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クワイエット・テラー

合流/発火 Ⅲ

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 レインはフロントガラスにバックモニターを表示させた。そして、そこに映されていたものを見て、レインはマイカの前で初めて表情を曇らせ、深いため息をついた。

「あ~ぁ、見つかっちゃったみたいだな」

 レインとマイカの乗るエアリアルクルーズの後方に、型の異なるエアリアルクルーズがさらに4台ぴったりと付いてきていた。そちらのほうが、若干サイズが大きいように思われた。そして、各々フロントバンパーの部分にMIOの文字があった。

「MIOだって!味方なの?」

「まぁ味方っちゃ、味方だよ」レインは冷めた表情で言った。

「私たち追われているの!?」

「そうみたいだね」

「私、また捕まっちゃうの?」

「捕まったらデートが終わっちゃうだろ?」

 レインは強がってみせたものの、顔は真剣そのものだった。クルーズのスピードに緩急をつけながら追手を撒こうと試みる。マイカは操縦席につかまりながら、後方をいちいち確認する。謎の追走集団もレインの加速にしっかりと対応してきた。レインの逃げは何度もあっさりと捕まってしまう。

「ぜんっぜん追いつかれてるけど!」マイカは煽るように言った。

「そりゃあ、あちらのクルーズはフラッグシップ機だからね。俺は強いマシンが嫌いなんだよ!」

 そう言って、レインは直角にカーブし、進行方向を変えながら下降し、イサゴージュの起こした粉塵の中へと隠れた。

「どんなもんだい!」

 レインは得意げな顔で小さくガッツポーズをした。

「ちょっと待ってよ!味方なんでしょ?あなた、逃げて大丈夫なの!?」マイカがレインを気遣う。

「う~ん」とレインは得意の少し考えるそぶりを見せる。しかし、マイカには、これまで数十分いっしょにいただけなのに、実際は何も考えていないのだとなんとなく分かった。

「大丈夫かどうかって言われたら大丈夫じゃないかなあ」

 はっきりしない答えをするレインにマイカは改めて頼りなさを感じた。

「あなたの立場が悪くならないか心配してあげてるのよ!」

「心配無用だよ!」レインはクルーズを今度は一転上昇させた。

「俺たち2人が主役なんだから!外野に邪魔されてたまるか!」

 粉塵を突破して再び視界が開けてきた。

 しかし、その瞬間レインの表情が歪んだ。レインたちが乗るクルーズと同時に左右2台ずつフラッグシップ機のクルーズがぴったり並走していたのである。マイカは呑気にも「うわあ」と感嘆の声を上げた。

「しつこい連中だな!」

 レインは何度もハンドルを切り、進行方向を変えては急加速する運転を繰り返し、追手を振り払おうとした。これまでで1番荒い運転であったが、見事にレインの動きに正確に対応してきて、全く引きちぎれる感じはしなかった。

「もう……あきらめたら?」マイカは目を回しながら言った。

 レインはマイカに失望されたように感じ、スピードを緩めてしまった。

「やっぱりテクニックじゃどうにもならないか。機材の差は大きいな」

 レインは心から落胆しているようであった。しかし、その落胆はただ単に逃げ切れなかったことに対するものではなかったようにマイカは思えた。

 マイカはふとレインから視線を外すと、左側に並走している、現実世界で言えばミニバンぐらいの大きさのクルーズから、1人のメガネをかけた女性がドアのところに立って身を乗り出して何か叫んでいるのに気づいた。その女性は、マイカにとってクラスメイトのみどりを彷彿とさせる容姿であった。

