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クワイエット・テラー
マイカ、捕縛さる Ⅱ
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「こんにちは……?」
周囲の暗さからその言葉には違和感があった。マイカは「こんばんは」の間違いでは?と思ったが、それよりも初めてこの世界でコミュニケーションがとれるものに出会えたことに驚いた。
「ワタシハ“スリング”トモウシマス。コチラサバカマトリウムロノセキュリティロボットデス。」とその球体のロボットが、人間の、どちらかというと小さな少年の声にかなり近い可愛らしい声で言った。「アナタハ?」
よく聞くと、その声にはまだなんとなく機械っぽさが残っていた。
「都……マイカ……です」マイカがぎこちなく答える。
スリングと名乗るそのロボットをよく見ると、前方の表面が透けている部分があり、その中にカメラのようなものが二つ見える。それがちょうど眼のようになっていて、顔みたいに見える。
そして、マイカはスリングの額に見覚えのある文字が記されているのを見つける。
「あっ!」とマイカは思わず口にした。
そこにはMIOと記されていた。フードの少女がいた場所にあった、壊れたタッチパネルにも同じ文字が記されていたのをマイカはよく覚えていた。
「ミヤコマイカサン、ヨロシク」とスリングが言う。
「こ、こちらこそ」マイカは怪訝そうに返した。
このロボットは意志の疎通ができるのだろうか。現実でも、ある程度言葉のキャッチボールができるロボットはいるが、パーフェクトとはまだ言えない。きっとこのロボットも、あいさつなど基本的な部分での会話能力しかもっていないのだろうとマイカは思った。
とにかく、ほんの少しでもコミュニケーションのとれそうな相手と出会えたのだから、それが機械ではあるが、情報をできるだけ仕入れよう。そうマイカは決めた。
「あの……」とマイカはウィーンウィーンとシャープな機械音を発しているスリングに声をかける。が、「えっと……」と何から聞こうか考えていると、スリングに先を越された。
「ザンネンデスガ、ミヤコマイカサン」とホタルは言った。マイカの声はホタルに負けてしまっていた。「コチラ、サバカマトリウムロハ、セキュアドメインホウダイニジュウヨンゴウガサダメルタチイリキンシクイキエーニシテイサレテイマス。」
想像以上に、目の前の機械がスラスラと言葉を発したので、マイカはややたじろいだ。
「どういうこと?ここに居てはいけないの?」マイカが訊く。
「アナタノコウドウハ、ホウレイニイハンシテイマス」
「ちょっと待って!私だって、こんなところに居たくて居るわけじゃない!」マイカは少し強い口調で言った。「なら、私を立ち入り禁止じゃないところまで案内してよ」
「ダメデス。エムアイオーニヨッテセイテイサレタホウレイハゲンカクニテキヨウサレナケレバナリマセン。タチイリキンシクイキデハッケンサレタジュウミンノカタハスベカラクミガラカクホノウエ、ジジョウチョウシュノタイショウトナルノデス」
「そんな!」
マイカは、フレンドリーに近寄ってきたと思えば、突然厳しいことを言うロボットだと思った。
「ここに立ち入った覚えはないんだけど!」
別に立ち入ったというわけではなく、最初からここにいたのだから自分は悪くないと、マイカは己の立場に自信をもっていた。しかし、実際はそこにいるのだから、やや分が悪いことも認識していた。
「アナタノジュウミンデータヲカクニンシ、サバカシブニソウシンシマス」
スリングはそう言うと、再び軽快な機械音をならし始めた。
「勝手にすればいいじゃない」
マイカは、反論するのがなんだか面倒で、やや苛立ちながら言い放った。
「データヲカクニンデキマセン」
スリングはそう言うと、マイカの周りをぐるぐると上下に動きながらゆっくり飛んだ。
「何?」マイカは不機嫌そうに言う。
しばらくすると、また「データヲカクニンデキマセン」とスリングは言う。それを何度か繰り返した。
「いったい、なんだっていうの?」マイカは鬱陶しがって、スリングから離れようと、回廊式バルコニーの反対側へと走った。
