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クワイエット・テラー
マイカ、捕縛さる Ⅴ
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「えっ?」
このレインという少年は、自分の地位を犠牲にしてまで、私を助けてくれるのではないか。そんな希望をたった今抱き始めていただけに、マイカは愕然とする。
カーラたちも、キョトンとした。レインがこの突如現れた謎の侵入者を庇うそぶりを見せていたので、彼らはてっきり邪魔されていると思い込んでいた。カーラは気を取り直してレインに言う。
「だ、だったら、援護は必要ないわ。ここはアタシたちに任せて、おまえはさっさと持ち場に戻りな!」
「そういうわけにはいきません」とレインはぴしゃりと返した。「ただ俺はフェミニストなだけなんです。あなた方に任せると、この女性がどんなひどい目に会うかわかりません。ここは俺に任せてください」
レインは、カーラたちに分からないように、マイカに小さくウインクをした。マイカは、その何かしらの合図をしっかりとキャッチした。
「まったく、勝手なやつね」
カーラは深いため息をつき、少し考えてからレインに言った。
「まあいい。本部に護送するのはアンタに任せてやる。しかし、事情聴取はアタシたちが行うわ。アンタはとっとと最前線に戻れ。いいわね?」
「いいですとも」レインは感情のこもっていない返事をした。
アガツが納得いかない様子でカーラに詰め寄り、諌めるように言う。
「いいんですか!?あいつにあんな勝手を許して!」
「言ったって聞かないでしょ~?」カーラは面倒くさそうに小声で答えた。「とりあえず、サバカ支部まで護送するくらいはさせてやれば気が済むわよ。そしたら追い出すまで」
レインは、「さあ」と言って、マイカを抱きかかえようとして、腰に手を回そうとする。
「自分で立つから。」
マイカはレインの気遣いを拒否し、右足以外の全身に力を入れて、なんとか立ち上がった。右足はほとんど力が入らなく、プルプルと暴れるように震えていて、ほとんど左足で上半身を支えていた。
「ワスプを足に受けて、立ち上がれるなんてタフだねー」
レインは、今度はマイカの左腕をそっと自分の肩に回した。まだこの少年を信用しているわけではないが、マイカもさすがに歩くのは1人では困難だと感じたので、不本意ながらもそれを黙って受け入れた。
「さあ、行きましょうか」
レインがそういうと、アガツが不愉快そうにして、レインとマイカの前に立ちはだかった。マイカは、ビクッとした。マイカは、先ほど雑に頭を掴んできたこの男にひどく嫌悪感を抱いていた。
アガツは、レインをじっと睨みつけた。
「これを忘れるな」
アガツは、自分やクニトが、マイカの首にとりつけるのが叶わなかった、あの小型の機器をレインの顔の前に差し出した。
「僕がやります。貸してください」と言って、レインはアガツから、奪い取るようにしてその機器を受け取った。
レインは一度、マイカの腕を自分の肩から離して、マイカに自分の正面を向かせた。そして、レインはやや真剣な表情で「少しだけ、我慢してくれよ」と言った。そして、機器を持った手をマイカの喉元まで伸ばした。マイカは、思わず体を仰け反らせる。
「痛くないから大丈夫。」とレインはヒソヒソ声で囁いた。「もうちょっとしたら外してあげるよ、安心して」
マイカは、顎を引いて顔を後ろへ引っ込めたまま、不安そうな眼差しでレインを見つめた。レインは、にっこりと微笑んでいる。マイカは、じっとこちらを見張っているあの冷酷な連中よりはマシだと思い、レインを信じて顎を上にあげた。レインは、機器をマイカの喉元にピタッとつけた。
金属の表面がマイカの喉に触れて、少しひんやりとした感触を覚えたのとほぼ同時に、機器が作動した。ランプが灯り、ピッという電子音が鳴る。すると、機器の片方の側面から光の線が放射され、それがマイカの首を瞬く間に一周してもう片方の側面に入っていった。そうしてできた光の輪は、チョーカーのようになっていた。
マイカは何が起こったのか分からず、慌てて自分の首の前後左右を両手で触れてみた。自分の首に巻かれた光のチョーカーに触れるが、それは指を透過してしまうので、マイカは自分の首に何をされたか分からなかった。ただ、機器は喉にぴったりと張りついているのだけは分かった。
「どう?痛くないでしょ?」レインが聞いた。
確かに痛みは全く感じなかった。
「これ……、なに?」
マイカはあたふたしながら言った。
「これはフェターと言って、取り付けられた人の運動能力を最低限まで落としてしまう装置だよ。今、君の首には、たぶん見えないだろうけど、光の輪が一周している。逮捕された人は一時的にこれをはめなきゃいけない決まりなんだよ」
レインはマイカを不安にさせない様に、穏やかな口調で説明する。そして、再びマイカの腕を自分の肩に回した。
マイカはポカンとしていた。
――手錠じゃなくて首輪?しかも光って?つけただけで運動能力が落ちるってそんなことありえるの?
次々と疑問が浮かんでくる。特に締め付けられている感覚はないし、運動能力が落ちたとも思えなかった。そもそも、こんな手負いの状態で体を自由に動かすなんてできないじゃないか。いずれにしろ、マイカには拘束されているという実感もなかった。
その様子を見ていたアガツが、ブツブツと仲間に何かを言っている。
「おい、あいつバカじゃないのか?いちいち、あんな丁寧に説明してやがる。」
「あぁ、しらきってるに決まっているのにな。フェターのことなんざ、俺んとこのおチビさんでも知ってるぜ?」仲間の一人が応じた。
「気味悪いよ。ここはとりあえず、レインに任せておいたほうがいいのかもな。」
カーラが、ざわざわしている部下たちを怒鳴りつけるように言った。
「グズグズするんじゃないわよ!さっさとそいつを連行するのよ!」
アガツたちはおしゃべりをやめて、慌てて、彼らが乗ってきた平たい飛行物体にむかって走り出した。レインとマイカもゆっくりと同じ方向に向かう。
平たい飛行物体は1台増えていた。レインが乗ってきたものであろう。レインのプロテクターと同様に、レインのものと思われるその1台だけ、形と色が微妙に異なっていた。
「大丈夫かい?しっかり歩ける?」レインが相変わらず苦悶の表情を浮かべているマイカを気遣って言う。
「大丈夫です。それよりさっきの合図……」
「い、いやぁ、本当に大変な目にあったねぇ!」
レインがマイカの言葉をさえぎるようにわざと大きな声で言った。その視線の先には、レインの機体の前で仁王立ちするカーラの姿があった。すでにカーラの部下たちは皆、各々の機体に乗り込んでいる。
カーラがレインに向かって言う。
「今から、サバカ支部に戻り、早速その小娘の事情聴取を行う。アンタはアタシたちの後に続いてちょうだい」
「了解です」
レインは、マイカを自分の機体の後部座席に乗せた。固そうなシートであったが、座ってみると案外柔らかく、快適だった。それに、その平たい外見から窮屈かと思われたが、乗ってみればそれほど狭くは感じなかった。
レインは自らも、操縦席に乗り込む。すると、操縦席についているらしいスピーカーから、カーラの声が聞こえてきた。発進の準備が出来た者から、行けとのことであった。
「さあ、行くよ!」
レインは楽しそうだ。しかし、マイカはあることがどうしても気になって、レインに「ちょっと待って!」と言った。
「これ、ドアないけど大丈夫?」
この機体に限らず、マイカの見た6台全部が、側面にドアのようなものがついているようには見えなかった。これでは飛んでいる最中に、外に放り出されてしまうのではないかとマイカは思った。
「あぁ、大丈夫だよ。」
レインはクスクスと笑いながら答えた。そして、エンジンを入れた。しかし、エンジン音などは聞こえず、静かに浮かび上がった。マイカは、思わず操縦席のシートにしがみついた。
「え?本当に大丈夫なの!?シートベルトもないみたいだし!」
「シートベルト?」レインはキョトンとして言った。「……まぁ大丈夫だって。」
レインはマイカの反応がおかしかった。レインからしてみれば、こんなものは、この世界の住民なら誰でも一度は乗ったことがあるはずなのだから。
マイカのほうは、未知の乗り物に乗れてワクワクするどころか、下を向いてビクビクしていた。もう右足の痛みはあまり意識して感じられないほどに。ジェットコースターに初めて乗った時でもこんな不安な気持ちにならなかっただろうと思った。
「エアリアルクルーズを怖がるなんてこれはいよいよ本物だな。」
レインが独り言のように呟いた。この平たい機体はエアリアルクルーズという名前らしい。マイカは、そんなことより、下を向いたまま目を瞑り、操縦席のシートにしがみつくのに精一杯だった。しがみついていないと、外に放り出されてしまうに違いないとマイカは思っていた。
「こういう種類の乗り物には慣れていないの?」
レインが聞いた。
「慣れていないどころか、初めてよ!」
マイカの声は少し裏返っていた。
「ひょっとして目を開けられないとか?」
「しょうがないでしょ!だってこれ、スカスカなんだもん」マイカは少し怒ったように言う。
「大丈夫だって。実際、風は入ってきていないでしょ?」
