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第三章・傾国の王女

220.交渉決裂?4

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♢♢


「──シャーリー! お前は……ミアか?!」

 沖に停泊する海賊船に最も近づける町外れの崖にまで来たヘブン達は、断崖絶壁の上で横たわる最愛の少女と、その横で座り込む少女の友達を見つけた。
 ヘブンは慌てて二人に駆け寄り、シャーリーを抱き寄せた。

「無事で良かった……でもどうやってここまで来たんだ? 海賊船で何があったんだ。教えろ、ミア」
「あ、えっと…………正義の味方が助けてくれたの。シャーリーちゃんがこれ以上つらくならないようにって、魔法を使わずに悪い人達をやっつけて、ここまで連れて来てくれたんだ!」
「「「「正義の味方……?」」」」

 ミアの言葉に、ヘブン達は戸惑いの声を重ねた。しかし、程なくしてミアの語った『シャーリーちゃんがこれ以上つらくならないようにって、魔法を使わずに悪い人達をやっつけて』という言葉を脳内で反芻する。

(……その正義の味方とやらが、シャーリーの体質に気づいて魔法をあえて使わなかったって事か? だがどうやってそれに気づき、魔法を使わずにここまで…………)

 そもそも魔力過敏体質は珍しい体質だ。ヘブン達でさえも、シャーリーがその体質だと司祭の診断を受けるまでは知らなかった。
 その手の専門書等に記されてはいるものの、それを読んだ事のある者でなければ魔力過敏体質という体質が存在する事さえ知らないだろう。
 だからこそ、魔力過敏体質を知る者など世界中探しても数少ない。そんな現状で、運良く魔力過敏体質を知る者がシャーリーを助けに現れるなんて奇跡に等しい事は有り得ないと。そう、ヘブンは考えた。
 まさかどこぞの魔導具オタクが魔導具について独学で学ぶ最中、偶然にもその手の専門書にも目を通した事があるなどと──ヘブンが考えられる訳がなかったのだ。

「ねぇミアちゃん。その正義の味方ってどんな人か分かる? 名前とか、見た目とか。何でもいいからアタシ達に教えてくれないかしら?」

 メフィスがミアに視線を合わせ、優しい声と表情で尋ねた。メフィスはよくシャーリーの世話係として時間を共にする事が多かったので、ミアとも顔見知りなのである。
 ミアとしても、ようやく出会えた見知った顔に少しほっと胸を撫で下ろして、自分達を救った正義の味方について語った。

「えっとね、あたし達を連れ出してくれたのは王子様みたいなおにいちゃんで、悪い人達をやっつけたのは勇者様みたいなおねえちゃんだったよ」
「王子様みたいなおにいちゃんと勇者様みたいなおねえちゃん……他には何かないかしら?」

 情報量の少なさに、もうちょっと何かないかと促す。ミアは「えーっと」と記憶を探り、正義の味方について話す。

「あ! おにいちゃんがね、絵本の王子様みたいな綺麗な金髪だったよ。おねえちゃんはお花みたいな紫色の髪でね、二人ともすっごくすっごーく綺麗だった!」
「金髪の男と……」
「紫髪のおねえちゃん………?」

 ミアの語った外見的特徴に、メフィスとレニィが反応する。妙に、頭に引っかかる内容だったのだ。

「まさか……な……」
「アァン? 何でそんな、記憶に残る組み合わせの奴等がピンポイントで出てくんだよ」

 ノウルーとドンロートルの脳裏に過ぎったある二人組の子供の姿。それを思い浮かべた二人は、嫌な偶然に冷や汗を浮かべていた。

(それってどう考えても──…)

 口をついて出てしまいそうになった困惑を、ラスイズは何とか飲み込んだ。そして、

「……なぁ、ミア。その正義の味方とやらは──スミレだの、名乗ってなかったか?」

 ヘブンはミアに問いかけた。その表情は複雑に感情が入り交じっていて、彼の心情がそのまま滲み出ているかのようだった。

「何で分かったの?!」

 ミアの目が丸く、大きく見開かれる。ミアは驚いた。何せ正義の味方であり、赤バラのおうじさまのような数ある名前のうちの一つを、ヘブンがズバリ言い当てたからであった。
 まるで心を読んだかのように当ててみせた事に興奮気味なミアがまたもや瞳を輝かせる。それとは対照的に、ヘブン達はうんざりしたような表情を作る。案の定、正義の味方とやらがスミレだったからだ。

「じゃあつまり、もう一人の金髪はルカか…………何であのガキ共がこの件に関わってやがる……?」

 ヘブンは重くため息を吐き出しながら、項垂れた。

「そもそも、俺達が半日ぐらい捜し回って見つからなかったってのに、なぁんでこんな所で名前が出てくんの?」
「本当に……あんなに頑張って町中走り回っても、目撃情報だけで実際には見つけられなかったのに」

