【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

文字の大きさ
37 / 114
中編

12.指輪-3

しおりを挟む

「止まって!」

 あっという間の出来事だった。

 制止の声がかかるより先に窓の外へ身を投じたアルヴィド。体は落下することなく、踏み切った片足のつま先が、窓から僅かに離れた空中で止まっている。
 その体には白い光の縄のようなものが巻き付き、縄の根元はグンナルの杖の先に繋がっていた。グンナルの拘束魔術の応用だ。

 忘れていた呼吸を思い出したかのように、アルヴィドから短く震える息を吐く音がする。

 グンナルは彼をゆっくり室内に引き戻し、床へ下ろして術を解いた。
 自由を取り戻し、アルヴィドは壁にもたれて座り込んだ。

「何を念じた」

 グンナルはまだ表情を強張らせている。

「殺すつもりは……。ただ、ここから出て行って欲しいと」
「これは、私が作った魔法道具だ。媒介の血液も、致死量を濃縮し充填している」

 グンナルは呪詛系魔術の第一人者である。その彼が製作し、加えて大量の血液を満たした魔法道具など、流通品など足元にも及ばない凶悪な品に決まっている。
 通常は社会性や生存本能に反しない範囲の行動を、低い強制性のもと実行する程度の道具だ。だが特別製のこれは、漠然とした指示を、命を落としてでも、最短最速で躊躇なく達成しようとする恐ろしい呪詛と化している。念じれば自死も即座に行うだろう。 

 死にかけた恐怖に脂汗を滲ませながら、アルヴィドは座り込んだままイリスへ語り掛けた。

「これでわかったか。それさえあれば、念じるだけで、私は死ぬ」

 危険な魔法道具をこのまま嵌めていては、何かの拍子にアルヴィドを殺しかねない。イリスはすぐさま指輪を外して、テーブルの上の箱に元通り収めた。

 アルヴィドとグンナルもテーブルの方へ戻ってきて、全員また席に着いた。

「治療は、君と私の二人で行う必要がある。先生の立会いも無しだ。だが、同時に君が安全だと思う状況でなくては、治療にならない」

 イリスはアルヴィドを危険な存在だと思っている。戦闘系魔術の実力は、仮に彼が学生時代の水準のままだったとしても、イリスを遥かに上回る。助けが来ない状況で襲い掛かられた場合、抵抗むなしくねじ伏せられるだろう。

「治療中はこれを常に付けていろ。そうすれば正真正銘、君が私の命を握る。君は安全だ」

 アルヴィドへの牽制のため、グンナルにも治療に立ち会ってほしかったが、そうしなくては治療できないというのなら仕方がない。
 イリスは承諾の代わりに、しぶしぶ指輪の小箱を手元に引き寄せた。

「今後君がそれを保管してくれ。これから、君に物理的な危害を加えないという契約と、同意なしにあらゆる方法で指輪を奪い返さない契約を結ぶ」

 そうすれば例えば気絶させたり、何か小細工を企てたりして、指輪を奪われる心配はない。
 彼が杖を取り出したので、イリスもベルトから引き抜いて自分の杖を交わす。

 違反時の罰則はイリスが許可するまでの行動停止だ。罰則を死亡にすると、うっかり肩がぶつかった程度でも物理的な危害と判定され、死にかねないためである。行動停止していればその間に逃げることができるので、それで十分だ。
 逆に危害を加えないというこの魔法契約だけでは、想定していない契約内容の穴を突かれるかもしれない。イリスの積極的な意思で彼を操れる指輪と、両輪で運用することにより安全を確保できる。

しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...