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7.時よ戻れ

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「そろそろ外だ。まずいな。出入り口が封鎖されてる。適当に誤魔化すぞ。場合によっては無理矢理突破する」

「分かったわ」

「安心しろ。むやみに傷つけたりしねぇからよ」

「無茶だけはしないで。最悪、わたくしを置いて逃げて」

「絶対んな事しねぇ。どうにか穏便に出ようぜ」

リュカの強さなら、門番なら簡単に意識を刈り取れるでしょう。けど、警備が強化された現在は騎士がたくさん居ます。さすがにこの人数は厳しいと思います。

「おい! 見ない顔だな! お前は誰だ!」

「ルーカスと申します。城で働いている恋人を迎えに来たのです。家族の体調が悪いのですよ」

「侍女は今は城を出られん。王子を襲った侍女を手配中だ」

「そんな! 家族が危篤なんですよ! 彼女の顔を見てください! どんな姿か知りませんが特徴くらいなら聞いているでしょう! 彼女は王子を襲ったり出来ませんよ! お会いした事もないのに!」

「おい、どうする?」

「……とにかく顔を見せろ。別人と判断出来たら出してやる」

「カティ、大丈夫だからフードを取って」

怖い、けど、リュカがずっと手を握ってくれていたのでなんとか大丈夫でした。

「例の侍女はショートカットで、金髪だったよな」

「ああ、この女は見事な黒髪だ。明らかに違う。鬘でないか確認出来れば行って良いぞ」

「……俺が確認します」

「さすがにそれでは認められん。恋人に男が触れるのが嫌なら女性騎士に確認させる」

「ありがとうございます」

手際良く女性騎士がわたくしの髪に触れて、鬘でない事を確認して下さいました。良かった、これで出られますわ。

「最後に報告をするから、少しだけ待て」

風魔法を使い、何かの伝達がされます。どうか、無事に外に出られますように……。

「カティ、いざとなったら抱えて走るから」

リュカは、真剣な顔で騎士達の動向を確認しています。恐怖が襲いますが、リュカが手を握れば不思議と落ち着きました。

「おい! そいつらを出すな! 見つけたぞ! カトリーヌ! その男は誰だ?! 貴様! 僕の婚約者でありながら不貞を働いていたのか!」

クリストフ様が、騎士に支えられながら現れました。リュカに敵意を向けています。どうにかして、リュカの存在を隠さなければ。

焦ったわたくしは、離れるなと言われていたのにリュカから離れてしまいました。わたくしの近くに居ればリュカが疑われる。そう、思ってしまったのです。

だけど、それは間違っていました。

「うふふ、みーつけた」

美しい声がした次の瞬間、わたくしの喉元にナイフが突きつけられました。

「カティ!!!」

「あら、リュカじゃない。どうやって侵入したの? カトリーヌの首から血が噴き出るのを見たくないなら動いちゃ駄目よ」

「さすがルイーズだよ! さ、この女を地下牢にぶちこめ。ついでにこの男も捕らえろ。どうやって侵入したか聞き出してやる。あの侍女は逃したのか?」

「彼女はもう逃げましたわっ! 彼はわたくしに手紙を届けに来ただけです! お願い! 地下牢にでもどこにでも行くから彼を離して!」

わたくしは必死で思いついた嘘を話します。リュカだけでも助かって欲しい。その一心でした。だけど、ルカが居ない事でクリストフ様のイライラはピークに達しておられます。サディスティクな笑みを浮かべながら、剣をわたくしの胸元に突きつけました。

「ちっ……! すぐに町中を探せ!」

「クリス様、リュカはとっても強い騎士ですわ。でも、とっても優しいの。だから、カトリーヌを人質にすれば動けませんわ」

「そうか……ならちょうど良い。おい、そこの男。リュカと言ったな。一歩でも動けばカトリーヌを殺すぞ」

「……」

リュカは、動けません。わたくしの事なんて良いから逃げて欲しい。彼ならこの状況を打破する事は出来ます。わたくしの命さえ考えなければ。

「こんな女のどこが良いんだか。いいかカトリーヌ、僕に逆らえばどうなるか教えてやる。ルイーズ、カトリーヌの喉元にナイフを」

「はぁい、お任せ下さいませ」

「リュカ、逃げて! お願い! 早く!」

「出来ません」

「ふん、そんなに必死になって、つまらん。いつから不貞を働いていた」

「確かに俺はカトリーヌ様をお慕いしているが、彼女は不貞をするような女性ではない。婚約者を蔑ろにして、別の女と睦み合う浮気者と一緒にするな。アンタはカトリーヌ様を捨てたんじゃない。カトリーヌ様に捨てられたんだよ。カトリーヌ様はお前への愛情など一欠片も残っておられないそうだ。そりゃそうだよな。ルイーズ様のどこが良いんだ。カトリーヌ様の方が美しい、カトリーヌ様の方がお優しい、カトリーヌ様の方が賢い、カトリーヌ様より優れている箇所など一欠片もない醜い女のどこが良いか教えてくれ」

