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中編
12.指輪-2
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「……男性恐怖症だ」
セムラクのおかげで驚きはしなかったが、情報として意外だったことには違いない。
男性の彼が、同性に対しての恐怖症を患っていたという。
視界にも入れないよう避けていた学生時代の最後の方は不明だが、それ以前にそのような様子はなかった。
「君も、同じ症状に自覚があるはずだ。男性との接触、会話、同じ部屋に二人きりになること等に、恐怖を感じる。特に、……特徴の一致する相手には、強く」
アルヴィドにぼそぼそと説明されて気が付いた。
イリスは彼への復讐として、自身が凌辱された記憶を植え付けた。
記憶には視覚や聴覚情報だけでなく、体の受けた痛みや感触、そしてその時の感情や思考も含まれる。だから記憶分離による植え付けは、ただ記憶を見たようになるのではなく、自分の経験や思考として受け入れられる。
その記憶によりまるで自分自身が犯されたかのような体験をしたアルヴィドは、イリスと同様に男性恐怖症を患ったのだ。
「私は精神魔術の適性が低い。学生の頃も授業を選択していなかった。君のように強い恐怖をセムラクで抑えることはできない」
平気でイリスと同じ職場を選べたように、反省は全くしていないのだろう。だが、選んだ復讐の効果はそれなりに長く続いたらしい。
「訓練をして、今は、生活できる程度には軽減している」
男性を含む他の教師と普通に会話しているのだから、確かに彼の症状は軽くなっている。それを自力で達成したのであれば、グンナルの言う通りアルヴィドには治療の実績があると評価できるだろう。
「君の場合、男性だけが恐怖の対象ではなさそうだが、おそらく私と同じ方法で、ある程度の効果が見込める」
話に区切りが付いたのを見計らい、グンナルが手のひらに収まる大きさの小箱を取り出した。蓋を開け、イリスの方へ向けてテーブルの上に置く。
中には楕円の赤石をはめ込まれた、古めかしい意匠の指輪が収まっていた。小箱の内側には魔力を封じる呪文がびっしり刻み込まれている。指輪が何らかの魔法道具であることは間違いない。
「これは対象の体を念じて操る魔法道具だ。石にはアルヴィドの血液を充填してある」
つまりこれは、指にはめて念じれば、アルヴィドの体を操ることのできる魔法道具らしい。石が空の状態の類似の道具は呪詛系の魔法道具専門店で流通している。
操れるといっても、流通しているものでは、生存本能や社会性に反しない程度の命令しか下せない。この指輪も、石の大きさからして微量な血液しか入っておらず、強制性はほぼないに等しいと想定される。
「嵌めて、何か簡単な指示を試してくれ」
「アルヴィド、先に――」
「説明するより確実です」
何か懸念があるらしいグンナルだが、アルヴィドにそう言われて引き下がる。
イリスは指輪を左手の中指に嵌めた。
簡単な指示、と考えて、彼への反感から無駄な手間のかかることを念じてみる。
(ここから出て行って)
指輪がほんのり温かくなる。動作している証かと思われた。
その瞬間、アルヴィドは勢いよく立ち上がった。
座っていた椅子が反動で後ろへ傾く。
「……!」
そして椅子が倒れ切る前に、出入り口ではなく、開け放たれた窓へ一直線に進んでいく。
「何を念じ――、アルヴィド!」
グンナルの呼び止める声にも反応しない。
迷いない動きで、窓のへりに足がかかる。
ここは塔の最上階だ。
体が窓枠を乗り越えた。
セムラクのおかげで驚きはしなかったが、情報として意外だったことには違いない。
男性の彼が、同性に対しての恐怖症を患っていたという。
視界にも入れないよう避けていた学生時代の最後の方は不明だが、それ以前にそのような様子はなかった。
「君も、同じ症状に自覚があるはずだ。男性との接触、会話、同じ部屋に二人きりになること等に、恐怖を感じる。特に、……特徴の一致する相手には、強く」
アルヴィドにぼそぼそと説明されて気が付いた。
イリスは彼への復讐として、自身が凌辱された記憶を植え付けた。
記憶には視覚や聴覚情報だけでなく、体の受けた痛みや感触、そしてその時の感情や思考も含まれる。だから記憶分離による植え付けは、ただ記憶を見たようになるのではなく、自分の経験や思考として受け入れられる。
その記憶によりまるで自分自身が犯されたかのような体験をしたアルヴィドは、イリスと同様に男性恐怖症を患ったのだ。
「私は精神魔術の適性が低い。学生の頃も授業を選択していなかった。君のように強い恐怖をセムラクで抑えることはできない」
平気でイリスと同じ職場を選べたように、反省は全くしていないのだろう。だが、選んだ復讐の効果はそれなりに長く続いたらしい。
「訓練をして、今は、生活できる程度には軽減している」
男性を含む他の教師と普通に会話しているのだから、確かに彼の症状は軽くなっている。それを自力で達成したのであれば、グンナルの言う通りアルヴィドには治療の実績があると評価できるだろう。
「君の場合、男性だけが恐怖の対象ではなさそうだが、おそらく私と同じ方法で、ある程度の効果が見込める」
話に区切りが付いたのを見計らい、グンナルが手のひらに収まる大きさの小箱を取り出した。蓋を開け、イリスの方へ向けてテーブルの上に置く。
中には楕円の赤石をはめ込まれた、古めかしい意匠の指輪が収まっていた。小箱の内側には魔力を封じる呪文がびっしり刻み込まれている。指輪が何らかの魔法道具であることは間違いない。
「これは対象の体を念じて操る魔法道具だ。石にはアルヴィドの血液を充填してある」
つまりこれは、指にはめて念じれば、アルヴィドの体を操ることのできる魔法道具らしい。石が空の状態の類似の道具は呪詛系の魔法道具専門店で流通している。
操れるといっても、流通しているものでは、生存本能や社会性に反しない程度の命令しか下せない。この指輪も、石の大きさからして微量な血液しか入っておらず、強制性はほぼないに等しいと想定される。
「嵌めて、何か簡単な指示を試してくれ」
「アルヴィド、先に――」
「説明するより確実です」
何か懸念があるらしいグンナルだが、アルヴィドにそう言われて引き下がる。
イリスは指輪を左手の中指に嵌めた。
簡単な指示、と考えて、彼への反感から無駄な手間のかかることを念じてみる。
(ここから出て行って)
指輪がほんのり温かくなる。動作している証かと思われた。
その瞬間、アルヴィドは勢いよく立ち上がった。
座っていた椅子が反動で後ろへ傾く。
「……!」
そして椅子が倒れ切る前に、出入り口ではなく、開け放たれた窓へ一直線に進んでいく。
「何を念じ――、アルヴィド!」
グンナルの呼び止める声にも反応しない。
迷いない動きで、窓のへりに足がかかる。
ここは塔の最上階だ。
体が窓枠を乗り越えた。
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