「ニゲテモムダデス」スリングはそう言いながら、逃げるマイカを追いかけた。その最中にも「データヲソウシンデキマセン」と繰り返し言っている。
「ついてこないで!私は無理矢理ここに連れてこられただけなんだから!」
マイカはしばらく走って、元いた場所のちょうど反対側まで来た。そして、ふと周りの景色に目をやったとき、マイカの足は止まった。
そして戦慄する。
「あれって……」マイカは声を震わせて言った。
整然と並ぶビルの谷間の先に、それらのビルと同じぐらいの高さにゾンビのような顔が垣間見えた。ちょうど顔の部分が、マイカのいる場所の高さにある。そう遠い距離ではない。そのおぞましい物体から、マイカはどす黒い空気の塊が波のように押し寄せてくるような感じがしてゾッとした。
マイカはすぐにそれから目線を外した。
しかし、そのおぞましい顔は、マイカの脳裏に一瞬で焼きついてしまった。顔全体は石膏のような固い殻で覆われているようで、中央がえぐられたように真っ黒な肉の部分がむき出しになっている。
そして何よりマイカの目を引いたのが、シュモクザメのように左右に出っ張った頭の形だ。
間違いない……。
影にしか見えなかった怪物が、その正体を現した瞬間だった。
マイカの両足は、ガタガタと小刻みに震えだす。せっかく取り戻した両足に頼りなさを感じながらも、遠くから放たれる悪意の波に逆らうように、再びそれを視界に収めた。自分に耐えがたい苦痛を、三度も与えた憎き敵が、視線の先にいる。
しかし、それがただならぬ様子であることにマイカは気付く。
「動いてない?」
肩から下は建物で隠れてよく見えないが、静止しているようだ。目を凝らして見ると、顔の至る部分に何か刺さっているようだが、それが何かはよく分からなかった。
「もしかして、私のやるべきことって……」
恐怖と怒りの感情が混ざり合う中で、マイカはひとつの考えが浮かんだ。そしてそれが、あまりに無謀な考えであったので、マイカはしょげ込んでしまう。
「まだ、あいつと戦えって言うの?」
そんなことできっこない。あんなものとどう立ち向かえばいいというのだろうか。スーパーヒーローじゃあるまいし。
「ヒーローか……」
自分の発したその言葉で、マイカはワイズの言葉を思い出した。
「私を必要としている……?」
作倉の言葉とワイズの言葉が、マイカの中でリンクして、不気味に絡み合った。しかし、すぐに頭の中で絡み合った二つの鉄線を振りほどいた。それは、あまりに勘繰り過ぎだとマイカは自分に言い聞かせながら。
――そりゃあ、できることなら、仕返ししてやりたいけど!
マイカが自信なさげな表情で考え込んでいる間も、スリングはとなりで「データヲカクニンデキマセン」という言葉を呪文のように繰り返していた。
「あれはいったい何?」マイカがゾンビの巨顔を指差してスリングに言った。
「アナタノドンナシツモンニモハコタルコトハデキマセン」スリングはそう答える。
「これぐらいいいじゃない!冷たいロボット!」
マイカはそう言って、スリングから「ふんだ」と視線を逸らそうとした。
そのときだった――
突然、目のくらむような青い閃光が視野一杯にきらめき、その刹那、とてつもなく大きな爆発音がした。耳をつんざくような音にマイカは思わず「キャッ」と声を上げ、頭を抱えてしゃがみこんだ。
しばらくしても、ちょうど真上で雷でも鳴ったかというぐらいの爆音の余韻が、マイカには残っていた。塞いだ耳をゆっくり離して、爆発音が聞こえた方を見た。あの顔の中央がえぐれたゾンビのほうからだった。真っ黒い煙が巨大なゾンビを覆っている。
「な、な、何が起きたの!?」
マイカは顔面蒼白になりながら、もくもくと上がる黒煙に釘づけになった。その煙はこちらまで届きそうなぐらい大きく膨れ上がっていく。一瞬、マイカは半金属人間にされていたときの煙とそれが重なって見え、ひどい嫌悪感に苛まれた。
「またあの煙……!?」
マイカは呼吸が荒くなり、あたふたしてしまう。周りをキョロキョロと見渡して、逃げられる場所を探した。
「あった!」マイカは近くに左右開閉式の扉を見つける。
駆け寄って、ごく間近まで接近するが、ビクともしない。マイカは自動ドアだと思ったが、そうではなさそうだ。近くにボタンのようなものもない。マイカはますます焦る。
「これ、どうやったら開くの!?」ぴったりとついてきたスリングに訊いた。
