〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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6.過去の約束

会いたいのだから仕方ない

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(どうしてあんなに酷いことを言ってしまったんだろう)

あの後私はすぐに後悔した。
動揺していたとはいえ、言い過ぎだ。

(ティノは私たちのことを助けてくれたのに……)

幸い、ステラをすぐに意識を取り戻した。
彼女は花畑で起きたことを覚えていないようだ。
どうして自分がベッドで寝かされているのか、不思議そうだった。




「……お姉様、何見てるの?」

蔵書室で、目当ての本を取り出して読んでいると、背後から声をかけられた。
振り向くと、ステラが首を傾げて私を見ている。
私は、表紙を彼女にみせた。

「【ヴィクトワールの】……れ……れき……?」

「歴史、よ。ちょっと気になって、調べていたの」

答えると、ステラは瞬いた。

「どうして、調べてるの?」

「……この国の成り立ちを、もう一度確認したいなって思ったの」

私は、表紙を手でなぞる。
物心ついた時には、知識として知っていた、ヴィクトワール国の成り立ち。
遠い昔、私たちの祖先である人間たちは魔族の襲撃を受け、それに抵抗した。
対抗した彼らが、壮絶な戦いの末、得た自由が【ヴィクトワール】という国になったのだ。

言わば、ヴィクトワールは魔族の猛攻を退けた、という証に他ならない。

ヴィクトワールは、勝利の国。自由の国。希望の国。

魔族は、悪しきもの。卑劣な方法で人間を支配しようとする、悪い生き物。

そう、教え込まれてきたから、だから……。

そこまで思って、私は首を横に振った。

(ううん、そんなの言い訳だわ……)

ティノは、ちゃんと説明しようとしていた。
それなのに、彼の話を遮って聞かなかったのは私だ。

あれ以来、ティノは花畑に訪れなくなってしまった。



「……お姉様、それ、なぁに?」

「っ……!」

いつの間にこ、ステラが近くに来ていた。
彼女は、表紙に描かれた紫色の人型を指した。

「これ……これは、魔族よ。ステラも、習ったでしょう?ヴィクトワールの成り立ちは」

「……悪い、やつ?」

ステラは首を傾げて尋ねた。

ゼーネフェルダーの家に来てから、ステラはさらに美しくなった。
まだまだ幼い少女ではあるのだけど、時折、その瞳の綺麗さには姉の私ですらハッとさせられるものがある。
立たずたいとか、雰囲気とか、ステラはひとを魅了させる何かがある。
それは可憐とか、可愛らしい、とか、そういう表現がよく似合っていた。

ステラの若葉色の髪を撫でる。
サラサラとした髪は、私の指先から零れ落ちていった。頭を撫でられると、ステラが気持ちよさそうに目を細めた。

「……どうだろう。わからないわ」

きっと本当は、魔族は悪いやつだ!と言うべきなのだろう。
だけど、ティノのことを考えると、どうしてもそう言うことができなかった。
ティノは、魔族ではないと言っていた。
では、ティノは何なのだろう。
人間……では、ないと思う。

(ティノは、吸血鬼だって言っていたな……)

ふと、過去、彼とした会話を思い出す。

吸血鬼は、魔族ではない?
遠い昔、ヴィクトワールを襲ったという魔族とは、別の生き物?

……わからない。
話を聞こうにも、ティノはもう花畑には現れない。

「お姉様は、変」

「え?」

不意に、ステラがそんなことを言うから私はびっくりして彼女を見た。
ステラはただ、真っ直ぐに私を見つめて言った。

「お父、様とお母……様は、魔族は悪いひとたちだって言ってた。お姉様は……変」

たどたどしく父母を読みながらも、ステラはそう言った。
彼女の言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を覚えた。

