34 / 44
クワイエット・テラー
デウス・アグナの遣い Ⅳ
しおりを挟む
「ちょっと、飛ばしすぎじゃない!?」
レインは、ビルの谷間を恐ろしいほどのスピードで飛行していた。後部座席に腰をかけたマイカの体はシートベルトがなくても安定しているが、レインがビルに接触しそうなぐらいスレスレなコース取りをしていたため、恐怖感は否応なく襲ってきた。
「こんなのまだまだ!」レインは余裕の笑みを浮かべて言った。「俺はこいつのテクニックで、SOMMEに抜擢されたんだ。あっという間にクライマックスの現場に連れて行ってあげるよ!」
マイカは時間の心配をするものの、1番大事なことをまだ知らなかった。とりあえず、あの怪物の所に向かってくれてはいるが、そこに行ったところで自分に何ができるのだろうか。
「でも、私、何もできる気がしないよ……」
マイカの口元は小刻みに震えていた。
「そうかな?」レインはハンドルを細かく左右に振りながら言った。「行ってなければ分からないよ。もしかしたら、根絶者を前にしたら、能力を発揮できるかもしれないよ」
「そんな無責任な……」
マイカは憂鬱そうにして、黙り込んでしまうと、レインはマイカの気分が沈んでしまわないように、なんとか励まそうと努めた。
「大丈夫だって!俺はマイカならなんとかしてくれる気がする」
「……根拠は?」
「根拠はないけど。とにかく、そんな感じがするんだよ。自分で言うのもなんだけど、俺の勘はよく当たると思うんだ」
自信をもってそう言うが、レインは後方から冷たい視線をひしひしと感じた。
「もしダメだったとして……、君がソートエッジを見捨てて、現実世界へと去ってしまうとしても、少なくとも俺は君を恨まないよ。軽蔑もしない。俺たちの最後の希望として、根絶者に立ち向かってくれた。その事実だけで、俺は悔いなく死ねるさ」
レインはシビアなハンドル操作が要求されればされるほど饒舌になった。マイカは、その立ち向かうことすらできるのか自信がなかった。いざ、あの怪物と対峙したら、逃げ出してしまうのではないかと臆病になっていた。
「根絶者っていうのはあの怪物のことだよね?」
マイカは敵に関する情報を少しでも多く仕入れておきたかった。
「そうだよ。根絶者のこともよく知らないの?」
「う……うん。」マイカは申し訳なさそうに答えた。「あれは一体何なの?」
「根絶者は、リトリーバルの気運が高まって産まれた」
「リトリーバル?」
「ここの住民が、現実世界に戻ろうっていう運動だよ」
「戻るって……」マイカは驚いた。「ここに住んでいる人たちって、もともと現実世界にいたの?」
「本当に何も知らないんだな」レインが不思議そうにつぶやいた。
「俺たちの先祖は現実世界から200年ほど前にソートエッジに移り住んだ。そして、彼らは現実世界に戻ることなく、世代を受け継いでいき、やがて俺たちがこの世界で生まれた。だから、今ここに住んでいる人たちは皆、現実世界に実体を持っていない」
――200年前って……この人たちの先祖は江戸時代の人なの?
