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クワイエット・テラー
合流/発火 Ⅴ
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上空での爆発は、アラヤが操縦するスーペルから放たれた小型のレーザー砲がイサゴージュに直撃したことによるものだった。イサゴージュはよろめき、その歩みは一時、停止したように見える。
絶体絶命のピンチを切り抜けたことで、ミソノも胸をなでおろし、「ルミナさん!」と両手を広げて迎えた。
レーザーはイサゴージュの頭部を直撃し、できた傷から橙色の体液が滴った。アラヤはイサゴージュが怯んでいる隙に、すかさず二の矢、三の矢を浴びせる。イサゴージュからすれば大したダメージではないであろうが、ほんの少しの足止めにはなった。
――ん……
マイカは度重なる爆発音で、我に返り、ヒクマの腕の中にいることに気づいた。辺りは灰色のセメントのようなものが飛び散った跡があった。
――なにこれ……
マイカはすぐに状況を飲みこめなかったが、とりあえずこのビルは、無傷であるようだ。ただ、皆慌ただしく上空を見上げている。マイカも抱きかかえられたまま顔を上げた。
視線の先に浮遊している、もう見慣れたそれは、エアリアルクルーズのようだ。今まで見たものとそれほど代わり映えしないが、なぜかそれだけは特別な存在感を放ち、格好よく見えた。
「あれは?」
マイカがヒクマに訊いた。
「おお気づいたか!」ヒクマははつらつとして答えた。「俺たちの大将が到着したんだよ」
――大将?
マイカは首をかしげる。
「このおじさんじゃないんだ」
ヒクヒクと収縮している上腕二頭筋の上で、マイカそうつぶやいた。
「なんか言ったか?」
ヒクマは聞き捨てならない言葉を耳にしたような気がしたが、それを追求するような状況でもなかったので、適当にやり過ごした。
「そういえば!」とマイカはハッとして言った。「あ、あいつは!?」
ヒクマがクルッと回れ右して、マイカにイサゴージュの方を向かせた。
「なんとかそこで踏みとどまってくれてるよ」
イサゴージュは、頭部からマグマのような血を流してたたずんでいる。マイカはきっとあの上空のかっこいい機体のおかげなんだと察した。
――みんな、あの乗り物を見て目を輝かせている。よっぽど頼りになる人なのかな。その大将さんって。
マイカは、自分を抱きかかえているこの筋骨隆々の大男が大将でないなら、あれに乗っているのはどれだけゴツい男なんだと思った。サバカ支部のリーダー、カーラのこともあり、マイカはなんとなく嫌な予感がしてきた。
――それにしても、そんな人が来たからといって、この状況がどうにかなるっていうの?だったらその人が倒せばいいじゃない。
マイカは不信感を募らせながら、レーザー砲を収納しながら降下してくるスーぺルをただ見つめていた。
スーペルがグリーンテラスに着陸すると、中央の大きな空洞から後部座席に二人の乗員が見えた。まず、アラヤがひょいと外に出てきた。
――あの理科系のひょろっちい男がこの人たちを束ねる大将?
マイカは頼りなく感じた。
「よっぽど頭がきれるのね。腕っ節はあまりよくなさそうだけど」
マイカは不満げに言った。
「アンタは余計なこと考えなくていい。しっかり休んでいてくれ!」
ヒクマはこの局面で間違いなく主役である存在に対して、ぞんざいに言い放った。
――だったらもっと優しく抱きかかえてくれてもいいのに。
マイカは脱力し、真下をじっと見つめる。すると、ミソノの「ルミナさん!」という、自分に話すときとはまるでちがうトーンの高い声が聞こえてきた。細身の男が出てきたクルーズの方へ駆けつけていったようだ。
――ルミナ?女の人?
マイカは再び顔をひょいと上げた。気の強そうなミソノがあんな作ったような声で駆けつけていく存在とはどんなか興味があった。そのぐらい軽い、興味本位の気持ちであった。
――ウソでしょ……?
