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3.何も変わっていない
聖女として、かわりはなく
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ノアがふたたび拠点としているだろう一軒家に戻ったと同時、ルイスが入れ替わりに外に出てきた。
その姿は普段と変わらない。しっかりと髪は結われ、サーコートを着用している。
いつも通りの彼の様子に、私はホッと胸を撫で下ろした。
良かった、ルイスも無事だったんだわ……。
ノアに、ルイスとカインが回復したことは聞いていたが、こうして目の当たりにしてようやくそれを実感する。
「シャリゼ様……」
ルイスが私を見て、ホッと安堵した様子を見せる。
彼も、同じように心配してくれていたのだろう。
私はルイスを見て尋ねた。
「体は大丈夫?」
「それは私のセリフです。意識が戻られたとはお聞きしていますが、もう動いても問題ないのですか?」
逆に聞かれた私は、苦笑を浮かべた。
「ええ。心配をかけてしまってごめんなさい。だけど、一週間も寝ていたからもう大丈夫よ。それにね、ルイス」
私はちらりと背後に視線を向けた。
それに、ルイスが顔を険しくする。
彼も、聞いているのだろう。
王都に魔獣の大群が押し寄せたことは。
「ゆかれるのですね」
ルイスが静かに言った。
それは、確信を持ったような言い方だった。
私は彼の言葉に頷いて答える。
城下町は魔素に汚染され、魔獣が蔓延っている。
急いで対処しなければ、魔獣の大群は城下町を荒らした後、近辺の村や街を襲うようになるだろう。
そうすれば、それは間違いなく甚大な被害を産む。
今、何とかしなければ。
私は振り返ると、ルイスを見て言った。
「ルイス、あなたはノアについていって」
「は……」
彼が、僅かに目を見開く。
それに、珍しいな、と場違いにもそんな感想を抱いてしまった。
いつもルイスは落ち着いている。
彼は、滅多に取り乱さないひとだ。
その彼が、目を見開いて、動揺を露わにしている。
信じられない、いや、信じたくない、といった様子だ。
それに、私は苦く笑った。
「あの場に、あなたを連れて行けない」
あの場、というのはもちろん城下町のことだ。
(街は既に魔素で汚染されてる。聖力を持たないひとが足を踏み込んだら、すぐに汚染されてしまう)
ウーティスの森のように、ルイスに聖力を使用しながら城下町に入るのはあまりにもリスキーだ。
魔獣の数は三千。それを全て浄化するのはまず不可能。せめて魔獣を行動不能にするか、あるいは王都から追い払うしかないのだけど、それすらもかなりの聖力を消費することだろう。
私が聖力切れを起こす方が先か、魔獣を追い払う方が先か。
時間との勝負になるだろう。
「聖力に余裕がないの。私は、あなたを守り切れるか分からない」
「…………」
ルイスは何も言わなかった。
ただ、まつ毛を伏せ、彼は苦悩するように眉を寄せていた。
ぐっと、歯を食いしばったルイスが言った。
「……かしこ、まりました」
それは静かな声だったが、しっかりと聞こえた。
「ありがとう」
「礼を言われることではありません。騎士として、主人の負担になるなどあってはならないこと。……本来は、私から言うべきでした。考えが及ばず申し訳ありませんでした」
「いいのよ」
ほんとうは、彼も同行したかったことだろう。
彼は、その身分を捨ててまで私と共に来てくれることを選んだひとだ。
彼の、騎士としての忠誠を私はよくあ知っている。
だからこそ、彼は悔しいと感じている。
主人ひとりを戦地に向かわせることに、きっとルイスは無力感を感じているはずだ。
だから私は、ルイスを見上げて言った。笑みを浮かべて。
「ルイス」
「はい」
「……ノアの力になってあげて。あの子は、王を倒すと決めた。……だけど、その道のりは酷く険しく、とても長い。だから、あなたが彼を導いてあげて。ノアには頼れる部下が大勢いるけど、あの子が信じられるひとは存外少ないの。だからね、ルイス」
「……かしこまりました。シャリゼ様に代わり、ノア殿下の御身をお守りいたします」
ルイスは、私の言いたいことがわかったのだろう。
