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一章

愛されない女

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夜会のエスコートはミュチュスカに代わり、兄が行ってくれることとなった。
兄は五代貴族のひとつ、メンデル公爵家の息子だが、既に妻を持っている。聖女の護衛騎士候補に選ばれなかったのはそれが理由だ。

公爵邸から王城まで来て私のドレス姿を見た兄は、おざなりに私を褒めた。

「ふーん、黙ってればそれなりに見れるな」

「何を仰ってるの?私は綺麗でしょ」

「見た目は及第点。性格は最悪だ」

「及第点?私以上に綺麗で美しい女なんて滅多にいないわ。お兄様も知ってるでしょう」

私は首を傾げて、宵闇に反射する窓を見つめた。
そこには新雪のような淡い銀髪に、橙色を帯びた梅重色の瞳をした女がいた。気の強そうな目尻はつり上がっていて、睨みつけるように窓を見ている。睨んでいるわけではない。こういう目なのだ。くるくるとした銀髪は可愛いと褒められる自慢のひとつでもあった。
もっとも、その可愛さもこのつり目に相殺され、結果きつめの美人、という評価に収まるのだが。
私の言葉に、兄は驚いたように見た。

「お前、いつものように『お兄様の目は腐ってるの!?』とは叫ばないのか?お前のヒステリックな声が聞こえないのは変な気分だ」

「失礼ね。私だって場を弁えるわ」

それに──前世の記憶を取り戻した今、兄の言う『性格は最悪』という言葉は正しいと感じていた。以前までの私なら、性格は最悪、見た目は及第点という言葉に激怒していたことだろう。怒鳴り散らして、兄を部屋から追い出していたに違いない。

「行きましょう。パーティが始まってしまうわ」

「……お前、メリューエルだよな?」

兄の怪訝な声を私は笑い飛ばした。

「は……他の誰に見えて?こんな美しい女がほかにいるはずがないでしょう」

「……だよな。その自己肯定感の高さと、痛い性格は確かにお前だよ」

やはり兄は一言も二言も多い。
ダンスの時間になったらさりげなく足を二、三回ほど踏みつけてやろう。私は静かにそう思った。





聖女と連れ添うミュチュスカを見たくなくて、私はあえて会場の端の方にいた。いつもなら夜会の最中は必ずミュチュスカを隣に置き、片時も離さなかった。
さすがに仕事の話に入り込むような真似はしなかったが、ミュチュスカが紳士たちと会話を楽しんでいるようであればほかの虫が吸い寄せられないうちに彼に近づきその隣を陣取った。
会話に割り込んできた私にほかの紳士は面食らっていたようだったけど私が「何を話されていたのですか?」と微笑みかければ気を良くして話に交ぜてくれた。
男は美しい女に弱い。
少し微笑めば、気を良くして融通してくれる。

……ミュチュスカも、そんな容易い男であればよかったのに。

兄は私に「くれぐれも面倒は起こすな」と言い放つと、自身の社交のために場を離れた。
私は一人で、壁の花となりグラス片手にダンスホールを見つめた。
いつもミュチュスカにべったりな私がこんな隅っこにいることに驚きを隠せないだろう。四方から怪訝な視線が突き刺さる。

(鬱陶しい………)

ちらちらと見つめるくせに、私がそちらを見ればぱっと顔を背けるのだから。何か言いたいことがあれば直接言いなさいよ、と腹立たしく思い、手の中のグラスを一息に煽る。
酒は強い方だ。こういうところも、可愛げとは程遠い理由なのだろう。ひとり自嘲する。

ふと、視線の先で様子のおかしな男女が見えた。

女は手にしたグラスを見て困っているようだ。
おおかた、男に酒を勧められて断れないのだろう。私はすぐに興味が失せた。
酒くらい自分で断りなさいよ、と思った。
それくらいできなければ社交界で生きていくことなど出来ない。
そこまで考えていや、と思い直す。

ああいう、ひとりで生きていけない女こそが、男が求める理想の姿なのだろう。私のように気の強く、大抵のことは自分でなんとかできる女は、遊び相手にはいいのかもしれないが伴侶に迎えたいとは思わないだろう。
前世の記憶を思い出して、その知識と現在の私を照らし合わせていく。

そう──今の私は正しく、鉄の女のようだ。

小さく自嘲した。
酒が過ぎたのか、卑屈な考え方をしているようだ。馬鹿馬鹿しい。好きな男にだけ身を任せたい、自分の価値を一番理解しているからこそ、警戒を怠らない。理想的な淑女のはずだ、私は。
私がそう思った時だった。

酒を勧められて困惑していた女がゆっくりと顔を上げる。
思わず目を見開いた。
視線の先で強引に酒を飲まされそうになっているのは今日ミュチュスカがエスコートしているはずの──聖女だったからだ。


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