マイカは、言われてみれば本当にスカスカだったら突風が中に轟々と入ってくるはずだが、そんなことは全くないのでおかしいと思った。
マイカは、少しずつ目を開いた。
「うわあ!」
側面の隙間から、先ほど立っていたあのバルコニーが十数メートルぐらい下にあるのが見えた。
「と、飛んでる!」マイカは、エアリアルクルーズがあまりに静かに動くので、その時になってやっと飛行している実感を味わった。
「そりゃあ飛んでいるさ!」
レインの声ははつらつとしている。
マイカは、操縦席のシートにしがみついたまま、顔を起こして前を向いた。
「すごい……。」
エアリアルクルーズの天井にまで広がるフロントガラスの先には、夜空が広がっていた。下方には明かりが灯らないビルの数々が暗闇に立ち並んでいる。そこも十分に高い位置であったが、もっと高い、空を突き抜けるような高層建築物群もあった。まるでバベルの塔ともいうべき天空都市を築いている。
フロントガラスには、スピードや高度のようなメーターから、ナビゲーションシステムまであらゆる情報が映し出されており、それらの文字や数字、マップの線が暗闇で強調されていた。
「なんだかSFの世界に来たみたい。漫画の中に入り込んじゃったのかな?」
マイカは、ボーっと外を見つめる。知らない景色に、見たことも聞いたこともない飛ぶ乗り物。夢を見ているにしては、自分の想像力をはるかに超えた世界がそこにはあった。
マイカは、再び側面の大きな穴が視界に入ると、我に返った。そして、レインに言う。
「本当に大丈夫なの!?落ちたりしない?」
「しつこいなあ」とレインは相変わらず面白がって言った。「だったら、試しに自分から飛び出してみればいいじゃない?」
「そんなことできるわけないじゃない!」マイカは真顔で言い返した。
「いいから!信用してよ。きっと大丈夫だから。飛び出そうとしなくても、腕だけでも外に出してごらん。」
「それもこわいよ!」
「思ったより臆病なんだなぁ」レインはわざと残念がるような声を出した。
「臆病って……ねぇ!」
マイカは安っぽい挑発に乗るのは癪であったが、そこまで言われたら、やってやろうという気になった。
「わかった。とりあえず手だけ……」
おそるおそる左手を機体の側面にできている無の空間に伸ばした。右手は操縦席のシートにしがみついたままだ。
「あれ?」
本来ドアがあるべきところまで、左手の中指が達すると、そこにクッションがあるかのように跳ね返った。マイカは何度も試して見たが、見えないクッションのようなものに優しく跳ね返された。
「これって……」
その感触には身に覚えがあった。先ほどまでいた、あの馬鹿でかい建物のバルコニーの縁にも備え付けられていたシステムと同じだ。
「そういうことだったのね……」
マイカは、ひとまず安心して、操縦席にしがみついていた手を放し、自分が腰かける後部座席のシートにどっかりと沈むように座った。
気を張ってばかりで、もうずっとリラックスできていなかった。このときようやく、一休みできる気がした。疲れきって上の空でいると、レインがニヤニヤしながら、後部座席をちらっとだけ振り返って言った。
「現実の世界では、こんな乗り物はないのかな?」
脱力していたマイカは、レインのその言葉に、適当に返事をしようとした。しかし、よく考えてみれば、それは重要な言葉であることに気づき、一気に体を起こして再び操縦席のシートにしがみついた。
「あなた!私がこの世界の人間じゃないってわかるの!?」
マイカは食い入るように言った。
「うん。」とレインは小さく頷いた。「分かるよ。君がデウス・アグナの遣いだってことも。」
このレインという少年は、自分の地位を犠牲にしてまで、私を助けてくれるのではないか。そんな希望をたった今抱き始めていただけに、マイカは愕然とする。
カーラたちも、キョトンとした。レインがこの突如現れた謎の侵入者を庇うそぶりを見せていたので、彼らはてっきり邪魔されていると思い込んでいた。カーラは気を取り直してレインに言う。
「だ、だったら、援護は必要ないわ。ここはアタシたちに任せて、おまえはさっさと持ち場に戻りな!」