それだけに、目に飛び込んできた人物は、魂がわしづかみにされるほどの衝撃をマイカに与えることになった。異様に胸は高鳴り、その激しい鼓動が感動によるものだと自覚する前にマイカは叫ぶ。
「金髪のお姉さん!」
マイカはヒクマの鍛え上げられた肉体から解き放たれようとジタバタ暴れだした。ヒクマは何事かと思い、必死で落とさないよう支えたが、マイカはそれ以上の力で暴れた。
「おい!どうしたんだ!」
「金髪のお姉さん!金髪のお姉さん!」マイカは取り憑かれたようにそう何度も叫んだ。
気が狂ったように暴れるので、ヒクマはとうとうマイカから手を離してしまった。マイカは地べたにバタンと勢いよく倒れる。疲労も体の痛みも、もう全く残っていないかのように、すぐにムクッと立ち上がった。
しかし、立ち上がることができても、嬉しさのあまり足が震えて思うように前へ動かせない。視線の先で、眩しいほどのブロンドヘアーが風になびいている。間違いない。憧れの人が手の届くところにいる。
ルミナもすぐにマイカの姿を捉えた。確かに出で立ちを見る限り、ソートエッジの住民ではなさそうだと感じた。ルミナはマイカに微笑みかける。マイカもそれに気づき、涙を目に溢れさせ満面の笑みを浮かべた。
「夢みたい……!」
マイカはこのとき久しぶりに、心から笑えた。背後には差し迫る絶望、正面にはまばゆい希望、マイカはそのちょうど真ん中にいた。マイカは足の震えが止まらないまま走り出す。つっかえ、転び、不恰好ながらも着実に憧れの存在に近づいていった。
「金髪のお姉さん!会えた!信じられない!」
そうつぶやきながら。周りに控えるSOMMEの隊員は、まるで這うようにルミナの方へ一直線に走っていくマイカを、唖然としながら見守っていた。
ミソノとアラヤは尋常じゃない様子で迫ってくるマイカに対して、反射的にルミナを守るように身構える。
「大丈夫」
ルミナが構えを解くように言い、2人の前に出た。
「あの子はまぎれもなく、イセリックよ。きっとソートエッジを救ってくれる」
マイカは、ルミナまであと少しのところで両の足をもつれさせ、思い切り転んでしまった。だが、そのぐらい今のマイカにはなんでもなかった。
手をついて体を起こし、顔をあげると、ルミナがしゃがんで、微笑みながら手を差し伸べてくれていた。マイカは目を見開いてみせ、涙が堰を切ったように流れた。
「金髪のお姉さん」
泣きじゃくりながらマイカはルミナをそう呼んだ。これまでそう呼んできたように。
「ルミナ・エデレンと言います。」
ルミナは丁寧に名乗った。
「ルミナさん……」
マイカにとって、夢がかなった瞬間であった。確かに今は夢を見ているのかもしれないが、それでも嬉しかった。名前も聞けた。マイカは一度鼻をすすって自分も名乗った。
「マイカです!私、ミヤコ・マイカっていいます!」
「マイカさん」
ルミナもマイカの名を呼んだ。マイカは自分の名が呼ばれた瞬間、ようやく憧れの人と繋がることができたのだと実感できた。
しかし、マイカは差し出された真っ白で細くて綺麗な手のひらに触れることすら躊躇われた。自分のような未完成な人間が、このようなまばゆくて直視できないぐらい美しい人に触れていいものかと――
それでも憧れの人の好意を無駄にするなど恐れ多いことだと、マイカは照れくさそうにルミナの手のひらに自分の手をそっと置いた。
すると、ルミナから「あっ」という声が漏れる。マイカの指の先から暖かさを感じた。ルミナがそれに気付いたときには、マイカの中で大きな変化が起きていた。
「マイカさん、これは?」
マイカの指先には白い光が見えた。マイカはルミナに触れた瞬間、体を巡る血が沸騰したかのように全身が熱くなっていくのを強く感じた。マイカは立ちあがれずに、再びうずくまり、うめき声を上げ始めた。
