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アデライン・アシュトンの矜恃 〈中編〉
24.今宵の勝利に、乾杯
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グレイは、私の勢いに驚いたのか僅かに目を見開いた。
だけど、すぐに何の話をしているのか思い至ったらしい。
納得したように彼は言った。
「ああ。すまない。許可なく呼んでしまったな」
「それはいいんだけど……理由が気になるわ」
それと、例の言葉の意味も。
そう思って、私はグレイの言葉の先を促した。
すると、グレイは理解したように頷いた。
「きみの作成した違法魔法水だが」
「違法、は余計よ。もう証拠はないもの」
「悪どいな……」
ぽつり、と無表情で彼が言う。
ちょくちょく突っ込みを入れてくるのに顔は驚くほど無表情なので、そのギャップが面白いひとだな、と思う。
グレイは一瞬私から視線を外すと、また私を見つめて言った。
「声を出すと、彼らに気づかれる可能性があった。だから、極力言葉数は少ない方がいいと思ったんだ」
「だから……アデル?」
「アデライン、やアデライン・アシュトンより遥かに字数を省略できるからな」
な、なるほど……。
理にかなっている、そして、実にグレイらしい理由だ。
私が納得していると、続けてグレイが言った。
「それと……好き、だったか?それに関しては、字面通りなんだが」
「それがよく分からないのよ。友情的なものだと思っていいの?」
「友情?まあ、そんなところか……。俺は、きみのことをひととして好ましく思っている。だから、あの程度の罵倒に思い悩む必要は無い、という意味で激励したつもりだったんだが──」
「…………」
私は、思わず無言になった。
私の無言をどう捉えたのか──グレイが、困ったように言う。
「悪い、場所が場所だったとはいえ、言葉足らずだった」
殊勝に謝る彼に、私は思わず盛大なため息を零した。
「っはぁあ~~~~……!!驚いたのよ、私!すっごく!とっても!びっくりしたんだからね!」
グレイは私の言葉に少し考える素振りを見せたが、やがて、ふ、と楽しげに笑った。
それに合わせ、彼の束ねた白髪が胸元で揺れる。
「筋書きとは多少違うが……。驚きで感情が上書きされたなら、結果的に良かったんじゃないか?」
「確かに、そうかもしれないけど」
私がそう答えたところで、王太子殿下が部屋に戻ってきた。
「お、なんだか盛り上がってるな。僕も混ぜて欲しいな」
「……王太子殿下」
彼は、先日のような色物メガネを着用していた。
王太子殿下は、私から見て右、グレイから見て左のカウチに腰を下ろすと、にっこり笑った。
「さ、お疲れ様、ふたりとも!僕も悩みの種が同時に解決して楽しく酒が飲めるというものさ。ここは楽しく乾杯といこうじゃないか」
その時、王太子殿下の従僕と思われる男性がワゴンを押して室内に入ってきた。
ワインクーラーには、一本のワインが納められている。
銀蓋も何皿か用意されていて、今から酒を楽しむのは明らかだ。
王太子殿下はウキウキとした様子で従僕の作業を見守っている。
キュポン、とコルクが外され、その途端、熟成されたワインの豊かな芳香が漂ってくる。
グレイが、なにかに気がついたように眉を上げた。
「年代物か?」
「ご明察。せっかくだしね、こういう時でもないと飲まないし」
グレイの言葉に、私もワインボトルのラベルを見る。
スターキー・モロニー。
モロニー地方の名産で、およこ数百年前から造られている銘酒だ。年間百本あまりしか出荷されないという幻のワインでもある。
しかも、ラベルを見るに六十年もの。
(こ……れは)
とんでもない高値がつくワインなのでは?