「なんか言ってるよ!」

 マイカは左側を指差しながら、レインに言った。俯いていたレインは顔を起こし、マイカが指差した方を見た。

「ミソノだ」

「あなたのお仲間?」

「ああ、そうだよ。怒ってるみたいだな。ちょっとインレスを一部解除するよ」

 レインがインレスのセキュリティレベルを1段階下げると、ミソノの声がマイカの耳にも届いた。

「レイン・ファリナ!もう逃げられないわよ!観念して、大人しく我々に従いなさい!」

 レインは無表情のまま大声で叫ぶ。

「はいはい、わかってます。観念しますよっ!」
 
 ミソノは、後部シートで困惑した表情のマイカと目が合った。ミソノはメガネをずり上げてマイカにも声をかける。

「あなたがデウスの使者、イセリックですね!お待ちしておりました!我々MIOに協力していただきたく思います!」

 マイカはキョトンとした。レインは無言のままムスッとしていた。

「あなたと同じこと言ってる。」

「そうだね」レインは笑みをこぼしながらも残念そうに言った。「俺はもう特別な存在じゃなくなっちゃったみたいだね……」

 マイカは寂しそうなレインの後ろ姿を見て、何か声をかけてあげたかったが、マイカにはこういう時何といえばよいか適切な言葉が見つからなかった。

「レイン・ファリナ!」ミソノの大きな声がまた飛んできた。「ビャクシンタワーのグリーンテラスに誘導するから!ついてきなさい!」

 ミソノがクルーズの中に引っ込むと、4台のクルーズはそのままレインたちを追い越し、イサゴージュの進行方向の先にあるパラタイン放送局のツインタワーに向かって飛んでいった。カーチェイスの間に、根絶者は思っていた以上に歩みを進めていた。レインはこれ以上抵抗することなく、4台のクルーズの後を追った。

「私はどうなっちゃうの?」

 マイカはおどおどとしながら、レインに訊ねた。

「大丈夫。悪いようにはされないさ。あの人たちもきっと君を救世主だと思ってるはずだ。少なくとも君がここに来たばっかりにされたような仕打ちを受けることはないよ」

「あなたはどうなっちゃうの?」

「俺の心配をしてる場合じゃないだろう?」

 レインはそう言ったきり、黙り込んでしまった。

 パラタイン放送局のグリーンテラスは、高層ビルの中層階に設けられた広場であった。西洋風の庭園のような作りになっていて、ライヴイベントが行われるかのようなステージも敷設されていた。

 SOMMEのクルーズ4台が駐車すると、レインも少し離れた広場の端に近いところに駐車した。すぐにレインと全く同じプロテクターをつけた人間が大勢でレインのクルーズの前に立ちはだかった。

 レインがまず先にクルーズから出た。そして、機内で外に出るのをためらっているマイカに優しく手を差し出した。マイカはレインの手をとって、外に出る。

 SOMMEの隊員たちはすかさず銃を構える。マイカはギョッとして、反射的にレインの背後に隠れた。しかし、銃口が向けられた先は明らかにレインに集中していた。

「ずいぶんな扱いだなぁ」

 レインは不機嫌そうに両手をあげた。レインが一様に銃を構えるSOMMEの隊員をざっと眺めると、ミソノもそこにいた。ミソノは冷たい目でレインを睨みつけていた。

「そんな目で見るなよ。俺は今までいつだって君の忠告に従って来ただろ?一度冒険に出たぐらいで俺に銃を向けるのか」

 ミソノの目から涙が滲んだ。ミソノは感情を押し殺して叫んだ。

「そちらの女性を渡しなさい!」

 レインは目を閉じて、ふぅっとため息をつき、ミソノたちに背を向けた。そして、マイカに言った。

「短かったけど、君とデートできて楽しかったよ」

 マイカはどうしたらいいかわからず困惑した表情で、レインの顔をただ黙って見つめていた。このとき、銃を構え続けるSOMMEの隊員たちの後ろから遅れて、武装していないひとりの大柄な男が現れた。副指揮官ヒクマ・ターラントだ。ヒクマは銃を降ろすよう部下たちに命令する。

 レインはマイカを残して、クルーズの操縦席に乗り込んだ。

「じゃあ、マイカ」そう言ってレインは、もじもじしているマイカに微笑んだ。「いつかまた会おう」

 レインはクルーズのエンジンを入れる。同時にインレスが作動した。クルーズが浮かび上がり始めると、マイカは声を振り絞って、絶体絶命的状況にあった自分をここまで導いてきてくれたその少年の名を呼んだ。

「レイン!ありがとう!」

 インレスが作動していたので、その声が届いたかどうかは定かではなかったが、マイカは照れ臭そうにしているレインの表情を確認することができた。レインのクルーズはそのまま空高く舞い上がり、どこかへ飛んでいった。

 マイカはレインのクルーズが見えなくなると、すぐそこまで迫ってきている根絶者の方に視線をやった。ゆっくりと、だが確実にマイカとイサゴージュの差は詰まっていた。マイカは不思議とその禍々しい姿を直視できるようになっていた。

「もう怖くない。ここまで来たんだから」

 マイカはそう自分に言い聞かせた。
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