にわかには信じられない話だ。そもそもそんなことは聞いたことがない。仮にそうであったとしても、200年でこれだけテクノロジーが進むなんて考えられない。
――話半分に聞いておけばいいか。
マイカはフロントガラスのまだだいぶ向こう側に、通せんぼするようにビルが立ち並んでいるのが見えた。どうやらT字路になっているらしい。暗くて距離感がつかめなかったせいか、気が付いたらビルはすぐ目の前にあった。
「ぶつかる!」
マイカは悲鳴をあげた。しかし、悲鳴をあげている最中にも、レインはほぼ直角に曲がったのではないかというぐらい強引なコーナリングでT字路をクリアした。
マイカの体はとうとう遠心力でシートの上をごろごろ転がった。見えないクッションのおかげで体は痛くはなかったが、体はヘナヘナになってしまってすぐには動けなかった。
「大丈夫!?」レインがぐったりするマイカに声をかけた。
「死ぬかと思った」マイカは体を起こしながら言った。「なるべく安全運転でお願い」
「俺にとっては安全運転だよ。でも、もうあとは簡単な道だからさ。安心してよ」
「あなたに殺されてしまわないか心配になってきた」
マイカは一息ついて、元の話題に戻した。200年前うんぬんはともかく――
「それで実際問題、現実世界に戻るなんてできるの?」
「どう考えたって、難しいよね。現実世界に実体がないのに、どうやって戻ればいいのやら。でも、MIOはこのリトリーバル政策を積極的に推し進めたんだ。」
「MIO……」
マイカはMIOという言葉に反応した。その謎のアルファベット3文字は、3人の美女の夢にも出現する。マイカにとってはある意味、馴染みのあるワードだ。レインは説明不足に気づき、すぐに付け足した。
「MIOってのはこの島、ソートエッジの管理団体だよ。俺たちの先祖がここに移住してからずっとこの世界の統治者はMIOだ」
「ふうん」
マイカはそんな薄いリアクションで応答したが、よく考えてみると、レインの短い言葉には重要な情報がたくさん盛り込まれていることに気付いた。
まず、やはり、この世界が島であったこと。マイカは、作倉に初めてこの世界に導かれた時、すでにこの場所が海に囲まれている小さな島であることを知っていた。これにより、今さらながら、ここが夢で見た世界だという確信が強くなった。
そして、この島……すなわちこの世界がソートエッジという名前であるということ。さらに、MIOという謎のアルファベット3文字の意味まで。
「MIOってそういう意味だったんだ」
そう言うものの、マイカには、その言葉が何らかの組織の名前であるというのは、この世界に降り立ってからは、至る所で見られたのでなんとなく予想はついていた。
「根絶者とそのリトリーバルにはどういう関係があるの?」
「リトリーバルは本来、ここの住民が抱いてはいけない思想だったんだ。だから、そんな思想がはびこったこの島を破壊するために、根絶者は誕生したんだって言われているよ。」
レインは丁寧に説明しているつもりであったが、マイカにとっては疑問が次々と湧いてくる。
「なぜここの人たちは現実世界に戻りたいの?ここはとても便利で何不自由なく暮らせそうだけど?どちらかというと理想郷のように見えるわ」
「案外それが分からないもんさ。君はこの世界を完璧みたいにいうけど、俺たちにとってはこれが当たり前なんだ。……君たちが完璧な世界を追い求める一方で、俺たちは不完全な世界を追い求めているのかもしれないね」
「哲学的ね」マイカは腑に落ちない様子だった。
「それにここは狭すぎる。人口も増えてきて、窮屈になってきているんだ。広大な大地を求めて飛び出していきたいっていう気持ち、分かるだろう?」
「まぁ……」マイカは気の抜けた返事をした。
「MIOに住民がたぶらかされているってのもあるかもしれない。もちろん、リトリーバルに反対する声も少数派だが、根強く存在する。この世界に居続けたいってね。それがレジデュアルという連中だ」
マイカは、その言葉をレインの上司カーラが言っていたのを思い出した。
「レジデュアルってさっき……」
「そうそう。そのレジデュアルって連中の中には、自分たちとは正反対の思想を咎める根絶者を、崇拝すべきだとしている過激な奴らも多い。で、その過激派の奴らが暴れ出したもんだから、うちの支部も応援に行ったってわけ」
「なんかゴチャゴチャしてきた!」
マイカはレインの言ったことを整理しようとしたが、半分も理解できていなかった。なんとか分かったことといえば、あの怪物は根絶者と呼ばれていて、MIOというこの世界の統治者が推進した、現実世界に戻ろうとする思想に怒って現れた、ということぐらいだった。それにこの世界の事情など分かったところで、その根絶者を倒すには全く役に立たないように思われた。
「ずいぶんかいつまんで説明したからね。混乱するのも無理はないよ!」
マイカはハア~と大きなため息をついた。
「俺からもひとつ聞いていいかな?」とレインは言った。「実のところ、君たちのいる現実世界は今どうなっているんだい?」
「どうなっているって?」マイカが聞き返した。
「この島のテクノロジーにずいぶん驚いているけど、マイカの生きている日本はここに比べてどう?」
「私の住んでいるところは、こんな大都市な感じじゃない。むしろ恥ずかしいぐらい田舎だよ。こんな高いビルなんてないし、空飛ぶ車もないし、固形物の飲み物なんてのもないよ」