胸に手を当てて、騎士の礼を執った。
「ありがとう。ノアをよろしくね」
「は」
短く彼は承諾の意を示して、頭を下げた。
「シャリゼ様も、どうか……ご無事で」
ルイスの言葉は短かったが、その声音は、こころを引き絞られるような、そんな苦しさがあった。
騎士として、主人のそばを離れるのは……きっと、辛いことに違いない。
だけど、それが最善だと彼も知っているから、私の命に従っている。
私はルイスの気を軽くしたくて、笑って言った。
「湿っぽいのは苦手なの。ルイス。また会いましょう!その時にはノアは王冠を戴いていて、この王都にもひとが戻っているはずだわ。それを信じて、今は別れましょう。幸運を、祈るわ!」
明るく言うと、ルイスも微かに笑みを浮かべた。
「シャリゼ様に、女神様のご加護がございますよう。私も、信じております」
そして彼は、既に発ったノアとルークに追いつくために、馬を乗りこの場を後にした。
☆
残されたのは、私ひとり。
侍女や侍従はいるものの、彼らともここでお別れだ。
私は、一度家に戻った。
自身が寝かされていた部屋に戻り、支度を整える。
顔面蒼白にしたニナを気遣いながら、私も出立の準備を進めた。
顔を隠すためのローブを羽織る。
万が一に備えて短剣を腰に挿した。
「……よし!」
そして、ちいさく呟いて気合いを入れる。
まつ毛を伏せて、自身の聖力の残量を推し量る。
全快……とは言い難いが、八割型回復している。
これくらいあれば、普段の魔獣討伐なら問題ないはずだ。
だけど……今回は、魔獣の大軍。
どれほど持つかは、正直賭けのようなものだった。
だけど、約束してしまったから。
ローレンス殿下と。
ノアと。
ルイスと。
そこでふと、思い出す。
ローレンス殿下とした約束──。
あれは、夢だったのだろうか。
それとも現だったのだろうか。
少し考えたが、小指を絡めた感触はしっかりと覚えている。
どちらにせよ、今は考え込んでいる余裕はない。
夢にもしろ、現にしろ、彼と約束したことのは確かなのだ。
そう思った私は、ゆっくりと息を吐いた。
もう一度顔を上げて、鏡に映った自分を見る。
いつもと同じ、緑色の瞳と目が合って──私はひとつ、頷いた。
既に、覚悟は決まっていた。
その姿は普段と変わらない。しっかりと髪は結われ、サーコートを着用している。
いつも通りの彼の様子に、私はホッと胸を撫で下ろした。
良かった、ルイスも無事だったんだわ……。
ノアに、ルイスとカインが回復したことは聞いていたが、こうして目の当たりにしてようやくそれを実感する。
「シャリゼ様……」
ルイスが私を見て、ホッと安堵した様子を見せる。
彼も、同じように心配してくれていたのだろう。
私はルイスを見て尋ねた。
「体は大丈夫?」
「それは私のセリフです。意識が戻られたとはお聞きしていますが、もう動いても問題ないのですか?」
逆に聞かれた私は、苦笑を浮かべた。
「ええ。心配をかけてしまってごめんなさい。だけど、一週間も寝ていたからもう大丈夫よ。それにね、ルイス」
私はちらりと背後に視線を向けた。
それに、ルイスが顔を険しくする。
彼も、聞いているのだろう。
王都に魔獣の大群が押し寄せたことは。
「ゆかれるのですね」
ルイスが静かに言った。
それは、確信を持ったような言い方だった。
私は彼の言葉に頷いて答える。
城下町は魔素に汚染され、魔獣が蔓延っている。
急いで対処しなければ、魔獣の大群は城下町を荒らした後、近辺の村や街を襲うようになるだろう。
そうすれば、それは間違いなく甚大な被害を産む。
今、何とかしなければ。
私は振り返ると、ルイスを見て言った。
「ルイス、あなたはノアについていって」
「は……」
彼が、僅かに目を見開く。
それに、珍しいな、と場違いにもそんな感想を抱いてしまった。
いつもルイスは落ち着いている。
彼は、滅多に取り乱さないひとだ。
その彼が、目を見開いて、動揺を露わにしている。
信じられない、いや、信じたくない、といった様子だ。
それに、私は苦く笑った。
「あの場に、あなたを連れて行けない」
あの場、というのはもちろん城下町のことだ。
(街は既に魔素で汚染されてる。聖力を持たないひとが足を踏み込んだら、すぐに汚染されてしまう)
