イセリック/クワイエット・テラー

@etheric

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クワイエット・テラー

コールドアイズ Ⅲ

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「わっ!」

 人魂のような光の塊がマイカのいた場所にボタボタと降り注いだ。マイカは生まれ持っての優れた反射神経でもって、直撃は避けられたが、左手にその光が当たったような気がした。しかし、痛くはないし、足場の床も無傷のようだ。

 マイカがとっさに怪物に目を向ける。

 怪物のあの不気味な目はすでに閉じていて、相変わらず沈黙を貫いている。たった今降ってきた光る物体は何だったのだろう?とマイカが不思議に思っていると……、左手が突然下から引っ張られるようにずり下がった。

「えっ!?なに!?」

 マイカは、左腕の肘から下に異様な違和感を覚えた。指を動かそうとしても全く動かない。それに左腕の付け根がとてもだるく感じる。そして何より、左腕がとても重い。20キロ程のダンベルでも握っているかのようだ。

 マイカは、だらーんと垂れ下がった左腕の手首をおそるおそる右手で触れると、それはもう人間の体温とは到底かけ離れた氷の冷たさだった。そして―

――硬い……

 その触感は、マイカの左腕がすでに有機質なものでなくなっていることを意味していた。

「これって……」

 鉛のような金属だとマイカは感じた。暗さではっきりとは分からないが、変色していて、おそらくもう肌の色ではないということぐらいは分かった。

「あの光に触れたから……?」

 その重さと冷たさから左腕を支えることはできず、マイカはしゃがみこんでしまう。左腕の二の腕の部分が引っ張られている感覚が強く、それは鋭い痛みとして知覚される。

 マイカは左腕を絶え間なく襲うだるさと痛みの両方で、立ち上がれないどころか、そのままうずくまってしまった。

 すると、またあの声が聞こえてきた。

「ダメ!マイカ、前を見て!」

 その声はどこからともなく聞こえてくるというわけではなく、直接頭に届いているような感覚であった。その声に従って、マイカは痛みをこらえながら、おもむろに顔を上げる。

 マイカは絶句した。

「また……開いてる……」

 一つ目がまた剥き出しになって、マイカを見下ろしていた。そして、すぐにまた四方八方に不規則な動きをし始めた。

「マイカ、気をつけて!」

 やはり聞き覚えのない声……。女の子の声だ。

 マイカの意識に、その少女の声が残響する。よく思い返しても、やはり聞いたことがない声だ。現実世界の人だろうか?それとも夢の世界の人?そもそも自分は今どちらの世界にいるのだろう?こんな状態なのだから、きっとまだ夢の世界なのだろう。

「あなたは!?」

 マイカは声の主の正体を知りたかった。声の幼さからして、大人の女性という感じではなかった。

 金髪のお姉さんではないか……。

「ゆっくり自己紹介している暇はないわ!今は目の前の敵に集中して!」

「どうすればいいの!?」マイカはすがるようにその声の主に尋ねた。「腕が割れるように痛くて……!」

「マイカ、また上よ!」

 マイカはしゃがみこんだまま、頭上を見た。今度はやや前方から、マイカめがけて光の球が降ってくるのが見えた。見た目は花火のように綺麗だが、実際はそんな優雅なものではない。

 あれに当たったら――、金属人間にされてしまう!

 マイカは氷塊のような左腕を右手で思い切って掴んだ。

「あっ!つめっ……!」マイカは歯を食いしばる。つららを握りしめているようだ。右手のひらに刺すような痛みが走る。

 マイカは光が降り注いでくる前に、その場所から転がるように逃れた。

 やはり、光はボタボタと、まるで密度の濃い液体であるかのようにマイカのいた場所に落ちてきた。

「あ……あ……」

 マイカは起き上がれず、寝転がったままうめき声をあげた。左腕の付け根は燃えるように熱くなっていて、右手はそれと対照的に痛いぐらい冷たかった。両極端の痛みがマイカの体力を余計に奪っていく。

「マイカ、大丈夫!?」

 そう少女の声がすると、マイカは「なんとか……」と息を切らしながら答えた。

「でも、もう無理。腕が痛くて動けない。」マイカは弱音を吐いた。

「マイカ!辛いけど、とにかく今は耐えて!」

 そんな無茶な……。そうマイカは言いたかった。

 だが、その正体不明の少女の声はとても心強く感じた。この少女が声をかけてくれなかったら、もうすでにギブアップしていたはずだ。それにどこか頼りがいのあり、揺るがない意志が感じられる口調である。少々残酷な応援でも、マイカの心を無理矢理奮い立たせる力がその声にはあった。