レインはしばらく黙り、「そうか。」と言った。その反応が、マイカには不可解だった。意外とでも言うのだろうか。それとも案の定とでも思ったのか。
「あなたはどう思っていたの?」
「想像もつかないな。俺は想像力に乏しいからな。」レインが照れくさそうに言った。「でも俺たちはまだ見ぬ現実の世界に夢を抱いているんだ。この島の住民それぞれが現実世界に対して独自のイメージを抱いている」
「ここに比べたら、そんな大したものじゃないかもよ。こんなこと、現実世界から来た私が言うのもなんだけど。」
マイカは現実世界を代表して言っているようで、何だか気が引けた。
「これはヨタ話なんだけど」とレインは言った。「俺たちの祖先がこの島に移住した直後、現実世界はカタストロフィを迎え、人間は大勢死に、ひどく大地は荒廃し、今も復興に尽力しているだろうって説もあるんだ。もちろん、そんなおとぎ話、誰も信じてやいないけどね。」
マイカは何のことやら全く意味がわからなかった。
「カタストロフィ?なんのこと?」
「デウス・マトリの予言したカタストロフィだよ。ナインアーティクルズっていうやつ。知らないの?」
マイカはまた「デウス」という言葉が出てきて、うんざりした。マイカは突っぱねるように「知らない」と答えた。
「歴史をもっと勉強した方がいいな」レインはあざ笑うかのように言った。「でも、マイカを見ていると、現実世界は良い世界なんじゃないかって思えてきたよ」
「そうね。私は早く現実世界に帰りたいって思ってるよ」
レインはクルーズの高度をだんだんと上げていった。マイカはそれを体で感じて、とっさにレインの座っている操縦席を両手でがっしり掴んだ。
「さあ、もうすぐ見えてくるよ!この世界に終焉をもたらす怪物が!」
レインは気持ちが高ぶって、ハンドルを握る手に力が入った。
「ずいぶん楽しそうじゃない」
「そりゃあそうさ!この島で、君の真の存在に気づいているのはまだ俺以外誰もいないんだ!こんな痛快なことはないよ!」
そう言って、レインとマイカは地上に敷きつめられたビル群から抜け出し、遮るものがない夜陰の大空に舞い上がった。スピードがさらにグングンと上がっていく。
マイカは、結局この世界のことがよく分からなかった。荒廃していると思っている現実世界に戻りたい人たちと戻りたくないからと言ってあんな怪物を崇拝する人たちが混在する世界。
――こんな変な世界だったなんて。
マイカはもやもやしたまま戦場に向かう。
レインは、ビルの谷間を恐ろしいほどのスピードで飛行していた。後部座席に腰をかけたマイカの体はシートベルトがなくても安定しているが、レインがビルに接触しそうなぐらいスレスレなコース取りをしていたため、恐怖感は否応なく襲ってきた。
「こんなのまだまだ!」レインは余裕の笑みを浮かべて言った。「俺はこいつのテクニックで、SOMMEに抜擢されたんだ。あっという間にクライマックスの現場に連れて行ってあげるよ!」
マイカは時間の心配をするものの、1番大事なことをまだ知らなかった。とりあえず、あの怪物の所に向かってくれてはいるが、そこに行ったところで自分に何ができるのだろうか。
「でも、私、何もできる気がしないよ……」
マイカの口元は小刻みに震えていた。
「そうかな?」レインはハンドルを細かく左右に振りながら言った。「行ってなければ分からないよ。もしかしたら、根絶者を前にしたら、能力を発揮できるかもしれないよ」
「そんな無責任な……」
マイカは憂鬱そうにして、黙り込んでしまうと、レインはマイカの気分が沈んでしまわないように、なんとか励まそうと努めた。
「大丈夫だって!俺はマイカならなんとかしてくれる気がする」
「……根拠は?」
「根拠はないけど。とにかく、そんな感じがするんだよ。自分で言うのもなんだけど、俺の勘はよく当たると思うんだ」
自信をもってそう言うが、レインは後方から冷たい視線をひしひしと感じた。
「もしダメだったとして……、君がソートエッジを見捨てて、現実世界へと去ってしまうとしても、少なくとも俺は君を恨まないよ。軽蔑もしない。俺たちの最後の希望として、根絶者に立ち向かってくれた。その事実だけで、俺は悔いなく死ねるさ」
レインはシビアなハンドル操作が要求されればされるほど饒舌になった。マイカは、その立ち向かうことすらできるのか自信がなかった。いざ、あの怪物と対峙したら、逃げ出してしまうのではないかと臆病になっていた。
「根絶者っていうのはあの怪物のことだよね?」
マイカは敵に関する情報を少しでも多く仕入れておきたかった。
「そうだよ。根絶者のこともよく知らないの?」
「う……うん。」マイカは申し訳なさそうに答えた。「あれは一体何なの?」
「根絶者は、リトリーバルの気運が高まって産まれた」
「リトリーバル?」
「ここの住民が、現実世界に戻ろうっていう運動だよ」
「戻るって……」マイカは驚いた。「ここに住んでいる人たちって、もともと現実世界にいたの?」
「本当に何も知らないんだな」レインが不思議そうにつぶやいた。
「俺たちの先祖は現実世界から200年ほど前にソートエッジに移り住んだ。そして、彼らは現実世界に戻ることなく、世代を受け継いでいき、やがて俺たちがこの世界で生まれた。だから、今ここに住んでいる人たちは皆、現実世界に実体を持っていない」
――200年前って……この人たちの先祖は江戸時代の人なの?
