巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

文字の大きさ
62 / 83
巣ごもりオメガと運命の騎妃

41.サリム-2

しおりを挟む
 サリムは、生まれてすぐ捨てられた子どもだった。

 親から与えられたのはサリムという名前とぼろぼろのおくるみだけで、出自は何もわからなかった。幸いにも神殿の前に捨てられたせいですぐに保護され、その日からサリムは神殿の敷地内にある孤児院で暮らすことになった。

 神殿の孤児院は国からの支援があるため、ひもじい思いをしたことはない。それでも未来に対して不安はあった。

 十八になれば、神殿から出なければいけないのだ。それからは自身の力で生きていかなければならない。それでも性徴検査でアルファと出るようなら、そもそもその才覚があれば生活には困らない。ベータであっても、苦労は多くともそれなりに生きていけるだろう。

 しかし、オメガだった場合は違う。

 ドマルサーニはオメガ差別の少ない国だが、発情期のたびに家にこもらなければならなかったり、そのせいで仕事がままならないことはオメガであれば誰もが経験することだ。帰る家のない孤児院出身では、生活の基盤が大きく揺らいでしまう。そのために、孤児院出身のオメガは必ず巡香会に参加するしきたりがあった。

 十五になったサリムも、オメガと判明した翌月に行われた巡香会に参加した。

 そこで出会ったのが、ハイダルだった。

 ドマルサーニ唯一の皇太子が数年前から巡香会に参加していることは知っていたが、サリムにとっては、自分とはまったく関係のない世界の話でしかない。王族のために開かれる巡香会には参加しなければならないが、皇太子のつがいになどなれるわけがないのだからと、サリムの意識は一般市民のために開かれる方の巡香会に向いていた。

 ところが、巡香会の四日目のことだった。

 初めて巡香会に参加するオメガは、まず皇太子のいる王族専用の会場に行かなければならない。そのため、四日目という中途半端な日から巡香会に参加したサリムは、十名近くと一緒に皇太子の待つ会場へ足を踏み入れた。

 すでに神殿で小間使いとして働いてたので、王族は何人か見たことがあったが、大体が遠目にする程度で、皇太子とはそもそも初対面だ。

(こんなに近くで拝見することなど、もうないだろうな……)

 それこそ、異国から来た珍しい宝石でも見るような気持ちで顔を上げ、柵の向こうを見た途端だった。

「見つけた」

 椅子から立ち上がるなり柵の前まで来た皇太子は、まっすぐにサリムを見ていた。

 驚いて固まっているうちに歓談室へ案内され、わけもわからないままそこで再会した皇太子に自己紹介をした。

 サリム・ランダですとしか言えなかったサリムに、皇太子は――ハイダルは、綺麗な名前だと言ってくれた。

「俺は君のことを運命だと感じた。君はどうだろうか」

 飽くまでサリムに選択する権利があるような言葉だったが、選ぶことなどできるはずもない。サリムにうなずく以外の道はなかった。

 皇太子のための巡香会はその日をもって終了し、その一週間後、サリムは皇太子に選ばれたオメガとして正式に皇宮へ上がった。

 裕福でなくていいから、共に自分の家を築いてくれるアルファと出会いたいと思っていたサリムの日常は、大きく変化した。

 寝起きする場所は四人一部屋だった孤児院の一室から広い部屋がいくつもある離れになり、神官や幼い子たちの世話をする必要がなくなった代わりにサリム自身に付き人が幾人もついた。

 充実した衣食住に、下にも置かれないような丁寧な扱い。生まれてこの方経験したことのない日々だったが、そのどれよりもサリムに衝撃を与えたのは、ハイダルの存在だった。

 離れとは別の建物で暮らすハイダルは、毎日のようにサリムを訪ねてきた。

 運命という夢物語めいた関係が本当にハイダルの間にはあるのか、サリムにはわからない。それでもなぜだか心が騒いで仕方ない。傍に寄られれば緊張するのに、会えない時には彼のことが気になる。別れ際は寂しくて、早く明日が来ればいいのにと思うこともあった。

 やがてハイダルのことが知りたくなり、彼のことを一つずつ知っていくたびに、オメガに生まれた自分のことを悲観することはなくなった。

 そして慣れない皇宮での暮らしが始まって二ヶ月、サリムは発情期を迎えた。

 まだ二度目の発情期で戸惑うばかりのサリムは一人で部屋にこもろうとしたが、報せを聞いたハイダルが飛んできた。

 しきたりにより、成人となる十八歳になるまでは体を重ねることはできない。

 けれどサリムだけでなくハイダルまで抑制剤を飲んで、ずっと傍にいてくれた。政務に携わる身なので時折どこかへ行っている時もあったが、すぐに戻ってきてサリムと過ごし、大丈夫だと囁いてくれた。そんな風に大切にされて、発情期が終わる頃には満たされた気持ちでいっぱいになった。

(この方の手を取ったのは、間違いじゃなかった)

 流されるままに頷き、差し出された手に自分の手を重ねた日のことを思い起こして陰鬱にならなかったとは言えない。

 本当にこの人でいいのか、自分は幸せになれるのだろうか。わからなくても、次期皇帝のオメガになってしまったのだ。逃げ出すことなどできない。そんな不安がいつもあったが、この発情期を経て、サリムはここで生きていこうと思った。

 発情期のあとも、ハイダルは足しげくサリムの元へ通ってくれた。

 今日はこんなことをした、こんな疑問がある、サリムならどう思う?

 決して一方的でなく、サリムにも話をするタイミングをくれるハイダルと会話を重ねていくうちに、サリムにも自覚が出てきた。

 自分は次期皇帝となるアルファのつがいだ。自動的に与えられる地位に甘んじては、いつかハイダルの恥になることをしてしまうかもしれない。そうならないために、礼儀作法や勉学にいそしむべきだと考え、サリムはさまざまなことに手を出した。

 神殿で最低限教わった読み書きと計算だけでなく、歴史や政治の勉強もした。言葉遣いや作法についての教師もつけてもらい、その隙間を縫って剣術も教えてもらった。

 忙しい日々だったが、夜になればハイダルが訪ねてきてくれる。知識と経験が増えるごとに会話も弾むようになり、胸に生まれ始めた淡い気持ちも自覚するほどになった。

 ところが、サリムが皇宮に来て二回の発情期を終えた頃だった。

 その夜もハイダルが訪れ、二人で話をしていた。そこへ突然ディーマの来訪が伝えられ、緊張する二人の前に現れた皇妃は、冷え冷えとした双眸で二人を睥睨した。



しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。