67 / 114
中編
21.自分事-4
しおりを挟む「……これは、償いなんですか」
イリスの左手の中指に嵌る、アルヴィドを操ることのできる魔法道具。
念じるだけで彼を殺せる凶悪な品である。セムラクを使っていない間は精神的に不安定なイリスに、これを持たせた。彼は常に身の危険を感じていたはずだ。
イリスの視線が手元に落ちていると気付いたアルヴィドは、質問の意図を理解したようだった。
「それを使われる、最悪の状況も想定していた。だがそれぐらいしなくては、僕が治療者として安全な存在だと、君に認識させられない」
見せかけだけでも、浅慮なのでもない。殺される可能性も覚悟の上で、イリスに指輪を渡した。
「僕が君の治療に協力したことは、確かに償いだ。だが、償いは、許しが欲しくてすることであっても、許されるための行為ではない。これは、僕が自発的にしていることだ」
許す必要などない。口にしなくても、アルヴィドがそう伝えようとしているのがわかった。
罪悪感に苛まれ、許しを欲して治療へ協力した。しかし、その義理を果たせば許されるなどとは思っていない。罪を犯した側は、禊の内容を設定できる立場にない。それは被害を受けた側の苦痛を測る身勝手な所業だ。償いは、どこまで行っても自分の心の中だけで完結させなくてはならない。そうでなくては、相手に、ここまでするのだから許してくれと、言外に求めることになってしまう。
アルヴィドはあの行いがどれほどの罪か理解している。だからこそ、イリスに許しを請うことができない。それに類するため、治療が償いだと明かすこともためらっていた。そのためあくまで他人事で職を守るためと嘯き、罪悪感を隠していた。
今こうして全てを語っているのは、イリスが無意識にそれを願ってしまい、指輪に促されているためだ。
イリスは何と言葉をかけるべきか、分からなかった。
アルヴィドは、かつてイリスを凌辱した男と地続きの存在だ。記憶があり、彼も自分の行いと認識している。だが、消された記憶が多すぎる所為で、まるで別人になってしまった。記憶の鏡の前で罪を突きつけられ、記憶を植え付けられても不遜な態度であった元のアルヴィドに対し、今の彼は心身が変わり果てる程の罪悪感を覚えている。かつての自身の行いの道理など、全く理解できない。
「……ありがとう、ございます」
考え抜いた末に選んだのは、感謝の言葉だった。
「……え?」
「助けられたのに、まだ、お伝えしていませんでした」
自らへ向けられることなど、予想だにしなかった言葉なのだろう。アルヴィドは戸惑いを見せた。
イリスも、彼に礼を述べる日が来るとは思っていなかった。
過去のことについて、何か言えるほどイリスの中で整理がついていない。
ただアルヴィドが、卑劣な男と贖罪に身を賭す者のどちらであっても、先日彼に助けられたことは、紛れもない事実だ。彼も使い魔を付けていたことを謝罪したのだから、これについては過去の問題と切り離せる。
アルヴィドは返事に悩み、しばらく手元を見たり、顔を上げたり、落ち着かなかった。
「……間に合って、よかった」
やがてぎこちなく紡がれた言葉は端的なものだったが、あの時本当に思っていたことなのだろう。確かに、安堵の色がにじんだ声音であった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる