祀鶴歌――明日をつかみとれ！――

２ 大中華エアライン墜落

　乗客たちが悲鳴をあげた。
　祀鶴歌と役人の体が分離して２人とも客席の中央を貫く通路を滑りおちていく！
　自分も転がりおちている？　体がふわりと宙に浮いたかと思いきや落下して胸部を強打する。
　祀鶴歌とぶつかった。絡みあったまま下方へ落ちていく。真横を見知らぬ乗客たちが揉みくちゃになりながら落ちていく。天井と床とが真逆になっていた――
　祀鶴歌が歪んだ座席にしがみつき転落をくいとめた。片腕であたしの体を支えている。
「あれ……」祀鶴歌が声を震わせる。その視線を辿れば――コックピットの大きな割れ目から機長と副機長が吸いだされた！
　立て続けに頭上から降る座席や人々が空へと散らばる。油絵具みたいに溶けていく地平線の太陽の橙の侵食する濃灰の海を，真下に見た。
　祀鶴歌が座席の脚をつかめと叫んだ。自分で自分の体を支えろと言っている――そんなことは分かっている。誰がおまえなんかに頼るか――
　あたしがシートの熱に溶ける座席にくらいつくなり，祀鶴歌は横ざまに飛んだ。何かをキャッチすると，投げて寄越す。パラシュートだった。
　祀鶴歌が風に巻きこまれた。機外へ落ちる乗客たちに紛れて姿が見えない。祀鶴歌の名を呼んだ。
　その腕をひきもどし，オールバックの男が操縦機器にはりついてもちこたえた。
「君が祀鶴歌か」流暢な日本語を話す異国人だった。
　中国人と思しき男は祀鶴歌をしっかり抱きとめた。祀鶴歌も手足を絡めている。
「よし，祀鶴歌。一緒に行こう。私は――」
　劉リュウ海滋ハイジと名乗る男は大中華エアラインの１人息子だった。つまり，たった今墜落している機体の所有会社役員だ。
　祀鶴歌が劉とともに空へ舞った。あたしも後を追った。
　大気と潮風が両眼を突きさす。急降下して海面が迫ってくる。見あげれば制御不能のジェット機が追ってくる。
　男の背後で鮮やかなパラシュートが大きくひらいた。半球形の傘に全身の隠れた後も祀鶴歌は怒鳴り続けた――あたしに言っているのだと気づく。ひき紐を抜いてパラシュートをひらいた。
　空と海とが上下正常な位置へと戻った。その瞬間，痛みを伴う光の破裂が起こる。
　爆裂音が響く。風圧が押しよせ，黒煙と炎につつまれる。落下の速度が一気に増した。また海が頭の先にある。体が熱かった。パラシュートと男の背中が燃えていた。