祀鶴歌――明日をつかみとれ！――

４ 祀鶴歌の召し使い？！

　デッキについたところで甲高い声が機関銃のように襲来した。海に落とされた女が凄まじい剣幕でまくしたててくる。劉が口を挟んだところで，女の言葉は聴解できるものにかわった。「まあ，何てこと――日本人にこんな目に遭わされるなんて?」
「済まなかったね。私に免じて許しておくれ――きっと君との関係を誤解して，ああした行動に出たのだよ。恋人か何かだと勘違いして，焼き餅から君を海に突きとばした――ねえ」と，日焼けした彫の深い顔を祀鶴歌に近づける。
「海滋，その人は？――」
「ああ，ようやくその気になった。紹介しよう。私の花嫁さ」
　どういうことなのだ？　祀鶴歌を見れば，虚空を睨んでいる。
「ねえ――」劉は祀鶴歌を赤子のように揺さぶった。「彼女のことは知っているだろう。ほら，ハリウッド女優のユアンミンだよ。公にはしていないが，腹違いの妹だ」
「海滋――」
「構わないさ」
　劉は墜落事故から奇跡の生還を果たした人間とは思われないタフな饒舌ぶりで，自分には義理の母親が12人いて兄弟姉妹も33人いるが，そのなかで信用できるのはユアンミンだけであること，そして彼女は日本人の血を半分ひいているから祀鶴歌と上手くつきあっていけるだろうと愉快げに説明した。
「じき一族の一員となるのだから知っておいてもらうのが当然だ。それに祀鶴歌は誰彼構わず余計なお喋りをする人じゃない」
「でも……」と，ユアンミンはあたしを横目で見た。
「ああ，あの子は祀鶴歌の世話係だ」劉が言った。「いくら子供でも，主人である祀鶴歌の意に反するような真似はしないだろう」
　祀鶴歌の口端が緩むのを認めた――何この状況！　どうしてあたしが祀鶴歌の召し使いにされてるわけ？　絶対ありえない！
「さあ，行こう」劉は祀鶴歌の手をひいてクルーザーのタラップをのぼりはじめた。あたしの前を横ぎりながら，祀鶴歌が目配せを送った。