「アナタノドンナシツモンニモ……」
スリングがそこまで言うと、マイカは後に続く言葉をかき消すように言う。
「ああそうですか!あなたに聞いた私が馬鹿でしたよ!」
マイカは煙の方に向きなおす。
すると、幾分か煙は薄くなっているようだった。そして、次第に目に見えて煙は晴れていったことで、マイカも徐々に落ち着きを取り戻した。その代わり、憎き怪物の顔が再びあらわになる。
「うわっ!」マイカは愕然とし、腰が抜けて座り込んでしまった。
怪物の顔は殻で覆われた部分が完全になくなり、自慢のハンマーヘッドすら消えていて、赤黒い肉の塊になっていた。たとえるならマグマのようだとマイカは思った。眼や鼻、口などは遠くからではどうなっているか分からない。というより、そんなものは分かりたくないとマイカは思った。とにかく、どう見ても、その怪物は甚大なダメージを負っているのは間違いなさそうだった。
「ほんっとに!何が起きているの?」マイカはへたり込みながら呟く。
マイカが悄然としている隣で、スリングは、何事もなかったようにマイカのデータを取得することに集中しているようだった。依然として「データヲカクニンデキマセン」と繰り返している。
時折、「データヲソウシンデキマセン」とも言うのだが、マイカはそんなことに、いちいち構っていられなかった。眼前で起こっている異様な事態のせいで、頭を整理するのに精一杯だ。
――やっぱりこの世界も、あれを倒そうとしているのかな?
あの鮮烈なコバルトブルーの光と爆発音は、かなり効果的であったであろうことは、あの怪物の無様な姿を見れば、誰の目から見ても明らかなはずだとマイカは思った。
この世界は、あの怪物を破壊する力をもっている。それを今、十二分に証明してくれた。
――私は必要なの?
もちろん、この世界のヒーローがあれを消滅させてくれるなら、それに越したことはない。できることなら、この目であの怪物が消滅するのを見届けて、安心して自分の世界に戻りたい。
しかし、マイカの心の奥底には、まだ言いようのない重苦しい不安が淀んでいた。
――しばらくここで様子を見るしかないか。
マイカは怪物の致命的な状態から、決着がつくまでそう長くないと、期待感を込めてそう判断した。立ち入り禁止だかなんだか知らないが、少しぐらい居ても平気だろうとマイカは強気な態度に出た。
――そういえば、時間……。
時間を確認しようと、マイカはブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
「あれ?スマホがない?」
マイカは、いつもスマートフォンをブレザーの右ポケットに入れていた。他のポケットに入れておくことはめったにないが、一応反対側のポケットも、スカートのポケットも、内ポケットまでも確認したが、やはり見つからなかった。
「スマホは……持ってこれなかったんだ……」
マイカはため息まじりにつぶやいた。時間を確認することができない。こんなところでネットが繋がるとは思えないので、持っていてもおそらく無駄なものだが、ないとなると少し心細かった。仮にネットに繋げたとしても、何の解決策にもならないだろうが。
辺りを見回しても時計らしきものはない。
――ここに来てから、たぶんまだ5分ぐらいしか経ってないと思うけど……。
不安が残りつつも、マイカの中では楽観的な気持ちの方が優勢だった。おそらく、あの怪物は1時間ももたないだろうと。根拠はあの損壊具合だ。
さっさと、二の矢、三の矢をぶつけて早々と決着をつけてほしかったが、一度目の爆撃からなかなか音沙汰がない。時間が1分、2分と過ぎていくのが、マイカの体感では10分ぐらいに感じられて、じれったかった。
――焦ることはないか。まだ時間は十分あるはず。
そう自身を落ち着かせるも、状況が何も掴めないというのも心もとない。
マイカはぐちゃぐちゃになったゾンビの顔など少しでも視界に入れたくなかったので、とぼとぼと歩きながら、元いた場所に戻っていった。
「データヲソウシンデキマセン」
スリングは相も変わらず、マイカの傍で、同じ言葉を繰り返している。
「ほんとにしつこいわね!」マイカはスリングを睨みつけた。
すると、マイカは睨みつけたスリング越しに、上空を移動して自身のほうに向かってくる物体をいくつか、視界の端に捉えた。
