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中編
12.指輪-3
しおりを挟む「止まって!」
あっという間の出来事だった。
制止の声がかかるより先に窓の外へ身を投じたアルヴィド。体は落下することなく、踏み切った片足のつま先が、窓から僅かに離れた空中で止まっている。
その体には白い光の縄のようなものが巻き付き、縄の根元はグンナルの杖の先に繋がっていた。グンナルの拘束魔術の応用だ。
忘れていた呼吸を思い出したかのように、アルヴィドから短く震える息を吐く音がする。
グンナルは彼をゆっくり室内に引き戻し、床へ下ろして術を解いた。
自由を取り戻し、アルヴィドは壁にもたれて座り込んだ。
「何を念じた」
グンナルはまだ表情を強張らせている。
「殺すつもりは……。ただ、ここから出て行って欲しいと」
「これは、私が作った魔法道具だ。媒介の血液も、致死量を濃縮し充填している」
グンナルは呪詛系魔術の第一人者である。その彼が製作し、加えて大量の血液を満たした魔法道具など、流通品など足元にも及ばない凶悪な品に決まっている。
通常は社会性や生存本能に反しない範囲の行動を、低い強制性のもと実行する程度の道具だ。だが特別製のこれは、漠然とした指示を、命を落としてでも、最短最速で躊躇なく達成しようとする恐ろしい呪詛と化している。念じれば自死も即座に行うだろう。
死にかけた恐怖に脂汗を滲ませながら、アルヴィドは座り込んだままイリスへ語り掛けた。
「これでわかったか。それさえあれば、念じるだけで、私は死ぬ」
危険な魔法道具をこのまま嵌めていては、何かの拍子にアルヴィドを殺しかねない。イリスはすぐさま指輪を外して、テーブルの上の箱に元通り収めた。
アルヴィドとグンナルもテーブルの方へ戻ってきて、全員また席に着いた。
「治療は、君と私の二人で行う必要がある。先生の立会いも無しだ。だが、同時に君が安全だと思う状況でなくては、治療にならない」
イリスはアルヴィドを危険な存在だと思っている。戦闘系魔術の実力は、仮に彼が学生時代の水準のままだったとしても、イリスを遥かに上回る。助けが来ない状況で襲い掛かられた場合、抵抗むなしくねじ伏せられるだろう。
「治療中はこれを常に付けていろ。そうすれば正真正銘、君が私の命を握る。君は安全だ」
アルヴィドへの牽制のため、グンナルにも治療に立ち会ってほしかったが、そうしなくては治療できないというのなら仕方がない。
イリスは承諾の代わりに、しぶしぶ指輪の小箱を手元に引き寄せた。
「今後君がそれを保管してくれ。これから、君に物理的な危害を加えないという契約と、同意なしにあらゆる方法で指輪を奪い返さない契約を結ぶ」
そうすれば例えば気絶させたり、何か小細工を企てたりして、指輪を奪われる心配はない。
彼が杖を取り出したので、イリスもベルトから引き抜いて自分の杖を交わす。
違反時の罰則はイリスが許可するまでの行動停止だ。罰則を死亡にすると、うっかり肩がぶつかった程度でも物理的な危害と判定され、死にかねないためである。行動停止していればその間に逃げることができるので、それで十分だ。
逆に危害を加えないというこの魔法契約だけでは、想定していない契約内容の穴を突かれるかもしれない。イリスの積極的な意思で彼を操れる指輪と、両輪で運用することにより安全を確保できる。
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