「マイカさん、しっかりして!」
ルミナは両手でぎゅっとマイカの右手を掴んだ。ルミナは一瞬にして、そこに火傷を負うぐらいの熱が発していると分かったが、顔が苦痛で歪みながらも決してその手を離そうとはしなかった。
ミソノがルミナの様子におかしいのに気付く。
「ルミナさん!ちょっと手が!……焼けてる!?」
ミソノは慌てて、マイカを引き離そうとする。しかし、強くその手を繋いで離さないのがむしろルミナの方だと分かると、血の気が引いた。ルミナは「大丈夫」と一言、ミソノに言った。痛みが顔に出ないように、必死でこらえていた。
やがて、白い光はマイカの全身からもほとばしった。
「お、おお!おお!さっきの光だ!」とヒクマはぎこちなく笑いながら叫んだ。
SOMMEのメンバーたちも歓喜の声をあげる。アラヤは訳が分からずただポカンとその様子を見守っていた。ミソノは一旦、二人から離れ、アラヤに青ざめた顔のまま言う。
「すごい……。あれがイセリックの力…ルミナさんがあの白い光を呼び起こしたんですよ……」
しかし、それだけにとどまらなかった。マイカの白い光はやがて濃い紫色に染まり、火柱となって轟々と空中に舞い上がった。
「なんじゃこりゃ……」ヒクマは立ち上る紫色の炎に圧倒され、半笑いで思わず一歩、二歩と後ずさりした。
「嘘でしょう?さっきとケタが違うわ……」
ミソノは息を呑んだ。他の者たちもその圧巻の光景に目を見張った。
マイカはおもむろに顔を上げる。ルミナが心配そうな顔で見つめている。そして、まだ自分の手をしっかりと握ってくれている。大いなる安心感に包まれてマイカの苦しみはだいぶ軽減されていた。だが、マイカはそのルミナの両手を見て仰天し、急いで離した。
「ルミナさん!て、て、手が!」
マイカは顔をこわばらせて言った。ルミナの白くて細い手のひらは、もう見る影もなかった。赤黒く染まり、腫れでいびつに膨らんでいた。マイカはその変わり果ててしまった両手を見て、再び涙が溢れて止まらなくなった。
「私のせいで……!ルミナさんこんなに……!」
マイカはまっすぐルミナの顔を見た。ルミナは何事もなかったように、相変わらず温かい微笑みをマイカに投げかける。
「大丈夫よ」
そう言って、ルミナは火傷を負った両手で、むせび泣くマイカを自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。紫の炎はなおマイカの全身から煌々とあふれ出ていたが、不思議ともうそれは人を傷つけるようには熱くなかった。
マイカはルミナの胸でひたすら泣いた。触れてはいけないと思うぐらい美しい人を、自分の手で汚してしまった。その自責の念でマイカはこの炎が自分を焼き尽くしてくれればと思った。しかし、ルミナがそんなマイカの気持ちを察したかのように、耳元で囁いた。
「私もあなたを絶対に守る。だからあなたも私たちを守って」
マイカは、泣きじゃくっているせいで、かろうじて「は…は…!」としか声を発することができない。それでも、マイカの気持ちは十分ルミナに伝わっていたであろう。
マイカは心の底からルミナの力になりたいと思った。その思いが強ければ強くなるほど、炎は天へと竜のように飛翔した。
だが、マイカは闘う姿勢を忘れて、その心地よさに酔いしれていた。マイカはずっとルミナの胸の中にいれればと願う。完全に周りの音を遮断し、理想の世界に入り込んでいた。そのせいで、ミソノの恐怖感に満ちた悲痛な叫び声すら届かなかった。
「危ない!ルミナさん!」
ルミナが気づいたときには、もうイサゴージュはその腕を天高く振り上げていた。前進する以外の挙動を全く見せなかったイサゴージュがその時初めて攻撃的な所作を見せたのである。