にわかには信じられない話だ。そもそもそんなことは聞いたことがない。仮にそうであったとしても、200年でこれだけテクノロジーが進むなんて考えられない。
――話半分に聞いておけばいいか。
マイカはフロントガラスのまだだいぶ向こう側に、通せんぼするようにビルが立ち並んでいるのが見えた。どうやらT字路になっているらしい。暗くて距離感がつかめなかったせいか、気が付いたらビルはすぐ目の前にあった。
「ぶつかる!」
マイカは悲鳴をあげた。しかし、悲鳴をあげている最中にも、レインはほぼ直角に曲がったのではないかというぐらい強引なコーナリングでT字路をクリアした。
マイカの体はとうとう遠心力でシートの上をごろごろ転がった。見えないクッションのおかげで体は痛くはなかったが、体はヘナヘナになってしまってすぐには動けなかった。
「大丈夫!?」レインがぐったりするマイカに声をかけた。
「死ぬかと思った」マイカは体を起こしながら言った。「なるべく安全運転でお願い」
「俺にとっては安全運転だよ。でも、もうあとは簡単な道だからさ。安心してよ」
「あなたに殺されてしまわないか心配になってきた」
マイカは一息ついて、元の話題に戻した。200年前うんぬんはともかく――
「それで実際問題、現実世界に戻るなんてできるの?」
「どう考えたって、難しいよね。現実世界に実体がないのに、どうやって戻ればいいのやら。でも、MIOはこのリトリーバル政策を積極的に推し進めたんだ。」
「MIO……」
マイカはMIOという言葉に反応した。その謎のアルファベット3文字は、3人の美女の夢にも出現する。マイカにとってはある意味、馴染みのあるワードだ。レインは説明不足に気づき、すぐに付け足した。
「MIOってのはこの島、ソートエッジの管理団体だよ。俺たちの先祖がここに移住してからずっとこの世界の統治者はMIOだ」
「ふうん」
マイカはそんな薄いリアクションで応答したが、よく考えてみると、レインの短い言葉には重要な情報がたくさん盛り込まれていることに気付いた。
まず、やはり、この世界が島であったこと。マイカは、作倉に初めてこの世界に導かれた時、すでにこの場所が海に囲まれている小さな島であることを知っていた。これにより、今さらながら、ここが夢で見た世界だという確信が強くなった。
そして、この島……すなわちこの世界がソートエッジという名前であるということ。さらに、MIOという謎のアルファベット3文字の意味まで。
「MIOってそういう意味だったんだ」
そう言うものの、マイカには、その言葉が何らかの組織の名前であるというのは、この世界に降り立ってからは、至る所で見られたのでなんとなく予想はついていた。
「根絶者とそのリトリーバルにはどういう関係があるの?」
「リトリーバルは本来、ここの住民が抱いてはいけない思想だったんだ。だから、そんな思想がはびこったこの島を破壊するために、根絶者は誕生したんだって言われているよ。」
レインは丁寧に説明しているつもりであったが、マイカにとっては疑問が次々と湧いてくる。
「なぜここの人たちは現実世界に戻りたいの?ここはとても便利で何不自由なく暮らせそうだけど?どちらかというと理想郷のように見えるわ」
「案外それが分からないもんさ。君はこの世界を完璧みたいにいうけど、俺たちにとってはこれが当たり前なんだ。……君たちが完璧な世界を追い求める一方で、俺たちは不完全な世界を追い求めているのかもしれないね」
「哲学的ね」マイカは腑に落ちない様子だった。
「それにここは狭すぎる。人口も増えてきて、窮屈になってきているんだ。広大な大地を求めて飛び出していきたいっていう気持ち、分かるだろう?」
「まぁ……」マイカは気の抜けた返事をした。
「MIOに住民がたぶらかされているってのもあるかもしれない。もちろん、リトリーバルに反対する声も少数派だが、根強く存在する。この世界に居続けたいってね。それがレジデュアルという連中だ」