「そういうわけにはいきません」とレインはぴしゃりと返した。「ただ俺はフェミニストなだけなんです。あなた方に任せると、この女性がどんなひどい目に会うかわかりません。ここは俺に任せてください」
レインは、カーラたちに分からないように、マイカに小さくウインクをした。マイカは、その何かしらの合図をしっかりとキャッチした。
「まったく、勝手なやつね」
カーラは深いため息をつき、少し考えてからレインに言った。
「まあいい。本部に護送するのはアンタに任せてやる。しかし、事情聴取はアタシたちが行うわ。アンタはとっとと最前線に戻れ。いいわね?」
「いいですとも」レインは感情のこもっていない返事をした。
アガツが納得いかない様子でカーラに詰め寄り、諌めるように言う。
「いいんですか!?あいつにあんな勝手を許して!」
「言ったって聞かないでしょ~?」カーラは面倒くさそうに小声で答えた。「とりあえず、サバカ支部まで護送するくらいはさせてやれば気が済むわよ。そしたら追い出すまで」
レインは、「さあ」と言って、マイカを抱きかかえようとして、腰に手を回そうとする。
「自分で立つから。」
マイカはレインの気遣いを拒否し、右足以外の全身に力を入れて、なんとか立ち上がった。右足はほとんど力が入らなく、プルプルと暴れるように震えていて、ほとんど左足で上半身を支えていた。
「ワスプを足に受けて、立ち上がれるなんてタフだねー」
レインは、今度はマイカの左腕をそっと自分の肩に回した。まだこの少年を信用しているわけではないが、マイカもさすがに歩くのは1人では困難だと感じたので、不本意ながらもそれを黙って受け入れた。
「さあ、行きましょうか」
レインがそういうと、アガツが不愉快そうにして、レインとマイカの前に立ちはだかった。マイカは、ビクッとした。マイカは、先ほど雑に頭を掴んできたこの男にひどく嫌悪感を抱いていた。
アガツは、レインをじっと睨みつけた。
「これを忘れるな」
アガツは、自分やクニトが、マイカの首にとりつけるのが叶わなかった、あの小型の機器をレインの顔の前に差し出した。
「僕がやります。貸してください」と言って、レインはアガツから、奪い取るようにしてその機器を受け取った。
レインは一度、マイカの腕を自分の肩から離して、マイカに自分の正面を向かせた。そして、レインはやや真剣な表情で「少しだけ、我慢してくれよ」と言った。そして、機器を持った手をマイカの喉元まで伸ばした。マイカは、思わず体を仰け反らせる。
「痛くないから大丈夫。」とレインはヒソヒソ声で囁いた。「もうちょっとしたら外してあげるよ、安心して」
マイカは、顎を引いて顔を後ろへ引っ込めたまま、不安そうな眼差しでレインを見つめた。レインは、にっこりと微笑んでいる。マイカは、じっとこちらを見張っているあの冷酷な連中よりはマシだと思い、レインを信じて顎を上にあげた。レインは、機器をマイカの喉元にピタッとつけた。
金属の表面がマイカの喉に触れて、少しひんやりとした感触を覚えたのとほぼ同時に、機器が作動した。ランプが灯り、ピッという電子音が鳴る。すると、機器の片方の側面から光の線が放射され、それがマイカの首を瞬く間に一周してもう片方の側面に入っていった。そうしてできた光の輪は、チョーカーのようになっていた。
マイカは何が起こったのか分からず、慌てて自分の首の前後左右を両手で触れてみた。自分の首に巻かれた光のチョーカーに触れるが、それは指を透過してしまうので、マイカは自分の首に何をされたか分からなかった。ただ、機器は喉にぴったりと張りついているのだけは分かった。
「どう?痛くないでしょ?」レインが聞いた。
確かに痛みは全く感じなかった。
「これ……、なに?」
マイカはあたふたしながら言った。
「これはフェターと言って、取り付けられた人の運動能力を最低限まで落としてしまう装置だよ。今、君の首には、たぶん見えないだろうけど、光の輪が一周している。逮捕された人は一時的にこれをはめなきゃいけない決まりなんだよ」
レインはマイカを不安にさせない様に、穏やかな口調で説明する。そして、再びマイカの腕を自分の肩に回した。
マイカはポカンとしていた。
――手錠じゃなくて首輪?しかも光って?つけただけで運動能力が落ちるってそんなことありえるの?