その振りあげられた拳は、おそらくマイカに向けられたものだろう。イサゴージュは紫の炎に照らされ、気づいてしまった。仕留めきれなかった宿敵がそこにいるのを――
絶体絶命のピンチを切り抜けたことで、ミソノも胸をなでおろし、「ルミナさん!」と両手を広げて迎えた。
レーザーはイサゴージュの頭部を直撃し、できた傷から橙色の体液が滴った。アラヤはイサゴージュが怯んでいる隙に、すかさず二の矢、三の矢を浴びせる。イサゴージュからすれば大したダメージではないであろうが、ほんの少しの足止めにはなった。
――ん……
マイカは度重なる爆発音で、我に返り、ヒクマの腕の中にいることに気づいた。辺りは灰色のセメントのようなものが飛び散った跡があった。
――なにこれ……
マイカはすぐに状況を飲みこめなかったが、とりあえずこのビルは、無傷であるようだ。ただ、皆慌ただしく上空を見上げている。マイカも抱きかかえられたまま顔を上げた。
視線の先に浮遊している、もう見慣れたそれは、エアリアルクルーズのようだ。今まで見たものとそれほど代わり映えしないが、なぜかそれだけは特別な存在感を放ち、格好よく見えた。
「あれは?」
マイカがヒクマに訊いた。
「おお気づいたか!」ヒクマははつらつとして答えた。「俺たちの大将が到着したんだよ」
――大将?
マイカは首をかしげる。
「このおじさんじゃないんだ」
ヒクヒクと収縮している上腕二頭筋の上で、マイカそうつぶやいた。
「なんか言ったか?」
ヒクマは聞き捨てならない言葉を耳にしたような気がしたが、それを追求するような状況でもなかったので、適当にやり過ごした。
「そういえば!」とマイカはハッとして言った。「あ、あいつは!?」
ヒクマがクルッと回れ右して、マイカにイサゴージュの方を向かせた。
「なんとかそこで踏みとどまってくれてるよ」
イサゴージュは、頭部からマグマのような血を流してたたずんでいる。マイカはきっとあの上空のかっこいい機体のおかげなんだと察した。
――みんな、あの乗り物を見て目を輝かせている。よっぽど頼りになる人なのかな。その大将さんって。
マイカは、自分を抱きかかえているこの筋骨隆々の大男が大将でないなら、あれに乗っているのはどれだけゴツい男なんだと思った。サバカ支部のリーダー、カーラのこともあり、マイカはなんとなく嫌な予感がしてきた。
――それにしても、そんな人が来たからといって、この状況がどうにかなるっていうの?だったらその人が倒せばいいじゃない。
マイカは不信感を募らせながら、レーザー砲を収納しながら降下してくるスーぺルをただ見つめていた。
スーペルがグリーンテラスに着陸すると、中央の大きな空洞から後部座席に二人の乗員が見えた。まず、アラヤがひょいと外に出てきた。
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マイカは頼りなく感じた。
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マイカは不満げに言った。
「アンタは余計なこと考えなくていい。しっかり休んでいてくれ!」
ヒクマはこの局面で間違いなく主役である存在に対して、ぞんざいに言い放った。
――だったらもっと優しく抱きかかえてくれてもいいのに。
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――ルミナ?女の人?
マイカは再び顔をひょいと上げた。気の強そうなミソノがあんな作ったような声で駆けつけていく存在とはどんなか興味があった。そのぐらい軽い、興味本位の気持ちであった。
――ウソでしょ……?
