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1 更生訓練施設に送られる
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地図にのらない島に送られることが決まった。そこに更生訓練施設があるという。空路台湾へとむかい,その後船で南下して島に上陸するらしい。不機嫌な子供を宥めるために,島に辿りついたら願い事を一つだけ叶えてやると引率の女役人は言った。役人を挟んで座る2歳年上の祀鶴歌はお喋りで喧しい。
「万平埜島って,どうして,そういう名前がついたのか知っている?」
役人が黒縁の眼鏡を押しあげ,島の名前を口外しないよう注意した。
祀鶴歌は肩を窄めて舌先を覗かせると小声で言った。「平家の落武者が遁れ棲んだ島だから。平家の落人だよ――ねえ,未琴ちゃん」と腕をのばしてくる。
あたしは身を仰け反らせ,席を立った。
役人がまた何か言い聞かせた。
「そんなに驚かなくても……」祀鶴歌が当惑した眼差しをむける。
「驚いてなんかない!」あたしは吐きすてるみたいに言った。「その汚い手に触れられないようにするための防御よ」
席に座るよう指示された。あてがわれた席の背後の空席に座る。所定の席に座りなおすよう少し強めに命じられるが,外方に視線を投げる。
役人は諦めて乗務員を呼びとめ,人のほうをちらちら見ながら座席の交渉をしていた。
「先生が困っているよ。もとの席に戻ったら?」
「あんたって名前が裏目に出たタイプよね」
「どういう意味?」
「シズカじゃなくってウルサにしてもらえばよかったのに」
「名前を悪く言うのはやめてよ――親からもらった名前だから」
「親の顔,知らないんだって?」ほかの乗客にも聞こえる大きな声を出した。
談笑する乗客たちが静まりかえる。
「親の話はすんなって言われた――かわいそうだってさ,あの女が」役人を指さす。「ほんと,かわいそうだよね,両親両方から捨てられちゃったんだもん。そんな親からもらった名前,大事にしてどうなんの? 第一なんて? 祀鶴歌? 鶴を祀る歌ってかぁ? はぁ――縁起悪そ! 不幸になりなってつけた名前じゃんよ!」
「撤回しろ!」祀鶴歌が立ちあがり,拳を突きあげた。
「殴りたいなら殴れ! この人殺しが!」
「撤回してよ! 頼むから撤回して!」拳が震えていた。
血相をかえて戻ってきた役人が間に割りこんだ。
拳が振りおろされる。大きく前のめりになって倒れていき,両膝をついてからも,繰りかえし祀鶴歌は自分の胸を突き続けた。「撤回してよ,撤回してよ,撤回してよ――」
「よしなさい!」役人が祀鶴歌をねじふせて四肢の自由を奪った。
祀鶴歌は同じ言葉を発しながら額を通路に打ちつけた。
普段は朗らかで穏やかな性格だが,突如豹変し,別の人格になりかわる多重人格の持ち主だと聞いていた。出会って1週間が経過してから,はじめて目にした祀鶴歌の症状だ。
更生訓練施設に送られる仲間と打ち解けるために努力を重ねる全人型の人物像は,顔面を血塗れにする少年犯罪者のなかに息を潜めてしまった。
「おとなしくしろ!」役人が厳しい口調で命じた。
それは祀鶴歌にむけられた言葉だったが,あたしを逆上させた――前席の背凭れを蹴りあげて立ちあがる。「おまえら死んじゃえ!」
「万平埜島って,どうして,そういう名前がついたのか知っている?」
役人が黒縁の眼鏡を押しあげ,島の名前を口外しないよう注意した。
祀鶴歌は肩を窄めて舌先を覗かせると小声で言った。「平家の落武者が遁れ棲んだ島だから。平家の落人だよ――ねえ,未琴ちゃん」と腕をのばしてくる。
あたしは身を仰け反らせ,席を立った。
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「驚いてなんかない!」あたしは吐きすてるみたいに言った。「その汚い手に触れられないようにするための防御よ」
席に座るよう指示された。あてがわれた席の背後の空席に座る。所定の席に座りなおすよう少し強めに命じられるが,外方に視線を投げる。
役人は諦めて乗務員を呼びとめ,人のほうをちらちら見ながら座席の交渉をしていた。
「先生が困っているよ。もとの席に戻ったら?」
「あんたって名前が裏目に出たタイプよね」
「どういう意味?」
「シズカじゃなくってウルサにしてもらえばよかったのに」
「名前を悪く言うのはやめてよ――親からもらった名前だから」
「親の顔,知らないんだって?」ほかの乗客にも聞こえる大きな声を出した。
談笑する乗客たちが静まりかえる。
「親の話はすんなって言われた――かわいそうだってさ,あの女が」役人を指さす。「ほんと,かわいそうだよね,両親両方から捨てられちゃったんだもん。そんな親からもらった名前,大事にしてどうなんの? 第一なんて? 祀鶴歌? 鶴を祀る歌ってかぁ? はぁ――縁起悪そ! 不幸になりなってつけた名前じゃんよ!」
「撤回しろ!」祀鶴歌が立ちあがり,拳を突きあげた。
「殴りたいなら殴れ! この人殺しが!」
「撤回してよ! 頼むから撤回して!」拳が震えていた。
血相をかえて戻ってきた役人が間に割りこんだ。
拳が振りおろされる。大きく前のめりになって倒れていき,両膝をついてからも,繰りかえし祀鶴歌は自分の胸を突き続けた。「撤回してよ,撤回してよ,撤回してよ――」
「よしなさい!」役人が祀鶴歌をねじふせて四肢の自由を奪った。
祀鶴歌は同じ言葉を発しながら額を通路に打ちつけた。
普段は朗らかで穏やかな性格だが,突如豹変し,別の人格になりかわる多重人格の持ち主だと聞いていた。出会って1週間が経過してから,はじめて目にした祀鶴歌の症状だ。
更生訓練施設に送られる仲間と打ち解けるために努力を重ねる全人型の人物像は,顔面を血塗れにする少年犯罪者のなかに息を潜めてしまった。
「おとなしくしろ!」役人が厳しい口調で命じた。
それは祀鶴歌にむけられた言葉だったが,あたしを逆上させた――前席の背凭れを蹴りあげて立ちあがる。「おまえら死んじゃえ!」
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