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203 倒すだけがバトルじゃない

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 地下迷宮の最奥にいたはずのダンジョンボスは、ガルドらソロ探索チームが到着したときには影も形もなくなっていた。フロキリデータを流用したとはいえ多くの部分で差異が出ている。知らないNPCが無表情どころか顔の立体感もなくして立っている街並みには見慣れてきたが、あるはずのものがなく、ないはずのものがあるのはいつ見てもガルドたちを心底驚かせた。
「いないんじゃなかったの!?」
「いなかった……んだけどなぁ」
 行方不明のソロプレイヤーを探索していた時に一度来ていたガルドと榎本は、揃って顔を見合わせた。
「くわぁ、くわっ」
<だって『つまらない』って言うから気を利かせたんだがね>
<お前か>
 肩に乗せていたAの短い脚をわしづかみにし、焼きターキーのように宙づりにしてガルドは質問する。
「どこに卵があるか言ってみろ、ほら」
 ぶんと一度上下に振ると素直にAは羽をバタつかせた。
「きゃうきゃう」
「や、やっぱりぃ~」
「あったはずの卵の殻がなくなって、新しくボスがいるとなると……あそこだよなぁ」
「うわー」
「ポジティブに行こう。初見の敵だぞ、お前たち」
「数時間で終わる簡単ダンジョンだと思ってたから、装備とかかなり縛りまくってるんだけど」
 全員がAの羽の先を見つめる。以前いたものの復活というよりも、新しいボスモンスターが急遽あてがわれたような恰好だ。今までのものとはあからさまに違う部分があり、それは前もってガルドが登っていたものに似ていて、Aが指さしたことで確信に変わった。
「下半身が卵の殻とはな」
「こういうチャチでレトロなデザイン、俺は嫌いじゃないよ」
「あの中にペット? 中?」
「入り込むわけにはいかねぇだろ」
「いや、狩猟系タイトル往年の名作にな? 戦闘中に素材を剥げるタイミングが設けられていたのがあったぞ」
「え、それマジ? ジャス」
「うむ。ま、うる覚えだが」
「いや今その言葉聞きたくなかったっていうか、え? つっこんでけって?」
「くけけ」
「オイ笑ってるぞコイツ!」
「Aと榎本って仲良しだねぇ」
「どこがだ!」
「くけけくけけ」
「この! くそっ俺にだけあからさまに態度悪いぞ!」
 笑うAを捕まえようと榎本が腕を伸ばすが、Aはガルドの肩を一周してかわした。それを追い榎本がガルドの周りをぐるぐる回り始める。
「けけけ」
「にゃろ!」
 鬱陶しい。
「……ふふ」
 騒がしい仲間達に囲まれ、ガルドは幸せだった。鬱陶しく、緊張感がなく、ラフで自分勝手だ。まるで新規の大型アップデートに浮かれるゲーマー集団のように見える。やらなくてはならないという義務でもなく、命の危機に関わる必然もない。ガルドたちは全員やりたいからダンジョンに潜り、新たな敵を目の前に騒ぎ、はしゃぎ、笑いながら武器を握りしめていた。
「おいアヒル、俺がペット作った暁にはお前よりカッコよく作るからな! 覚悟しろ!」
「A君よりカッコいいって言ったって、榎本が作ろうとしてるの猫だろ? どんな猫だよ」
「豹か」
「おお、三つのシモベに命令するのか! 黒豹と黒い鳥と、あとは巨人だな!?」
「うわ古」
「おい、そんなことよりどうやって中に突っ込むんだ」
「マグナが考えてくれるってさ」
「その俺が聞いてるんだぞ……とにかく、頭から突っ込んでみるか」
「おお~荒っぽい! いいねぇ、暗中模索って感じ!」
「大型ボスに違いないからな。メタAIがいると踏まえ、俺たちの行動を読んで入り口を『自動生成』していくんじゃないかと思っただけだ」
「メタ……」