それだけに、目に飛び込んできた人物は、魂がわしづかみにされるほどの衝撃をマイカに与えることになった。異様に胸は高鳴り、その激しい鼓動が感動によるものだと自覚する前にマイカは叫ぶ。
「金髪のお姉さん!」
マイカはヒクマの鍛え上げられた肉体から解き放たれようとジタバタ暴れだした。ヒクマは何事かと思い、必死で落とさないよう支えたが、マイカはそれ以上の力で暴れた。
「おい!どうしたんだ!」
「金髪のお姉さん!金髪のお姉さん!」マイカは取り憑かれたようにそう何度も叫んだ。
気が狂ったように暴れるので、ヒクマはとうとうマイカから手を離してしまった。マイカは地べたにバタンと勢いよく倒れる。疲労も体の痛みも、もう全く残っていないかのように、すぐにムクッと立ち上がった。
しかし、立ち上がることができても、嬉しさのあまり足が震えて思うように前へ動かせない。視線の先で、眩しいほどのブロンドヘアーが風になびいている。間違いない。憧れの人が手の届くところにいる。
ルミナもすぐにマイカの姿を捉えた。確かに出で立ちを見る限り、ソートエッジの住民ではなさそうだと感じた。ルミナはマイカに微笑みかける。マイカもそれに気づき、涙を目に溢れさせ満面の笑みを浮かべた。
「夢みたい……!」
マイカはこのとき久しぶりに、心から笑えた。背後には差し迫る絶望、正面にはまばゆい希望、マイカはそのちょうど真ん中にいた。マイカは足の震えが止まらないまま走り出す。つっかえ、転び、不恰好ながらも着実に憧れの存在に近づいていった。
「金髪のお姉さん!会えた!信じられない!」
そうつぶやきながら。周りに控えるSOMMEの隊員は、まるで這うようにルミナの方へ一直線に走っていくマイカを、唖然としながら見守っていた。
ミソノとアラヤは尋常じゃない様子で迫ってくるマイカに対して、反射的にルミナを守るように身構える。
「大丈夫」
ルミナが構えを解くように言い、2人の前に出た。
「あの子はまぎれもなく、イセリックよ。きっとソートエッジを救ってくれる」
マイカは、ルミナまであと少しのところで両の足をもつれさせ、思い切り転んでしまった。だが、そのぐらい今のマイカにはなんでもなかった。
手をついて体を起こし、顔をあげると、ルミナがしゃがんで、微笑みながら手を差し伸べてくれていた。マイカは目を見開いてみせ、涙が堰を切ったように流れた。
「金髪のお姉さん」
泣きじゃくりながらマイカはルミナをそう呼んだ。これまでそう呼んできたように。
「ルミナ・エデレンと言います。」
ルミナは丁寧に名乗った。
「ルミナさん……」
マイカにとって、夢がかなった瞬間であった。確かに今は夢を見ているのかもしれないが、それでも嬉しかった。名前も聞けた。マイカは一度鼻をすすって自分も名乗った。
「マイカです!私、ミヤコ・マイカっていいます!」
「マイカさん」
ルミナもマイカの名を呼んだ。マイカは自分の名が呼ばれた瞬間、ようやく憧れの人と繋がることができたのだと実感できた。
しかし、マイカは差し出された真っ白で細くて綺麗な手のひらに触れることすら躊躇われた。自分のような未完成な人間が、このようなまばゆくて直視できないぐらい美しい人に触れていいものかと――
それでも憧れの人の好意を無駄にするなど恐れ多いことだと、マイカは照れくさそうにルミナの手のひらに自分の手をそっと置いた。
すると、ルミナから「あっ」という声が漏れる。マイカの指の先から暖かさを感じた。ルミナがそれに気付いたときには、マイカの中で大きな変化が起きていた。
「マイカさん、これは?」
マイカの指先には白い光が見えた。マイカはルミナに触れた瞬間、体を巡る血が沸騰したかのように全身が熱くなっていくのを強く感じた。マイカは立ちあがれずに、再びうずくまり、うめき声を上げ始めた。
「マイカさん、しっかりして!」
