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第一章・救国の王女

41.わたしは希望を貰った。

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 それから少しして、スミレちゃん主導で作戦会議をする事になった。ナナラちゃんとユリエアちゃんがこの建物の構造を大まかにだけれど把握していたから、それを元に地面に地図を描いたりしていた。
 更に、男の子…シュヴァルツくんがいい提案をしたようで、スミレちゃんは「そうするね」と微笑んでいた。
 ……わたしだけ、何の役にも立てていなかった。皆何かしらの事でスミレちゃんの役に立っているのに、わたしだけ何もせずただ座って話を聞いているだけだった。
 人を傷つける事以外には何も出来ないこんな自分に、酷く苛立っていた。失望していた。希望をくれた彼女の役に立ちたいと思うのに、何も出来ない事がもどかしくて仕方なかった。
 そうやって己の不甲斐なさを悔いていると、いつの間にかスミレちゃんが檻から出ていた。どうやって鍵を開けたのか全く分からなくて困惑するわたし達に、スミレちゃんは柔らかい笑顔で、

「…とりあえず、巡回の人達の事もあるから一度鍵をかけておくわね。後でまた、開けるから」

 と、告げてから通路の途中にある物陰に身を隠した。
 シュヴァルツくんの提案に従い、夜の巡回の人達を仲間に引き込む為らしい。
 なんて言う風にぼーっと彼女を眺めていたら、忽然と姿を消してしまったのだ。
 一体どういう事なの、とナナラちゃんとユリエアちゃんと慌てたようにひそひそ話をしていると、丁度良く夜の巡回の人達がやって来た。
 しばらくしてその人達が帰ろうとした際、空中に突然スミレちゃんが現れ、その直後には眼帯をつけた人の大きな背中に飛び蹴りを食らわせていた。
 蹴られた勢いで地面に倒れ込み、痛そうに背中を摩る眼帯の人に向かって、スミレちゃんは真剣な面持ちで高らかに声を上げて告げた。

「──子供好きのお兄さん。ここにいる子供達全員を助ける為に、私と取引しませんか?」

 大人相手にも物怖じせず、勇猛果敢に物事に取り組む彼女の姿がどれ程わたしの目にキラキラ輝いて見えた事か。
 本当に勇者のようで、とてもかっこよかった。
 取引の結果は成功。スミレちゃんは見事夜の巡回の人達(と、その仲間)を協力者として計画に引き入れる事に見事成功していた。
 大人の協力を得られた事によってより現実味を帯びてきたこの計画に、その取引を固唾を呑んで見守っていた子供達は飛び跳ねて涙を浮かべながら喜んでいた。
 するとスミレちゃんは一つずつ檻を開けていった。その時、真っ先にわたし達のいる檻を開けて、スミレちゃんは「おいで」と手を差し伸べてくれた。
 わたしの義手が怖くないの? と思いながらも、スミレちゃんが何も気にせず本当に手を差し伸べてくれたのが嬉しくて…それで、わたしはその手を取ろうとしたの。
 でも、わたしがその手を取る直前。シュヴァルツくんが「どぉーんっ!」と叫びながらスミレちゃんに飛びついたので、わたしはスミレちゃんの手に触れる事が叶わなかった。
 むぅ…と少しキツい視線をシュヴァルツくんに向けてみたのだが、シュヴァルツくんはそんなの気にもとめずスミレちゃんとじゃれあっていた。
 ……別に羨ましいとか、そんな事、思ってないもん。そもそもスミレちゃんとは会ってまだ数十分とかだもん、そんな、嫉妬とか全然…。
 じっとスミレちゃん達を見つめていたその時、シュヴァルツくんがようやくこちらに気づいたようで、子供達に静かにするよう促すスミレちゃんから離れ、わたしの方まで駆け寄ってきた。

「スミレってすっごいねー、なんでも一人でやれちやうんだもん。無茶にも慣れてそうだし」

 どこか含みのある物言いのシュヴァルツくんに、わたしは漠然とした不安を覚えた。その不安の正体も分からないまま、わたしは脱出の時を迎えた。
 例の大人の人達が迎えに来たので、順番に地上に出ていく事になった。その際、同じ檻にいたわたし達に、スミレちゃんから謎の玉が渡された。いざと言う時に使えとの事だった。
 子供達の列に並んで逃げ出した時には、もう既にスミレちゃんの姿は無かった。単独行動に移ったのだろう。
 …さっきのシュヴァルツくんの言葉が、妙に頭の中で反響された。
 もし、スミレちゃんが無茶をしたならば。ここの理不尽で酷い大人達相手に無茶な事をして、傷ついたりしたら。
 想像しただけでも、ゾッとしてしまう。
 それが顔に出てしまっていたのか、シュヴァルツくんに、スミレちゃんが心配かと指摘されてしまった。
 わたしがそれに頷くと、彼は耳を疑うような発言をした。

「ふぅん、それなら今すぐスミレの所に行った方がいいよぉ。このままだとスミレは間違いなく怪我をするよ、下手をすれば致命傷になるかもしれないね」

 何を根拠にそう話すのか分からないけれど、シュヴァルツくんの言葉にわたしは強く反応した。
 どう言う事なんだと聞き返すと、シュヴァルツくんは軽い笑みを浮かべて更に続けた。

「スミレはとても強いのかもしれないよ? でもさ、相手は大人で男で何より経験豊富な人なんでしょ。どれだけスミレに才能があろうとも…どうしても、今はまだ越えられない壁があると思うんだよねー」