「マイカ!」

「分かってる……!」マイカは苦痛で顔を歪ませながらも、まっすぐ巨大な影を見つめていた。

――もう分かった。

 マイカは、目の前の巨人の攻撃パターンを頭の中で整理した。
 
――あの赤眼が開いた時、隕石みたいにあの光の球が自分めがけて降ってくるんだ。

 マイカがそう分析している間にも、その赤眼がギョロリと剥き出しになった。粘着質の液体が上まぶたから下まぶたまで、ベッタリと糸を引いている。

「開いた!」

 マイカは息を殺してじっとしていた。赤眼はマイカの位置を確認すると、またグルグルと動き始める。その後、ゆっくりと眼を閉じるのである。

「来る!?……どこから!?」

 謎の少女に言われるまでもなく、マイカは頭上を見上げた。光の球を探すが、まだ見つからない。この暗闇だから、すぐに見つかるはずだ。マイカは痛みを堪えながら、なんとか立ち上がり、回避の準備をする。

「いったい、これはいつまで続くの?」

 マイカは頭の中にいる少女に訊いた。

「分からない。でももう少しのはず。そう長い時間じゃない……!」

「信じるからね!」

 マイカはかすかな光を視界の中にとらえた。光の球だ。今度は忌々しい影の反対側からだった。いろいろ方向を変えて撹乱しようとしてきているのか。

 マイカは光の球が着地してくるだいぶ前から、氷柱の片腕に右手を軽く添えて、ゆっくりではあるが、その場所から移動しようとした。やはり一歩一歩がとても辛い。歩くたびに振動が左腕の付け根に響いて激痛が走る。

――これぐらいで……。

 マイカはその痛みに思いの外耐えられず、5、6歩ほど横に逸れると、そこはもう安全圏だと判断した。

 元いた場所へ振り向く。光の球は、その場所へシュルシュルと音を立てながら引き寄せられていく。見上げるマイカの顔がまばゆい光で明るく照らされる。その眩しさでマイカが目を細めた瞬間、光の球は先ほどよりも激しい勢いで床に激突した。

「ひゃっ!」

 今度はボタボタと落ちるのではなく、バシャッと床にぶつかり、辺りへ飛び散った。マイカは慌てて自分の体を確認した。どこか異変をきたしているところはないか!?

「……大丈夫みたい」マイカは安堵した。「でも、さっきとなんか雰囲気が違った」

 マイカは、光の球の落ちてくるスピードが速くなっているように感じた。

 しかし、それは気のせいだと信じたかった。ただ単に自分がもっと離れなかったから、つまりギリギリのところでそれが落ちてくるのを目の当たりにしたから、そう感じたのかもしれないと自分に言い聞かせた。

 マイカは自分で自分をごまかしながらも、なんとか立ち向かう姿勢を保っていた。痛みは相変わらずある。しかし、少しずつであるがその痛みに慣れてきた。アドレナリンが出ているうちはなんとかなりそうだ。

 そして、次の攻撃に備えてマイカは影の怪物の方へ向き直す。すると、実際の状況は思ったより楽観的なものではないということにマイカは気づかされる。

「うそでしょ……」

 眼はすでに大きく開いており、あのいびつに動く気味の悪い運動を始めていた。それも、ネバネバとしたスライム状のものが眼球を覆うぐらい糸を引いていた。ぐちゃぐちゃと音が聞こえてきそうなぐらいに……。

――本気だ……。

 マイカは直感でそう思った。その心ない冷ややかな瞳から限りない悪意を感じ取った。
 
 その不穏な気配が、マイカの判断が鈍らせる。マイカは硬直してしまった。まだあの光を浴びていないのに、体中が金属になってしまっているような感じだ。逃げないと。そう頭では分かっているのに。

「マイカ!何をしているの!早く逃げて!」

 少女の声は焦りに満ちていた。

「分かってる!」マイカ自身も焦燥感に満ちた表情で答えた。「でも動かないの!どうしても脚が!」

「マイカ!お願い!」少女はマイカをひたすら励ました。「負けてはダメ!もう少しだから、頑張って!」

「なんでそんなことわかるの!?」

 マイカは、ややヒステリーを起こしたような声で言う。

「わかるわ!」少女がすぐさま答えた。「いっしょに闘っているから!私たちには、あなたが必要なの!」

 必要とは、どういうことか。そんな疑問をひとまずマイカは通り越えた。

「だったら助けてよ!」

 半狂乱な状態のマイカを説得するには、時間が足りなすぎた。

 マイカは、上空に光の揺らめきを察知する。もうゆっくり歩いてこの場を離れるなんて悠長なことはしていられない。思い切ってどの方向かに跳ねるしかない。肝心なことは、そうするための脚が言うことを聞いてくれるか分からないということだ。

「お願い!動いて!」

 マイカは全神経を両足に集中させる。しかし、釘で打ち込んであるかのように、つま先と踵を交互にグラグラとさせることしかできない。その見えない釘を引き抜こうとマイカは必死で闘った。

「あー!」そう叫び、マイカは気合いを入れ直した。

 すると、マイカのイメージの中でスポッと釘が抜ける。あとは前に跳ぶだけ。マイカは頭上から降り注ぐ光の塊に眩しさを感じながら、勢いよく前方にダイブした。

 光の球は地滑りのようにマイカのいた場所へなだれ込む。その勢いはすさまじく、今までの何倍もの激しさで、スコールの如く降り注いだ。
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