祀鶴歌――明日をつかみとれ！――

13 一巻の終わり

　祀鶴歌が硝子戸をフロアにおろして振りかえる。「さあ，支度をして」そう言うなり全裸になってダイビングスーツを着こむと酸素ボンベの組みたてに入った。
「祀鶴歌――あんた，何者よ」
　鼻先をわずかに上むけただけで，使用可能のランプの灯ったボンベを背負う。
「人が阿呆寝いりしてる間に１人で何やらかしてんのよ――その手際のよさって17の小僧のすること？　そもそも普通じゃないわよ。飛行機のなかでのあんたは凡人じゃなかった。まるでスパイ映画の登場人物みたいだった」
「言っただろう。アレクサンドロフに色々教わったって」
「ちょっと教わったぐらいで，墜落中の飛行機から脱出するなんて芸当ができる？」
「できないさ――だから結局は劉に助けられる羽目になった。彼がいなければ僕らは生きてはいない」
「それでもやっぱり変よ。あんたは普通じゃない」
「何だよ，ずっとさっきから――普通じゃないって，ひどいじゃない」
「あんたに対する劉の態度も変だわ。あんたのことを必死で庇おうとしてる。あんたは事故の被害者なのよ，庇う理由なんてないはず。……まるであんたの悪事を知ってて隠してやろうとしてるみたい」
「何が言いたいんだ」唇を嚙みしめ，きっと睨みつける。「僕は何もしていない」
　そうなのだろう。眼前にいる祀鶴歌にとっては，全く身に覚えのないことなのだろう。でも彼のなかの誰かが動いたのだとしたら……
「違う！」祀鶴歌が叫んだ。「飛行機を爆破したりなどするものか！　病気だとしても大勢の人を殺したりなどしない！　絶対していないぞ，僕は！」
　制止しようとしたが，遅かった。あたしの異変に気づき，祀鶴歌が恐々背後を確かめた。青褪めた顔で劉が立っている――
　一巻の終わりだ。唯一の庇護者を失った。