戦く私に、王太子殿下が笑った。
「ひとりで飲んでも寂しいからね。こういうのは、友人と飲むべきでしょ」
「友人?」
「あれ、そこ突っ込む?」
グレイの端的な言葉に、王太子殿下が苦笑する。
「何はともかく、アデライン嬢のプランは上手くいった。それも、僕が想像するよりずっと優秀な戦績だ。しかし、あのふたりをまとめてアンドリュー・ロッドフォードに押し付けるとは、考えたね」
「アンドリューには、責任があります。未婚の淑女に手を出したなら、貴族として責任を取るのは当然です」
「ま、そうだね。このままだとジェニファーはもちろん、メアリーだって嫁に行けない。アンドリューがもらってくれるなら、そこら辺はまるっと解決だ」
グラスにワインが注がられ、私たちは乾杯した。
乾杯の声掛けは王太子殿下が──と思ったが、意外なことに彼は私に振った。
「今宵の立役者はあなたでしょう、アデライン・アシュトン嬢。あなたが言うべきだよ」
「そうだな。俺も同意見だ」
グレイまでそういうものだから、私は有り難くその役をいただくことにした。
「……では、今宵の勝利に、乾杯!」
だけど、すぐに何の話をしているのか思い至ったらしい。
納得したように彼は言った。
「ああ。すまない。許可なく呼んでしまったな」
「それはいいんだけど……理由が気になるわ」
それと、例の言葉の意味も。
そう思って、私はグレイの言葉の先を促した。
すると、グレイは理解したように頷いた。
「きみの作成した違法魔法水だが」
「違法、は余計よ。もう証拠はないもの」
「悪どいな……」
ぽつり、と無表情で彼が言う。
ちょくちょく突っ込みを入れてくるのに顔は驚くほど無表情なので、そのギャップが面白いひとだな、と思う。
グレイは一瞬私から視線を外すと、また私を見つめて言った。
「声を出すと、彼らに気づかれる可能性があった。だから、極力言葉数は少ない方がいいと思ったんだ」
「だから……アデル?」
「アデライン、やアデライン・アシュトンより遥かに字数を省略できるからな」
な、なるほど……。
理にかなっている、そして、実にグレイらしい理由だ。
私が納得していると、続けてグレイが言った。
「それと……好き、だったか?それに関しては、字面通りなんだが」
「それがよく分からないのよ。友情的なものだと思っていいの?」
「友情?まあ、そんなところか……。俺は、きみのことをひととして好ましく思っている。だから、あの程度の罵倒に思い悩む必要は無い、という意味で激励したつもりだったんだが──」
「…………」
私は、思わず無言になった。
私の無言をどう捉えたのか──グレイが、困ったように言う。
「悪い、場所が場所だったとはいえ、言葉足らずだった」
殊勝に謝る彼に、私は思わず盛大なため息を零した。
「っはぁあ~~~~……!!驚いたのよ、私!すっごく!とっても!びっくりしたんだからね!」
グレイは私の言葉に少し考える素振りを見せたが、やがて、ふ、と楽しげに笑った。
それに合わせ、彼の束ねた白髪が胸元で揺れる。
「筋書きとは多少違うが……。驚きで感情が上書きされたなら、結果的に良かったんじゃないか?」
「確かに、そうかもしれないけど」
私がそう答えたところで、王太子殿下が部屋に戻ってきた。
「お、なんだか盛り上がってるな。僕も混ぜて欲しいな」
「……王太子殿下」
彼は、先日のような色物メガネを着用していた。
王太子殿下は、私から見て右、グレイから見て左のカウチに腰を下ろすと、にっこり笑った。
「さ、お疲れ様、ふたりとも!僕も悩みの種が同時に解決して楽しく酒が飲めるというものさ。ここは楽しく乾杯といこうじゃないか」
その時、王太子殿下の従僕と思われる男性がワゴンを押して室内に入ってきた。
ワインクーラーには、一本のワインが納められている。
銀蓋も何皿か用意されていて、今から酒を楽しむのは明らかだ。
王太子殿下はウキウキとした様子で従僕の作業を見守っている。
キュポン、とコルクが外され、その途端、熟成されたワインの豊かな芳香が漂ってくる。
グレイが、なにかに気がついたように眉を上げた。
「年代物か?」
「ご明察。せっかくだしね、こういう時でもないと飲まないし」
グレイの言葉に、私もワインボトルのラベルを見る。
スターキー・モロニー。
モロニー地方の名産で、およこ数百年前から造られている銘酒だ。年間百本あまりしか出荷されないという幻のワインでもある。
しかも、ラベルを見るに六十年もの。
(こ……れは)
とんでもない高値がつくワインなのでは?
戦く私に、王太子殿下が笑った。
「ひとりで飲んでも寂しいからね。こういうのは、友人と飲むべきでしょ」
「友人?」
「あれ、そこ突っ込む?」
グレイの端的な言葉に、王太子殿下が苦笑する。
「何はともかく、アデライン嬢のプランは上手くいった。それも、僕が想像するよりずっと優秀な戦績だ。しかし、あのふたりをまとめてアンドリュー・ロッドフォードに押し付けるとは、考えたね」
「アンドリューには、責任があります。未婚の淑女に手を出したなら、貴族として責任を取るのは当然です」
「ま、そうだね。このままだとジェニファーはもちろん、メアリーだって嫁に行けない。アンドリューがもらってくれるなら、そこら辺はまるっと解決だ」
グラスにワインが注がられ、私たちは乾杯した。
乾杯の声掛けは王太子殿下が──と思ったが、意外なことに彼は私に振った。
「今宵の立役者はあなたでしょう、アデライン・アシュトン嬢。あなたが言うべきだよ」
「そうだな。俺も同意見だ」
グレイまでそういうものだから、私は有り難くその役をいただくことにした。
「……では、今宵の勝利に、乾杯!」
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