【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

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中編

21.自分事-4

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「……これは、償いなんですか」

 イリスの左手の中指に嵌る、アルヴィドを操ることのできる魔法道具。
 念じるだけで彼を殺せる凶悪な品である。セムラクを使っていない間は精神的に不安定なイリスに、これを持たせた。彼は常に身の危険を感じていたはずだ。

 イリスの視線が手元に落ちていると気付いたアルヴィドは、質問の意図を理解したようだった。

「それを使われる、最悪の状況も想定していた。だがそれぐらいしなくては、僕が治療者として安全な存在だと、君に認識させられない」

 見せかけだけでも、浅慮なのでもない。殺される可能性も覚悟の上で、イリスに指輪を渡した。

「僕が君の治療に協力したことは、確かに償いだ。だが、償いは、許しが欲しくてすることであっても、許されるための行為ではない。これは、僕が自発的にしていることだ」

 許す必要などない。口にしなくても、アルヴィドがそう伝えようとしているのがわかった。

 罪悪感に苛まれ、許しを欲して治療へ協力した。しかし、その義理を果たせば許されるなどとは思っていない。罪を犯した側は、禊の内容を設定できる立場にない。それは被害を受けた側の苦痛を測る身勝手な所業だ。償いは、どこまで行っても自分の心の中だけで完結させなくてはならない。そうでなくては、相手に、ここまでするのだから許してくれと、言外に求めることになってしまう。
 アルヴィドはあの行いがどれほどの罪か理解している。だからこそ、イリスに許しを請うことができない。それに類するため、治療が償いだと明かすこともためらっていた。そのためあくまで他人事で職を守るためと嘯き、罪悪感を隠していた。

 今こうして全てを語っているのは、イリスが無意識にそれを願ってしまい、指輪に促されているためだ。

 イリスは何と言葉をかけるべきか、分からなかった。
 アルヴィドは、かつてイリスを凌辱した男と地続きの存在だ。記憶があり、彼も自分の行いと認識している。だが、消された記憶が多すぎる所為で、まるで別人になってしまった。記憶の鏡の前で罪を突きつけられ、記憶を植え付けられても不遜な態度であった元のアルヴィドに対し、今の彼は心身が変わり果てる程の罪悪感を覚えている。かつての自身の行いの道理など、全く理解できない。

「……ありがとう、ございます」

 考え抜いた末に選んだのは、感謝の言葉だった。

「……え?」
「助けられたのに、まだ、お伝えしていませんでした」

 自らへ向けられることなど、予想だにしなかった言葉なのだろう。アルヴィドは戸惑いを見せた。
 イリスも、彼に礼を述べる日が来るとは思っていなかった。

 過去のことについて、何か言えるほどイリスの中で整理がついていない。
 ただアルヴィドが、卑劣な男と贖罪に身を賭す者のどちらであっても、先日彼に助けられたことは、紛れもない事実だ。彼も使い魔を付けていたことを謝罪したのだから、これについては過去の問題と切り離せる。

 アルヴィドは返事に悩み、しばらく手元を見たり、顔を上げたり、落ち着かなかった。

「……間に合って、よかった」

 やがてぎこちなく紡がれた言葉は端的なものだったが、あの時本当に思っていたことなのだろう。確かに、安堵の色がにじんだ声音であった。


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