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二章

思い違い ※R18

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「お待ちください、陛下。部屋を間違えて──」

「うん」

彼が少しだけ笑って、制そうとした私の手を取り、口付ける。酒精の香りは、強い。
どれほど彼は酒を召したのだろうか。
夜会では、そこまで飲んでいなかったように思うのに。
彼は私の指に口付け、手首に口付け、甘く食んだ。

「僕は間違えてばかりだ」

その声があまりにも泣きそうで、苦しそうで、彼を止める手が止まってしまう。

それがおそらく、いけなかった。

ぐっと体を引き倒されて、手首をそれぞれシーツに縫い止められる。
驚いて彼の名を呼んだが、すぐに口付けによって遮られてしまった。

「んん!ん……!ん、んんーーー!!」

口付けはあっという間に深くなり、彼の舌がくちびるを割って口内に侵入してくる。押し返すように舌を伸ばせばすぐに絡め取られ、暗い寝室にみだらな音が響く。

だめだ。こんなことは。
彼は相手を間違えているのだ。

だから、止めなければならない。

分かっているのに、私の手を握る彼の手は熱く、そして力強い。
まるで、力を緩めたらすぐにでも逃げられてしまう、と言わんばかりに。

ふと、彼はいつもこのようにしてルエイン様と愛を交わしているのだろうかと考える。
すぐに、思考の品の無さに愕然とする。
そして、それ以上に胸に穴が穿たれたような絶望を覚えた。

(いや、嫌────……!!)

誰かの代わりに愛を交わす、など。
|ルエイン様(かのじょ)の代わりに彼の愛を受ける、など。
そんなの、そんなの。

「陛、ん!んんっ……!ん……!!」

声を上げようにも、舌を絡められて、深く口付けを重ねられて、叶わない。
彼を押し返そうにも、手はしっかりと握られ、シーツに押し付けられているからそれもできなかった。

舌を噛めばあるいは、とそう考えたが、玉体に傷をつけるようなことができるはずがない。
抵抗しようと押さえられた手首に力を込めるが、戒める力がさらに増すだけだった。
何度も何度もかわされる口付けに、頭がくらくらとしてくる。私まで酔ってしまったかのようだ。
奪うような口付けが解かれ、私の手首を抑える彼の手もまた離れたが、私はもう体を動かす気力がなかった。

呆然と彼を見ていると、彼が私の手を取って、手首に口付ける。

「……痛かった?」

私を気遣う、その声。
まるでその声自体が、愛している、とそう言っているような。
そんな、声。

彼の想いが、私に向けられているはずがない。

だって、彼は今まで一度だって、愛の言葉を口にしなかった。
行為中、彼の手はいつだって優しかったけれど。
それでも彼は、『愛してる』とは言わなかった。
一言も。ただの、一度も。

だから彼が、私を愛しているはずがないのだ。

ルエイン様が第二妃になられてから、ロディアス陛下は国王夫妻の寝室に戻らなくなった。
それが、答え。

『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ』

彼の言葉を思い出す。
ロディアス陛下が私に優しくするのは義務で、そこに|感情(あい)はない。

「……いいえ」

私は首を横に振る。

目が覚めて、後悔するのは彼だ。
目が覚めて、絶望するのは私だ。

止めなければ。止めるなら、今しかない。

だけどもう、私は彼を止められなかった。
王を拒絶する妃がどこにいる。
彼が求めているのだ。私に拒否する理由はない。

後悔するならばすればいい。
絶望するならばすればいい。

今の拘泥した状態を、泥のような苦しみを抜けられるなら、もう。



──全部全部、壊してしまえばいい。


私が狂ってしまう前に。
私が、|王妃(あのひと)のように壊れてしまう前に。
私が、誰かを──ロディアス陛下の、想い人を、害する前に。

全部、終わって、壊れて、何もかも。
無くなって、失せてしまえばいいのだ。


彼は性急に私を、いや、彼女・・を求めた。

ルエイン様は、子を宿しているし、最近は行為を行えていないのだと思う。
だからこそ、彼の手つきは荒く、急いて見えるのだ。

ロディアス陛下の訪れが絶えてもなお、ネグリジェは以前と着ていたものと何ら変わらない。
誰も見ないのに、誰にも見られることがないのに、用意されたネグリジェはいつだって私の心を惨めにさせた。
ネグリジェのデザインがいつもより可愛らしかったり、派手になれば、それがメイドの気遣いのように思えて、心が苦しくなった。

灰青色のネグリジェが腰まで引き下ろされて、彼のくちびるが首筋を辿り、胸元に触れる。
熱い呼気が触れる度に、理由の分からない涙がこぼれた。
それに気がついた彼が、指先で涙のひまつを拭う。

「僕が嫌い?」

彼が酔っている今なら、私もまた本音を言えるだろうか。
私はまつ毛を伏せた。

「……そう、言えたら。どんなに……いいでしょうか」

小さく零すと、彼は何か言おうとした様子を見せた。
だけどそれは言葉にならなかったようで、代わりに彼は、私の涙を舐めた。
まるで、傷を癒そうとする獣のように。

「……何もかも、全てが嫌になる」

「……はい」

「何もかも、要らないんだ。僕は……何のために──なぜ、今、こうしているのか。分からなくなる。……全てを、捨ててしまいたい。そうしたらきみは、僕を軽蔑するかな。幻滅する?」

酒の混ざるキスを交わす。
まるで今の彼は、傷ついた少年のように無防備だった。
どうして彼は、こんなに酩酊するほどに酒を飲んだのだろうか。
いや、酩酊どころか泥酔に近い。
いつだったか、彼は言っていたはずだ。

酒は人間を堕落させるだけの毒だ、と。
毒だと思っているものをなぜ。

「っん……!」

彼の指先が、胸の蕾を弾く。
久しぶりの感覚に、甘い声が零れる。
あまりにも敏感に、私の体は反応を示した。
彼の舌が、まるで生き物のように私の首筋を這う。熱い感触に、びりびりとした刺激を覚えた。

「ぁっ……あ、やっ……!んん!」

「所詮、紛い物にすぎないんだよ」

彼が、何か言う。
だけど、彼の言葉を聞くには、あまりにも私は乱れすぎていた。
強く吸われ、軽い痛みを覚える。
行為を示す赤い跡が、いくつも刻まれていく。
彼の手がするりと私の肌を伝い、足に触れた。
それだけで、大袈裟に体が跳ねた。

「僕は、……死ぬのなら、きみに────殺されたい
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