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エピローグ
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キ、キス!? 藪から棒になんですか!?
「意識のない相手にするのは失礼だと思って、ずっと我慢してたからな」
「ん? え……ええ?」
話の流れがよく分からないが、ユマとキスがしたいかしたくないかで言えば断然前者である。
今の私は正真正銘、地味で冴えないオタク喪女で美人のハティエットではないのが気がかりだが……ひとまず欲望に負けて目を閉じると、唇が重ねられて音を立てて吸われた。
生々しいリップ音に心臓が破裂しそうだが、それを上回る幸福感で頭の芯がぼんやりとする。
見た目じゃない中身の私を愛してくれているのだと感じられて、涙が出そうになったがどうにか我慢した。
何度かそれを繰り返したのち、満足したのかユマは体を離して居ずまいを正す。
なんだか手慣れた様子にイラッとしたが、耳まで赤くなった顔を見て思わず笑いが漏れた。
変わったように見えても、あの時のままだと思うとほっとした。
「あー……、その、子細を語ると長いから手短に話すが、女神に頼んでこっちの世界に来たんだ。戸籍とか知識とかも用意してもらったが、これは歴史の無限ループに付き合わされた分の特別ボーナスのようなものだな。それで、こっちに来れたのは今から八年くらい前のことで、それからずっとここで暮らしてる」
「は、八年も前から!? じゃあ、今は二十八ってこと?」
「ああ。女神にとっては大きな誤算だっただろうが、あんたと釣り合う歳に近づいたのは、俺にとっては嬉しい誤算だな。あらかじめ未来が分かってたから、事件の直後すぐに犯人を取り押さえられたのも幸運だった」
「取り押さえたって……」
確か犯人を確保したのは警備員だと聞いた。
「つまりユマは――」
私が答えを言う前に、パーカーのポケットから社員証のようなケースを取り出した。
そこには今勤めている会社が提携している警備会社の名前とロゴが入っていて――彼の写真と『八十島優真』という氏名が記されていた。
八十島優真。それが今の彼の名前なのか。
「幸運とは言ったが、あんたが刺されるのを俺は黙って見ていた。命が助かることは分かっていたとはいえ、あんたを助けることより、歴史の正しい流れを優先させたことは許されると思っていない」
「……まさか、罪の意識で毎日お見舞いに来てたの?」
「そ、それは違う! ただ羽里が心配で」
「ならよかった。あのね、あの事件がなきゃ優真と会うこともなかったし、あの世界だってまだループし続けてたかもしれないんだから、優真の責任じゃないわよ。むしろ他に被害がなかったのは優真のおかげでしょ。結果オーライじゃない」
「……ありがとう、羽里」
ほっとしたように表情を緩める優真に、私もつられて笑みを浮かべたが……ふと私がいなくなったあとの世界が気になって質問してみた。
「ねぇ、あれからどうなったの? また夫婦喧嘩の末に世界の崩壊~とか起きない?」
「その心配はないだろう。女神の力が戻ってイーダの神格を復活させたから、天界で仲良く暮らしてるんじゃないか? イーダも女神もあんたにコテンパンにされたから、当分はおとなしくしてると思う」
イーダに関しては何一つ悔いがないけど、女神様にはやり過ぎた感があるからちゃんと謝りたかったかも……まあ、それが抑止力になるならいいか。
「アリサは? こっちに戻ってるの?」
「ああ。建前上魔王は封印されたことにして、無事役目を終えた形での帰還だ。帰った後は両親を説得して製菓の専門学校に行くと言っていた。長い間引きこもりだったらしいが、羽里の不屈の精神を見習って頑張るそうだ」
「た、ただの雑草根性なんだけど……物は言いようね」
くじけず頑張ってくれるのはいいが、私を見倣ったばかりに可愛げのない性格になったり、言動がひん曲がらないことを祈るばかりだ。
「そう卑下するな。羽里が心折れることなく最後まで使命をまっとうしなければ、この未来はあり得なかった。騎士たちも役目を解放されて元の生活に戻ったし、これ以降は歴史が繰り返されることはなく、ずっと前に進むのみだ。羽里はどの聖女もなし得なかった偉業を成したと言えるな」
「ちょ、やめてよ。そういうのガラじゃないから!」
褒められて悪い気はしないけど、三十路女が救世の聖女と言われても格好がつかない。
聖女って言われてた頃は、見た目は二十歳そこそこのハティエットだけども。
「そ、それより、ハティエットは? 婚約者さんとうまくいったの?」
「さあな。羽里が帰ってからすぐ侍女を辞めたとは聞いているが、あの男と元鞘に戻ったのかまでは分からない。まあ、仮にも聖女の依り代にされていた人間だし、多少は女神の加護があるだろう。望む人と再会するくらいの奇跡は起きるかもしれないな」
「そう……」
意識が交わることはほとんどなかったし、いろいろと厄介事はあったけど、ずっと体を借りていた子だから幸せになってほしいと思う。今からじゃ遅いかもしれないけど、私からも女神様にお願いしておこう。
それからこの世界に来て優真がどんな暮らしをしていたかという話に花を咲かせていると、ノックが聞こえて「そろそろ面会時間終了です」という声が聞こえてきた。
気づけば外は半分夜の色染まっている。随分話し込んでいたようだ。
「……時間か」
優真が名残惜しそうにため息をつくと、丸椅子から腰を上げながら私の頬にキスを落とす。
さりげなく何してくれるんですか、この人!