マイカは、そのままそちらのほうに目を向けた。
「な、なに!?なんかこっちにくる……!!」
周囲の暗さからその言葉には違和感があった。マイカは「こんばんは」の間違いでは?と思ったが、それよりも初めてこの世界でコミュニケーションがとれるものに出会えたことに驚いた。
「ワタシハ“スリング”トモウシマス。コチラサバカマトリウムロノセキュリティロボットデス。」とその球体のロボットが、人間の、どちらかというと小さな少年の声にかなり近い可愛らしい声で言った。「アナタハ?」
よく聞くと、その声にはまだなんとなく機械っぽさが残っていた。
「都……マイカ……です」マイカがぎこちなく答える。
スリングと名乗るそのロボットをよく見ると、前方の表面が透けている部分があり、その中にカメラのようなものが二つ見える。それがちょうど眼のようになっていて、顔みたいに見える。
そして、マイカはスリングの額に見覚えのある文字が記されているのを見つける。
「あっ!」とマイカは思わず口にした。
そこにはMIOと記されていた。フードの少女がいた場所にあった、壊れたタッチパネルにも同じ文字が記されていたのをマイカはよく覚えていた。
「ミヤコマイカサン、ヨロシク」とスリングが言う。
「こ、こちらこそ」マイカは怪訝そうに返した。
このロボットは意志の疎通ができるのだろうか。現実でも、ある程度言葉のキャッチボールができるロボットはいるが、パーフェクトとはまだ言えない。きっとこのロボットも、あいさつなど基本的な部分での会話能力しかもっていないのだろうとマイカは思った。
とにかく、ほんの少しでもコミュニケーションのとれそうな相手と出会えたのだから、それが機械ではあるが、情報をできるだけ仕入れよう。そうマイカは決めた。
「あの……」とマイカはウィーンウィーンとシャープな機械音を発しているスリングに声をかける。が、「えっと……」と何から聞こうか考えていると、スリングに先を越された。
「ザンネンデスガ、ミヤコマイカサン」とホタルは言った。マイカの声はホタルに負けてしまっていた。「コチラ、サバカマトリウムロハ、セキュアドメインホウダイニジュウヨンゴウガサダメルタチイリキンシクイキエーニシテイサレテイマス。」
想像以上に、目の前の機械がスラスラと言葉を発したので、マイカはややたじろいだ。
「どういうこと?ここに居てはいけないの?」マイカが訊く。
「アナタノコウドウハ、ホウレイニイハンシテイマス」
「ちょっと待って!私だって、こんなところに居たくて居るわけじゃない!」マイカは少し強い口調で言った。「なら、私を立ち入り禁止じゃないところまで案内してよ」
「ダメデス。エムアイオーニヨッテセイテイサレタホウレイハゲンカクニテキヨウサレナケレバナリマセン。タチイリキンシクイキデハッケンサレタジュウミンノカタハスベカラクミガラカクホノウエ、ジジョウチョウシュノタイショウトナルノデス」
「そんな!」
マイカは、フレンドリーに近寄ってきたと思えば、突然厳しいことを言うロボットだと思った。
「ここに立ち入った覚えはないんだけど!」
別に立ち入ったというわけではなく、最初からここにいたのだから自分は悪くないと、マイカは己の立場に自信をもっていた。しかし、実際はそこにいるのだから、やや分が悪いことも認識していた。
「アナタノジュウミンデータヲカクニンシ、サバカシブニソウシンシマス」
スリングはそう言うと、再び軽快な機械音をならし始めた。
「勝手にすればいいじゃない」
マイカは、反論するのがなんだか面倒で、やや苛立ちながら言い放った。
「データヲカクニンデキマセン」
スリングはそう言うと、マイカの周りをぐるぐると上下に動きながらゆっくり飛んだ。
「何?」マイカは不機嫌そうに言う。
しばらくすると、また「データヲカクニンデキマセン」とスリングは言う。それを何度か繰り返した。
「いったい、なんだっていうの?」マイカは鬱陶しがって、スリングから離れようと、回廊式バルコニーの反対側へと走った。
「ニゲテモムダデス」スリングはそう言いながら、逃げるマイカを追いかけた。その最中にも「データヲソウシンデキマセン」と繰り返し言っている。
「ついてこないで!私は無理矢理ここに連れてこられただけなんだから!」
