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三章
意図的な調和、人為的な処理
しおりを挟む私の背を擦りながら、ミュチュスカが言った。
「……ディミアン王弟殿下は、聖女誘拐未遂と国家転覆容疑で処刑となった」
「なっ……」
驚いて顔を上げる。
処刑になった?ディミアン殿下が?
嘘。だって、ディミアンは私が、私がこの手で──。私の言いたいことがわかったのだろう。ミュチュスカは頷いて答えた。
「聖女様の誘拐は未遂で済んだものの、聖女様を強姦し、所有しようとした時点で王家に叛意ありとみなされて当然なんだ。聖女様には、それだけの威光がある」
訳が分からないけど、私は大人しく話を聞くことにした。アーベルトは、私がディミアンを殺したと確信していた様子だった。
アーベルトの口はどう封じたのだろうか。
それに、ディミアンが処刑されたことにしたのは、誰が決めたのだろう……?
最終的に陛下が承認したのだとしても、それを推し進めた人物はほかにいるはずだ。
ふと、思い当たる人物がいた。
(………ロディアス殿下?)
陛下に限りなく近い権力を持ち、ディミアンの死を公的な処刑として処理する技量を持つ人を、私は彼くらいしか知らない。
それとも宰相だろうか。
いや、宰相はビジョン・ファルオニーの縁戚だ。
自身の地位向上のため、ファルオニー以外の五大貴族の権力を削ごうと考えている彼は、私の醜聞を利用し、うまいこと王弟派とメンデル公爵家の権力を落とそうと画策するだろう。
私がそう考えていると、ミュチュスカがふっと笑った。
「これで、当面の間、メンデル公爵家とアリアン公爵家は王家に従わざるを得ないな。逆もまた然り、だが。メンデル公爵令嬢が王弟を弑したという事実を王家が主導してもみ消したのだから、この三家は一蓮托生だ。どこからか情報が漏れたら、もれなく王家の信用は失墜。我がアリアン公爵家とメンデル公爵家も無傷では済まないな。いや、アリアン公爵家は知らなかったと嘘を突き通せば傷は浅いか……。とにかく、王が決めたことだ」
「……そう、」
何を言えばいいかわからなかった。
私が王弟に手をかけた。
本来なら極刑もの。それを、王家は揉み消そうとしている。結果的に、アリアン公爵家にも、メンデル公爵家……つまり、父にも迷惑をかけた。
きっと父は、酷くお怒りだろう。
自嘲が浮かんだ。
ミュチュスカは私の顎を掴むと、顔をあげさせた。
ぼんやりと見つめる視界に、ミュチュスカの顔が映る。彼は、私の頭をぽんぽん、と軽く撫でた。まるで、落ち着かせるような、宥めるような、そんな手つきだ。
「今回のことは、王家にも利があるからそういった運びになっただけだ。陛下も、権力を狙うディミアンにいつ寝首をかかれるか、最近では寝つきが悪かったご様子だからな」
「……それを、なぜあなたが知っているの」
ただの慰めではないかと尋ねれば、ミュチュスカが柔らかく笑った。
「ロディアス殿下がそう仰せだったからだ。今回、このように取り計らったのはロディアス殿下だ。……彼は、良き王になるな。出来たお方だ。……俺はもう、彼を裏切れないな」
ミュチュスカは自嘲するような口調で言うと、そっと白金のまつ毛を伏せた。
私は扇のように覆われた彼の青藍色の瞳を見つめた。
やはり、ロディアス殿下の計らいだったのか。
強かな彼らしい。
そして、情がある人だ、ロディアス殿下は。
私もまた、まつ毛を伏せる。
短い銀の髪が、私の動きにあわせてゆらりと揺れるのが見えた。
そっと、ミュチュスカの胸元のシャツを握る。
「でも、私がひとを殺したのは変わりない」
「……それを言うなら、俺は今まで数多の人間を手にかけた。今更な話だ」
弾かれたように顔を上げた。
ミュチュスカが人を手にかけたことがあるだなんて、思いもしなかった。清廉潔白で、高潔な騎士であるミュチュスカが。
あまりにも私が驚いた顔をしていたからだろう。ミュチュスカが苦笑した。
「綺麗事だけじゃやっていけないということだよ。特に政はね」
「……そう」
「だから、言ったんだよ。俺はきっと、天国には行けない。地獄に堕ちる、って。きみも同じなら、心強いね。苦しい環境下でも、きみと在れるのは喜ばしい。……一緒に、地獄に堕ちよう」
なんていう言葉だ。
ミュチュスカらしくない。
口説き文句にすらなり得ない、酷い言葉だ。
一緒に、地獄に堕ちよう、だなんて。
まるで心中するかのようだ。
だけど私は──ミュチュスカのその言葉に、心から安堵していた。
ああ、ミュチュスカも同じだ、と。
彼も私と同じ暗闇を、心に飼っている、と。
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