ていうか、そっちから仕掛けておきながら、こっちより顔を赤くするの可愛いな! ちくしょう!
「ま、また明日も来る」
「あー……う、うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」
そう言って逃げるように帰っていった優真を見送り、乙女ゲームのエンディングシーンみたいだなと間抜けなことを思う。
モブに転生(いや私の場合“憑依”か?)して、底辺からの逆転劇をして大大大推しと結ばれて、それで現在に至る一連の出来事を並べてみると、ライトノベルそのものに感じられる。
もちろん、これで「めでたしめでたし」で終わるわけではなく、私の命が尽きるまでどう変化するのか分からない物語なので、ちょっとの油断であっという間に転落するかもしれないが……ほんの少しくらいヒロイン気分に浸っていても許されるだろう。
また明日――その約束に年甲斐もなく心を焦がしながら、私は枕に顔面を突っ伏してもんどりうった。
「意識のない相手にするのは失礼だと思って、ずっと我慢してたからな」
「ん? え……ええ?」
話の流れがよく分からないが、ユマとキスがしたいかしたくないかで言えば断然前者である。
今の私は正真正銘、地味で冴えないオタク喪女で美人のハティエットではないのが気がかりだが……ひとまず欲望に負けて目を閉じると、唇が重ねられて音を立てて吸われた。
生々しいリップ音に心臓が破裂しそうだが、それを上回る幸福感で頭の芯がぼんやりとする。
見た目じゃない中身の私を愛してくれているのだと感じられて、涙が出そうになったがどうにか我慢した。
何度かそれを繰り返したのち、満足したのかユマは体を離して居ずまいを正す。
なんだか手慣れた様子にイラッとしたが、耳まで赤くなった顔を見て思わず笑いが漏れた。
変わったように見えても、あの時のままだと思うとほっとした。
「あー……、その、子細を語ると長いから手短に話すが、女神に頼んでこっちの世界に来たんだ。戸籍とか知識とかも用意してもらったが、これは歴史の無限ループに付き合わされた分の特別ボーナスのようなものだな。それで、こっちに来れたのは今から八年くらい前のことで、それからずっとここで暮らしてる」
「は、八年も前から!? じゃあ、今は二十八ってこと?」
「ああ。女神にとっては大きな誤算だっただろうが、あんたと釣り合う歳に近づいたのは、俺にとっては嬉しい誤算だな。あらかじめ未来が分かってたから、事件の直後すぐに犯人を取り押さえられたのも幸運だった」
「取り押さえたって……」
確か犯人を確保したのは警備員だと聞いた。
「つまりユマは――」
私が答えを言う前に、パーカーのポケットから社員証のようなケースを取り出した。
そこには今勤めている会社が提携している警備会社の名前とロゴが入っていて――彼の写真と『八十島優真』という氏名が記されていた。
八十島優真。それが今の彼の名前なのか。
「幸運とは言ったが、あんたが刺されるのを俺は黙って見ていた。命が助かることは分かっていたとはいえ、あんたを助けることより、歴史の正しい流れを優先させたことは許されると思っていない」
「……まさか、罪の意識で毎日お見舞いに来てたの?」
「そ、それは違う! ただ羽里が心配で」
「ならよかった。あのね、あの事件がなきゃ優真と会うこともなかったし、あの世界だってまだループし続けてたかもしれないんだから、優真の責任じゃないわよ。むしろ他に被害がなかったのは優真のおかげでしょ。結果オーライじゃない」
「……ありがとう、羽里」
ほっとしたように表情を緩める優真に、私もつられて笑みを浮かべたが……ふと私がいなくなったあとの世界が気になって質問してみた。