ウーティスの森のように、ルイスに聖力を使用しながら城下町に入るのはあまりにもリスキーだ。
魔獣の数は三千。それを全て浄化するのはまず不可能。せめて魔獣を行動不能にするか、あるいは王都から追い払うしかないのだけど、それすらもかなりの聖力を消費することだろう。
私が聖力切れを起こす方が先か、魔獣を追い払う方が先か。
時間との勝負になるだろう。
「聖力に余裕がないの。私は、あなたを守り切れるか分からない」
「…………」
ルイスは何も言わなかった。
ただ、まつ毛を伏せ、彼は苦悩するように眉を寄せていた。
ぐっと、歯を食いしばったルイスが言った。
「……かしこ、まりました」
それは静かな声だったが、しっかりと聞こえた。
「ありがとう」
「礼を言われることではありません。騎士として、主人の負担になるなどあってはならないこと。……本来は、私から言うべきでした。考えが及ばず申し訳ありませんでした」
「いいのよ」
ほんとうは、彼も同行したかったことだろう。
彼は、その身分を捨ててまで私と共に来てくれることを選んだひとだ。
彼の、騎士としての忠誠を私はよくあ知っている。
だからこそ、彼は悔しいと感じている。
主人ひとりを戦地に向かわせることに、きっとルイスは無力感を感じているはずだ。
だから私は、ルイスを見上げて言った。笑みを浮かべて。
「ルイス」
「はい」
「……ノアの力になってあげて。あの子は、王を倒すと決めた。……だけど、その道のりは酷く険しく、とても長い。だから、あなたが彼を導いてあげて。ノアには頼れる部下が大勢いるけど、あの子が信じられるひとは存外少ないの。だからね、ルイス」
「……かしこまりました。シャリゼ様に代わり、ノア殿下の御身をお守りいたします」
ルイスは、私の言いたいことがわかったのだろう。
胸に手を当てて、騎士の礼を執った。
「ありがとう。ノアをよろしくね」
「は」
短く彼は承諾の意を示して、頭を下げた。
「シャリゼ様も、どうか……ご無事で」
ルイスの言葉は短かったが、その声音は、こころを引き絞られるような、そんな苦しさがあった。
騎士として、主人のそばを離れるのは……きっと、辛いことに違いない。
だけど、それが最善だと彼も知っているから、私の命に従っている。
私はルイスの気を軽くしたくて、笑って言った。
「湿っぽいのは苦手なの。ルイス。また会いましょう!その時にはノアは王冠を戴いていて、この王都にもひとが戻っているはずだわ。それを信じて、今は別れましょう。幸運を、祈るわ!」
明るく言うと、ルイスも微かに笑みを浮かべた。
「シャリゼ様に、女神様のご加護がございますよう。私も、信じております」
そして彼は、既に発ったノアとルークに追いつくために、馬を乗りこの場を後にした。
☆
残されたのは、私ひとり。
侍女や侍従はいるものの、彼らともここでお別れだ。
私は、一度家に戻った。
自身が寝かされていた部屋に戻り、支度を整える。
顔面蒼白にしたニナを気遣いながら、私も出立の準備を進めた。
顔を隠すためのローブを羽織る。
万が一に備えて短剣を腰に挿した。
「……よし!」
そして、ちいさく呟いて気合いを入れる。
まつ毛を伏せて、自身の聖力の残量を推し量る。
全快……とは言い難いが、八割型回復している。
これくらいあれば、普段の魔獣討伐なら問題ないはずだ。
だけど……今回は、魔獣の大軍。
どれほど持つかは、正直賭けのようなものだった。
だけど、約束してしまったから。
ローレンス殿下と。
ノアと。
ルイスと。
そこでふと、思い出す。
ローレンス殿下とした約束──。
あれは、夢だったのだろうか。
それとも現だったのだろうか。
少し考えたが、小指を絡めた感触はしっかりと覚えている。
どちらにせよ、今は考え込んでいる余裕はない。
夢にもしろ、現にしろ、彼と約束したことのは確かなのだ。
そう思った私は、ゆっくりと息を吐いた。
もう一度顔を上げて、鏡に映った自分を見る。
いつもと同じ、緑色の瞳と目が合って──私はひとつ、頷いた。
既に、覚悟は決まっていた。
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