マイカはしばらく走って、元いた場所のちょうど反対側まで来た。そして、ふと周りの景色に目をやったとき、マイカの足は止まった。
そして戦慄する。
「あれって……」マイカは声を震わせて言った。
整然と並ぶビルの谷間の先に、それらのビルと同じぐらいの高さにゾンビのような顔が垣間見えた。ちょうど顔の部分が、マイカのいる場所の高さにある。そう遠い距離ではない。そのおぞましい物体から、マイカはどす黒い空気の塊が波のように押し寄せてくるような感じがしてゾッとした。
マイカはすぐにそれから目線を外した。
しかし、そのおぞましい顔は、マイカの脳裏に一瞬で焼きついてしまった。顔全体は石膏のような固い殻で覆われているようで、中央がえぐられたように真っ黒な肉の部分がむき出しになっている。
そして何よりマイカの目を引いたのが、シュモクザメのように左右に出っ張った頭の形だ。
間違いない……。
影にしか見えなかった怪物が、その正体を現した瞬間だった。
マイカの両足は、ガタガタと小刻みに震えだす。せっかく取り戻した両足に頼りなさを感じながらも、遠くから放たれる悪意の波に逆らうように、再びそれを視界に収めた。自分に耐えがたい苦痛を、三度も与えた憎き敵が、視線の先にいる。
しかし、それがただならぬ様子であることにマイカは気付く。
「動いてない?」
肩から下は建物で隠れてよく見えないが、静止しているようだ。目を凝らして見ると、顔の至る部分に何か刺さっているようだが、それが何かはよく分からなかった。
「もしかして、私のやるべきことって……」
恐怖と怒りの感情が混ざり合う中で、マイカはひとつの考えが浮かんだ。そしてそれが、あまりに無謀な考えであったので、マイカはしょげ込んでしまう。
「まだ、あいつと戦えって言うの?」
そんなことできっこない。あんなものとどう立ち向かえばいいというのだろうか。スーパーヒーローじゃあるまいし。
「ヒーローか……」
自分の発したその言葉で、マイカはワイズの言葉を思い出した。
「私を必要としている……?」
作倉の言葉とワイズの言葉が、マイカの中でリンクして、不気味に絡み合った。しかし、すぐに頭の中で絡み合った二つの鉄線を振りほどいた。それは、あまりに勘繰り過ぎだとマイカは自分に言い聞かせながら。
――そりゃあ、できることなら、仕返ししてやりたいけど!
マイカが自信なさげな表情で考え込んでいる間も、スリングはとなりで「データヲカクニンデキマセン」という言葉を呪文のように繰り返していた。
「あれはいったい何?」マイカがゾンビの巨顔を指差してスリングに言った。
「アナタノドンナシツモンニモハコタルコトハデキマセン」スリングはそう答える。
「これぐらいいいじゃない!冷たいロボット!」
マイカはそう言って、スリングから「ふんだ」と視線を逸らそうとした。
そのときだった――
突然、目のくらむような青い閃光が視野一杯にきらめき、その刹那、とてつもなく大きな爆発音がした。耳をつんざくような音にマイカは思わず「キャッ」と声を上げ、頭を抱えてしゃがみこんだ。
しばらくしても、ちょうど真上で雷でも鳴ったかというぐらいの爆音の余韻が、マイカには残っていた。塞いだ耳をゆっくり離して、爆発音が聞こえた方を見た。あの顔の中央がえぐれたゾンビのほうからだった。真っ黒い煙が巨大なゾンビを覆っている。
「な、な、何が起きたの!?」
マイカは顔面蒼白になりながら、もくもくと上がる黒煙に釘づけになった。その煙はこちらまで届きそうなぐらい大きく膨れ上がっていく。一瞬、マイカは半金属人間にされていたときの煙とそれが重なって見え、ひどい嫌悪感に苛まれた。
「またあの煙……!?」
マイカは呼吸が荒くなり、あたふたしてしまう。周りをキョロキョロと見渡して、逃げられる場所を探した。
「あった!」マイカは近くに左右開閉式の扉を見つける。
駆け寄って、ごく間近まで接近するが、ビクともしない。マイカは自動ドアだと思ったが、そうではなさそうだ。近くにボタンのようなものもない。マイカはますます焦る。
「これ、どうやったら開くの!?」ぴったりとついてきたスリングに訊いた。
「アナタノドンナシツモンニモ……」
スリングがそこまで言うと、マイカは後に続く言葉をかき消すように言う。
