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序章

4.ボクは彼女と出会った。

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 精霊界にある自室にて仕事の山に囲まれながら、ボクはいつも通り魔力を固めて作った小型端末で人間界を観察していた。
 人間はボク達精霊と違い無限の魔力も半永久的な命も持ち合わせていない。それなのに、人間は日々を謳歌している。
 ボクはそんな人間達を見るのが密かな楽しみで、部下になんと言われようが力でそれを制圧し、仕事そっちのけで趣味の人間界観察をしていたのだ。
 今日もその一環でとある国のお祭りの様子を眺めていたのだが、一人の少女を見つけてしまった。
 お祭りをしている国の城の隣に住む女の子。ベッドの上で暴れている、可愛いけどかなり変わった女の子だ。
 ついその後の様子も気になってしまい、しばらく彼女をじーっと観察していた。あぁ、勿論あちらからボクの端末の姿は見えていない筈だ。だってこれはあくまでも魔力の塊だからね。

 おや、しばらく部屋をぐるぐる動き回っていたかと思えば今度は鏡を手に取ったね。自分の顔をぺしぺしと叩いているけれど、何をしているんだろう。
 今度は椅子を動かして…いやいや、君の体でそれを持ち上げるのはちょっと……それ結構重いと思うよ? あぁっ! 危ないってもうー! 

 彼女は小さい体で大きな絵画を持ち上げて、それを放り投げるように落としたのだ。見ていてとてもハラハラするというか、心配になってしまった。
 絵画を思い切り落としたから床に傷が出来てしまっているね、この子は全然気づいていないようだけれども。

 ……って、絵画を蹴ってる?! ボクには分からないけれど、それって多分凄い絵画なんじゃないかな?! だってそんな上等な額縁で飾られるぐらいだし! そんな事しちゃって大丈夫なの…?

 彼女は額縁を掴んで、ダンッダンッと絵画を蹴っていた。そんな事をしてしまえば勿論絵画には傷がつくし、色も少し剥げていた。
 一体何がしたいんだ、というかこの子本当にお姫様なのか? とボクの頭に次々疑問の花が芽生えてゆく。
 そして、どうやら彼女の目的は絵画ではなくその額縁だったようで、額縁を手に入れた彼女は達成感に満ちた顔でそれを持ち上げていた。
 今度は何を……と食い入るように端末越しの景色を見ていたボクは、驚愕のあまり素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「………はぁ!?」

 なんと彼女はその額縁を思い切り振りかぶり、扉にぶつけだしたのだ。あまりにも予想外かつ奇想天外な行動に、ボクは呆れや驚きを通り超えて笑いさえ出てきてしまった。

「はは、あっはっはっはっはっ! 何それ何それ! なんなのあの子、すっごい面白い!」

 腹から込み上げる笑いに合わせて何度も手のひらで机を叩いたせいで、仕事の山が一つ、崩落してしまった。
 しかしそれよりもあの子だ。ボクはまた彼女の頑張りを注視する。
 たくさん汗を流して、顔を真っ赤にして、激しく肩を上下させて……とてもしんどそうなのに、諦めずに何度も同じ事を繰り返す彼女を見ていて、ボクはいつの間にか笑わなくなっていた。
 …だって、あまりにもあの子が真剣な表情をしているから。笑うなんてあの子に失礼だ。
 だから、途中からはボクも応援していた。

 頑張れ。頑張れ。君なら出来る。

 彼女が額縁をぶつけるごとに扉は傷ついていくが、それでもまだ壊れるには至らない。
 どう言った理由であの子が額縁で扉を壊そうとしているのか、ボクには分からないが……あんなにも小さな女の子が懸命に頑張っているんだ。少しぐらい、その努力が報われたっていいじゃないか。
 どうせ神々は何もしない。ただ傍観しているだけなんだ。