ルミナは両手でぎゅっとマイカの右手を掴んだ。ルミナは一瞬にして、そこに火傷を負うぐらいの熱が発していると分かったが、顔が苦痛で歪みながらも決してその手を離そうとはしなかった。
ミソノがルミナの様子におかしいのに気付く。
「ルミナさん!ちょっと手が!……焼けてる!?」
ミソノは慌てて、マイカを引き離そうとする。しかし、強くその手を繋いで離さないのがむしろルミナの方だと分かると、血の気が引いた。ルミナは「大丈夫」と一言、ミソノに言った。痛みが顔に出ないように、必死でこらえていた。
やがて、白い光はマイカの全身からもほとばしった。
「お、おお!おお!さっきの光だ!」とヒクマはぎこちなく笑いながら叫んだ。
SOMMEのメンバーたちも歓喜の声をあげる。アラヤは訳が分からずただポカンとその様子を見守っていた。ミソノは一旦、二人から離れ、アラヤに青ざめた顔のまま言う。
「すごい……。あれがイセリックの力…ルミナさんがあの白い光を呼び起こしたんですよ……」
しかし、それだけにとどまらなかった。マイカの白い光はやがて濃い紫色に染まり、火柱となって轟々と空中に舞い上がった。
「なんじゃこりゃ……」ヒクマは立ち上る紫色の炎に圧倒され、半笑いで思わず一歩、二歩と後ずさりした。
「嘘でしょう?さっきとケタが違うわ……」
ミソノは息を呑んだ。他の者たちもその圧巻の光景に目を見張った。
マイカはおもむろに顔を上げる。ルミナが心配そうな顔で見つめている。そして、まだ自分の手をしっかりと握ってくれている。大いなる安心感に包まれてマイカの苦しみはだいぶ軽減されていた。だが、マイカはそのルミナの両手を見て仰天し、急いで離した。
「ルミナさん!て、て、手が!」
マイカは顔をこわばらせて言った。ルミナの白くて細い手のひらは、もう見る影もなかった。赤黒く染まり、腫れでいびつに膨らんでいた。マイカはその変わり果ててしまった両手を見て、再び涙が溢れて止まらなくなった。
「私のせいで……!ルミナさんこんなに……!」
マイカはまっすぐルミナの顔を見た。ルミナは何事もなかったように、相変わらず温かい微笑みをマイカに投げかける。
「大丈夫よ」
そう言って、ルミナは火傷を負った両手で、むせび泣くマイカを自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。紫の炎はなおマイカの全身から煌々とあふれ出ていたが、不思議ともうそれは人を傷つけるようには熱くなかった。
マイカはルミナの胸でひたすら泣いた。触れてはいけないと思うぐらい美しい人を、自分の手で汚してしまった。その自責の念でマイカはこの炎が自分を焼き尽くしてくれればと思った。しかし、ルミナがそんなマイカの気持ちを察したかのように、耳元で囁いた。
「私もあなたを絶対に守る。だからあなたも私たちを守って」
マイカは、泣きじゃくっているせいで、かろうじて「は…は…!」としか声を発することができない。それでも、マイカの気持ちは十分ルミナに伝わっていたであろう。
マイカは心の底からルミナの力になりたいと思った。その思いが強ければ強くなるほど、炎は天へと竜のように飛翔した。
だが、マイカは闘う姿勢を忘れて、その心地よさに酔いしれていた。マイカはずっとルミナの胸の中にいれればと願う。完全に周りの音を遮断し、理想の世界に入り込んでいた。そのせいで、ミソノの恐怖感に満ちた悲痛な叫び声すら届かなかった。
「危ない!ルミナさん!」
ルミナが気づいたときには、もうイサゴージュはその腕を天高く振り上げていた。前進する以外の挙動を全く見せなかったイサゴージュがその時初めて攻撃的な所作を見せたのである。
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