「ああそうですか!あなたに聞いた私が馬鹿でしたよ!」
マイカは煙の方に向きなおす。
すると、幾分か煙は薄くなっているようだった。そして、次第に目に見えて煙は晴れていったことで、マイカも徐々に落ち着きを取り戻した。その代わり、憎き怪物の顔が再びあらわになる。
「うわっ!」マイカは愕然とし、腰が抜けて座り込んでしまった。
怪物の顔は殻で覆われた部分が完全になくなり、自慢のハンマーヘッドすら消えていて、赤黒い肉の塊になっていた。たとえるならマグマのようだとマイカは思った。眼や鼻、口などは遠くからではどうなっているか分からない。というより、そんなものは分かりたくないとマイカは思った。とにかく、どう見ても、その怪物は甚大なダメージを負っているのは間違いなさそうだった。
「ほんっとに!何が起きているの?」マイカはへたり込みながら呟く。
マイカが悄然としている隣で、スリングは、何事もなかったようにマイカのデータを取得することに集中しているようだった。依然として「データヲカクニンデキマセン」と繰り返している。
時折、「データヲソウシンデキマセン」とも言うのだが、マイカはそんなことに、いちいち構っていられなかった。眼前で起こっている異様な事態のせいで、頭を整理するのに精一杯だ。
――やっぱりこの世界も、あれを倒そうとしているのかな?
あの鮮烈なコバルトブルーの光と爆発音は、かなり効果的であったであろうことは、あの怪物の無様な姿を見れば、誰の目から見ても明らかなはずだとマイカは思った。
この世界は、あの怪物を破壊する力をもっている。それを今、十二分に証明してくれた。
――私は必要なの?
もちろん、この世界のヒーローがあれを消滅させてくれるなら、それに越したことはない。できることなら、この目であの怪物が消滅するのを見届けて、安心して自分の世界に戻りたい。
しかし、マイカの心の奥底には、まだ言いようのない重苦しい不安が淀んでいた。
――しばらくここで様子を見るしかないか。
マイカは怪物の致命的な状態から、決着がつくまでそう長くないと、期待感を込めてそう判断した。立ち入り禁止だかなんだか知らないが、少しぐらい居ても平気だろうとマイカは強気な態度に出た。
――そういえば、時間……。
時間を確認しようと、マイカはブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
「あれ?スマホがない?」
マイカは、いつもスマートフォンをブレザーの右ポケットに入れていた。他のポケットに入れておくことはめったにないが、一応反対側のポケットも、スカートのポケットも、内ポケットまでも確認したが、やはり見つからなかった。
「スマホは……持ってこれなかったんだ……」
マイカはため息まじりにつぶやいた。時間を確認することができない。こんなところでネットが繋がるとは思えないので、持っていてもおそらく無駄なものだが、ないとなると少し心細かった。仮にネットに繋げたとしても、何の解決策にもならないだろうが。
辺りを見回しても時計らしきものはない。
――ここに来てから、たぶんまだ5分ぐらいしか経ってないと思うけど……。
不安が残りつつも、マイカの中では楽観的な気持ちの方が優勢だった。おそらく、あの怪物は1時間ももたないだろうと。根拠はあの損壊具合だ。
さっさと、二の矢、三の矢をぶつけて早々と決着をつけてほしかったが、一度目の爆撃からなかなか音沙汰がない。時間が1分、2分と過ぎていくのが、マイカの体感では10分ぐらいに感じられて、じれったかった。
――焦ることはないか。まだ時間は十分あるはず。
そう自身を落ち着かせるも、状況が何も掴めないというのも心もとない。
マイカはぐちゃぐちゃになったゾンビの顔など少しでも視界に入れたくなかったので、とぼとぼと歩きながら、元いた場所に戻っていった。
「データヲソウシンデキマセン」
スリングは相も変わらず、マイカの傍で、同じ言葉を繰り返している。
「ほんとにしつこいわね!」マイカはスリングを睨みつけた。
すると、マイカは睨みつけたスリング越しに、上空を移動して自身のほうに向かってくる物体をいくつか、視界の端に捉えた。
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