 マグナが弓矢を装備しながら嬉しそうに呟くのを、ガルドはぼんやり、教師の独り言を盗み聞く気持ちで聞いた。
<メタAIというのはだね、『みずき』>
「くわぁぁ……」
 あくびをしながらアヒルのAがこっそり耳打ちする。
<すなわち、役目としてはボクのようなことをするものを指すのでね>
<……お前?>
「くう」
 寝息のような返事。
<コンタクターのことを指すのか>
<いいや。確かにボクはコンタクター接触器という面も持つがね、それは外と中との接点の『開閉』を行う立場という意味合いでね。メタAIの機能を持つもの全てがコンタクターというわけではないのでね>
 説明されてもよく分からない。ガルドは頭の中に、見たこともなければ想像もつかない他のコンタクターたちを人形のように仮想地面へ置いた。Aを筆頭に、適当にBやCなどとつけてみる。彼らは接点の開閉を行うらしい。外と中、つまり犯人と被害者の合間だ。扉の開け閉めをイメージ。ならばサルガスも当てはまる。
 だが、メタAIとはイコールにならないらしい。では逆はどうだろうか。
<コンタクターは、メタAIなのか>
<いいや。全員とは言い難いがね>
 なるほど、とガルドは頷く。
 権限の有無だ。未だにガルドにはメタAIがなんなのかよく分かっていないが、とにかくガルドら六人と田岡に与えられているらしい接点繋ぎのAIが合計七体いるのは確実で、その中にメタAIとしての権限をもつものが数体混ざっているのだ。
 Aは両方で間違いない。そして七体以外に目を向けると、他にもメタAIとしての権限持ちがいるらしい。
<それで、メタというのは……>
<勉強もいいがね、遊んでおいでね。みんなが待っているのでね>
 質問するガルドにくちばしでコツンと制止をかけ、Aが正面を向く。
「えーねーどうすればいいのー? 触ればアイコンでる? カーソル? エリア切り替え?」
「試せ。試した分だけ結果が出てくる」
「なにそれ楽しい」
「まずはノーダメ接触か? だるまさんがころんだ、だなぁ! だぁはは!」
「ジャス、裸なんだからちゃんと見切れよな」
「おおう!? 忘れとった!」
「一人でリスポーン限度溶かしたらコーラ一気飲みでスキルツリー上から読み上げさせるぞ」
「お、いいねぇ」
「楽しみ」
「最高」
「や、おい! やめい! 恥ずかしいぞぉっ! 絶対げっぷ出るぞ!」
「役に立たない縛りなんか付けてくるからだ」
「元はと言えば発端はお前さんだろうに! マグナ!」
「うわ視界に入った~俺エンゲージ接敵ね~」
「夜叉彦! 外周位置取りしてからエンカウントエリア入りだと言っただろう!?」
「あ、こいつ確信犯だな」
「早い者勝ちっとね! だらぁっ!」
 夜叉彦の素早いミドルレンジ居合スキルが二撃、卵の殻で下半身を覆った鳥にヒットした。軽い衝撃の音と鳥のいななき、切り替わった戦闘用BGMに空気がぐんと引き締まる。
「相棒、今回のボス戦、初見でのパリィガード・双方生存が勝利条件だぞ。縛りはなしだ。全力で行くぜ!」
「ああ」
 榎本が呼んでいる。
「A」
「ぎゃあ、くわ~」
<たまにバフくらいならかけてあげるのでね、半休眠セミオートで失礼するがね>
 眠そうにとろんとした目をこすり、羽の中に顔を埋めてAは完全な球体になった。走り出すガルドから落ちることもなく、完全に衣服の一部になっている。
 ガルドは視線を大型の敵ボスモンスターに向けながら、見えないコンタクターを睨みつけた。
「見てるなら出てこい……」
 Aが静かにしているのは、恐らく情報漏洩が他のコンタクターにバレるのを恐れているからだろう。卵を渡す役目のため設置されているはずの、まだ見ぬロンド・ベルベットの支援AIがAとガルドを見張っている。仲間たちのように無邪気な遊びにふけっている暇はない。 後ろ手に背中へ手を回し、ガルドは娯楽を我慢する。