「このっ! ふざけないで! わたくしの方がカトリーヌより素晴らしいのよっ!!!」

逆上したルイーズが、ナイフをリュカに向かって投げます。その瞬間、わたくしは自由になりました。リュカはニヤリと笑って、クリストフ様の剣を弾いてわたくしを抱きしめました。

「もう、絶対離さない」

「ふざけるな! 命令だ! あの男を殺せ!」

クリストフ様の命令が飛んだ途端、わたくしの目の前は赤く染まりました。

「リュカ! リュカ!」

必死で傷を癒します。だけど、次々と命令を受けた男達がリュカを攻撃します。

「やめて! やめて! 地下牢にでもどこにでも行くわ! だからやめて!!!」

何度癒しても、リュカへの攻撃は止みません。クリストフ様は、自らも剣を取ってリュカを刺します。クリストフ様は笑顔です。他の騎士達も、ニヤニヤ笑いながら動いたらわたくしを刺すと言ってリュカの動きを奪います。

わたくしには傷ひとつありません。でも、リュカはどんどん傷ついていきます。癒しの魔法も、癒す前に攻撃されてしまうので間に合いません。

「ふん、お前が地下牢に行くのは決定だ。ルイーズを傷つけたこの男は許しておけん。何度癒しても無駄だ。魔力が切れるまで切り刻んでやる。癒せば苦しむ時間が増えるだけだぞ」

「カティ……大丈夫……か……」

「やだ! やだやだやだ! リュカ! 生きて! 死んじゃ嫌ぁ! 許して! やめて! お願い!!!」

リュカの鼓動がどんどんゆっくりになっていきます。何度頼んでも、何度癒しても、クリストフ様と騎士達は意地悪な笑みを浮かべ、剣を振るいます。すぐに、リュカは動かなくなってしまいました。もう、わたくしに笑いかけてくれる事はありません。

「おい、早くカトリーヌを捕らえろ。その男はもう死んだだろ。捨てておけ」

「……リュカ……なんで……」

「ふふっ、あの侍女も、わざわざ助けに来たリュカももう居ない。カトリーヌの味方は居ないわ。この城の人はみぃんなわたくしの事が大好きなんですって。やっぱりクリス様を魅了して良かったわぁ。そうだわ、カトリーヌのせいでわたくしはおじさまに嫌われてしまったの。悲しいわ。クリス様ぁ」

「可哀想なルイーズ……安心して。あんな国はすぐに滅ぼすからね。カトリーヌはもう一生地下牢から出さない。カトリーヌはこの男と駆け落ちした事にしよう。たっぷり慰謝料を貰ってから潰してやる」

わたくしが、もっと早くリュカの意見を聞いて此処を出ていたらリュカは殺されなかった。

わたくしを守ったから、リュカは死んだ。

わたくしが……リュカを連れて来たから……。

頭の中が真っ白になり、動かなくなったリュカに縋って泣いていると、騎士達がわたくしを無理矢理拘束しました。抵抗する気にもなれず、されるがままになっているとルイーズが嬉しそうにわたくしに微笑みました。

「うふふ……これでわたくしの方がカトリーヌよりも上。やったわ。やっぱり魅了の力は最強ね」

「魅了って……まさか、クリストフ様を魅了したの?」

「わたくしは、生まれた時から優れているの。生涯で一度だけ、たった1人を魅了出来る。貴女は水魔法は国内で最強と持ち上げられているけれど、わたくしの方が凄いのよ」

「魅了出来るのはたった1人……なのにどうしてこの城はみんなおかしいの! まるで全員魅了されてるみたいじゃないの!!!」

「それがこの力の凄いところよ。たった1人だけど、魅了した人に好意を持つ人も好意の度合いに応じて魅了がかかるの。尊敬されていて、両親にも愛されているクリストフ様は最適だったわ。本当は貴女のお父様に使おうかと思ったんだけど、お母様がね、わたくしにぴったりの王子様が現れるかもしれないから温存しておけって言ったの。温存して良かったわ! 貴女はこんな素晴らしい魔法は使えないでしょう? みんなが言うように、わたくしが王女なら良かったのに!」

なるほど。そういう事ですか。
クリストフ様はルイーズを抱きしめながらニコニコしています。こんな話をしてもルイーズにメロメロなくらい、魅了というのは強力な力のようですね。

だけど、ルイーズの話を聞いて頭が冷えました。リュカが死ぬなんて受け入れられません。

わたくしは、心から祈りました。
お願い! 時よ戻って! リュカが死ぬなんて嫌!!! こんな男と婚約なんてしたくない!!!

ありったけの魔力を込めて、心から願います。すぐに目の前が真っ暗になりました。薄れていく意識の中、リュカが生きて欲しい。それだけを考えていました。
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