 それなら、ボクが──…。

 ボクはその扉を粉砕した。なんてことは無い。ただ、ちょっと魔力の波動をぶつけただけだ。
 流石に目の前で突然扉が壊れたら、彼女も驚くだろうし怯えてしまうかも……なんて考えていたのだけれど、あの子は確かに驚きはしたが直ぐに気持ちを切り替えて部屋を出た。
 肝が据わってるというか、本当に変わった子だ。
 そうやって部屋を出た時、あの子は何やら紙とペンと本を手に持っていた。何に使うのかなとボクがいくらか予想を立てているうちに、その答え合わせが行われた。

 ……これは、地図かな? 随分と変わった描き方…というか文字が読めないな。何語なんだろう、これ。

 凄いな、こんなに小さい女の子がこんなにも正確な地図を作れるなんて。歩きながら次々に線を足していっているからか、1枚目の地図はあっという間に完成したようで、彼女は2枚目に取り掛かっていた。
 勿論記しているのは1枚目と繋がる続きの地図。それを書く彼女の横顔がとっても楽しそうで、時々何を呟いているのかが気になってしまった。
 非常識だというのは分かっているよ、そもそもこうして見ているのも非常識中の非常識だ。それに加えて聞こうとまでするなんて。
 だが聞きたいものは聞きたいんだ。ボクは気になるんだ、あの子が。そうやって、ごめんね…っ! と謝りつつ聞いた彼女の声は、その見た目通りの可愛い声だった。
 自分の家の筈なのに何故か初めて来た場所のようの目を輝かせる少女を見守っていると、

「…それにしても誰もいないなぁ」

 キョロキョロと辺りを見渡しながら彼女は呟いた。
 確かに……隣の城とは違って、この建物にはおかしいぐらい人間がいない。もしかしたらこの子は不安になっているのかもしれない。
 そりゃあそうだ。だってこんな小さな女の子が一人で寂しくない筈が無い。

 こうなったらボクが出てあの子を安心させようじゃあないか! 音声遮断を解除して…っと、とその前に何も無い所から声をかけられたら驚くかな? 姿を……でも今すぐ向こうにいくのはちょっと…身嗜みを整える時間が無い…制約の事もあるし……。
 とりあえず端末を光らせたらいいか。よし、行くぞぅ!

「外でお祭りをやっているからじゃないかな。隣の城には随分と人がいるみたいだけど…」

 ちゃんとボクの声は届いたようで、彼女はしっかりと反応を見せてくれた。……ただ、ボクが思っていた反応とは違ったけれど。
 これ、どう見ても怖がってるよね。うーん…どうしよう、怖がらせるつもりは無かったんだけどなぁ。

「あー…もしかして怖がらせちゃった? ごめんね、急に声をかけたらそりゃあ驚くよね」

 とりあえず、出来るだけの謝罪をしておいた。
 言われてみれば…確かに、突然声をかけられたら姿の有無に関わらず誰だって驚いてしまう。
 これはボクの失敗だなぁ、怖がらせちゃって申し訳ないや。
 なんていう風に、シュンとしていると。

「どちら様……ですか?」

 彼女がボクの方を見て、尋ねてきた。
 驚いたよ。さっきはあんなに怖がっていたのに、もう平気なんだ。
 それも…相手の正体を真っ先に確かめようとするなんて。本当に変わった子だなぁ。

「ボクかい? ボクは──精霊だよ」

 別に隠す事でも無いしなぁ、と思い普通に答える。
 すると彼女の体がピクリと反応した。これは……精霊を信じてないパターンかな。
 まぁ、それでも構わない。この子と仲良くなって、改めて精霊だと説明をすればいいだけの事だ。
 なーんてボクが意気込んでいると、彼女は突然手元の紙に一心不乱に何かを書き込み始めた。

 …ボクの事を忘れちゃったのかな。むぅ、何だかとても気に食わないね。

 相変わらずなんて書いてあるのかは読めないし、この子はとっても集中しているし。
 ボクは彼女の顔のすぐ側まで光を移動させ、話しかけた。

「君、名前はなんていうの?」
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