マイカは、その言葉をレインの上司カーラが言っていたのを思い出した。
「レジデュアルってさっき……」
「そうそう。そのレジデュアルって連中の中には、自分たちとは正反対の思想を咎める根絶者を、崇拝すべきだとしている過激な奴らも多い。で、その過激派の奴らが暴れ出したもんだから、うちの支部も応援に行ったってわけ」
「なんかゴチャゴチャしてきた!」
マイカはレインの言ったことを整理しようとしたが、半分も理解できていなかった。なんとか分かったことといえば、あの怪物は根絶者と呼ばれていて、MIOというこの世界の統治者が推進した、現実世界に戻ろうとする思想に怒って現れた、ということぐらいだった。それにこの世界の事情など分かったところで、その根絶者を倒すには全く役に立たないように思われた。
「ずいぶんかいつまんで説明したからね。混乱するのも無理はないよ!」
マイカはハア~と大きなため息をついた。
「俺からもひとつ聞いていいかな?」とレインは言った。「実のところ、君たちのいる現実世界は今どうなっているんだい?」
「どうなっているって?」マイカが聞き返した。
「この島のテクノロジーにずいぶん驚いているけど、マイカの生きている日本はここに比べてどう?」
「私の住んでいるところは、こんな大都市な感じじゃない。むしろ恥ずかしいぐらい田舎だよ。こんな高いビルなんてないし、空飛ぶ車もないし、固形物の飲み物なんてのもないよ」
レインはしばらく黙り、「そうか。」と言った。その反応が、マイカには不可解だった。意外とでも言うのだろうか。それとも案の定とでも思ったのか。
「あなたはどう思っていたの?」
「想像もつかないな。俺は想像力に乏しいからな。」レインが照れくさそうに言った。「でも俺たちはまだ見ぬ現実の世界に夢を抱いているんだ。この島の住民それぞれが現実世界に対して独自のイメージを抱いている」
「ここに比べたら、そんな大したものじゃないかもよ。こんなこと、現実世界から来た私が言うのもなんだけど。」
マイカは現実世界を代表して言っているようで、何だか気が引けた。
「これはヨタ話なんだけど」とレインは言った。「俺たちの祖先がこの島に移住した直後、現実世界はカタストロフィを迎え、人間は大勢死に、ひどく大地は荒廃し、今も復興に尽力しているだろうって説もあるんだ。もちろん、そんなおとぎ話、誰も信じてやいないけどね。」
マイカは何のことやら全く意味がわからなかった。
「カタストロフィ?なんのこと?」
「デウス・マトリの予言したカタストロフィだよ。ナインアーティクルズっていうやつ。知らないの?」
マイカはまた「デウス」という言葉が出てきて、うんざりした。マイカは突っぱねるように「知らない」と答えた。
「歴史をもっと勉強した方がいいな」レインはあざ笑うかのように言った。「でも、マイカを見ていると、現実世界は良い世界なんじゃないかって思えてきたよ」
「そうね。私は早く現実世界に帰りたいって思ってるよ」
レインはクルーズの高度をだんだんと上げていった。マイカはそれを体で感じて、とっさにレインの座っている操縦席を両手でがっしり掴んだ。
「さあ、もうすぐ見えてくるよ!この世界に終焉をもたらす怪物が!」
レインは気持ちが高ぶって、ハンドルを握る手に力が入った。
「ずいぶん楽しそうじゃない」
「そりゃあそうさ!この島で、君の真の存在に気づいているのはまだ俺以外誰もいないんだ!こんな痛快なことはないよ!」
そう言って、レインとマイカは地上に敷きつめられたビル群から抜け出し、遮るものがない夜陰の大空に舞い上がった。スピードがさらにグングンと上がっていく。
マイカは、結局この世界のことがよく分からなかった。荒廃していると思っている現実世界に戻りたい人たちと戻りたくないからと言ってあんな怪物を崇拝する人たちが混在する世界。
――こんな変な世界だったなんて。
マイカはもやもやしたまま戦場に向かう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる