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5話、二人の旅立ち(1)

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「っ……これ……って」

 若干、潤んだ瞳で鼻をすすり聞くリリに対して、ラーナはとても優しく、微笑ましく、朗らかに答えた。

「そう、日記、パパとママからボクへの手紙」
「もう戻れなかったって……」

(ラーナさんは両親を……てっきり故郷にいるものかと)

「うん、100年戦争の時にね」
「戦争の時ってことは、結構、前、よね?」
「16年前かな?」
「っえ! ラーナさんは何歳だったの?」
「4歳かな?」
「4……4!?」

 ラーナが一人になったタイミングと、予想される現在の年齢にリリは口をあんぐり空けて驚く。

「そんなに驚くこと?」
「じゃあ、ラーナさんはいま……」
「20歳だよ? 多分だけど」
「それは詐欺よ!」
「なんでさー!」

(てっきり、わたし14歳ぐらいかと思ってたわよ!)

「だーまーさーれーたー!」

 あまりにビックリしたリリは、ぶつけようのない不満を溢す。

「まぁ年のことはいいわ」
「ボクは納得してないんだけど」
「まぁまぁ、それで日記はいつ見つけたの?」

 なだめるリリに、ほっぺたを膨らませたラーナは「今回だけだからね」というと、考え出す。

「えーっと、ボクの集落が焼き討ちされた時だから……」
「っえ!? なんて?」

 ここに来てさらなる情報に、リリの頭は混乱する。

「戦争後の政治争いでね」
「政治?」
「ボクの集落はゴブリン族とオーク族、両方の裏稼業を請け負ってたらしいから、邪魔になったんだろうねー」
「暗殺者だったの?」
「多分やってたんじゃない?」
「怖いわね……」
「大丈夫、もう集落ごとないから! その時、村長に形見だって渡されたのがこの日記だよ」
「そ、そう……なのね」

 衝撃の事実の連続、聞けば聞くほどに、リリは言葉を失う。
 やっとの思いで強張った声で返事をするのが精一杯であった。

(情報過多過ぎる、しかも重い! 辛い! 頭がくらくらしてくるー)

「まったくー集落を出る事になってからは、大変だったんだよ!」
「でしょうね」

 表面的には怒りをあらわにするラーナだが、スラスラと話しを続けている。
 恐らくはもうとっくに飲み込んだのであろう。
 そう思うとリリには相槌を打つ事しかできなかった。

「リリ聞いてよ! 本当に酷かったんだよ?」
「ど、どう、酷かったの?」
「ゴブリン達はだいたい偉ぶってボクをバカにするし、仲間だと思ってたオーク達は烙印持ちだって邪魔者扱いしてきたの」
「そんな……同じ仲間じゃない!」
「同種ってだけだよ」

 乾いた口調に戻ったラーナの声からは、恨みや復讐心などは感じられない。

「めんどくさくて、暫くは一人で生きてたんだよねぇ」
「4歳の子が一人でって……大変じゃなかったの?」
「フフッ、リリは優しいね」
「っ……」

 クスリと笑ったラーナの表情は、今まで見てきた中でも特に柔らかい表情だった。
 ラーナの態度は強がりですらなく、至って普通に話している事に気づいたリリは、どこか物悲しさを覚えた。

(ラーナさんは、寂しさとか、悲しさとかを捨ててきたのね……)

「確かに最初は辛かったけど、日記が助けてくれたんだぁ」
「日記が?」
「見てたら、いつかはボクも外に出て、ママみたいに色んなものを見たいって、ずっとずーっと思ってたら、辛くなくなっちゃった」

 そう言いラーナはニカッと笑う姿は、やはり強がっている様には見えない。

(哀しくなるぐらいに強い子、ね……)

 ラーナが強いことは確かだ、しかし異常でもある。
 普通は泣き叫び、怒りに燃え、復讐の炎に身を焦がしてもおかしくはない。
 感情の捌け口が見えないのが、リリにはたまらなく哀しい。