「来るぞ」
 楽しそうにハンマーを振りかぶった榎本を守るよう、ガルドは死角を支えるポジションに大股で走っていった。


「殺しきったらどうなる? またダンジョンの頭からか?」
「今までの例から考えれば、まぁそうなるな」
「げぇ~」
 マグナの冷徹な頷きに、夜叉彦ががっくりしながら刀を腰の鞘へ納めた。鳥の翼が地面をなめるように迫りくるのを居合のスキルパリィ剣防御で防ぎ、反対側から来るもう一撃の翼範囲攻撃に向かって「ガルド~」と声をかけた。
「殺すなよ、さばききれ」
「メロが殻から出てきたら同時に一気に残りのみんなで入らない? 悠長にしてたらじわじわ殺しきっちゃうよ」
「全員同時って、入れんのか? それ」
 榎本がぴょんと跳び、ガルドが鳥型大型モンスターの攻撃を受けやすいよう位置をひっくり返す。ガルドはすかさずタイミングを見計らって範囲攻撃を通常パリィ、続けて大型モンスター固有の特別モーションで、普通にはあり得ない「モンスターからのパリィカウンター」を見切りスキルで避ける。
 迷宮の湿った石が敷かれた地面を鋼鉄の脚部装甲でガリガリと滑り、かかとを踏ん張った。続けて脳波コンに強く前方向のイメージを叩き込む。
 足を動かすより早く、ガルドの上半身がグンと前のめりになった。
 後から足が地を踏み、低空のままガルドを弾丸のように走らせる。
 すでに榎本はバックステップで距離を取っていて、ターゲットになろうとヘイト誘発のガントレット打ち鳴らしを二回繰り返していた。鳥の、高すぎて見えない程遠い頭についている目が榎本を見る。ガルドに張り付いていたターゲットロックの音が消えた。
「次、一・三・一のカウンター」
「えー? 二・三・ーだろ」
「……ん、Aはどっちだと思う?」
 ガルドはわざと声に出してアヒルに聞いた。
「ぐわぁ」
<寝てたのに>
 そう言いつつ、Aは榎本に珍しくポジティブな鳴き声を向けた。
ぐわぐわBJ02
「ほれ、俺のが当たり」
「……一個だけだ」
「初撃は大事だろ」
 榎本が苦手なパリィをハンマーの柄で仕掛ける。ガルドが予想したタイミングより早い。殻を付けた巨大な鳥は、榎本のハンマーへ吸い込まれるように重い一撃を上から叩きつけた。やはり初撃は二回来るらしい。
「はっはー!」
 当たりのいいボールが来た打者のような声で榎本が叫ぶ。バットで打ち上げるかのようにハンマーを振ると、パリィの爽快感あるエフェクト音がBGMをかき消すように鳴り響いた。寸分狂いのない見事なコンボにガルドは思わず様子を最初から最後まで凝視してしまい、次のポジショニングに出遅れてしまう。
「しまった」
「きゅっ」
 ぬいぐるみのような声でAが鳴いた。瞬間、ガルドのパラメータに赤い光がまとわりつく。移動速度を増す加速のバフだ。
「っし」
 足を踏み込む。出遅れた自分をフロントポジションとしてのプライドがあるガルドは恥じたが、躊躇するのは一瞬だった。すぐに「今できる最善」を考える。ズレたタイムロスで間に合わない場所取りを早々に諦め、注目度合いヘイトが一段階高い夜叉彦と榎本が回復できるだけのゆとりを作るため、得意のパリィへ躍り出た。
「はぁっ!」
 大剣を大きく振るい、思い切り巨鳥の羽を弾く。
 タイミングは目分量だったが丁度良く、エフェクトがガラス細工の乱反射のように瞬いた。普段より丁寧に輝きを追う。パリィの連続成功で周囲の仲間が回復に専念できれば、その分他の動作がテンポよくつなげる。時間稼ぎこそ、ガルドのような一手に防御を引き受けるガード型アタッカーの喜びだ。
「まだまだ、これからだ」
 鳥が鳴く。ガルドは的確に、来るだろう一撃を目で見るより早く脳で感覚した。
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