悪魔の家

光子

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 けいじは、毒のせいで、立ち上がる事すら出来ない。
 だから、あかりを逃がす為に彼に出来る事は、話を長引かせる事だけ。
 その思惑を、あきとは理解して、今まで付き合った。
「別に逃げても良いですけど、僕に出会ったら殺しちゃいますね」
 今、夜、この森の中に逃げたら、あきとにも追いかける気は無いが、家に残っているなら殺す。
「どっちみち死にますよ?」
 夜明けになった所で、彼女が1人で森の中生き残れるとは思わない。
「…少しでも…生き残れる可能性があるなら…」
「無理ですよ」
 例えあのまま全員が生き残っていたとしても、この家が見つからなければ、いずれ死んでいた。
 ましてや、彼女はけいじやあきとの様に、火起こしも山菜の知識も獲ていない。
「赤の他人がそんなに大事ですか?凄いですね」
 今まさに自分が死のうとしているのに、他人を気遣うけいじに、あきとは感心したように拍手する。
「…頼む…せめて、彼女は…見逃してあげてくれ…」
 力無いけいじの死ぬ前の願い。
「嫌ですよ。朝までいるのなら、殺します」
 けいじの死ぬ前の願いを、あきとは考える素振りも一切無く、拒否する。
「ふふ。最後の一人なので、あかりさんの事は存分に楽しみますね」
「……」
 彼の言う楽しむ。とは、惨殺な殺人の仕方なのが、伺える。
 あきとは、このまま放っておいても、確実に死ぬであろうけいじの左胸、心臓にメスを向けた。
「さようなら、田村さん」
 彼が最初に言った、良い人だから、苦しまずに。一思いに、殺す。
 彼なりの最大限の、優しさだろう。
 ぐっと力を込めるーーー


「あかりちゃんは、君のお母さんと一緒だ」


 前に、ピタッと、動きが止まった。
「………………母?」
 長い沈黙の後、初めて、彼の素の表情が見えた気がした。
「………………どうして田村さんが、僕の母を?」
 答え次第で、また力を込めるつもりで、まだ、メスの構えは外していない。
「初めて会った時から……そうじゃないかって思っていたけど……君の苗字が違うから、気付かなかった」
 けいじは、ゆっくりと、言葉を吐き出す。
「君が養子だと聞いて、確信したーー君は、照史あきとーーあっ君ーーだね」
「ーーーー」
 無表情のまま、だが、けいじの左胸に向けていたメスを、照史は下ろした。
 スッと立ち上がり、けいじを見下ろす。
「あっ君……懐かしい呼び名ですね。その呼び名で僕を呼んだのは、ただ1人だけ」
 照史は、目をつぶり、昔、自分をその名で呼んだ人の姿を思い描いた。
 まだ自分が小さい頃。
 まだ、その人が若い頃。
「田村さんーーー
              
                あの時の、刑事けいじさんなんですね」


 警察官の格好をした、若い頃の田村たむら 敬二けいじの姿を。





 20年前ーーー。



 ガッシャンッッッ!!!!!!
 女は、持っていた食器を、近くにいる子供に向かって投げ捨てた。
『何してんのよあんたは!!!』
 硝子が割れる音が大きく響くとともに、女の怒号。
 その勢いで、女は、目の前にいる小さな男の子の髪をガッと掴むと、押し入れの前まで引きづった。
『痛い!痛いよお母さん!!』
『五月蝿い!』
 痛みを訴える我が子の顔を蹴り、黙らせる。
 そのまま、母親は押し入れに子供を放り込むと、バタンッと力強く閉めた。
『お母さん!お母さん!開けて!暗くて怖いよ!!!』
 中から泣きながら必死に訴える子供。
『五月蝿い!黙れって言ってるだろ!!』
 母親は扉を開け、今度は子供のお腹を蹴りつけた。
『あんたの顔も声も見たくも聞きたくもないんだよ!大人しくしてな!!!』
 再度強く閉められる扉。
『ぅ……ぁっ……』
 男の子は痛みから呻き声を出しながら、涙を流した。
 男の子は、ただ、お母さんに、今日あった出来事を、聞いて欲しかっただけだった。
 ただ、お母さんに笑って欲しかった。
 笑いかけて欲しくて、抱きしめて欲しくてーーー後ろから、抱きついた。
 それが、駄目だった。
『ぅ…ぅ…』
 男の子は、ポロポロと真っ暗な押し入れの中、涙を流し続けた。
 泣き声がもれないよう、声を押し殺しながら。
 泣き声が母親に聞かれれば、また、殴られると分かっていたからーーー。
『君、この怪我どうしたの?』
 そんな時出会ったのが、敬二だった。
 普段は見えない所を殴ったり蹴る母だが、昨日は殴られた時に勢いあまって、壁に顔を打ち付けてしまって、痣が出来た。
『……転けたよ』
 幼稚園にも通っていない僕は、日中、母親が仕事してる間、近くの公園で過ごす事もあった。
 その公園で、敬二に会った。
『……凄い痣だけど……』
 心配そうに顔の痣に触れる敬二。
『君、名前は?』
『…………内村うちむら 照史あきと』
 子供は、小さい時、5歳の、面堂めんどう 照史あきと。
『どこかにぶつけたのか?酷い怪我だし、1度病院に行こう』
『!大丈夫!僕、痛くないから』
 照史は慌てて、その場から走って逃げた。
 (危ない危ない)
 母親に、病院には行くなと言われている。





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