさが警戒心を解きほぐしていく。
 「一言、そうね、旦那にメールでも出来れば……それだけでも随分違うんだけど」
 困った顔でほのかに笑いながら言う。
 「そうだよね。メールか、いいね。手紙とか写真とか、無事だってのを伝えるくらいゴリ押しすればなんとか……一緒に頑張ろう。俺、この世界駆け回って仲間集めてくるよ。外は危ないから、君たちにはサルガスっていうNPCとの交渉お願いしたいんだ」
 「え、えぬぴーしー?」
 「そう。そいつ、要望を聞くロボカウンセラー、みたいな? こっちの願いが叶うかどうかは、向こうの判断とか入るけどね。今のところテレビ見せてくれる約束までとりつけてる」
 「テレビ!?」
 「メロのせいでな」
 「ちがっ、違うってー! ただドラマの話題ふっただけだって!」
 「……ゆるいのね」
 「テレビつなげるなんて、何考えてんだろうね」
 「それもだけど、貴方たち。すごくマイペース」
 女性は膝を揃えた座り方を組み直し、伸ばしてリラックスした様子で小さなフォークを皿に伸ばした。上等なカーペットの上に直で置かれた大皿には、これでもかとカキフライが乗っている。
 「これからどうなるのかわからないけど、共同生活への不安は無くなったかな」
 そう言いながら小さくカキフライをかじった。
 「ゆったり行こうね。この屋敷でもいいし、一戸建て欲しいなら手伝うよ」
 「え、でもお金無いし……」
 その現実的で純粋な反応に、夜叉彦は笑って説明を始めた。
 この世界の大まかな元はフロキリというフルダイブゲームで、そこでは家を建てる条件があれば小さいものはすぐ作れること。その条件にどうしてもモンスターとの戦闘があるが、熟練のロンド・ベルベットがヘルプに入るため問題は少ないことなど。
 会話をメガネの男も聞いていたが、途中に出てきた「戦闘」に興味があるらしく別のメンバーに質問を繰り出していた。
 「ハンティングゲームなのか」
 「うん。経験ある?」
 「いや、無い。コマンド式のソシャゲばっかりだ」
 「ほお、イマドキだな!」
 「そんな、普通さ。でもゲームとかはなんとなく分かる。武器の種類で特性とかあるのか? その……それみたいなのとかも武器?」
 メガネをクイと上げながら、メロの腰を指差す。鳥がついた南国ステッキは、一見すると魔法の杖には見えないだろう。特にソーシャルゲームでは、こうしたお遊びの装備は性能に限度があると相場が決まっている。武器そのものに装飾を施すという発想がそもそも出てこない。
 「へへ、どう? こだわってるんだ~」
 「どうって、地雷武器だろ? こだわるもなにも」
 「な、なにおー!? デコなんてみんな好きにしてるんだよっ、基礎はかなり手の込んだ上級のだってば!」
 「好きに装飾って……どうせ芸人とかアニメとかのコラボもんなんだろ?」
 「コラボじゃなーい! メロさんオリジナル!」
 「いや鳥そのものはフロキリのだし、常識の違いが生んだ勘違いだし」
 夜叉彦が呆れて口をはさんだ。
 「常識? どういうことだ?」
 「ジャスもしない方だよね。あのね、ソシャゲでは外見を変える装飾のシステムってのは……」
 ざっくりとしているが分かりやすい夜叉彦の解説をBGMに、仲間たちはフライを楽しんだ。カキフライは思っていたより再現が悪く、海の旨みが少ない。それでもつまむ手は止まらなかった。
 「なるほどなぁ、フルダイブってかなりレトロなシステムが元だったりする?」
 「そうかもな。ソシャゲとは全く別モノだ」
 調理に残ったガルドたちを除いた被害メンバーは、肩を寄せ合いカキをつまみに雑談に興じた。内容はどれも、今でなくて良いようなどうでもよいものばかりで、それが後から来た男女二人や田岡には心地よい。
 床にべたりと座り、今日初めて会ったとは思えないほど打ち解けていく。女性はずっと笑顔となり、メガネはマグナから真面目にゲーム指導を受け始めた。
 悪くない共同生活になりそうだ。全員がポジティブにお互いをそう評価した。
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