 ラスイズとレニィが肩を落とす。
 彼等は前日の話し合いの通り、スミレとルカに交渉決裂の旨を伝えようと二人を捜していたのだが──どれだけ捜し回っても、二人には辿り着けなかった。とにかく目立つ二人だからか、目撃情報などはあったので二人の立ち寄った店に行く事は出来たものの、その時には当然、二人共既に立ち去っていた。
 交渉決裂だと。取引は成り立たないと返事したかったのに、それを伝える事が出来ず終いだったのだ。
 それなのにこんな所でもその名前だけを聞いて、しかして二人の姿は無く。流石の彼等とて、振り回されたようなこの状況に気を落とすというものだ。

「その二人の正義の味方とやらがお前達を助けたんだな?」
「うん」
「海賊共に攫われた奴等を助けて、海賊共を海に沈めたのもその正義の味方なんだな?」
「それはわかんないけど……あたし達の事を見つけて助けてくれたのはおにいちゃんで、すごく怖い化け物をやっつけたのはおねえちゃんだよ」
「……そうか」

 ぐっと唇を噛み締めて、ヘブンは黙り込んだ。
 そして、思考する。

(あの聖女はフォーロイトだ。あの無情の皇帝の娘なんだ……海賊共と渡り合える力や、船を沈められる程の魔力を持っていてもなんらおかしかねぇ。だが分からん、何であのガキ共は──…攫われた奴等を解放して、海賊船を沈めた?)

 彼等にはそれが分からない。分かる訳がなかった。
 何せアミレスとカイルが海賊船を襲撃したのは、ほとんど偶然のようなものだからだ。偶然いくつかの事件の繋がりに気づいてしまったから。だからこそ、アミレスは持ち前の偽善で突発的にこの襲撃を決めた。
 そこにきちんとした理由なんて無い。ただ『知ってしまったから』海賊を殲滅する事にしたのだ。
 だから彼等が『理由』を見つける事は不可能。もし何か理由らしきものが彼等の中に生まれたならば、それは彼等がそうであれと願ったこじつけでしかない。
 しかし。だからこそ、だ。
 それらしき理由こじつけが見つからないからこそ、彼等は思う。あの二人の善性を信じようと……あの取引での覚悟を認めようと、そう思ってしまった。

(アイツ等はシャーリーがウチの人間だと知らない。知ってたなら、シャーリーの傍を離れたりせずオレ達に恩着せがましく取引に応じるよう詰めて来やがる筈だ。ここを離れる理由が無い。だからアイツ等はこの事を知らない筈だ……なら何だ? アイツ等は本当に、何が目的なんだ──?)

 分からない事が多過ぎる。ただ一つだけ分かる事があるとすれば、間違いなく、あの二人の子供達の力でシャーリーが助けられた──……つまり、彼等スコーピオンにとって大きな借りが出来てしまった事。
 正史では、魔導遺産ロスト・アーティファクトにより強化された海賊達との激戦の果てにスコーピオンは構成員の三分の一程を失い、幹部のドンロートル、ラスイズ、ノウルーをも失う事になる。更にはシャーリーは助けられたものの、魔導遺産ロスト・アーティファクトの影響を受けて酷い後遺症が残り、まともな生活が不可能となる。
 まさに辛勝とも言うべき勝利だった彼等だが、この偽史においてはそもそも戦う事もなく、後遺症らしき後遺症も無いままシャーリーは助けられた。
 たった二人──とヒトリの精霊の力によって。完璧に、あっという間に歴史は歪められた。
 勿論彼等はそのような正史を知らない。なので、この現在が彼等にとってどれ程に喜ばしい事かも理解し得ないのだが……それを知らずとも、彼等がアミレス達に『大きな借りが出来た』と認識する事に代わりはない。
 彼等はいわゆる裏社会の情報屋や傭兵ギルドのような姿も併せ持つ為、闇組織に分類されるものの、平等と公正を重んじる組織スコーピオンの一員。例え相手が誰であろうとも、受けた恩はきっちりと返す。そんな組織だ。

「……とにかく帰るぞ、テメェ等。シャーリーは無事にオレ達の元に戻って来た。これでもう十分だ、オレ達の家に帰るぞ」
「今夜はシャーリーが戻って来た記念の宴っすか?」
「はァ…………好きにしろ」
「「「「いぇーーーーーいっ!」」」」

 ラスイズの浮かれた提案も、ヘブンは呆れながら許可した。しかしこれには構成員達も大はしゃぎ。拳を突き上げて歓喜の声を上げた。
 スコーピオンの者達は、それ程にシャーリーを愛しているのである。
 ヘブンとてそれを知っているから宴を許したのだ。ヘブンは優しく、丁寧にシャーリーを抱き上げて踵を返した。その後ろに続くように、スコーピオンは賑やかにぞろぞろと歩き始める。
 ミアはメフィスと手を繋いで、ヘブンのすぐ後ろを歩いていた。そうやって、彼等は海賊船には目もくれず、未だ混乱ひしめく町に戻って行ったのだった。

(ああ、最悪だ。こんなでけぇ借りが出来ちまった以上、アイツの取引に応じないといけなくなったじゃねェか──……)

 なんて言う風に思うものの。この時シャーリーに向けられていたヘブンの顔は、とても穏やかなものであった。
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