 ……思考が、止まってしまいそうだった。この時、わたしはただ『もしも』の『最悪』の事態を空想し、恐怖していた。

「だから君が助けに行けばいいと思ったんだぁ。だってほら、君はスミレが心配でー、そして強い魔力を持ってる! これ以上無い選択だとぼくは思うんだけど、どうかなっ?」

 シュヴァルツくんの無邪気な瞳と笑みがわたしの魔眼に映される。しかし、そんな事はもはや気にとめる暇もなかった。
 わたしはただ、スミレちゃんの事が心配で心配で仕方なかったのだ。他の事を考える余裕が、無くなってしまったのだ。

「………あの子の所に行ってくる。恩返し、しなきゃ」

 それだけ言い残して、わたしは脱出の列から外れて建物へと戻って行った。
 シュヴァルツくんがどうしてわたしの魔力の事を知っているのか…皆目見当もつかないけれど、何となく納得は出来た。
 彼のあの不思議な金色の瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気分になってしまう。そう言う魔眼もあるかもしれないってお父さんが言っていたし、そうなのかも。
 わたしの魔力の事を知った上で、シュヴァルツくんが『わたし』がスミレちゃんを助けに行く事をわざわざ推奨すると言う事は、きっと……本当に、スミレちゃんは危険な目に遭っているんだ。
 ざわざわと胸騒ぎがする。恐怖で心臓が早鐘を打つ。不安で頬を首筋を冷や汗が伝う。
 こんなわたしにも笑いかけて手を差し伸べてくれた優しいあなたが傷つくなんて、そんなの絶対に嫌! あなたが傷つくぐらいならわたしが代わりになりたい。だって、わたしに出来る事なんてそれぐらいだもの。
 わたしはどれだけ傷ついてもいい。苦しくたって構わない。だって、慣れてるから。
 でも…でも、心優しいあなたは違うでしょう。わたしはあなたが少しでも傷つくのがとても嫌なの。会って間もないわたしに、こんな事を言う資格があるのか分からないけれど……。

 ──どうか、無事でいて。スミレちゃん。

 …その願いは、天には届かなかった。長い廊下を走り抜け、突き当たりの部屋に辿り着いた時。
 スミレちゃんは地面に倒れようとしていて、その頭上には大きな斧が振り下ろされていた。それを視認した瞬間、わたしは咄嗟に魔眼の力を発動させた。
 燃えて!! ……そう心の中で叫んだ途端、スミレちゃんの目前にて斧を持つ男が炎に巻かれたのだ。斧はスミレちゃんに当たる事無く地に落ちた。
 この眼が役に立つ日が来るなんて、と思いつつ、わたしはスミレちゃんの名を口にしながら彼女に駆け寄った。
 スミレちゃんはわたしがここにいる事に酷く困惑しているようだった。心配だったから…と告げると、スミレちゃんは、その綺麗な寒色の瞳から涙をぽろりと零した。

「…ごめ、んね…っ、わた…しの、せいで……っ」

 ……どうして、スミレちゃんが謝っているの? どうして、そんな風に傷ついた表情をするの?
 目を見開き混乱するわたしの義手にそっと触れ、彼女は続けた。

「わたっ、しの…せいで…ぅぐっ……あなた、に…人を、傷つけ…させ、て……ごめん、ね…っ」

 スミレちゃんは大粒の涙と嗚咽と共に、そう謝ってきた。
 化け物で、ニセモノで、魔女のわたしに…人を傷つけさせてごめんねって言ってるの? 悪い子で化け物のわたしに?
 どうしてあなたはそこまでわたしを普通の女の子のように扱ってくれるの…?
 どうして、どうしてどうして……そう際限なく疑問が湧いてくる。疑問を絶え間なく生み出す事によって、なんとか、感情を抑え込んでいる。
 もし疑問という堰が無くなれば…きっと、わたしは今すぐにでも大声で泣き喚いてしまう事だろう。だからこそ、自分にいくつもの疑問を課していた。
 しかしそれも束の間、その疑問のうちの一つにスミレちゃんが鼻をすすりながら答えてしまったのだ。

「あな、たみたいな…普通の女の子に、こんな事、させたくなかった……っ、人を傷つけ…た後悔や、苦しみを、味わって欲しく、なかった」

 わたしの思い上がりではなかった。スミレちゃんは本当に…全てを知った上で、わたしを──メイシア・シャンパージュを、として扱ってくれていたんだ。
 家族でもなんでもない赤の他人のわたしに、こんなにも優しくしてくれたのはスミレちゃんが初めてだった。
 じんわりと瞳が熱くなり、いつの間にか視界が涙に揺らいでいた。そんなわたしを見てか、スミレちゃんが慌てて涙を拭いて、

「…泣かないで、メイシア。先に泣いてしまった私がこう言うのも変な話だけれど……私、貴女の笑った顔が見たいわ。泣いてる姿も可愛いのだけれど、きっと、笑った顔の方がもっとずっと可愛いわ」

 優しく抱き締めてくれた。耳元に聞こえてきた言葉で、またわたしは泣いてしまった。もっともっと泣きじゃくってしまった。
 お父さん以外にこんな事を言ってくれる人がいるなんて、思ってもみなかったから。
 スミレちゃんの肩を涙で濡らしてしまい、申し訳の無い気持ちのまま、わたしはボソリと呟いた。

「…この顔が、怖く…ないの?」

 わたしの眼を見た人の半分以上が、気味が悪いと言って目を逸らすのに。あなたはこれが怖くないの?

「ん? すっごく綺麗で可愛い顔だと思うよ?」

 スミレちゃんから帰ってきた言葉は、わたしが思っていたようなものでは無かったが、すごく…すごく嬉しい言葉だった。

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