……そうだ。魔族は悪い生き物だ。

それなのに、私は──。

私は、黙って本を本棚に戻した。

そして、ステラに笑いかける。

「そう、ね。そうだったわね」

その日──私は、初めて妹に作り笑いをした。

ぎこちないかもしれな笑みを向ける。
しかしステラは、変わらず、無表情だ。

その紺青の瞳は、まるで、私を責めているようだった。
花畑で起きたことを一切覚えていないステラは、当然ティノのことも知らないはずなのに──吸血鬼ティノの存在を両親に報告しない私を責めているように、感じた。感じて、しまった。
それは私に、後ろめたさがあるからなのだろう。

私はステラから視線を逸らすと、彼女に言った。

「……部屋に戻りましょう、ステラ。お勉強を見てあげる」

そして、誤魔化すように私はそう言うのだ。





それから何度となく、私は裏庭──花畑へ足を運んだ。
だけど、ティノは来ない。

(酷いことを言っちゃった)

『人間じゃない』

それは間違いではないと思うけど、きっとあの言葉はティノを傷つけたはずだ。

初めて会った時、彼は泣いていた。

ティノが寂しがり屋で、泣き虫であることを、私は知っていたのに……。

魔族──かもしれない、と。そう思ったら急に、ティノが私の知る彼ではなくなったように思えたのだ。

来る日も来る日も、私は花畑で彼を待った。
だけど、ティノは現れない。

もう来ないかもしれない──そう思ったけど、それでも私は彼を待った。

謝りたかったから。
混乱して彼を拒絶してしまったけど、ちゃんと話がしたい。
その一心て、ひたすら私は待った。

そして、ある日──。

(今日も、来なかった)

陽が暮れて、あたり一面が夕焼け色に染まる。
黄色の花々──この花は、ビオラだ。
ビオラの花も、なんだか寂しそうに顔を伏せているように見えた。

そろそろ、邸に戻らなければならない。

王太子殿下の婚約者選びが本格的に始まるとのことで、私もその候補のひとりだ。

(お父様は、私を殿下の婚約者にしたいみたい……)

難しいことは分からないけれど、ゼーネフェルダーの娘が王太子殿下の婚約者となることは、お父様のためになるそうだ。
だから、王太子殿下の婚約者に選ばれるようにと、私は今まで以上に勉強することになった。

こうやって、邸を抜け出すのも、日に日に難しくなってきている。

(もしかしたら、もうティノには会えないかもしれない……)

そう思うと、私は強く後悔した。
あの時、混乱していたとはいえ、ちゃんとティノの話を聞くべきだった、と。

(でも、今日は諦めないわ)

花畑の上に座り込みながらも、私はひとつ決心していた。

今日で、ティノと出会ってから三ヶ月が経つ。

ティノはもうここには来ないかもしれない。

だけど、もしかしたら、もしかすると、彼はここに来るかも。

だって、今日はティノと初めて会った日だ。
一縷の望みをかけて、私はティノを待つことにした。

(もし……夜更けまで待って、それでも彼が来なかったら……)

そしたら……その時は、諦めよう。
もう、ティノはここに来ることは無いのだと。

そして、私はティノを待った。
日が沈み、一度邸に戻って食事を摂った後、私はまた邸を抜け出した。

知らなかった。

(日が沈むと、こんなに寒いのね……)

日中は暖かいのに、夜の裏庭は肌寒かった。
持ち出してきたショールを肩に羽織りながら、私はティノを待った。
やがて月が夜空に浮かび上がる。

はぁ、と息を吐いた。

(今……何時くらいかしら)

きっと、普段寝る時間に差し掛かってきたのだろう。
次第に眠気がやってくる。

ウトウトとしては目を擦って、意識をつなぎとめる。
眠気と格闘し始めて、どれくらい時間が経っただろうか。
すごく長い時が経ったようにも、あっという間だったようにも感じた。

またうつらうつらしていた頃、影が差した。

ハッとして顔を上げると──

「ティノ……!!」

そこには、先日私の元を去った彼の姿があった。
ティノは、酷く後ろめたそうな、気まずそうな、そんな顔をしていた。
私から視線を逸らしながら、距離を保ちつつ、彼が言う。

「……何、してるの、シャリゼ。こんな時間に」







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