「で、でも一人ぐらいはラーナに優しくしてくれる人とかいたんじゃないの?」
「うーん、ルベルンダは集落の繋がりが強いから、基本的には余所者には厳しいんだよねぇ」
「そっか……」

(排他的で閉鎖的……考えうる限り最悪な状況じゃない)

「そうじゃなくても、烙印持ちのハイ・オークを受け入れてくれる集落は無かったと思うけどねー」
「烙印持ち……」

 『烙印』という言葉の響きから、良くない物であろうことはリリにも分かる。
 しかし、ここまで来たら全てを聞くべき、そう思い至って聞き返すことにした。

「……聞いてもいい?」
「ん? 烙印持ちのこと?」
「良くないもの、っていうのは分かるんだけど……」
「そりゃ知らないよね、ハイ・オークの風習だし」

(呪いとかじゃなくて、風習なのね)

「簡単に言えば、ボクみたいにハイ・オークの両親から生まれたのに、大きくならなかった人達のことだよ」
「ど、どういう事? 大きくならなかった?」

 リリには意味が全く持って分からない。
 大きくならなかったから何だというのだ、それを言ったらリリなんてラーナの手のひらよりも小さいというのに。

「順番に腐敗、末路、堕天って呼ばれてるの」
「大きさだけで、ひどい言いようじゃない!」
「まぁ鬼族、中でもオーク族は貴族制だから、武力が絶対なんだよねぇ」

 (貴族制!? あの貴族?)

 予想外の単語にまたも驚きが隠せない、今日のリリは驚いてばかりである。

「ラーナさんは貴族なの?」
「ボクは違うよ? 魔力と筋力の強い種のハイ・オークは、一般的には階級が高いけどね」
「強さが、階級に直結するのね?」
「そうそう、リリ頭いいじゃーん」

 からかうように言うラーナに、真面目に聞いていたリリは肩透かしに合う。

「からかわないでよー! 優しいわたしも、怒るわよー!」
「ごめんごめん」

 ラーナの身体をポカポカと叩いていたリリだったが、叩くのを止め腰に手を置くと、改めて聞き返した。

「んで? 強ければいいんだっけ?」
「まぁーね、ただ死ぬかもしれない決闘で決めてたら絶滅しちゃうでしょ?」
「それはそうかもね」
「だから目安として身体が大きくないと、どうしてもねー」

 明るく言うラーナだが、リリの価値観とはあまりにも違う。
 頭の中では「なぜなのか」という疑問と共に、大きな怒りが込み上げる。

(種族的な文化に口を挟むモノじゃない、とは思うけど……)

「なんというか、ひどい悪習じゃない! 差別よ!」
「なんでリリが怒るのさー、しょうがないんだよ」
「だって、ラーナさんは悪い事なんてしてないのに……」
「鬼族にとっては、戦う事こそが生きることだからねぇ」

 どこまでいっても価値観が違う。
 『差別』という言葉を使ったリリ自身が間違っているのではないかと思うほどに。

(たとえ歩み寄ることはできなくても、理解する努力はするべきよね。だって目の前にいる女の子は鬼族なのだから)

「そ、それはラーナさんも……納得していること、なの?」

 半ば分かり切っている事を聞くリリ、ついついドギマギと聞くが、ラーナは思いのほかサラッと答えた。

「ボクは堕天、ゴブリンサイズだから」
「……だか、ら?」
「大きさに物を言わせるのは納得はできないよねー」

(っえ、納得してないの? てっきり割り切ってるものかと)

「そうなの、ね」
「いま戦ったら、絶対にボクのが強いのにさぁ」

(そこ!? 思ってた答えと違うんだけど!)

 これはリリからガッツリと歩み寄らないと、ラーナの考えを理解する事なんて一生出来ないだろうと、リリは自分の考えを思い直すことにした。
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