次々と疑問が浮かんでくる。特に締め付けられている感覚はないし、運動能力が落ちたとも思えなかった。そもそも、こんな手負いの状態で体を自由に動かすなんてできないじゃないか。いずれにしろ、マイカには拘束されているという実感もなかった。
その様子を見ていたアガツが、ブツブツと仲間に何かを言っている。
「おい、あいつバカじゃないのか?いちいち、あんな丁寧に説明してやがる。」
「あぁ、しらきってるに決まっているのにな。フェターのことなんざ、俺んとこのおチビさんでも知ってるぜ?」仲間の一人が応じた。
「気味悪いよ。ここはとりあえず、レインに任せておいたほうがいいのかもな。」
カーラが、ざわざわしている部下たちを怒鳴りつけるように言った。
「グズグズするんじゃないわよ!さっさとそいつを連行するのよ!」
アガツたちはおしゃべりをやめて、慌てて、彼らが乗ってきた平たい飛行物体にむかって走り出した。レインとマイカもゆっくりと同じ方向に向かう。
平たい飛行物体は1台増えていた。レインが乗ってきたものであろう。レインのプロテクターと同様に、レインのものと思われるその1台だけ、形と色が微妙に異なっていた。
「大丈夫かい?しっかり歩ける?」レインが相変わらず苦悶の表情を浮かべているマイカを気遣って言う。
「大丈夫です。それよりさっきの合図……」
「い、いやぁ、本当に大変な目にあったねぇ!」
レインがマイカの言葉をさえぎるようにわざと大きな声で言った。その視線の先には、レインの機体の前で仁王立ちするカーラの姿があった。すでにカーラの部下たちは皆、各々の機体に乗り込んでいる。
カーラがレインに向かって言う。
「今から、サバカ支部に戻り、早速その小娘の事情聴取を行う。アンタはアタシたちの後に続いてちょうだい」
「了解です」
レインは、マイカを自分の機体の後部座席に乗せた。固そうなシートであったが、座ってみると案外柔らかく、快適だった。それに、その平たい外見から窮屈かと思われたが、乗ってみればそれほど狭くは感じなかった。
レインは自らも、操縦席に乗り込む。すると、操縦席についているらしいスピーカーから、カーラの声が聞こえてきた。発進の準備が出来た者から、行けとのことであった。
「さあ、行くよ!」
レインは楽しそうだ。しかし、マイカはあることがどうしても気になって、レインに「ちょっと待って!」と言った。
「これ、ドアないけど大丈夫?」
この機体に限らず、マイカの見た6台全部が、側面にドアのようなものがついているようには見えなかった。これでは飛んでいる最中に、外に放り出されてしまうのではないかとマイカは思った。
「あぁ、大丈夫だよ。」
レインはクスクスと笑いながら答えた。そして、エンジンを入れた。しかし、エンジン音などは聞こえず、静かに浮かび上がった。マイカは、思わず操縦席のシートにしがみついた。
「え?本当に大丈夫なの!?シートベルトもないみたいだし!」
「シートベルト?」レインはキョトンとして言った。「……まぁ大丈夫だって。」
レインはマイカの反応がおかしかった。レインからしてみれば、こんなものは、この世界の住民なら誰でも一度は乗ったことがあるはずなのだから。
マイカのほうは、未知の乗り物に乗れてワクワクするどころか、下を向いてビクビクしていた。もう右足の痛みはあまり意識して感じられないほどに。ジェットコースターに初めて乗った時でもこんな不安な気持ちにならなかっただろうと思った。
「エアリアルクルーズを怖がるなんてこれはいよいよ本物だな。」
レインが独り言のように呟いた。この平たい機体はエアリアルクルーズという名前らしい。マイカは、そんなことより、下を向いたまま目を瞑り、操縦席のシートにしがみつくのに精一杯だった。しがみついていないと、外に放り出されてしまうに違いないとマイカは思っていた。
「こういう種類の乗り物には慣れていないの?」
レインが聞いた。