「ねぇ、あれからどうなったの? また夫婦喧嘩の末に世界の崩壊~とか起きない?」
「その心配はないだろう。女神の力が戻ってイーダの神格を復活させたから、天界で仲良く暮らしてるんじゃないか? イーダも女神もあんたにコテンパンにされたから、当分はおとなしくしてると思う」
イーダに関しては何一つ悔いがないけど、女神様にはやり過ぎた感があるからちゃんと謝りたかったかも……まあ、それが抑止力になるならいいか。
「アリサは? こっちに戻ってるの?」
「ああ。建前上魔王は封印されたことにして、無事役目を終えた形での帰還だ。帰った後は両親を説得して製菓の専門学校に行くと言っていた。長い間引きこもりだったらしいが、羽里の不屈の精神を見習って頑張るそうだ」
「た、ただの雑草根性なんだけど……物は言いようね」
くじけず頑張ってくれるのはいいが、私を見倣ったばかりに可愛げのない性格になったり、言動がひん曲がらないことを祈るばかりだ。
「そう卑下するな。羽里が心折れることなく最後まで使命をまっとうしなければ、この未来はあり得なかった。騎士たちも役目を解放されて元の生活に戻ったし、これ以降は歴史が繰り返されることはなく、ずっと前に進むのみだ。羽里はどの聖女もなし得なかった偉業を成したと言えるな」
「ちょ、やめてよ。そういうのガラじゃないから!」
褒められて悪い気はしないけど、三十路女が救世の聖女と言われても格好がつかない。
聖女って言われてた頃は、見た目は二十歳そこそこのハティエットだけども。
「そ、それより、ハティエットは? 婚約者さんとうまくいったの?」
「さあな。羽里が帰ってからすぐ侍女を辞めたとは聞いているが、あの男と元鞘に戻ったのかまでは分からない。まあ、仮にも聖女の依り代にされていた人間だし、多少は女神の加護があるだろう。望む人と再会するくらいの奇跡は起きるかもしれないな」
「そう……」
意識が交わることはほとんどなかったし、いろいろと厄介事はあったけど、ずっと体を借りていた子だから幸せになってほしいと思う。今からじゃ遅いかもしれないけど、私からも女神様にお願いしておこう。
それからこの世界に来て優真がどんな暮らしをしていたかという話に花を咲かせていると、ノックが聞こえて「そろそろ面会時間終了です」という声が聞こえてきた。
気づけば外は半分夜の色染まっている。随分話し込んでいたようだ。
「……時間か」
優真が名残惜しそうにため息をつくと、丸椅子から腰を上げながら私の頬にキスを落とす。
さりげなく何してくれるんですか、この人!
ていうか、そっちから仕掛けておきながら、こっちより顔を赤くするの可愛いな! ちくしょう!
「ま、また明日も来る」
「あー……う、うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」
そう言って逃げるように帰っていった優真を見送り、乙女ゲームのエンディングシーンみたいだなと間抜けなことを思う。
モブに転生(いや私の場合“憑依”か?)して、底辺からの逆転劇をして大大大推しと結ばれて、それで現在に至る一連の出来事を並べてみると、ライトノベルそのものに感じられる。
もちろん、これで「めでたしめでたし」で終わるわけではなく、私の命が尽きるまでどう変化するのか分からない物語なので、ちょっとの油断であっという間に転落するかもしれないが……ほんの少しくらいヒロイン気分に浸っていても許されるだろう。
また明日――その約束に年甲斐もなく心を焦がしながら、私は枕に顔面を突っ伏してもんどりうった。
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