〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
43 / 63
3.何も変わっていない

暗黒の日 ②

しおりを挟む


私たちは一度、外に出ることにした。
ここはどこなのだろうと思っていたけど、外に出てその場所を知る。
王都郊外の、森近くにある高台の一軒家。おそらくノアが個人的に購入した家なのだろう。隠れ家、拠点にしていたのかもしれない。

外に出て、私とノアはふたりして息を呑むこととなった。
王都の至る所に魔素──黒い煙霧が立ち込めている。あれに触れたら、聖力のない人間はたちまち魔素に汚染されてしまう。
汚染された人間の末路は悲惨だ。指先から腐敗が始まり、やがて手足は腐り落ちてしまう。
最終的には、魔素に汚染された人間は死に至る。緩やかな死は確定されていて、だからこそ魔素は人々に恐れられていた。

「なんてこと……」

呆然と、掠れた声で呟いた。
目の前の光景が、現実のものだとは思えなかった。
街門は既に用をなしておらず、開かれっぱなしだ。本来守る憲兵たちはみな逃げ出したのだろう。そこから、魔獣が雪崩込んでる。

黒の獣があちこちに塊となっていて、城下町はもはや廃墟のような有様だ。

愕然としていると、ノアがふらり、と一歩足を踏み出した。

「ノア……」

思わずノアを見る。
彼は、静かに城下町を見下ろしていた。

その瞳は、絶望や諦観に満ちていなかった。
ただ、力強い薄青の瞳で、見下ろしている。
それを見て、私は悟った。

ノアは、諦めていない。
諦めずに、打開策を考えている。

それなら、それなら。
私のすべきことは──。

私はもう一度、彼の名を呼んだ。

「ノア」

弾かれたようにノアが顔を上げる。
彼は私を見て、狼狽えたようにその瞳を揺らした。
私もまた、一歩踏み出した。
草を踏む音がする。

「あれらは、私が抑えるわ」

「何言っ──」

「だから、ノア。その間に、あなたは革命の下準備を終わらせて」

強い声で、彼の言葉をさえぎった。
ノアの瞳は、動揺に揺れていた。

「だけど、きみは病み上がりだ!まだ完全回復したわけじゃない。シャリゼ、きみは安全な場所で」

「ノア、分かってるでしょ?」

彼は必死にそう言い募っていたが、私がそう言うとぐっと言葉を呑んだ。
きっと、彼もわかっている。

私が、引かないことを。
私が、逃げないことを。逃げられないことを。

だからこそ、彼は必死に言い募ったのだろう。
僅かな逡巡の後、ノアはくちびるを噛んだ。
視線を落とし、まつ毛をふせ、彼は言う。

「魔獣の数は、今までの比じゃない。きみひとりじゃ無理だ」

「完全討伐は……難しいだろうけど。弱体化させ、追い払うくらいはできると思うわ。ノア、あなたが今すべきことは何?」

「シャリゼ、僕は」

「王になるんでしょ!ノア・ヴィクトワール!!」

まだ迷っている様子の彼に、私は強く言った。
怒鳴るような声に、ノアが息を呑み、目を見開いた。
鮮やかな、春の空のような薄青の瞳が私を見ている。
私は、彼の顔を、瞳を、しっかりと見つめながら言葉を続けた。

「あなたは、ヘンリーを倒し、王位を簒奪し、玉座に座るのでしょう!?それなら、迷っている暇はない。ヴィクトワールの王になるなら、これくらいのことで動揺し、判断を誤ってはいけないわ!!ノア、ヴィクトワールの王として今すべきことは何!?」

詰問すると、ノアは絶句したようだった。
まるで、頬を打たれかのような衝撃を覚えたようだった。

「──…………」

少しして、彼はまつ毛を伏せる。

「……ごめん、シャリゼ」

一言、そう言ったノアはふたたび私を見つめる。
その瞳を見て、私は確信した。
彼の意思は、既に定まっている。

「……これ以上、魔素の被害者を出すわけにはいかない。僕の名で、避難命令を出す」

「ええ」

「シャリゼは魔獣を抑えて。ただし、消滅させなくてもいい。奴らの動きを止めるか、あるいは追い払うことを第一に考えて。僕は神殿に掛け合って、聖女が残っていないか確認する。その上で」

ノアはそこで言葉を切った。
私も、頷いて答える。

ノアは強く私を見つめて言った。

「城に侵攻する。速やかに王位を得た後は、軍を動かして魔獣対策に打ち出す」

彼の薄青の瞳は、高い温度で燃える炎のようだ。
それに、私は笑みを浮かべた。

「今、僕に必要なのは時間だ。シャリゼ、僕はもう行くね。……僕は、きみを信じている」

きっと、それがノアの今の精一杯の言葉だ。

ほんとうは、逃げるよう言いたいのだろう。
ほんとうは、無理をするなと言いたいのだろう。

だけど、それはできない。
なぜなら、彼はヴィクトワールを統べる王になるのだから。

王ならば民のため、国のため、判断を誤ってはならない。

彼の気持ちは、気遣いは、嬉しいのだけど。
それでも、私にも王妃だったものとしての責務があるし、責任がある。

それに何より、私はこの国、ヴィクトワールが好きだから。

私もノアも、気持ちは同じなのだ。
国のため、ヴィクトワールを守るため。

動かなければならない。

「ええ、ノア。また、後で」


しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

処理中です...