「慣れていないどころか、初めてよ!」
マイカの声は少し裏返っていた。
「ひょっとして目を開けられないとか?」
「しょうがないでしょ!だってこれ、スカスカなんだもん」マイカは少し怒ったように言う。
「大丈夫だって。実際、風は入ってきていないでしょ?」
マイカは、言われてみれば本当にスカスカだったら突風が中に轟々と入ってくるはずだが、そんなことは全くないのでおかしいと思った。
マイカは、少しずつ目を開いた。
「うわあ!」
側面の隙間から、先ほど立っていたあのバルコニーが十数メートルぐらい下にあるのが見えた。
「と、飛んでる!」マイカは、エアリアルクルーズがあまりに静かに動くので、その時になってやっと飛行している実感を味わった。
「そりゃあ飛んでいるさ!」
レインの声ははつらつとしている。
マイカは、操縦席のシートにしがみついたまま、顔を起こして前を向いた。
「すごい……。」
エアリアルクルーズの天井にまで広がるフロントガラスの先には、夜空が広がっていた。下方には明かりが灯らないビルの数々が暗闇に立ち並んでいる。そこも十分に高い位置であったが、もっと高い、空を突き抜けるような高層建築物群もあった。まるでバベルの塔ともいうべき天空都市を築いている。
フロントガラスには、スピードや高度のようなメーターから、ナビゲーションシステムまであらゆる情報が映し出されており、それらの文字や数字、マップの線が暗闇で強調されていた。
「なんだかSFの世界に来たみたい。漫画の中に入り込んじゃったのかな?」
マイカは、ボーっと外を見つめる。知らない景色に、見たことも聞いたこともない飛ぶ乗り物。夢を見ているにしては、自分の想像力をはるかに超えた世界がそこにはあった。
マイカは、再び側面の大きな穴が視界に入ると、我に返った。そして、レインに言う。
「本当に大丈夫なの!?落ちたりしない?」
「しつこいなあ」とレインは相変わらず面白がって言った。「だったら、試しに自分から飛び出してみればいいじゃない?」
「そんなことできるわけないじゃない!」マイカは真顔で言い返した。
「いいから!信用してよ。きっと大丈夫だから。飛び出そうとしなくても、腕だけでも外に出してごらん。」
「それもこわいよ!」
「思ったより臆病なんだなぁ」レインはわざと残念がるような声を出した。
「臆病って……ねぇ!」
マイカは安っぽい挑発に乗るのは癪であったが、そこまで言われたら、やってやろうという気になった。
「わかった。とりあえず手だけ……」
おそるおそる左手を機体の側面にできている無の空間に伸ばした。右手は操縦席のシートにしがみついたままだ。
「あれ?」
本来ドアがあるべきところまで、左手の中指が達すると、そこにクッションがあるかのように跳ね返った。マイカは何度も試して見たが、見えないクッションのようなものに優しく跳ね返された。
「これって……」
その感触には身に覚えがあった。先ほどまでいた、あの馬鹿でかい建物のバルコニーの縁にも備え付けられていたシステムと同じだ。
「そういうことだったのね……」
マイカは、ひとまず安心して、操縦席にしがみついていた手を放し、自分が腰かける後部座席のシートにどっかりと沈むように座った。
気を張ってばかりで、もうずっとリラックスできていなかった。このときようやく、一休みできる気がした。疲れきって上の空でいると、レインがニヤニヤしながら、後部座席をちらっとだけ振り返って言った。
「現実の世界では、こんな乗り物はないのかな?」
脱力していたマイカは、レインのその言葉に、適当に返事をしようとした。しかし、よく考えてみれば、それは重要な言葉であることに気づき、一気に体を起こして再び操縦席のシートにしがみついた。
「あなた!私がこの世界の人間じゃないってわかるの!?」
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