悪魔の家

光子

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 逃げ切り、ボロいアパートの自宅前まで来ると、ホッと息を吐いた。
 扉を開け、中に入ると、照史はゴミが散乱している部屋の中から、カビの生えたパンを発見し、口に入れた。
 もぐもぐとただ黙って食べる。
『……』
 母親は何日も家に帰って来ない事もあった。
 帰ってきても、食事は満足に出されない。
 誰かと話す事も、照史にはとても、久しぶりだった。
 (…誰かに…心配されるの…初めてだった…)
 あの場から慌てて逃げたものの、照史は少し、嬉しいと、感じた。
『や!あっ君』
『……僕、照史だよ』
 あれから、敬二はこの公園に来る様になった。
『いいじゃないか!あだ名だよ、あだ名』
『あだ名…僕の…』
 ウィンクしながら笑顔で話す敬二。
『けーじさんは暇なの?』
 警察官=刑事の照史は、敬二が手渡す袋を受け取りながら、そう尋ねた。
 袋の中に、お茶にパン。
 普段食べているパンとは違い、カビも生えていない、綺麗なパン。
『おお、暇暇!だから相手してくれな』
『……仕方ないなぁ』
 言葉ではこう言っていたが、照史の顔は笑顔だった。
 誰かと話す事が嬉しい。
 心配され、ご飯もくれて、優しくしてくれる事が、照史はとても嬉しかった。
『上手いか?』
『うん!』
 受け取ったパンを、勢い良く食べるのを、敬二は優しく見守った。
『……あっ君は、お母さんの事好きかい?』
『?うん、大好きだよ!』
 敬二の問いを、照史は迷う事無く肯定した。
『…そっか』
 敬二は悲しい表情のまま、照史の頭を、撫でた。






『もお!私にあんたの顔見せないで!!』
 バンッッッ!!!!
 押し入れを勢い良く閉められる。
 母親のヒステリーは唐突に起きる事もあって、何もしていなくても、こうやって押し入れに閉じ込められる事があった。
『…っ…っ』
 いつもの様に、声を押し殺して無く。
 (ママ……何で……僕の事嫌いなの…?)
 1度、押し入れから出てしまってから、手足は、粘着テープで縛られるようになった。
『痛…』
 今日は頬を殴られた。
 きっと、痣が出来ている。
 (けーじさんのとこ……行けないな……)
 この痣を見た敬二は心配するだろうからーーー。
 真っ暗な暗闇の中、押し入れの外からは、TVの音が聞こえていたが、いずれ、聞こえなくなった。
 母親がどこかに出かけたのだろう。
 暗くて、静かで、身動きが取れない。
『ぅう…うう…ママ…ママぁ!!』
 声を出せば殴られるから、普段は黙っているが、照史は声を出して叫んだ。
 何日も帰らない事がある母親。
『怖いよ!怖いよぉ!出して!出してよぉ!!』
 涙が次から次から溢れるが、その涙を拭う事も出来ない。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…ママ…ごめんなさい……』
 何度叫んでも母親は戻らず、声も枯れ果てた頃、何が悪いのかも分からないが、照史は、ただ、掠れた声で、謝った。


 好きって言ってよ…。

 抱きしめて欲しいよ…。


 公園で、他の仲の良さそうな母親と子供の姿を見る度、羨ましかった。
 手を繋いでる姿を見るだけで。
 転けて泣いている子供に、痛いの痛いの飛んでいけ。って言っている母親を見るたびに。
 一緒に、遊んでいる姿が。



 (僕が……悪い子だから……ママは、僕が嫌いなのかな…)
 無条件で愛される他所の子達が羨ましかった。



 僕は、絶対に母親から愛される筈が無かったのにーーー。




 僕自身の存在が、母親にとって、苦痛だったんだからーーー。



 数日後ーー。
 ドンドンドン!ドンドンドンドンドン!
『!!』
 激しく扉が叩かれる音がして、照史はビクッ!と反応した。
 あれから、数日経って帰ってきた母親に解放された照史は、叩かれた頬の痣を気にして、公園には行けずに、家にずっといる生活を送っていた。
 (誰だろ)
 母親なら鍵があるから、ノックはせず入ってくる。
『すみません!開けて下さい!!ここは照史君の家ですよね?!』
 切羽詰まる声に、照史は聞き覚えがあった。
『…けーじさん?』
『!あっ君か?!』
 家の中から聞こえた声が、安堵の色に変わる。
 ガチャ。
 照史は鍵をあけ、扉を開けた。
『どうしたの?』
『君が公園に姿を見せなくなったから、心配で…』
 姿を見せた照史に、敬二は声を詰まらせ、彼の頬に触れた。
 頬にある痣。
『これは…』
『あ、これは、ちょっと、ぶつけちゃって…』
 慌てて言い訳する照史を横目に、敬二は部屋の中に目を向けた。
 ゴミで散乱された不衛生な部屋。
『あっ君、ここから逃げよう』
『ーーーえ?』
 敬二は照史の肩を両手で掴み、しゃがみ込んで、彼と目線を合わせた。
『ここにいたら駄目だ!』
 真剣な表情は、本当に僕の事を心配してくれているのだと、伝わる。
『……僕……は……』

『ーーーあんた何?!』

『『!』』
 後ろから聞こえた声に、照史も敬二も振り返った。
 きっと、照史も敬二も睨み付ける、照史の母親の姿に、照史はビクッと体を震わせた。
 (怒られる…!)
 真っ青な表情で顔を伏せる照史を背に、敬二は彼を守る様に1歩前に出た。
『照史君の母親ですね?』
『何よあんた。警察?』
 警察官の格好をしている敬二の横を素通りし、家の中に入る。
『……失礼します』
 敬二は彼を背にしたまま、玄関に入り、扉を閉めた。
 鞄をその辺に投げ、煙草に火をつける母親。




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